Volume 20, No.2 Pages 176 - 183
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
2015A期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2015A
2015A期は7件の長期利用課題の応募があり、全て採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。
- 採択課題1 -
課題名 | 普遍元素を用いる高機能触媒の創製:先端放射光技術の包括的利用に立脚した触媒元素戦略の実現 |
実験責任者(所属) | 高谷 光(京都大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0114(BL02B1)、2015A0121(BL14B2)、2015A0122(BL27SU)、2015A0123(BL40XU) |
ビームライン | BL02B1、BL14B2、BL27SU、BL40XU(併用) |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題は、貴金属触媒を利用する現行の化学プロセスをFe、Mn、Co、Ni、Cuなどの3d金属元素で代替する新しい触媒システム創製を目指して、Fe触媒の分子構造、電子状態などの精密分析に基づいた触媒機構研究を行うことを目的としており、元素戦略の視点からも意義深い課題である。
これまで申請者は、XAFSを用いて反応液中のFe触媒中間体の同定と構造決定を行うなどの成果を挙げてきた。本課題は、申請者らによるこれまでの研究をさらに発展させ、BL14B2とBL27XUでのin situ XAFS測定、およびBL02B1、BL40XUにおける単結晶X線回折により、触媒前駆体と反応剤から触媒中間体が生成する過程や触媒中間体と基質分子との反応過程を解明することを目標としている。本課題は、目標達成に向けてフローセル開発などの実験技術開発を含む堅実で具体的な計画を有する上、各ビームラインの特徴を活かした複数の測定手法による多面的な研究であることから、長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
[実験責任者による研究概要]
近年、Pd、Pt、Rh、Ruなどの貴金属触媒を利用する現行の化学プロセスを、Fe、Mg、Alなどの地殻含有量の大きな普遍元素や、地殻含有量が大きな(~ppm)Mn、Co、Ni、Cuなどの3d金属元素で代替する「元素戦略」に則った新しい触媒システムの創製が喫緊の課題となっている。本研究課題では、SPring-8の先端放射光技術の多角的かつ集約的な利用によって、元素戦略に則った新しい触媒システム創成の推進を目的とした研究を行う。
触媒元素戦略において重要性の高い3d金属元素から合成された錯体触媒は、酸素や水分、熱に対して不安定であるだけでなく、一般に常磁性を示すため溶液NMRなどの従来の分光学的手法による分子構造解析は極めて困難である。申請者らは3d金属の中でも特に普遍性の高いFeを利用し触媒開発に注力した研究を進めてきた。その過程において、1)常磁性のために従来の溶液NMRでは困難な反応溶液中の触媒中間体の同定と構造研究にBL14B2における溶液XAFSが極めて有効な手法となること、また、2)BL02B1およびBL40XUにおける微小結晶の迅速単結晶X線構造解析が単離した不安定Fe触媒中間体の精密分子構造の決定に有効な手段となりうること、さらに、3)上記溶液XAFSのノウハウを活用することで、BL27SUを利用した溶液軟X線XASによるFe触媒中間体のL-edge XAFSに基づくFe触媒中間体の3d電子構造解析が可能であることを明らかとしている。そこで、本提案課題ではBL14B2での溶液XAFSによる触媒中間体の同定・構造推定を基軸として、BL02B1、BL40XUでの迅速微小単結晶解析およびBL27SUでの軟X線XAFSによるd電子構造解析というビームライン横断型の包括的放射光利用に立脚した触媒研究を行う。これによって、Feを始めとする常磁性3d金属の錯体触媒および触媒中間体に関する構造・物性研究ならびに反応機構研究の飛躍的な推進を成し遂げ、触媒設計に必要な基礎的知見を産学両分野に提供したい。
