Volume 20, No.2 Pages 134 - 142
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第15回APS-ESRF-SPring-8-DESY三極ワークショップ報告
Report on the 15tn APS-ESRF-SPring-8-DESY Three-way Meeting
[1]国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター ビームライン基盤研究部 Advanced Photon Technology Division, RIKEN SPring-8 Center、[2](公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI、[3]国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL 研究開発部門 XFEL Research and Development Division, RIKEN SPring-8 Center、[4](公財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Controls and Computing Division, JASRI
1. はじめに
三極ワークショップは、第1回がESRFで開催されてから、一年半おきに欧州(ESRF)、米国(APS)、日本(SPring-8)の三極をめぐり、持ち回りで開催された。第12回がSPring-8で開催された際、PETRA-IIIが招待され、それ以降は欧州から2施設が参加する形となった。現在、三極ワークショップには4施設が参加するが、「三極」と表記するのは「三地域の」リング型大型放射光施設が集まる会議だからである。この度、2015年2月27日~28日にかけて、第15回三極ワークショップがSPring-8サイト内で開催された。本ワークショップの委員会では、3施設による持ち回り回数が5回を数え、その役割の再定義が必要な時期に来ているという認識があり、この回答を如何に引き出すかが重要なテーマだった。本会議に先立ち、サテライトワークショップとしてOpticsワークショップ(2月26日)が開催された。
初日午前のOpening Plenaryセッションは、石川哲也氏(理研、放射光科学総合研究センター長)によるOpening Addressと、土肥義治氏(高輝度光科学研究センター、理事長)によるWelcome Addressによって始まり、石川氏によるOpening Remarksのスピーチがなされた。初日の午前、午後でFacility Status Sessionと、Facility Highlights Sessionが開催された。
2日目は、3セッション(A、B、C)からなり、シングルセッション形式が採用された。午前にセッションA(Automation Beyond Protein Crystallography)とセッションB(Future Detector Strategy)、午後にセッションC(Data Policy)が開催された。続いて大橋治彦氏(高輝度光科学研究センター、光源・光学系部門)により、Opticsワークショップの報告がなされた。最後に石川氏の司会のもと、ワークショップの総括討論がなされ、Discussionの後、次回、初めてホスト施設となるDESYのEdgar Weckert氏より、2016年秋の開催の決意表明、参加歓迎の意が表明された。以下、三極ワークショップにおける発表内容を報告する。
2. Openingについて
Opening Remarksでは、石川氏が講演した。15回におよぶ三極ワークショップは、ESRF、APS、SPring-8がそれぞれ5回ずつホスト役を務め開催されてきたが、アンジュレータに最適化した第三世代の光源を作る技術の議論が展開され、有益だったことを述べた。また、Opticsワークショップも9回開催され、ダイヤモンド結晶、全反射ミラー、多層膜などの利用について最新の技術の情報交換が活発になされ、各施設の効率的発展に寄与したと述べた。アンジュレータ光源の技術は、現在、X線自由電子レーザーの光源にも発展的に応用され、その種を育んだ価値は高いと考えられる。現在、各施設でアップグレード計画が進展しており、その情報交換が本ワークショップの重要なテーマであると述べた。一方で、X線自由電子レーザー施設のアクティビティが広がっている。リング型放射光と、X線自由電子レーザー、双方とも、光源、利用研究の発展において、将来展望を確立していかないとならない。この際、相補的な役割分担が必要となるであろうという見解が述べられた。
3. Facility報告セッションについて
続いて4施設の代表者によって、Facility Status Sessionの講演がなされた。以下、それぞれの施設ごとに発表の概要を報告する。
