Volume 20, No.2 Pages 130 - 133
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告 放射光X線を用いた多成分からなる自己集合性錯体の単結晶構造解析
Structural Determination of Self-Assembled Coordination Complexes from Many Components by Single-crystal Synchrotron X-ray Study
東京大学大学院 工学系研究科 Graduate School of Engineering, The University of Tokyo
- Abstract
- 我々のグループは、有機配位子と金属イオンの自己組織化を活用した独自技術により、様々な構造や機能を有する球状金属錯体を合成してきた。これらの球状錯体分子の研究において、SPring-8を用いた単結晶X線構造解析は、分子の3次元構造を実験的に決定する唯一の現実的な手法であり、他の分光学的な解析手法では実現できない、明確な分子構造に基づく分子機能の評価、さらには分子設計へのフィードバックができる極めて効果的な研究手法である。先長期利用課題[1][1] 課題番号:2011B0039~2013A0039 (BL38B1), 2011B0042~2014A0042 (BL41XU)では、タンパク質分子を丸ごとカプセル化した球状錯体の合成を始めとする多くの成果を報告することに成功した。
1. はじめに
複数の配位サイトを有する剛直な多座配位子と遷移金属イオンとの自己組織化を利用すると、高い対称性とユニークな形状を持つ自己組織化錯体を合成することができる。我々のグループでは、有機配位子(L)の精密分子設計を鍵として、遷移金属イオン(M)との自己組織化によって、多様な構造を生み出し、その特異な構造に由来する独自の物性発現を世界に先駆けて報告してきている。特に、折れ曲がった二座配位子と二価のパラジウムイオンとを有機溶媒中で混合して自己組織化を行い、M12L24組成やM24L48組成などの骨格を有する中空の多成分錯体を合成する技術(図1)をベースに様々な研究を展開している。特に近年は、その内部空間の活用、生成過程の観察、またより大きく複雑な構造体の構築へ向けた各種実験に励んでいる。
図1 MnL2n球状錯体の自己集合。Pd2+イオンと有機二座配位子を混合し加熱撹拌すると、単一の生成物を与える。配位子の折れ曲がり角度に応じ、異なる構造に収束することが知られている。
2010年には、SPring-8 BL38B1で測定したデータを用い、従来の36成分を一気に倍増した、世界最多の72成分からなる球状錯体の合成[2][2] Q.-F. Sun, J. Iwasa, D. Ogawa, Y. Ishido, S. Sato, T. Ozeki, Y. Sei, K. Yamaguchi and M. Fujita: Science 328 (2010) 1144-1147.を報告するに至った。その後も、世界初の星形多面体化合物の合成[3][3] Q.-F. Sun, S. Sato and M. Fujita: Nature Chem. 4 (2012) 330-333.タンパク質分子をカプセル化した球状錯体の合成[4][4] D. Fujita, K. Suzuki, S. Sato, M. Yagi-Utsumi, Y. Yamaguchi, N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Takata, M. Noda, S. Uchiyama, K. Kato and M. Fujita: Nature Commun. 3 (2012) 1093.を始めとし、関連する多くの成果[5][5] (Review) K. Harris, D. Fujita and M. Fujita: Chem. Commun. 49 (2013) 6703-6712.を世に出すことに成功している
これらMnL2n型巨大中空構造体の構築研究は、放射光を用いた単結晶X線構造解析抜きには語れない。これらMnL2n型巨大中空構造体は、通常の有機/金属小分子結晶とは異なるいくつかの特徴がある。ひとつは、分子直径が5~10 nm、分子量は数万におよぶなど合成分子としては極めて大きな構造を有する点。もうひとつは、真球に近い分子外形とその中空構造から、単結晶の溶媒含有率が80~90%と高い点である。これらの要因によりMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、100 Å程度の軸長の単位格子を有し、加えて結晶溶媒の乱れに起因する著しい回折強度の減少が見られ、溶媒分子の揮発による結晶性の劣化も大きな問題である。これらの特徴は、タンパク質結晶と類似したものである。実際にMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、構造生物学研究と同様に実験室系の単結晶X線回折装置では構造解析ができる高品質なデータ収集が極めて困難である。そのため申請者は、MnL2n型巨大中空構造体の構造学研究の大部分について放射光X線を利用して推進してきた。