なお、有機溶媒中に溶解した金属錯体の構造決定を基軸として、錯体分子そのものの電子状態や反応性を包括的かつ定量的に解き明かすことのできる本手法は、3d金属に限らず遷移金属全般に有効な普遍的手法である。従って、本研究によれば既存の貴金属触媒反応(Pd、Pt、Rh、Ru)における未解決の諸問題についても一気に解決されるなど波及効果が期待される。また、BL27SUの軟X線解析とBL02B1の結合次数解析から、有機溶媒中での各種配位子の分光化学系列を定量的に決定することが可能であり、70年来の課題である有機溶媒中での正確な分光化学系列の決定が可能となるなど、基礎化学への大きな貢献も期待される。
- 採択課題2 -
課題名 | 革新的機能性ゼオライトの設計を目的とした生成メカニズムの時分割原子・ナノスケール解析 |
実験責任者(所属) | 脇原 徹(東京大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0115 |
ビームライン | BL04B2 |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題は、分子ふるい、イオン交換材料、触媒、吸着材料などの利用が増大し、年間100万トン以上製造されているゼオライトに対して、新規反応を実現するゼオライト、高触媒活性・高耐熱水蒸気性を併せ持つゼオライトを自在設計するための基盤技術を創出することを目的としている。そのために、本提案では、高エネルギーX線時間分割回折法を用いてゼオライト合成原料(非晶質)結晶化過程を原子レベルから理解し、それに基づき、結晶化過程をコントロールできる新しいプロセシング技術を開発し、新しい組成で新規反応を示す高特性のゼオライトを創製することを目指している。申請者は、ゼオライトの核発生・結晶成長を制御するボトムアップ法ならびに申請者が世界に先駆けて行った粉砕と再結晶法を組み合わせるトップダウン法のゼオライト作製法を活用することにより多くのニーズに対応できる技術を習得しているが、組成に関する自由度が少ないなど克服すべき製造技術の壁がまだまだ残されている。本課題は、その壁を克服するために、ゼオライトの生成過程、特に非晶質前駆体の結晶化過程を研究し、原子レベルから製造過程を理解することにより、ナノスケールでの構造制御を行い、新たなゼオライトを創製しようとする挑戦的なテーマであると考える。
申請者の研究はすでに、ゼオライト合成原料の前処理による新規組成ゼオライトの合成や、ゼオライトのポスト処理による新規組成ゼオライトの調製など、着々と新たなゼオライトの創製を試み、成功しており、ゼオライト分野における最大の問題点である生成メカニズムが原子レベルで理解できれば、さらなるこの分野の発展を期待することができる。今後の世界・日本の、資源・エネルギーおよび環境事情を鑑みるに、より優れたゼオライトが必要とされていることから、世界をリードすべきゼオライトの製造技術の向上を見据えた本研究は、欠くべからざるものである。よって、本申請課題は長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
ただし、本課題では、時間分割測定による膨大な実験データから詳細な構造学的特徴を引き出し、ナノスケール構造制御のための構造学的情報を整理する必要があることから、構造解析グループを充実させ、本研究を効率良く遂行することを期待する。
[実験責任者による研究概要]
ゼオライトは持続的社会の形成のために大きく貢献するキーマテリアルといっても過言ではなく、今日では年間100万トン以上製造されている。さらに、ゼオライトの特性が触媒プロセス、工業プラントの性能・サイズなどを決定しており、その波及効果は極めて大きい。ゼオライトは主に構造規定剤含有アルミノシリケート非晶質を水熱条件下で加熱・結晶化することにより得られるが、出発物質が非晶質であることから、その生成過程は十分に解明されておらず、経験則に基づいたトライアルアンドエラー的なアプローチにより新規材料合成が試みられてきた。今後、こういった材料開発において日本が世界を先導する立場をとるためには、その生成過程を原子・ナノスケールで調べることにより、構造規定剤や構成元素の役割を明確にし、得られた情報に基づいた設計を試みる必要がある。そのためには、回折パターンのブラッグピークの有無にかからず、原子・ナノスケールにおける構造情報が直接観測できる、X線二体分布関数(PDF)解析および、その情報に基づいた構造モデリングによる3次元構造解析を時分割で行う必要がある。SPring-8の特徴である60 keV以上の高エネルギーX線を用いれば、世界最高レベルのPDFデータを取得することができるため、これを最大限に生かした長期利用課題を提案する。