ESRFについては、Francesco Sette氏(Director)がグルノーブル・サイトでの研究活動の現状と、施設の運転状況ならびにアップグレード計画について報告した。アップグレード計画に関しては、Phase I(2009−2015)で新しいBLの立ち上げや、BLのリニューアルを行ってきた。また、新しい研究棟の建設もなされた。Phase II(2015−)では蓄積リングを刷新して光源性能を大幅に改善し、4本のBLのアップグレードを行うとのことである。水平方向のエミッタンスを従来の4 nm・rad程度から、150 pm・rad未満に低減すべく改造を行うとのことである。
PETRA-IIIについては、Edgar Weckert氏(Director, Photon Science)がハンブルグ・サイトでの研究活動の現状と、施設の運転状況ならびにアップグレード計画について報告した。PETRA-IIIはすでにシャットダウンされ、2014年から改造が行われている。水平エミッタンスは現状1 nm・radであるが、改造後の長期目標としては50~60 pm・rad未満に低減したいとの話だった。真空紫外光用の自由電子レーザー施設としてFLASH1が10年間、実績を上げてきた。これに引き続き、ギャップが可変でseedingに適したアップグレードを行うためFLASH2の建設を行っており、1 MHz程度の高い繰り返し周波数を目標としていると語った。また、European XFELについては、最初の発振予定を2016年12月31日とする最新スケジュールが示された。リング型放射光と自由電子レーザー施設では、全く別のサイエンスを追求することになるだろうとの見解が示された。
APSについては、Stephen Streiffer氏(Deputy Director)がアルゴンヌ・サイトでの研究活動の現状と、施設の運転状況ならびにアップグレード計画について報告した。アップグレード計画については、Conceptual Design ReportのCD-2が2012年12月にレビューを受け、次の段階にいく途上とのことだった。6 GeV, 200 mAの7-bendの電磁石のラティスを組み、現状、3 nm・rad程度である水平方向のエミッタンスを50~70 pm・rad、垂直方向も7~50 pm・rad程度へ低減したいと語った。シャットダウン期間について6ヵ月で撤去を行い、6ヵ月でコミッショニングまで終えるとの計画を示したが、短く見積もり過ぎではないかという質問が寄せられた。2000年に設置された第一号の超伝導アンジュレータに続いて、第二号の18 mm周期の超伝導アンジュレータを2015年5月に導入予定との報告があった。APSを利用したユーザー数について、on-siteユーザー数が約4,000人/年、off-siteユーザー数が約2,000人/年との報告があった。これに対し、off-siteユーザーにサイト内の計算機にリモートアクセスするユーザーが含まれるかなど、質問があった。off-siteユーザーをきちんと定義して、このような場で共通認識を作る必要があるのでは、という意見が寄せられた。
SPring-8については、後藤俊治氏(高輝度光科学研究センター、光源・光学系部門長)が西播磨サイトでの研究活動の現状と、施設の運転状況ならびにアップグレード計画について報告した。ここ数年は、SPring-8では、専用施設のビームラインが主に建設されていると報告した。そして、新規ビームラインについて、目標とするサイエンスや、導入された実験装置、実験手法について説明した。新規BL用の空きは、残り5本となったとのことである。また、ナノビームを用いたルーチンな計測用ステーションの整備が進んでいるとして、BL37XU、BL39XU、BL25SUの進展状況が示された。2012年度に蓄積リングの冷却システムを刷新し、この結果、消費電力を低減できたと報告した。また、SPring-8-II計画のデザインのConceptual design reportを2014年11月に発表したと報告した。アップグレード計画については、現状のSPring-8のエミッタンス2.4 nm・radから115 pm・radへの低減を目指していると発表した。
Facility Highlightsのセッションでは、4施設の代表者から近年達成されたホットな研究成果が報告された。
まず、ESRFのHarald Reichert氏からはアップグレードのPhase Iでのビームラインの改修について、詳しい報告があった。全ビームラインを6つのグループに分けて、それぞれのグループで以下のような改修を行っているとのことである。“Structure of Materials Group”では6本のビームラインの内、4本で改修を行った。コロイドナノ粒子が溶媒を再構成するという研究成果が報告された。“Electronic Structure of Magnetism Group”では5本の内、3本で改修を行った。高圧下の鉄を融点付近に加熱し、X線吸収計測から融点付近の状態についての新しい知見、成果が得られたと報告した。次に動的圧縮を受けた鉄をターゲットとし、シングルショットでのEXAFS測定を行った成果について報告した。