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Volume 20, No.4 Pages 314 - 318

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

新しい分子が生まれる瞬間を捉える ~SACLAによる化学反応動力学計測~
Capturing the Birth of Molecule – Chemical Reaction Dynamics Studied by SACLA –

足立 伸一 ADACHI Shin-ichi[1]、野澤 俊介 NOZAWA Shunsuke[1]、佐藤 篤志 SATO Tokushi[1,2]

[1]高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization、[2]Center for Free-Electron Laser Science, Deutsches Elektronen-Synchrotron

Abstract
 X線自由電子レーザーSACLAのフェムト秒超短パルス性を最大限に活かすことにより、時間分解X線溶液散乱の手法を用いて、フェムト秒からピコ秒、ナノ秒オーダーに渡る幅広い時間領域で、溶液中で進行する化学反応中の分子構造のスナップショットを直接観測した。今後、基礎物理・化学分野での超高速時間分解測定に留まらず、光触媒反応の機構解明や人工光合成反応の高効率化など、様々な実時間計測のための研究手段として利用需要が大きく拡大してゆくであろう。
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SACLA

 

1. はじめに
 あらゆる生命活動は複雑かつ巧妙な化学反応の組み合わせで成り立っており、我々の生活は化学反応によって支えられているといっても過言ではない。化学反応において、新しい分子がどのようにして生成するのかを実験的に直接観測することは化学者の夢の一つであるが、化学反応を手に取るように観測することは極めて困難な課題である。
 赤外から可視・紫外域における超短パルスレーザー技術の発展に伴い、フェムト秒からピコ秒オーダーで進行する超高速化学反応の研究手法として、超高速時間分解計測法は有力な研究手法である。ただし、赤外から可視・紫外域における超高速時間分解分光法は、使用される光のエネルギー域で検出可能な価電子帯の電子状態や分子振動に関する情報を与える一方、分子構造に関しては直接的な情報を与えない。過渡的な分子構造の情報を得るには、赤外から紫外域よりさらに短波長の「波」が必須であり、超短パルスのX線や電子線の登場が待たれてきた。近年のX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)の登場により、超短パルスX線によるフェムト~ピコ秒オーダーの超高速時間分解測定は、加速度的に発展する研究分野となりつつある。これまでのところ、XFELを用いた時間分解X線測定の報告例は比較的単純な化学反応に限定されているが、今後より一般的な化学反応にも適用範囲が拡大するであろう。本稿では、SACLAのパルスX線を利用した時間分解X線溶液散乱法による化学反応動力学の計測事例として、ジシアノ金(I)錯体溶液中の化学結合形成過程の例について紹介する[1][1] K. H. Kim, J. G. Kim, S. Nozawa, T. Sato, K. Y. Oang, T. W. Kim, H. Ki, J. Jo, S. Park, C. Song, T. Sato, K. Ogawa, T. Togashi, K. Tono, M. Yabashi, T. Ishikawa, J. Kim, R. Ryoo, J. Kim, H. Ihee and S. Adachi: Nature 518 (2015) 385-389.

 

 

2. SACLAを利用した時間分解X線溶液散乱測定
 SACLAのビームライン3(BL3)実験ハッチ2(EH2)における時間分解X線溶液散乱の装置配置の模式図を図1に示す。試料への放射線照射およびレーザー光照射による損傷を回避するために、溶液循環式ポンプを用いて溶液試料を循環させており、溶液循環サイクルの途中に設置したジェットノズルから噴出する試料に合わせて、時間同期したX線とレーザー光を溶液試料上の同一位置に照射している。

 

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図1 時間分解X線溶液散乱測定の装置配置図

 

 

