Volume 20, No.4 Pages 347 - 350
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第64回デンバーX線会議(DXC2015)に参加して
A Report on 64th Annual Conference on Applications of X-ray Analysis (Denver X-ray Conference, DXC2015)
1. はじめに
デンバーX線会議(Denver X-ray Conference)が、2015年8月3日~7日の5日間、米国コロラド州ウエストミンスターで開催された[1][1] http://www.dxcicdd.com/15/index.htm。本会議はX線分析の応用に関する年次開催の会議であり、本年で第64回になる。2015年のデンバーX線会議は第16回の全反射X線蛍光分析と関連手法に関する国際会議(16th International Conference on Total Reflection X-ray Fluorescence Analysis and Related Methods, TXRF2015)との共同開催であった。講演は、ラボベースのX線回折(XRD)とX線蛍光(XRF)分析が主流であるが、放射光X線や中性子を用いた分析技術の最近の進歩も含まれていた。参加者数は事前登録者数で204名、うち日本からの参加者は27名であった。分析機器メーカーなどの企業展示数は44社で、企業展示関連の参加者は148名と多く、事前登録の段階で、総計352名の参加者(TXRF2015の参加者も含む)であった。
会議プログラムは、ワークショップ、ポスターセッション、オーラルセッションの3部構成からなる。8月3日と4日の午前と午後の部はワークショップ、同日の夕方はポスターセッションが開催された。このポスターセッション時には、簡単な飲み物とつまみ類が振る舞われた(Wine & Cheese Reception)こともあり、盛況なポスターセッションであった。ポスターセッション後には、知り合いになった研究者同士で夕食に行けるというセッティングはよい。オーラルセッションは、デンバーX線会議のXRD、XRF、Special Topicsの3テーマとTXRF2015のカテゴリーに分けられるパラレルセッションで進行した。これと平行して、8月4日~6日の3日間の企業展示が開催された。企業展示の様子も盛況であり、また、基調講演や一般講演の中にも企業参加者の発表も多数あり、よい意味で企業関係者の存在が際立った会議であった。
以下に、ワークショップとオーラルセッションの様子について報告する。
会場入り口の様子
2. ワークショップ
デンバーX線会議ではワークショップの開催が盛んである。2日間の午前と午後にそれぞれ3ないし4件のパラレル形式で合計16件のワークショップが開催された。ある研究グループの宣伝的なワークショップもあるが、全般的に初心者向けの講習や最新技術の紹介があり、有意義なものであった。あるワークショップ主催者に聞いてみると、ワークショップ講演者は参加費の減額(半額程度)という特典が受けられるとのことであった。
以下にワークショップリストを示す。
8月3日(月)午前
・Basic to Advanced XRD Material Analysis I
・Structure Determination from Laboratory X-ray Powder Diffraction Data
・Basic XRF
8月3日(月)午後
・Basic to Advanced XRD Material Analysis II
・Fundamental to Neutron Diffraction
・Energy Dispersive XRF
・Mirco XRF
8月4日(火)午前
・Stress
・Quantifying Crystalline & Amorphous Phases I
・Quantitative Analysis I
・Uncertainty in XRF
8月4日(火)午後
・Synchrotron X-ray Coherent Diffraction Imaging and Ptychography
・Quantifying Crystalline & Amorphous Phases II
・Quantitative Analysis II
・Sample Preparation of XRF
これらの中から2件のワークショップについて報告する。
(1)Fundamental to Neutron Diffraction
本ワークショップはオークリッジ国立研究所(ORNL)のグループが主催者である。中性子散乱回折実験の普及啓発を目的としたものであるとの印象が強い。オーガナイザーであるTim Fawcett(ICDD)によるワークショップと講師の紹介に始まり、4名の講師による講演があった。Pam Whitfield(ORNL)は、中性子の利点である、(a)軽元素に対する敏感性、(b)隣接原子の区別が容易、(c)負の散乱長の原子、(d)磁気モーメントの存在、を説明した後、中性子散乱の特徴として、(a)磁性研究への応用、(b)比較的簡単な試料の準備、(c)中性子を作るのは簡単ではないこと、などを解説した。中性子回折実験は、原子炉における定波長(Constant Wavelength: CW)モノクロメータを用いた実験と、スパレーション中性子源(Spallation Neutron Source: SNS)を用いた飛行時間計測(Time of Flight: TOF)があり、後者のSNS-TOFは非弾性散乱によるバックグラウンドの影響が大きいとのこと。また、同氏は中性子回折とX線回折の相補的利用を強調していた。X線散乱能が小さい軽元素を中性子回折が補うという考えのもと、軽元素と3d遷移金属の化合物、Li3V2(PO4)3、V2O5の構造解析例を示した。さらに、X線では近接元素の区別が難しいとの認識のもと、LiFe1-xMnxSO4Fの解析例を示した。J. Faber(Faber Consulting)は、Powder Diffraction FileTM(PDF-4+)データベースを利用して中性子回折データから構造相の同定を行う新しいシステムの説明をした。A. dos Santos(ORNL)は極端条件化の中性子回折実験について説明した。高圧下中性子散乱の利用例として、量子臨界点の物理、磁性と構造の相関、水素結合、その場観察、高圧下物質挙動などがある。また、高磁場について、25 Tから30 Tの強低磁場を利用するThe Zeeman Projectがある。最後に、J. Bunn(ORNL)はエンジニアリングへの応用例として、時間分解中性子回折の現状を紹介し、応用例として、2次電池の充放電過程、金属疲労、クラック成長などの観察例を示した。SNSでは50ミクロンの空間分解能が達成されている。