パルス長がそれぞれ、10ナノ秒、0.1ナノ秒のLASER光、X線を用いたポンプ・プローブ測定がなされた。“Dynamics and Extreme Conditions Group”では6本のビームラインの内、3本で改修を行った。“X-ray Imaging Group”では5本のビームラインの内、3本で改修を行った。三次元イメージングの技術により、古代の炭化したパピルス紙に書かれた文字を解読した成果が報告された。“Structure of Soft matter Group”では4本のビームラインの内、3本で改修を行った。X線光子相関分光法によって、金属的ガラスの原子レベル・高速ダイナミクスを解明した成果が報告された。“Structural Biology Group”では6本のビームラインの内、3本で改修を行った。デング熱ウイルスに対する人間の抗体の立体構造を決定したという成果が報告された。
PETRA-IIIのChristian Schroer氏は、以下の5つの研究成果について報告した。一つ目が、Hanbury-Twiss干渉計の強度相関の原理を利用し、光源の垂直サイズを求めた成果である。垂直サイズの測定結果は8ミクロン弱で、既知の値と誤差の範囲で一致した。二つ目が、流体力学的にセルロースの微小繊維を整列させ、凝集させる手法についての成果である。三つ目が、ニッケル金合金における磁気ドメインのダイナミクスをイメージング手法で観察した成果である。ポンプ・プローブ実験を行い、その際、ゲートをかけられる軟X線検出器を活用し、ナノ秒を切る時間分解能でX線磁気二色性を観察した。四つ目が、三次元Ptychography法を使い、複数レイヤーからなるフレキシブルなポリマー製太陽電池の内部構造を調べた成果である。五つ目が、高分子のシリアル結晶回折実験についての成果である。米国のX線自由電子レーザー施設LCLSで、本手法を最初にデモンストレーションしたグループが室温で実験を行い、有用性を示しているとの報告だった。
APSのDennis Mills氏は、以下の3つの研究成果について報告を行った。1つ目が、二酸化バナジウムの金属化についての成果である。室温近くの条件で、金属−絶縁体相転移を起こす二酸化バナジウムをターゲットとし、非弾性散乱測定を行い、フォノンの分散関係の計算結果と比べ、新しい知見、成果を得た。実験では、HERIXビームラインと呼ばれるエネルギーと運動量の分解が可能な非弾性散乱用ビームラインが用いられた。2つ目が、厚いタービン・ブレードの実時間観察が可能になったという成果である。65 keVで実験がなされたが、今年の5月に2台目の超伝導アンジュレータが導入され、高エネルギーのフラックスが上がるので、さらなる研究の進展が期待されると述べた。3つ目が、バクテリアによる感染のメカニズムの解明につながる研究成果である。タンパク質の構造の決定を行い、分子動力学的なシミュレーションを経て特定の病気に対する薬剤開発につなげたいとした。最後に、非弾性散乱研究などに使われる結晶として、従来のシリコンやゲルマニウムなどの対称性の高い物だけでなく、サファイアや、LiNbO3、水晶なども検討していくと述べた。
SPring-8の高田昌樹氏(理研、放射光科学総合研究センター)は、X線小角散乱(SAXS)実験を使って、再生医学に向けた研究がなされていると報告した。移植iPS細胞由来の心筋が心臓と同期して収縮しSAXS信号強度の変化がみられたという成果を紹介した。また、最先端の物質科学として、ドメイン構造の制御や可視化の研究が急展開している様子を報告した。磁性材料や光学異性体のドメイン構造を可視化した成果を示した。さらに、非弾性X線散乱のビームラインが稼働し、高いエネルギー分解能、高フラックスで量子ナノダイナミクスを研究し、地球内部の媒質中の音速や、内部のモデル決定に役立つ知見が得られていると報告した。この他にも、SPring-8が内外の機関との共同研究のフレームワークを積極的に立ち上げていることを示し、例えば、ケイロンスクールは8年間SPring-8で開催されているが、卒業生数が504人に達していると報告した。
4. テーマ別セッションについて
以下の3つのテーマに沿ったセッションが開催され、4施設代表者による講演と活発な議論がなされた。
セッションA “Automation Beyond Protein Crystallography”
本セッションでは、各施設における自動化開発の現状と今後の展望について議論することを目的とし、具体的には、Laboratory automation、Sample handling、Data Collection、Data processing、Remote access、Mail-in serviceをkey wordsとして講演を集めた。当日は、SPring-8、PETRA-III(DESY)、APS、ESRFの順に4件の講演を行った。SPring-8から、まず上野剛氏(理研、放射光科学総合研究センター)がMADOCA II上で、X線照射から試料交換、データ収集を一貫して行う制御システムとデータ処理について紹介した。この分野では自動化は必須であり、利用者からの要望に対応しながら進化しているとの発表を行った。続いて佐藤眞直氏(高輝度光科学研究センター、産業利用推進室)が小角散乱やXAFSにおける全自動測定の状況を紹介した。