本提案では、高エネルギーX線全散乱測定を軸としたゼオライト合成原料(非晶質)の結晶化過程を時分割測定により理解することを第一の目的とする。また、第二の目的として既往の合成手法に加え、セラミックプロセッシングを応用したプレおよびポスト処理を行うことにより、今までに報告例のない新しい組成を持つゼオライトを創造し、新規反応を実現するゼオライト、高触媒活性・高耐熱水蒸気性を併せ持つゼオライトを自在設計するための基盤技術を創出することにある。
本申請の全体像は以下の通りである。即ち、代表的な触媒であるFAU型、MFI型、BEA型、MOR型、MSE型、MWW型、CHA型ゼオライトを研究対象として、ヘテロ元素の骨格導入を試みる。また、高Si/Al比化が困難なゼオライトとしてERI、CAN型ゼオライトを、低Si/Al比化が困難なゼオライトとしてDOH型、SFE型ゼオライトを研究対象とする。本申請では、①セラミックプロセッシングを応用したゼオライトのプレ・ポスト処理による高機能化、②高エネルギーX線全散乱測定を用いた解析によるアルミノシリケートおよびヘテロ金属含有前駆体構造の理解およびその結晶化メカニズム解明、③新規触媒反応の発現を目指した特性評価および耐水熱性評価、の3項目の研究を行う。
上記研究トピックスにおいて、以下のように、段階を踏んだ測定を予定している。
・ゼオライト結晶化前後の非晶質粉末のex situ測定(最も基本的なサンプル状態の確認:10~30分かけて測定)。
・ex situ測定の結果を考慮し、ある程度的を絞って上記粉末の精密ex situ測定(30分~2時間かけて測定)。
・ゼオライト結晶化に関する重要なサンプルに関しては精密時分割全散乱測定(in situ測定:セットアップを含め、~数日)。多くのデータを取得後、シミュレーションを通じてその3次元構造可視化を行う。
- 採択課題3 -
課題名 | サイト選択原子イメージングを基盤技術とした蛍光X線・光電子ホログラフィーの相乗利用研究領域の開拓・創成 |
実験責任者(所属) | 林 好一(東北大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0116(BL13XU)、2015A0124(BL25SU) |
ビームライン | BL13XU、BL25SU、BL39XU※(併用) |
審査結果 | 採択する |
※2015A期は、BL39XUへのビームタイム配分が無いため課題番号も無い。
[審査コメント]
本課題は、蛍光X線ホログラフィーと光電子ホログラフィーの高度化を目指して新たな装置を導入し、2種類の注目される試料、光触媒(Rh, IrドープSrTiO3)と超電導材料(FeSe)を対象として、相乗利用によるサイト選択イメージングにより、触媒材料の活性サイトの同定、超電導材料の表面・バルク局所状態の究明を目指している。
本課題は新学術領域研究「3D活性サイト科学」の一環として行われる一面を持ち、同プロジェクトで上記装置などが整備される。手法の開発的要素もあり、原則的として、腰を落ち着けて推進すべき課題であり、長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
ただし、実験計画の中に、明らかに一般課題で遂行すべき内容が含まれているので、各期のビームタイム配分は、この点を考慮してなされるべきである。具体的には、平成27年の研究計画は、新たに開発する装置の立上、技術の開発となっているが、2015Aでは、25SUで新たに立ち上げる光電子ホログラフィー装置(RFA)だけでなく、すでに実績のある装置での実験も計画されている。後者は一般課題で遂行すべきと判断する。同様に、13XUで高度化した蛍光X線ホログラフィー装置を立ち上げる一方で39XUでの利用を含めているが、この部分もまた、一般課題で遂行すべきと判断する。
[実験責任者による研究概要]
機能材料には、物質が機能を発現するための原子サイト、即ち「活性サイト」が存在する。半導体中のドーパントや触媒の反応サイトなどがその例である。「活性サイト」の原子配置を理解することで、既存材料の飛躍的な機能向上、さらには、全く新しい新規材料のデザインが可能になる。三次元的に「活性サイト」を可視化する測定技術は、材料科学の発展にとって必要不可欠なものである。蛍光X線ホログラフィーや光電子ホログラフィーなどの原子分解能ホログラフィーは、特定元素を狙い撃ちし、その周辺の三次元原子像を表示させる手法であり、日本はこの分野で世界の先端にいる。また、原子分解能ホログラフィーは、数nmにわたる広い範囲の局所構造、即ち中距離局所構造を評価できるため、長距離秩序周期構造を観測するX線回折や単距離規則構造を観測するX線吸収微細構造法に続く、第三の原子レベル構造観測手法に位置づけることができる。この特徴から、nmオーダーの特異なクラスター構造など、従来手法では一部想像に頼るしかなかった原子配列の全体像を解明する研究への応用が期待されている。