(2)Synchrotron X-ray Coherent Diffraction Imaging and Ptychography
本ワークショップは M. V. Holt、R. Harder、D. Vineによって開催された。3名ともAdvanced Photon Source(APS)の所属であり、APSアップグレード(APS-U)計画を大いに意識したものであった。前の中性子回折のワークショップ同様、コヒーレント回折イメージングとタイコグラフィーの普及啓発の色彩が濃い。コヒーレントフラックスが空間分解能に直接関係することから、APS-Uに対する期待は大きい。アップグレードによりコヒーレントフラックスが100倍になると期待されており、38分の測定が25秒でできるようになるとの試算があった。開発研究の例として、ナノスケールの硬X線回折顕微鏡やタイコグラフィーに必要な集光光学系の話のほか、反射光学系のKBミラー、屈折光学系の複合屈折レンズ、回折光学系のゾーンプレートの原理と性能の説明があった。
APSのアップグレードにより、50 keVのX線が現状の8 keVのX線と同等のコヒーレント性能を有するようになることが強調された。全ての手法や利用研究で顕微鏡が実現し、磁気散乱、散漫散乱、電子励起やプラズモンを捕らえる非弾性X線散乱などの顕微鏡が実現するであろう、というのが主催者の主張である。
3. オーラルセッション
オーラルセッションは以下の構成で行われた。セッションはXRD、XRF、Special Topicsの3つのカテゴリーからなる。
8月5日(水)午前
・Plenary Session: TXRF Around the World
8月5日(水)午後
・New Developments in XRD/XRF Instrumentation
・Extremely Bright: The Future of X-ray Analysis
・Quantitative Analysis
8月6日(木)午前
・Stress Analysis/Ptychography
・Applied Materials
・General XRF
8月6日(木)午後
・Energy Materials
・General XRD
・Environmental & Geological Applications
8月7日(金)午前
・Rietveld
・Micro XRF
・Fusion & Industrial Applications
これらのセッションの中から、4件の内容・テーマについて紹介する。
(1)MAUI(Modeling, Analysis and Ultrafast Imaging)
コヒーレントX線回折イメージングやタイコグラフィーは目立ったテーマであった。現在、7 nmの空間分解能を達成している。APS-Uにより、約100倍の測定効率向上が期待されている。
先端放射光利用技術の開発および普及に関して、APSのMAUIプロジェクトは参考になる。MAUIプロジェクトの目的は、コヒーレントX線回折イメージングを用いて、ナノ領域で発現する諸現象を理解するための完結した研究作業の流れを構築することにある。APSにおけるコヒーレントイメージング、高速レーザー科学、4Dイメージ解析、数値計算科学の専門家が分子動力学シミュレーションの専門家と共同で開発を進めている。この応用として、熱電物質の時分割イメージングや太陽光を用いた水の浄化に用いるナノ結晶技術などが想定されている。
(2)高エネルギーX線回折実験の進歩
先端的放射光実験は、散乱、スペクトロスコピー、イメージングなどの手法を通して、リチウムイオン2次電池などの複雑系に対して、原子レベル、粒子レベルあるいは電極レベルでの階層的な観察を可能にしている。K. Chapman(APS)は高エネルギーX線を用いたX線回折実験により二体分布関数を求め、電極や電解液の原子レベルでの平均構造を議論している。二体分布関数を2 nm以上の相関長まで求め、電解液と電極の間の原子相関モデルを議論している。どこまで信頼できるかはさて置き、二体分布関数解析がこのような複雑系まで適用できるようになったことに多少驚きを覚えた。
(3)高圧下中性子散乱実験
高圧実験は分子固体/水素結合、地球科学、固体物性、高圧科学/物質合成などに幅広く使われている。中性子散乱において高圧実験の進展が見られている。試料の微小化、バックグラウンドの増加、非標準的なデータ解析、安全などで最近の進展が報告された。Antonio M. dos Santos(ORNL)はマンガナイトの相共存、スピネル化合物の高圧相転移、CO2, H2吸着用金属-有機骨格構造体MOFの研究、高圧下の氷などの応用例を示した。到達圧力ではX線実験には及ばないが、ユーザーコミュニティとの連携により研究開発を進めている。
(4)ラボベースX線源と装置
デンバーX線会議はラボベースX線を用いたX線回折とX線蛍光分析が主流の会議であるが、X線源に関する開発も目立った。例えば、液体金属ジェットX線源技術(Liquid-Metal-Jet X-ray Source Technology)がある。高分解能X線回折、たんぱく質構造解析、小角散乱実験にはX線輝度が必要であるが、従来のX線管技術では陰極金属を溶かす電子ビームパワー密度によって輝度が制限されている。この液体金属ジェットX線源技術はこのような制限を受けないX線源として注目されている。その他にも、ラボベースの高輝度X線源の開発なども計画されているようである。Ali Khounsary博士(イリノイ工科大学)もそのような可能性を考えている一人であり、ラボベースのX線実験技術の進歩は決して放射光利用を縮小させるのではなく、むしろ拡大させる方向に向かうと明言していた。
最後に、デンバーX線会議は今年で64回目を迎える伝統ある会議である。第65回デンバーX線会議は、2016年8月1日~5日の5日間、シカゴ近郊のローズモントで開催される。
[1] http://www.dxcicdd.com/15/index.htm
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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