Anja Burkhardt氏がPETRA-IIIの状況として、蛋白結晶構造解析(PX)、MXにおける自動化を中心に報告した。紹介された要素技術はP11で開発された自動試料搬送機構と従来よりも弱い力で試料を掴むことができるsample gripperなどだった。同様な仕組みは硬X線回折のビームラインP02.1でも利用できるように展開中であるとしていた。なお、P11で開発中の格子状、もしくは蜂の巣状に仕切られた多数の微小容器に微小結晶を収容し、ラスター走査を行うことで、高能率に微小結晶からの回折パターンを測定する技術が紹介され、興味深かった。
APSのEngineering Support Divisionに所属するCurt Preissner氏が蛋白結晶構造解析以外の利用分野(non-PX)において、tomography(02BM, 32ID)、USAXS(09ID, 15ID)、Powder diffraction(1BM)計測の現状と今後の整備計画を報告した。USAXSでは一般的なホルダーを採用し、試料交換と測定、および測定データの可視化ができるように整備されている。特定の試料形状についてはSPring-8の測定代行に相当するmail-in programに発展させることを計画している。Powder diffractionでは試料自動交換・自動測定が行われmail-in programも実施されているなど一定の効果を上げている。一方、tomographyは試料交換自動化を導入したが、多様な試料環境での測定が多いため殆ど使われていないとのことである。今後は膨大な測定データの処理方法の整備を中心に進めてゆく計画で、自動化されたビームライン(automated beamline)よりは洗練された高性能なビームライン(smart beamline)を目指し、成果創出に役立てるとの方針が示された。
ESRFのJean Susini氏は、“Beamline automation at ESRF”と題した講演において、ビームライン制御と測定データ収集の2分野における現状を報告した。全ビームラインを対象に光学系の自動調整や遠隔制御を進めているとのことである。ID21で開発されたmicro-XAFS測定における自動補正機能(エネルギー走査時のIG gap調整、分光器角度、FZP位置の自動調整と照射位置ずれの自動補正)や、多様な実験に迅速に対応できる自動配置切替マクロコマンド“change_setup”(IDやスリットの調整、検出器の変更、装置の入れ替え等々を自動で行い、15種の配置の中から1日に3種の配置変更が可能)が紹介された。ID22の粉末X線回折での試料自動交換と遠隔測定、ID30での遠隔MX測定、BM29における小角散乱測定と自動モデリングなど、測定データ自動収集についても紹介された。
どの施設の発表においても、さらなる自動化の発展のためにはデータ処理の高速化と高機能化が必要であることが触れられ、総括討論の中でも話題となった。
セッションB “Future Detector Strategy”
セッションBでは、検出器の取り組みについて議論が行われた。このセッションでは、個々の取り組みについて議論することよりも、各施設の戦略に焦点を絞ったセッションとなった。
最初に、初井宇記(理研、放射光科学総合研究センター)がSPring-8サイトでの検出器開発について報告を行った。SPring-8サイトでの開発として、SPring-8-IIに向けたフレームレート20 kHzの積分型高速X線画像検出器[1][1] 2021年度完成目標の開発。目標性能は次に記載。SPring-8-II, Conceptual Design Report, Part II-3, “Detector System”, (2014) http://rsc.riken.jp/pdf/SPring-8-II.pdf、2015年度に試験供用が予定されているCdTeを用いた光子計数画像検出器[2][2] JASRI制御・情報部門で取り組まれている開発。、および間接型検出器開発を紹介した。さらに、高速X線画像検出器の開発においては、中心部品である半導体集積回路開発への取り組みが、施設にとっての戦略決定として重要であると指摘した。半導体集積回路は一般に、集積度を上げれば上げるほど性能が指数関数的に向上する(ムーアの法則)。実際、集積度の向上による高速・高機能の次世代X線画像検出器が開発されつつある。これは産業界で1990年代後半から2000年代の後半の状況と共通している。当時の産業界では、集積度を上げるために製品あたりの設計コストが加速度的に増大した(10年間で14倍)。また、設計者に要求される技能の専門性が高まり、細分化された専門設計技能者が多数関わる大規模開発へと変化していった。