 SACLAのXFEL光として、エネルギー15 keV(波長83 pm)のX線を使用した。XFEL光のパルス幅は約10フェムト秒である[2][2] Y. Inubushi, K. Tono, T. Togashi, T. Sato, T. Hatsui, T. Kameshima, K. Togawa, T. Hara, T. Tanaka, H. Tanaka, T. Ishikawa and M. Yabashi: Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 144801.。ただし、XFEL光の到達時刻には、100フェムト秒程度のばらつき(ジッター)があると見積られている。励起レーザー光はモードロック・チタンサファイアレーザーの再生増幅後に得られる800 nmのレーザー光の3次高調波(267 nm)を用い、励起レーザー光のパルス幅は100フェムト秒である。溶液試料からCCD検出器までの距離を50 mmとしてX線溶液散乱測定を行った。レーザー光と放射光の遅延時間をマイナス5ピコ秒(励起前の参照時刻)から100ピコ秒まで変化させ、光励起前後のX線溶液散乱の差分信号を計測した後に、動径方向に積分してその後の解析に用いた。遅延時間100ピコ秒から3マイクロ秒までについては、パルス幅60ピコ秒のX線パルスが使用可能なKEKのPF-ARで別途計測し、SACLAで計測したデータと接続した。この際、PF-ARとSACLAで別々に計測した遅延時間100ピコ秒での差分信号は、誤差範囲内で一致していることを確認している。

 

 

3. 測定例:ジシアノ金(I)錯体における光誘起化学結合生成反応
3.1 本研究の動機
 分子内の化学結合を光励起によって切断する過程を時間分解で測定する例は比較的良く知られているが、分子間に新たな化学結合が生成する過程を時間分解で追跡する測定については報告例がほとんどない。その理由は、溶液中の拡散律速過程を制御することの困難さにある。化学結合が生成する過程を観測するためには、ある特定の時刻において複数の反応種が結合を形成するのに十分近い距離に存在していることが必須であるが、一般に溶液反応では拡散が律速過程となるため、そのような条件を溶液中の全ての分子種で満足させることは不可能である。その点、本研究で用いたジシアノ金(I)錯体[Au(CN)2]-は、Aurophilic interactionと呼ばれる金原子間の弱い相互作用により、錯体濃度に依存して基底状態でオリゴマーの構造を形成する(図2)。オリゴマーの結合長が2量体、3量体、4量体と伸長することにより、発光スペクトルのピークが長波長シフトすることから、波長可変の発光材料としても注目されている分子である。この基底状態のオリゴマーに励起光を照射すると、電子が金-金間の結合性軌道に励起され、金原子間に共有結合が生成することが知られている[3][3] M. A. Rawashdeh-Omary, M. A. Omary, H. H. Patterson and J. P. Fackler: J. Am. Chem. Soc. 123 (2001) 11237-11247.。従って、このジシアノ金錯体の系は、光誘起化学結合形成反応の前に、金-金間の弱い相互作用をあらかじめ仕込んでおくことにより、拡散過程に律速されることなく、光をトリガーとして化学結合が生成する過程を観測することができる興味深い実験系である。

 

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図2 ジシアノ金(I)錯体[Au(CN)2]-の基底状態三量体構造

 

 

 ジシアノ金(I)錯体のフェムト秒~ピコ秒オーダーの超高速光化学研究については、富山大学の岩村らによって2013年に時間分解可視紫外吸収分光が報告されている[4][4] M. Iwamura, K. Nozaki, S. Takeuchi and T. Tahara: J. Am. Chem. Soc. 135 (2013) 538-541.。彼らの測定結果では、光励起後約2ピコ秒の寿命で600 nm付近に過渡吸収の強度上昇が観測され、密度汎関数理論計算と合わせた考察により、この時間域の過渡吸収の強度変化は3量体の3重項励起状態の分子構造がbent型からlinear型に変化していることに由来すると解釈されている。我々のグループは岩村らとの議論に基づき、この実験系に時間分解X線溶液散乱測定を適用すれば、2ピコ秒の時間域における分子構造変化をより直接的に観測できる可能性があると考えた。またこの実験系での興味深い点として、上記のピコ秒の過程よりも遅い約2ナノ秒の時間領域の発光スペクトル変化が挙げられる。約2ナノ秒の時間域では460 nm付近に長波長シフトしたピークを持つ発光スペクトルが新たに出現することから、3量体の励起状態にさらに1個のジシアノ金錯体のユニットが結合した4量体構造へと変化していることが示唆された。これについても時間分解X線溶液散乱を用いれば、3量体から4量体への生成過程の分子構造の変化を直接的に観測できると考えた。これらの予想に基づき、ピコ秒オーダーの反応ダイナミクスについてはSACLAで、ナノ秒オーダーの反応ダイナミクスについてはPF-ARで、それぞれ時間分解溶液散乱の測定を開始した。

