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Volume 20, No.2 Pages 126 - 129

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

X線可飽和吸収を世界で初めて観測
The First Observation of Saturable Absorption Process in Hard X-ray

米田 仁紀 YONEDA Hitoki

電気通信大学 レーザー新世代研究センター Institute for Laser Science, University of Electro-Communications

Abstract
 X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAによって、X線領域で初めて観測された吸収飽和現象について述べる。これは、SACLAの性能を最大限活かして得られた新しいX線レーザー科学としての成果である。また、そこに至る研究を述べることで、XFELへの期待がどのように確信に変わっていったかを紹介する。
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SACLA

 

1. 自由電子レーザーへの期待と不安
 X線自由電子レーザーの建設[1][1] P. Emma et al.: “First lasing and operation of an ångström-wavelength free-electron laser” Nature Photon. 4 (2010) 641-647.が決まり、スペックが明らかになっていく中、その出力光の品質について、それが単なる強い光になるのか、レーザー光としての時間・空間・周波数空間で飛び出た光子密度をもった光になるのか、正直いってできてみるまでわからないと思っていた。今から20年以上前、FELは媒質を使わないレーザーという利点を生かし、それまで発振できなかった波長での連続的な波長チューニング性で注目されていた。しかし、遠赤外領域でも空間モード、時間モードのいずれについても多モードでバラバラだという印象があり、これが例え短波長化されても、魅力あるレーザーになれるのか、私自身かなり懐疑的だった。アメリカでLCLS(Linac Coherent Light Source)が提案されFeasibility studyが進む中でも、挙げられた提案の多くはパラメータを高い領域に外挿した研究が見られ、大多数の研究者たちはまだXFELのポテンシャルを信じていなかったのではないかと思う。私自身も、Desy(Deutsches Elektronen-Synchrotron)でEUV-FELを使っての実験が論文で出ている状況にあっても、あまり特異なものが来たという実感はなかった。また、2005年に日本でSCSS試験加速器が完成し、その中でK-B集光光学系を使って波長50 nmの光が6 μmに集光できても、テラワットを超える光学レーザーが10 μmまで集光している中で、強度的にも集光性能も飛躍的なものができたとはあまり感じられなかった。
 SACLA[2][2] T. Ishikawa et al.: “A compact X-ray free-electron laser emitting in the sub-ångström region” Nature Photon. 6 (2012) 540-544.が完成し、いよいよX線領域高強度実験が実現できるようになった。最初はどこまでできるかを探りながらの研究で、1 μm集光を使った実験からであった。Tiを使って光子エネルギーを5 keVまで下げ(SACLAは通常10 keV程度で運転している。)、非線形性が出やすいところを狙って実験を行った。しかし結果を見ると、変化よりもfluctuationの方が多いデータとなっていた。これではなにも出ないのではないか?と正直不安に感じる点もあった。ところがある時、SACLAの実験の“質”が変わる事態が起きたのである。

 

 

2. 質が変わった
 現在、SACLAの実験では、様々な研究において質が変わったとされるデータが出てきているのではないかと思う。我々の研究分野では、50 nm集光の実現が挙げられるだろう。一般に、相互作用はいくつかの閾値強度をもっている。X線の光子自身は単一光子で原子内の内殻電子をイオン化、励起することが可能なので、次の閾値強度は緩和時間よりも速い励起速度をもつ条件になる。硬X線ではK殻などの内殻電子が励起され、その空孔に向けてAuger過程などで外側の電子が遷移し、緩和することになる。つまり、この孔が開いた状態を保つためには、この緩和速度以上の速度で励起できればいい。
 光励起される速度は、吸収断面積σと照射強度I、光子エネルギーhνとすると

20-2-2015_p126_fig6

となる。これがAuger速度を超えるためには、数keV以上の内殻励起では1フェムト秒程度の時間であるから閾値強度としては1019 W/cm2となる。XFELのパルスは、大まかにはmJ, 100フェムト秒、0.1 mJ, 10フェムト秒であるので、強度では1010 W、この強度で1019 W/cm2を達成するには、どうしても100 nm級の集光が必要だ。これがSACLAにおいて、2段集光という手法で可能になったのである[3][3] H. Mimura et al.: “Generation of 1020 W/cm2 hard X-ray laser pulses with two-stage reflective focusing system” Nature Commun. 5 (2014) 3539.