X線画像検出器においても、現行の数名程度の集積回路設計者による集積回路開発から、10~20名程度の大規模な開発グループによる設計が効果的な時代へ移行していく可能性が高いと考えられる。集積回路設計は1年程度の短期間に実施するため、一定時期のみ多数の専門技能者が必要な時代に変化しつつあることになる。必然的に、集積回路の専門技能者を単一の施設のスタッフとして多数雇用することは現実的でなくなる。そこで理化学研究所では、産業界との連携を深め、民生用CMOSイメージセンサ開発に取り組んでいる専門技能者に、プロジェクトの必要性に応じて参加してもらう枠組みの構築に腐心してきた。さらに、これらのCMOSイメージセンサとX線画像検出器との技術的なギャップについては、理化学研究所が主導して解決するものとした[3,4][3] 可視用センサは受光層の厚みが2 µm程度と薄いのに対し、X線センサでは500 µm以上が必要である。またX線照射耐性として人工衛星などで要求される耐久性の1000倍以上が要求される。理化学研究所では、これら2つの技術的ギャップを埋めるための開発に集中して投資を行っている。
[4] T. Hatsui et al.: Proc. International Image Sensor Workshop (2013) 3.05.。
次にDESYのAschkan Allahgholi氏が、DESYの検出器開発グループの活動を紹介した。DESYの検出器開発グループは専任研究者26名からなる大きなグループで、ヨーロッパ内の多数の研究機関との共同プロジェクトとして4つの検出器開発プロジェクトを推進している[5][5] Lambda、AGIPD、PERCIVAL、DSSC検出器。CERNが中心となって開発したMedipix3という集積回路を利用したLambda検出器は、フレームレート2 kHzを実現できる光子計数型検出器である。シリコンフォトダイオードをX線受光部として持つシステム以外に、30 keV以上の高光子エネルギー領域でも感度が高い重元素材料のフォトダイオード(CdTe, GaAs, Ge)を持つシステムも開発しており、PETRAの6ビームライン、およびESRF、Diamond施設への導入が予定されている他、最近設立されたスピンアウト企業X-Spectrum社を通じて供給が可能な状況であるとの報告があった。これらはハイブリッド検出器と呼ばれる技術を採用しているが、ハイブリッド検出器に共通した課題としてモジュール間の不感領域が大きいことが挙げられる。そこで、edgelessセンサなどを活用した不感領域の小さな実装技術の取り組みについても紹介があった。この他にも、European XFEL用のAGIPD検出器、FLASH施設などをターゲットにした軟X線用CMOS検出器PERCIVALの開発が着実に進んでいることが報告された。
3番目の講演は、ESRFの検出器グループの責任者であるPablo Fajardo氏による講演であった。ESRFアップグレードのPhase I(2009−2015)において実施した活動について紹介があった。この期間で、多数のビームラインのアップグレードに対応して、最適化した検出器システムの供用を実現したとのことであった。具体例として、高分解能粉末構造解析ビームラインID22の6 Mcpsまで計数できるエネルギー分解Silicon Drift Detector(SDD)検出システム、5 kHzでデータ取得可能な間接型1次元検出器、超小角散乱計測用の間接型検出器、UPBL6/ID20の非弾性散乱計測器に組み込んだMAXIPIX検出器、専用のレンズ設計によって100 × 20 mm2の大視野、ピクセルサイズ49 µm、100 keVでの量子効率99%を実現した古生物学ビームラインID19の間接型検出器の例が紹介された。次に今後の取り組みとして、ESRFのアップグレードPhase II(2015−2021)期間の開発について、検討状況の報告があった。Phase IIの加速器開発により輝度が大幅に向上するが、これに対応し、(1)高エネルギーX線の検出のための間接型のシンチレーター開発、重元素半導体センサの高品質化、(2)高速画像取得・短い露光時間での計測のためのXFEL用のセンサの導入、間接型検出器のための新しい広大なミクスレンジCMOSイメージセンサ、多素子SDD検出器の開発、(3)高い空間分解能と1光子検出の両立を目的とした広ダイナミクスレンジの可視光センサの開発もしくは導入による新しい間接型検出器の実現、の3つを検討しているとの報告があった。
