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Volume 20, No.2 Page 125

理事長室から -科学の客観性と科学者の価値観-
Message from President – Objectivity of Science and Value Judgment of Scientist –

土肥 義治 DOI Yoshiharu

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 自然科学は、自然を構成する要素の事物を客観的に観測し、その解析において観測者の主観的認識を排除し、合理的に知識を生産することによって進歩してきた。科学の本質は客観性と観測技術にあることを提示したのはガリレイであり、科学の方法論に要素還元主義を提唱して哲学的基礎を与えたのはデカルトであった。科学革命の世紀と言われる17世紀においては、自然とは神が創った機械であるとする自然哲学観に支配されていたが、18世紀の啓蒙主義の時代を経て、19世紀初めに自然哲学から神学を分離することによって近代科学が始まった。近代科学は思弁ではなく、観察や実験といった経験を基盤とすることによって発展し、科学的知識を累積的に拡大してきた。発展拡大とともに、科学は分化して多くの専門分野が生まれた。しかしながら、今日の巨大化した科学の専門分野間に技術と知識の交流が少ないために、各分野における共同主観性の存在が指摘されており、科学的知識の客観性、合理性、普遍性を疑問視する論調がある。また、事実認識と価値判断が交錯する研究活動における科学者の行為においても疑問を呈する論調がある。ここでは、科学の質向上に資する研究基盤SPring-8/SACLAの役割を考えたい。
 さて、科学者は研究を始めるにあたり、まず研究の対象や課題を設定する。この段階では、科学者の価値観のもと直観を作用させ自己の研究課題を定める。主観に基づく研究課題には優劣はなく相対的であり、科学研究の多様性が保持される。次に科学者は、その課題を解析し、真理を探究するための作業仮説と実験計画を立て、その実験に最適な既存の観測技術や実験技術を選択する。必要な場合には、新しい観察技術を独自に考案して開発する。この第二の段階では、研究活動に主観と客観が交差する。第三の段階では、いよいよ最適な技術を用いて必要な実験を進めて、研究対象の事物を客観的に観測・分析して新しい科学的知識を生産する。その研究成果を発表するにあたり、実験結果の再現性を確認するとともに結論に至った論理の合理性を確かめる。このような客観的解析によって得られた科学の知見は普遍性を持つ。さらに、新しい科学的知識の使われ方にも、科学者は責任を持つべきと社会から求められている。第四の段階は、科学的知見を応用して社会的価値を生み出す新技術の創造である。現代の独創的な技術は、科学者によって発明される場合が多い。2014年のノーベル物理学賞(省エネルギー高輝度白色光源の実現を可能とした高効率青色LEDの開発)は第四の段階の科学研究に、化学賞(超解像度蛍光顕微鏡の開発)は第二の段階の科学研究に、そして生理学・医学賞(脳の中の測位システムを構成する細胞の発見)は第三の段階の科学研究に与えられた。今世紀の科学は、社会的価値を創成する技術開発をも対象に含むとする象徴的なノーベル賞の発表であった。
 このように、技術と強く融合する現代科学の知識は、価値中立的な状況からではなく、さまざまな社会的背景を持った科学者によって生産されている。すなわち、第三の段階で生み出される科学的知識は絶対的なものではなく、その客観性は認識論的であると言える。したがって、現代科学の客観性をより確実にするためには、異なる価値観を持った科学者や異なる研究分野の科学者たちの共同作業で研究を進めることが最も有効である。多様な知識と技術を有する研究者たちが集合し、実験を行っている研究施設SPring-8/SACLAは、科学者たちの共同研究の場として最適と考える。また、SPring-8/SACLAで働く研究者・技術者は、第三、第四の段階の科学研究を進める利用者のために世界最高レベルの観測技術や実験技術を開発し提供している。利用者の方々は、SPring-8/SACLAの各ビームラインの特性と技術を理解し、それぞれの研究目的に合致するビームラインを選び、独創的な科学研究を進めていただきたい。明日の科学を先導する研究成果の創出を期待したい。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794