 

3.2 結果と考察
 X線溶液散乱の差分信号を時間分解して計測した結果を図3に示す。この図は、レーザー光と放射光の遅延時間をマイナス800フェムト秒(励起前の参照時刻)から1マイクロ秒まで系統的に変化させたときの一連の散乱差分信号の時間変化を示しており、遅延時間マイナス800フェムト秒から100ピコ秒までの速い時間域についてはSACLAで、遅延時間100ピコ秒から1マイクロ秒までについてはKEKのPF-ARで計測し、両施設で計測したデータを遅延時間100ピコ秒で接続した。

 

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図3 時間分解X線溶液散乱差分信号の時間変化

 

 

 次にこのX線散乱の差分信号をフーリエ変換することによって得られる動径分布関数の時間変化を図4に示す。励起前のマイナス800フェムト秒から100ピコ秒の時間域では、第一近接(P1)および第二近接(P2)の金-金原子間距離に由来するピークが明瞭に観測されている。励起前マイナス800フェムト秒では、約3.5 Å付近に第一近接ピーク位置が観測されており、Aurophilic interactionに特有の弱い相互作用を反映した金-金原子間距離を示している。励起後200フェムト秒では、第一近接ピーク位置が2.8 Å付近にシフトすることから、レーザー光照射により励起された電子が結合性軌道に占有されて、金-金原子間により強固な共有結合が生じたことを示している。第一近接ピークの線幅を励起前後で比較すると、励起後に線幅が狭くなっていることからも、励起前に弱い相互作用であったものが、励起後に強い共有結合となっていることが分かる。一方、300ピコ秒以降10ナノ秒にかけて新たに出現する第三近接(P3)ピークは、4量体が生成していることを直接的に示す証拠である。

 

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図4 動径分布関数の時間変化

 

 

 図4の結果に対して特異値分解(Singular Value Decomposition, SVD)法を適用し、詳細な反応中間体の構造解析を行った。反応中間体に対応する動径分布関数に対して、3量体もしくは4量体の結合距離と角度をパラメータとして構造精密化を行うことにより、基底状態構造と3つの反応中間体構造(図5)を決定した。

 

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図5 SVD法によって求めた反応中間体の分子構造

 

 

 図5の反応中間体構造とその時間発展から、ピコ秒の時間域で進行する分子構造変化の詳細が明確となる。3量体の基底状態は屈曲した分子構造を持つのに対し、励起直後に生成する中間体I1は、動径分布関数の第二近接ピークの位置(5.63 Å)が、第一近接ピークの位置(2.81 Å)のちょうど2倍になっていることから、直線状の分子構造へと変化していることが分かる。その後、1.6ピコ秒の寿命でI1が消失し、新たに中間体I2が生成する。I1とI2の構造の違いは微妙であるが、明確に異なっており興味深い。第一近接ピークは2.81 Åから2.70 Åへ、第二近接ピークは5.63 Åから5.41 Åへと短くなり、3量体分子は直線状を保ったまま、分子結合距離が4%程度短い、よりコンパクトな分子へと変化する。この微妙な構造変化の起源は明らかではないが、金原子に配位した2個のシアンイオンの立体障害を反映していると解釈している。

 

 