最後の講演は、Argonne国立研究所APS施設の検出器グループの責任者Antonino Miceli氏である。検出器グループの活動は、検出器・計測用エレクトロニクスの貸し出し対応、共同研究機関・企業との新規検出器開発に大別され、新規検出器開発について詳細の発表があった。バーストモード[6][6] バーストモードとは、一定数のフレームに限って高速に撮像できるモードをいう。で13 MHzでの画像取得が可能なFASPAXは、ポンプ・プローブ構造解析およびdynamic compression研究用として開発が行われている。パルスあたり1光子検出から105光子までの計測が可能な積分型回路をピクセルに実装している。もう1つの画像検出器は、X線検出時刻をマイクロ秒精度で記録できるX線光子相関分光(XPCS)に最適化されたVIPIC検出器である。いずれもDepartment of Energy(DOE)傘下の国立研究所間の共同プロジェクトとなっている。他にNIST、SLAC国立研究所との1 eVエネルギー分解能と高計数率を兼ね備えた多素子超伝導検出器開発などの紹介がなされた。開発研究のマネージメント面では、中程度の難易度を持つと考えられる開発にこそ特に留意する必要があるとの指摘があった。要素技術がすでに利用できるところから開発を実施する中程度リスクの開発案件は、計画初期にリスクを過小評価しがちで、開発の長期化、コストの大幅な超過を招く例があるとのことであった。
セッションの最後では、セッションのorganizerである初井が、各施設で開発している検出器の比較を行い、共通する課題として、(1)検出器開発のコスト・リソース増大への対応、(2)企業との協力関係の構築、(3)多数のscience caseで活用できる汎用的な検出器のための大規模な開発と、特定のscience caseでのみ重要な開発研究の両立、(4)将来の人材育成もにらみ大学の研究室が検出器開発に参加できる環境づくり、(5)開発成果のコミュニティ内での共有、を上げた。他の視点として、P. Fajardo氏は、大型放射光施設の特徴は高エネルギーX線が利用できる点にあるが、半導体検出器、間接型検出器ともこの領域の要求に十分応えられておらず、短期的に成果創出が困難であっても大型放射光施設はこの課題を真剣に考えていくことが重要との認識を示した。
セッションC “Data Policy”
各施設から実験データの創出に関する状況と得られたデータの取り扱いに関する基本的な考え方(データポリシー)についての報告があった。
ESRFのRudolf Dimper氏からは、EUのPaN-data projectの概要とそこで得られた成果として、データポリシーに関する原則、ユーザー認証基盤、共通データフォーマット、メタデータの標準化について説明がなされた。ユーザー認証基盤をEUの各放射光施設および中性子関連施設に導入することで、ユーザーコミュニティによる施設の相互利用状況が可視化され、施設の運用計画の効率化に役立つとのことであった。一方、上述のインフラストラクチャの整備を進めたにも関わらず、データの複雑さや実験者の意識の問題、またコストの問題などにより、一元的なデータ管理への移行が進まない現状があることが示されていた。これを解消するために、ESRFでは、巨大化するデータの解析やリアルタイム処理に対する支援を進めていくことが紹介された。
APSのBraian Toby氏は、データ管理の責任はユーザーにあり、APSは長期にわたるデータ保存の責務を負わないポリシーで運用していることを示した。一方で、年間2ペタバイトにもおよぶデータが創出される現状と、検出器のアップグレードにより1日10ペタバイトのデータが生成される可能性を示し、データリダクションや解析まで視野に入れたデータ処理ワークフローの重要性を強調していた。測定手段ごとに約25のデータ処理ソフトウェアの開発プロジェクトを立ち上げ、APSサイト内のスーパーコンピューターと連携したワークフローの例を紹介していた。
DESYのThorsten Kracht氏からは、EUの多くの放射光施設および中性子関連施設において、PaN-dataに則ったデータポリシーが浸透している状況の紹介があり、DESYの基本方針も同様であるとの説明があった。近年の成果物として、共通認証基盤Umbrellaと共通データフォーマットNeXus/HDF5による実験データポータル:The DESY Potalが紹介された。この実験データポータルでは、高性能化がめざましい検出器からのデータ収集システムとの連携が重要であり、実装内容の一部について紹介がなされた。
SPring-8の大端通(高輝度光科学研究センター、制御・情報部門)は、実験データリポジトリの実装紹介を中心とした報告を行い、実験データの収集から保存、公開までのマネージメントシステム構築の重要性について述べた。
それぞれの報告について議論が活発になされ、総合討論の時間が予定より短くなってしまった。各施設とも巨大化する実験データの取り扱いに苦慮しており、共通基盤化により将来への望みをかけている状況が明らかであった。また、データのオープン化を進めるという国際的な流れは施設のデータマネージメントに大きなインパクトを与え、今後注目していく必要があるという共通見解が得られた。
5. ワークショップの総括について
2日目最後には、ワークショップの総括がなされた。まず、最初に大橋氏から、サテライトワークショップであるOptics Workshopの報告がなされた。この発表に対し、今後の各施設のアップグレードで必要となる分光器などの振動低減をどう達成するのかという問題提起がなされ、議論がなされた。