 

 

3. なにが起きたのか?[4][4] H. Yoneda et al.: “Saturable Absorption of Intense Hard X-rays in Iron” Nature Commun. 5 (2014) 5080.
 この、励起速度>緩和速度(内殻空孔)となった時、いったいなにが起きたか?K電子があることで当たり前のように起きていた吸収が、吸収する電子がなくなったことで吸収係数が低下したのだ。通常K吸収端では、その前後で10倍程度吸収係数が変化している。これはK殻電子によるものとL殻電子による吸収の差であるが、吸収していた電子をなくせば10倍程度吸収を低下できる。前述に述べた緩和速度の見積もり上、これは1フェムト秒程度でおきるため、X線領域での初めてのスイッチであるだけでなく、超高速スイッチができることをも意味している。
 さて、Kramers-Kronigの関係式は、いわゆる線形応答関数の実部と虚部の関係を示しているが、前述のような方法で屈折率の局部にあたる吸収を変化させることができたので、その実部である屈折率も変化しているはずである。しかし、X線のデータベースを調べてみると、K吸収端での屈折率の変化は10-5程度なので、誘起できる屈折率差は大きくてもこの程度ということになる。数keVのX線の吸収長は固体の場合、およそ20 μmであり、10-5の屈折率変動があればΔnLで= 2 Åになる。レーザー光を完全に単一な波と考えられるのであれば、意味ある位相差をつけることは可能になる。
 一方、この屈折率変動は、一様媒質中にレーザー光の経路を自ら誘起させた光導波路のような役目になっている。いわゆるX線の領域の光ファイバーのようなものと考えられる。誘起された屈折率n1と元の非照射の物質屈折率n0の間に開口数20-2-2015_p126_fig7のファイバーが設置されたことになる。現実でもこれと同様のガイド効果を期待できるはずである。実際、今から思えば、可飽和吸収とともに、この効果が観測できるかどうかは重要な鍵であった。

 

 

4. できたこと
 実験ではSACLAの50 nm集光システムを用い、Feのフォイルを高強度に照射、その透過光のスペクトルを5 m程度後ろに配置した平面結晶分光器で分光した。検出器にはMPCCDを用い、分散方向に垂直方向は透過ビームの伝播角度強度分布(分光器の地点での空間強度分布)を計測している。Fig. 1に実験の概略図を示す。このセッティングで強度を変化させていくと、Fig. 2のような2種類のスペクトルが観測される。低照射強度では、Fig. 2(a)のようなクリアなK吸収端が観測される。使用しているSACLAの50 nm集光では、最終光学系でビームの中心部を切り出した形になるため、いわゆるニアフィールドは矩形の強度分布になっている。それを反映して観測されたスペクトル像は、低エネルギー側でK吸収端以下の透過率が高い部分が矩形の一様強度をもって観測される。それまでK吸収端以上の光子エネルギーで吸収が大きかった部分で透過光が観測されるようになったのだ。それが、照射強度が1019 W/cm2を超え始めると、Fig. 2(b)のように透過光成分は空間分布が入射波より狭くなったスペクトル図が現れる。

 

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Fig. 1 SACLAにおける2段集光光学系を利用した50 nm集光実験と、非線形透過率スペクトルの測定セットアップ。

 

 

20-2-2015_p126_fig2

 

Fig. 2 観測された透過スペクトルデータ。縦軸はスペクトルで下側が高エネルギー側、横軸は発散角を示している。入射ビームは横方向は集光ミラーで制限され一様強度であり、縦方向もほぼこの視野内で均一な強度分布になっている。(a)は照射強度1.3 × 1018 W/cm2、(b)は6.7 × 1019 W/cm2の状態での透過光のスペクトルを示している。

 

 

 分散方向のスペクトルを照射強度的に示したのがFig. 3である。これはFeの薄膜20 μmをターゲット試料とした場合のスペクトルであるが、高エネルギー側では集光強度が増加するにつれて透過率(吸収率)が増加(低下)し、低エネルギー側では逆に照射強度に従い、透過率は減少していく。それをグラフ化するとFig. 4のようになる。低エネルギー側(Fig. 4(a))では弱い強度から徐々に透過率が下がるのに対し、高エネルギー側(Fig. 4(b))では1019 W/cm2を超えた点で急激に透過率が増加していることがわかる。

 

20-2-2015_p126_fig3

 

Fig. 3 光子エネルギーによる透過率の照射強度依存性。強度が弱い場合は、通常のFeのK吸収端が現れている。強度が上がるにつれ、高エネルギー側で透過率の著しい増加が観測された。

 

 

20-2-2015_p126_fig4

 