今回、上述した先長期利用課題期間中の成果の中から「タンパク質分子を封じ込めた人工カプセルの合成と構造決定」に焦点を絞り、以下にその成果を概説する。
2. タンパク質分子の包接錯体
タンパク質の有する多種多様な機能に魅了され、我々化学者はその機能を「人間の使いやすい形で取り出したい」「目的に応じて自在に改変したい」と長らく夢に描いてきた。しかし一般にタンパク質は環境の変化に敏感であり、その構造や機能を制御しようとした場合には困難を伴うことが多い。そこで近年、タンパク質の構造や機能を制御する手法として、ミセルやナノ粒子などに代表されるナノ構造体を用いたタンパク質の包接法の開発に注目が集まっている。しかし既往の研究で頻繁に用いられるナノ構造体は、サイズや形状のゆらぎが原理上避け難く、これが精密な分子制御の妨げとなっていた。明確な構造を持つ中空構造体にタンパク質を内包することができれば、構造の安定化や物性のコントロール、あるいは立体構造の新たな構造解析法の開発が期待できる。しかし、いくつもの試みが検討されてきた中、未だ「一分子」のタンパク質を「正確な構造」中に閉じ込めることができた報告例はない。そこで本研究では、巨大中空金属錯体M12L24を活用し、この構造のゆらぎ問題を解決することを目指した。M12L24型錯体は、錯体内面および外面の精密な化学修飾が可能であり、構成成分の数、位置、組成がすべて一義的に定まっている点に特長がある。これまでは主にフッ素鎖やアルキル鎖などを用いた官能基集積場として活用が進められてきたが、今回この錯体を生体分子修飾の土台として用いることを考えた。本錯体が直径3~7 nmと、生体分子にも匹敵するサイズを有している点も、修飾上非常に有利である。
今回、76残基から構成されるユビキチンを共有結合を介して配位子に直接導入し、この配位子を非修飾配位子およびPd2+イオンと共に混合することで、一分子のユビキチンが内部に包接された錯体の合成を試みた(図2)。核磁気共鳴分光法により拡散係数を測定したところ、(1)ユビキチンはM12L24錯体と同速度で拡散運動し、(2)その拡散係数はM12L24錯体の骨格サイズに応じて変化した。これらの結果は、ユビキチン包接錯体の生成を支持している。さらに超遠心分析を行った結果、目的のユビキチン包接錯体が、定量的かつ選択的に生成していることが明らかとなった。なお、[15N]ユビキチンを用いた核磁気共鳴分光法による評価から、ユビキチンは錯体中で球状構造を保っていることが確認されている。
図2 タンパク質包接錯体の自己集合の模式図。タンパク質(ユビキチン)は共有結合を介して配位子に連結され、他の配位子と共に自己集合した。検討の結果、右に示すような良質な単結晶が得られた。
しかし、ユビキチンの包接を示すこれら実験的証拠は、いずれも拡散係数や分子量データに基づく言わば「間接的」な議論であるため、我々は単結晶X線構造解析に基づく「直接的」な方法で、ユビキチン包接錯体の姿を可視化したいと奔走を続けた。長期間におよぶ結晶化条件のスクリーニングの結果、ユビキチン包接錯体の結晶化は、ユビキチン内包錯体のジメチルスルホキシド溶液に、酢酸イソプロピルを気相拡散させることによって得ることができた。しかし、先述した通り、得られた単結晶は真球に近い分子外形とその中空構造から溶媒含有率が80~90%と高く、加えてこれらが揮発しやすい有機溶媒系であることから、母液から取り出した結晶は、ものの数秒でその結晶性を失ってしまった。それゆえに、結晶のハンドリングや凍結方法のノウハウを確立するために多くの時間を費やし、良好な回折データを得られるようになるまで、およそ1年以上の時間を必要とした。