続いて、“Discussion Session: Future Direction of the 3-way meeting”と題して、総括討論がなされた。石川氏が司会をし、三極ワークショップは、3施設による持ち回り回数が5回を数え、その役割の再定義が必要な時期に来ていると指摘し、これに対する意見を求めた。他にもSRIその他の学会があるが、それらの学会では議論することができず、三極ワークショップでしか議論できない議題の有無を問いかけた。これに対し、検出器関連の討論の場として、医学関係、高エネルギー科学関係の学会などがあるが、光科学の関係者が集まる場がほとんどない。このワークショップで検出器のセッションがあるのは、貴重であるとの見解が述べられた。共同研究は個々に枠組みを作って実行可能だが、三極ワークショップで議論すべき最大のテーマは、これからの高エネルギーリングのアップグレードであろうとの意見が寄せられた。また、XFEL施設との相補的な役割の検討も重要であり、XFEL施設からの発表者も募集したらどうかという意見が出た。参加者の多くに、三極ワークショップでの意見交換が継続されることを希望している様子が見られた。今後も、本ワークショップを継続し開催していく旨をうたって、総括討論は終了した。
最後に、Concluding Sessionが開催され、次回のワークショップのホストはDESYで、予定期日は来年の秋頃とのアナウンスがなされた。
6. 謝辞
欧米からの参加者には、大雪の飛行場から遠路はるばる西播磨の地に駆けつけていただいた方もいらっしゃいました。当日も寒い日が続きましたが、ご参加いただき、熱い議論を展開していただいた講演者の皆様、会場に集まっていただいた関係者の皆様に感謝を申し上げます。今回の三極ワークショップは、組織委員会が日程、概要を決定した後、実行委員会でセッション、見学、スケジュールについての詰めの作業がなされました。組織委員長の石川氏、実行委員長の鈴木昌世氏(高輝度光科学研究センター、研究調整部長)を始めとする関係各位のご努力に感謝いたします。最後に、サテライトワークショップから、三極ワークショップまで、3日にわたって、ゲストの受け入れ、会議運営に奔走していただいた高輝度光科学研究センターと理研・放射光科学総合研究センターのスタッフの皆様に、心より御礼を申し上げます。
Friday February 27, 2015
Opening Address and Remarks
Chair: Masayo Suzuki (SPring-8)
9:00 | Opening Address Tetsuya Ishikawa, Director of RIKEN Harima Institute (SPring-8) |
9:05 | Welcome Address Yoshiharu Doi, Director of JASRI (SPring-8) |
9:10 | Opening Remarks Tetsuya Ishikawa, Director of RIKEN Harima Institute (SPring-8) |
Facility Status Session
Chair: Masaki Takata (SPring-8)
9:30 | ESRF Status Francesco Sette, Director General (ESRF) |
10:00 | PETRA-III Status Edgar Weckert, Director, Photon Sciences (DESY) |
10:30 | Coffee Break |
11:00 | APS Status Stephen Streiffer, Interim Director (APS) |
11:30 | SPring-8 Status Shunji Goto (SPring-8) |
12:00 | Lunch |
Facility Highlight Session
Chair: Shunji Goto (SPring-8)
13:50 | ESRF Harald Reichert |
14:20 | PETRA-III Christian Schroer |
14:50 | APS Dennis Mills |
15:20 | SPring-8 Masaki Takata |
15:50 | Coffee Break |
16:10 | Group Photo |
16:20 | Site Tour |
18:15 | Mid-session Dinner |
Saturday February 28, 2015
Parallel Session A – Automation Beyond Protein Crystallography
Chair: Masaki Yamamoto (SPring-8)