4. おわりに
 SACLAの利用により、フェムト秒からピコ秒、ナノ秒オーダーに渡る幅広い時間領域で、溶液中の分子構造をX線溶液散乱により直接観測することが可能となった。今後特に、基礎・応用化学分野での利用が拡大すると期待される。今後の展開に向けて、以下の点を指摘しておきたい。
 XFELのパルス幅は、SACLAの場合10フェムト秒程度と見積られているが[2][2] Y. Inubushi, K. Tono, T. Togashi, T. Sato, T. Hatsui, T. Kameshima, K. Togawa, T. Hara, T. Tanaka, H. Tanaka, T. Ishikawa and M. Yabashi: Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 144801.、一方で、実際には試料位置におけるX線パルスの到達時刻のばらつき(ジッター)が存在するため、測定全体の時間分解能はジッターによって支配されている。前述の通り、X線パルスの到達時刻のジッターは100フェムト秒程度と見積られており、このままではSACLAが持つパルス幅(10フェムト秒)を十分に活かすことができない。この状況を克服するための方策として、1ショット毎にX線パルスの到達時刻のジッターを検出し、全測定後に正しい到達時刻に修正する機能(到達時刻モニター機能)が米国LCLSやSACLAで実装されている[5,6][5] M. Harmand, R. Coffee, M. R. Bionta, M. Chollet, D. French, D. Zhu, D. M. Fritz, H. T. Lemke, N. Medvedev, B. Ziaja, S. Toleikis and M. Cammarata: Nat. Photonics 7 (2013) 215-218.
[6] T. Sato, T. Togashi, K. Ogawa, T. Katayama, Y. Inubushi, K. Tono and M. Yabashi: Appl. Phys. Express 8 (2015) 012702.
。この機能を有効に活用することにより、今後計測全体の時間分解能をパルス幅(10フェムト秒)程度まで改善できると期待される。時間分解X線回折・散乱計測は、励起状態を実時間で発展する実空間構造として捉える手法を提供し、得られる情報はエネルギー空間における励起状態の情報と相補的である。時間分解X線構造解析により、基底状態が励起状態に、または励起状態が基底状態に至る機序を階層的な時間発展として捉えることができれば、これまでの知識に新たな重要な側面を付け加えることができると期待している。

 

 

謝辞
 本研究は、韓国KAIST、IBSのHyotcherl Ihee教授の研究グループ、国立研究開発法人理化学研究所の石川哲也センター長、矢橋牧名グループディレクター、Changyong Song博士、佐藤尭洋博士(現・東京大学)、小川奏博士(現・日本原子力研究開発機構)、(公財)高輝度光科学研究センターの登野健介博士、富樫格博士らとの共同研究である。
 また本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「光エネルギーと物質変換」、科学研究費新学術領域「人工光合成」の支援を受けて実施された。
 本研究の測定は、SACLAのBL3(EH2)において、課題番号2012A8030、2012A8038、2012B8029、2012B8043、2013A8053、2013B8036、2013B8059、2014A8042、2014A8022で、またフォトンファクトリーのPF-ARビームラインNW14において、課題番号2011G655、2012G778、2012G779の下に実施した。
 両施設の光源・ビームラインのスタッフ、関係者に深く御礼申し上げる。

 

 

 

参考文献
[1] K. H. Kim, J. G. Kim, S. Nozawa, T. Sato, K. Y. Oang, T. W. Kim, H. Ki, J. Jo, S. Park, C. Song, T. Sato, K. Ogawa, T. Togashi, K. Tono, M. Yabashi, T. Ishikawa, J. Kim, R. Ryoo, J. Kim, H. Ihee and S. Adachi: Nature 518 (2015) 385-389.
[2] Y. Inubushi, K. Tono, T. Togashi, T. Sato, T. Hatsui, T. Kameshima, K. Togawa, T. Hara, T. Tanaka, H. Tanaka, T. Ishikawa and M. Yabashi: Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 144801.
[3] M. A. Rawashdeh-Omary, M. A. Omary, H. H. Patterson and J. P. Fackler: J. Am. Chem. Soc. 123 (2001) 11237-11247.
[4] M. Iwamura, K. Nozaki, S. Takeuchi and T. Tahara: J. Am. Chem. Soc. 135 (2013) 538-541.
[5] M. Harmand, R. Coffee, M. R. Bionta, M. Chollet, D. French, D. Zhu, D. M. Fritz, H. T. Lemke, N. Medvedev, B. Ziaja, S. Toleikis and M. Cammarata: Nat. Photonics 7 (2013) 215-218.
[6] T. Sato, T. Togashi, K. Ogawa, T. Katayama, Y. Inubushi, K. Tono and M. Yabashi: Appl. Phys. Express 8 (2015) 012702.

 

 

 

足立 伸一 ADACHI Shin-ichi
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野澤 俊介 NOZAWA Shunsuke
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