最終的なデータは、SPring-8 BL38B1およびBL41XUを用いて収集した。解析により得られた電子密度は、球状錯体の骨格部分については、狙った通りの分子構造でモデル化することができた。しかし一方で、ユビキチンを含む錯体の内部は、単結晶状態におけるユビキチン分子の配向・配置を精密には制御することができなかったために不明瞭であった。このような揺らぎの大きな、つまりピーク電子密度が低い構造を詳細に確認するには、通常の電子密度図では困難であった。そこで、理化学研究所 放射光科学総合研究センターの高田昌樹博士、高輝度光科学研究センターの熊坂崇博士、水野伸宏博士の協力を仰ぎ、最大エントロピー法(MEM)による電子密度の精密化と、精密化された電子密度をヒストグラム分析し、内部に包接されたユビキチンに由来する電子密度を可視化する手法の開発を行った[6][6] 水野伸宏、藤田大士、佐藤宗太、熊坂崇、藤田誠、高田昌樹:日本結晶学会誌 55 (2013) 211-217.。図3(a)に、本手法を元に解析したユビキチンに由来する0.35 e/Å3の電子密度分布とこの電子密度分布を基にしたユビキチンの包接モデルを示す。包接錯体の空隙の中心部にのみピークを観測することができ、ユビキチンが錯体内部に存在することを明確に示している。
図3 (a) ユビキチンの差電子密度分布(0.35 e/Å3)と、(b) 差電子密度分布を基にしたユビキチンの包接モデル。
今後、使用する配位子やその化学修飾、自己組織化条件などの検討で様々なタンパク質のカプセル化が可能になれば、タンパク質の機能制御や構造機能の解析に応用が期待される。例えば、生体内の環境を保ったままタンパク質を単独で捕捉することができれば、結晶化が難しいタンパク質でも、カプセルの構造や性質によって結晶化が可能となるため、タンパク質の解析にとって重要な結晶構造解析に革新的な進展をもたらし、創薬・生命科学分野において新しい応用に展開されることが大いに期待される。
3. まとめ
今回紹介した自己組織化は、設計通りに複雑な構造を持つ分子を作り出すことができ、分子構造に応じた特徴的な物性を調整できる、新しいものづくりの手法である。自然界における自己組織化に迫るほど多成分の精密自己組織化を達成することは、基礎科学的な興味にとどまらず、巨大かつ精密に構造制御された界面構造を利用した合成反応への応用、生体高分子との複合利用、さらにはナノ粒子との複合による産業的利用へと展開する上で重要な基盤となる。しかし、実験室系の単結晶X線回折装置では十分な強度と分解能の回折データが得られないため、試料の結晶性評価すらも困難であった。一方SPring-8の高輝度X線は、実験室系のX線発生装置から得られるX線を遥かに凌駕する輝度のX線が使用可能であり、球状錯体結晶においても構造解析可能な回折データセットを収集可能である。また、SPring-8のX線は指向性が高く、ビーム径が10マイクロメートルでもX線強度が極めて高いため、実験室系では不可能な微小結晶からも十分な強度の回折データを得ることができる。今後も、新しい物質群の開発には、SPring-8での単結晶試料測定が不可欠であり、化合物合成と構造解析双方をうまく連携させながら、研究開発を推し進める予定である。
参考文献
[1] 課題番号:2011B0039~2013A0039 (BL38B1), 2011B0042~2014A0042 (BL41XU)
[2] Q.-F. Sun, J. Iwasa, D. Ogawa, Y. Ishido, S. Sato, T. Ozeki, Y. Sei, K. Yamaguchi and M. Fujita: Science 328 (2010) 1144-1147.
[3] Q.-F. Sun, S. Sato and M. Fujita: Nature Chem. 4 (2012) 330-333.
[4] D. Fujita, K. Suzuki, S. Sato, M. Yagi-Utsumi, Y. Yamaguchi, N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Takata, M. Noda, S. Uchiyama, K. Kato and M. Fujita: Nature Commun. 3 (2012) 1093.
[5] (Review) K. Harris, D. Fujita and M. Fujita: Chem. Commun. 49 (2013) 6703-6712.
[6] 水野伸宏、藤田大士、佐藤宗太、熊坂崇、藤田誠、高田昌樹:日本結晶学会誌 55 (2013) 211-217.
東京大学大学院 工学系研究科
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(現所属)
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JST, ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト
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