Fig. 4 Fig. 3の低エネルギー側((a) hν = 7110 eV)と高エネルギー側((b) hν = 7130 eV)での透過率の照射強度依存性。(b)では可飽和吸収特有の閾値強度を超えた点からの急激な透過率の増加が観測された。

 

 

 これらは、準位密度のレート方程式をベースにした計算機シミュレーションによって説明が可能であり、低エネルギー側はL電子を中心とした吸収、高エネルギー側はK電子の吸収によりK電子密度が低下し、吸収率が低下した効果(可飽和)であることがわかった。
 一方、高エネルギー側で透過したビームではターゲット点からの発散角が低下していることがわかる。Fig. 5に、Fig. 3の高強度条件と低照度条件での発散角強度分布を示す。ここで重要なのは、現在のSACLAの集光は空間単一モードが実現されており、集光点から広がる光も、この波長での単一モードに近いということである。この状況で空間の発散角が低減したのは、空間モードの改善が理想に近い形で行われたからだ。基本的な光の伝播を考えれば、最も発散角が小さいものは基本ガウシアン型と呼ばれる強度、位相分布である。一方、矩形一様強度分布の光を集光した場合、集光強度はベッセル関数になり、空間モード的には多モード成分を含む。そのため発散角の低減をできる可能性が出てくるのだ。ここで重要になるのは、可飽和吸収により集光点では空間的にフィルターがかかるが、集光点でより小さな強度透過部を作っても発散角はλ/D(波長/口径)で決まるために、観測している分光器の位置でのビーム径は小さくならないことである。実験で得られた低発散角を説明するには、集光点で強度だけでなく位相も変調される必要がある。X線レーザーの波動光学に可飽和吸収による振幅・位相変調まで入れた計算により、この発散角の低下は説明できるようになった。

 

20-2-2015_p126_fig5

 

Fig. 5 可飽和吸収を起こした透過光の発散角強度分布変化。紫が照射強度1.3 × 1018 W/cm2、赤は6.7 × 1019 W/cm2の場合で、後者が可飽和吸収を起こし透過率が1桁上がった場合。透過光の発散角が低減され矩形強度分布からガウス型に近くなっていることがわかる。

 

 

 以上の可飽和吸収による、振幅、位相が変化する部分を固体内に作れたことは、光学レーザーの分野でよく使われるレーザー自己収束や非線形効果を使った光導波路形成に類似のものを硬X線領域でも作れることを意味している。飽和吸収強度は、前述したように原子の吸収断面積によるが、このような導波路形成には密度による効果も期待できる。例えば傾斜材料を使えば、ビームのdeflectionも可能になる。このように、あるクリティカルな強度を超えてきたために、X線レーザーとしての動的な波動光学利用が可能になってきたわけである。

 

 

5. 今後の展開
 X線自由電子レーザーと50 nm集光という高集光システムを使って、物質の光学定数を動的に変化させ、それによるマクロな能動的光学素子を実現できた。上述した以外の高強度の特性としては、実は高速応答性が考えられる。これは、例えば飽和吸収過程の閾値は、吸収による吸収原子密度の低下と緩和によるその吸収の復活速度との大小で決まるのに対し、閾値を超えた後はその可飽和吸収までの時間が強度により短縮化されることになる。これにより透過光の立ち上がり時間が短縮され、1020 W/cm2の領域では立ち上がり時間が1フェムト秒を切ってアト秒になることが、計算機シミュレーションで明らかになってきた。多くの超高速計測では、立ち上がり時間の鋭敏さが重要であり、今後の応用が期待できる。また、吸収が飽和するということは、固体内の原子のほとんどで1フェムト秒以下の時間で共鳴的なX線を放射する可能性があるということになる。これはその波長で利得が生じる可能性を示唆している。

 

 

 

参考文献
[1] P. Emma et al.: "First lasing and operation of an ångström-wavelength free-electron laser" Nature Photon. 4 (2010) 641-647.
[2] T. Ishikawa et al.: "A compact X-ray free-electron laser emitting in the sub-ångström region" Nature Photon. 6 (2012) 540-544.
[3] H. Mimura et al.: "Generation of 1020 W/cm2 hard X-ray laser pulses with two-stage reflective focusing system" Nature Commun. 5 (2014) 3539.
[4] H. Yoneda et al.: "Saturable Absorption of Intense Hard X-rays in Iron" Nature Commun. 5 (2014) 5080.

 

 

 

米田 仁紀 YONEDA Hitoki
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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