8:30 | Advances in automation of macromolecular crystallography beamlines Go Ueno (SPring-8) Extending automatization to various measurement in SPring-8 Masugu Sato (SPring-8) |
8:55 | Automatic Sample Exchange of PETRA-III Anja Burkhardt (DESY) |
9:20 | Automation of the APS: New opportunities Curt Preissner (APS) |
9:45 | Beamline automation at the ESRF: current status and prospects Jean Susini (ESRF) |
10:10 | Discussion |
Parallel Session B – Future Detector Strategy
Chair: Pablo Fajardo (ESRF)
11:00 | Detector Development Strategy at the SPring-8 Takaki Hatsui (SPring-8) |
11:25 | Current DESY FS Detector developments and future plans Aschkan Allahgholi (DESY) |
Chair: Takaki Hatsui (SPring-8)
11:50 | New X-ray Detectors for the ESRF Upgrade Pablo Fajardo (ESRF) |
12:15 | Detector Development at the APS Antonino Miceli (APS) |
12:40 | Discussion |
13:00 | Luch-on Meeting |
Parallel Session C – Data Policy
Chair: Ryotaro Tanaka (SPring-8)
14:00 | The great data barrier Rudolf Dimper (ESRF) |
14:20 | The Management of the Photon Science Data at DESY Thorsten Kracht (DESY) |
14:40 | Drinking from a Firehose: Processing of Data from the APS Braian Toby (APS) |
15:00 | Vast sea of the data management Toru Ohata (SPring-8) |
15:20 | Discussion |
16:00 | Coffee Break |
CLOSING SESSION
16:20 | Optics Workshop Report Haruhiko Ohashi (SPring-8) |
16:30 | Discussion Session: Future Direction of the 3-way meeting Chair: Tetsuya Ishikawa (SPring-8) |
17:30 | Concluding Session Chair: Masayo Suzuki (SPring-8) |
18:15 | Move to the venue of the next session |
19:15 | Banquet, “International Collaborative Session” at Nadagiku, Himeji |
21:15 | Buses Departure for SPring-8/Kansai International Airport |
参考文献
[1] 2021年度完成目標の開発。目標性能は次に記載。SPring-8-II, Conceptual Design Report, Part II-3, “Detector System”, (2014) http://rsc.riken.jp/pdf/SPring-8-II.pdf
[2] JASRI制御・情報部門で取り組まれている開発。
[3] 可視用センサは受光層の厚みが2 µm程度と薄いのに対し、X線センサでは500 µm以上が必要である。またX線照射耐性として人工衛星などで要求される耐久性の1000倍以上が要求される。理化学研究所では、これら2つの技術的ギャップを埋めるための開発に集中して投資を行っている。
[4] T. Hatsui et al.: Proc. International Image Sensor Workshop (2013) 3.05.
[5] Lambda、AGIPD、PERCIVAL、DSSC検出器
[6] バーストモードとは、一定数のフレームに限って高速に撮像できるモードをいう。
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