一方、バルク測定に向く蛍光X線ホログラフィーと表面観測に向く光電子ホログラフィーは、中距離構造解析技術としての類似性があるにも関わらず、長年にわたる継続的な手法開発の結果として、各々の計測に適した測定試料を選んで研究されてきた経緯がある。また、透過型電子顕微鏡や走査型トンネル顕微鏡などの他の原子分解能顕微鏡と組み合わせた研究も殆ど行われてこなかった。このような歴史的背景は、調べたい材料・物性が研究の入り口でなかった問題によりもたらされ、原子分解能ホログラフィーの展開を阻んできた。そこで、本長期利用課題では、材料開発研究者側の立場に立ち、真に知りたい構造情報を、蛍光X線ホログラフィー、そして光電子ホログラフィーの両者を駆使することによって導き出し、新規材料創製に繋げることを目標とする。
高機能材料の多くが複雑な構造を持ち、機能を司る添加元素も複数の状態(例えば価数の異なるもの)を持つものが多い。例えば、インバー合金、触媒、超電導物質、シンチレーターなどである。材料開発研究者には、まさに、状態の異なる元素の局所構造を観測し、活性サイトの同定を行いたい、という欲求がある。従来の元素選択的な原子イメージング技術では、このような問題点を解決できない。従って、本申請では蛍光X線ホログラフィーと光電子ホログラフィーの相乗研究を推進するとともに、それぞれのサイト選択イメージング技術を確立する。
- 採択課題4 -
課題名 | スピントロニクスデバイスの外場誘起スピン秩序現象の可視化 |
実験責任者(所属) | 小野 輝男(京都大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0117(BL25SU)、2015A0125(BL39XU) |
ビームライン | BL25SU、BL39XU(併用) |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題は、次世代スピントロニクスデバイス開発において鍵となる外場誘起スピン秩序現象に関し、その発現メカニズムに直結する電子状態変化をX線ナノビーム磁気分光計測手法によって元素選択的かつミクロスコピックに明らかにすることを目的としている。
本課題での研究テーマは、①電圧誘起磁性の元素・界面選択的観察、②スピン流に起因するスピン蓄積現象の可視化である。具体的には、硬X線MCDによる非磁性Pt薄膜の観察および軟X線MCDによる隣接するFe、Co薄膜の観察、あるいはPt薄膜に蓄積されたスピンの直接観察および隣接するFe、Co強磁性層への転写効果の観察、即ち、非磁性/磁性界面を形成する両元素を硬X線と軟X線によるナノビームで明らかにすることを目指している。
申請者らは、すでに一般課題を利用して外場誘起スピン秩序現象に関して、電圧印加によるCo超薄膜の磁気転移温度制御、Co超薄膜の磁壁移動速度の電圧変調、Fe超薄膜の電圧磁化制御、MgO/Co/Pt膜の磁気異方性制御という成果など、外場印加下のその場観察技術では研究進展が図られており、これまでの外場制御技術の開発を始めとした着実な研究を踏まえた長期的な実験計画となっている。
本課題を通して得られる知見は、将来のスピントロニクスデバイス開発のみならず、抵抗変化メモリ、誘電体メモリなどの外場制御による新規デバイス開発など産業基盤技術の発展に資すると期待できる。また、高輝度硬X線および軟X線を利用したナノビームによるMCD測定技術ではSPring-8が研究手段として不可欠であることは明白である。よって、本課題は、長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
[実験責任者による研究概要]
ノーベル賞受賞となった巨大磁気抵抗効果の発見以降、スピンと電荷の2つの自由度を利用するスピントロニクスが急速に発展してきた。巨大磁気抵抗効果がハードディスクの読み取りヘッドに利用され、トンネル磁気抵抗効果を利用した不揮発性磁気メモリが開発されるなど、スピントロニクスは基礎現象の発見と理解がイノベーションに直結する魅力的な研究分野である。
スピントロニクス分野の最近の進展として、電流注入によるスピンホール効果や電圧による磁性制御などの外部誘起スピン秩序現象が挙げられる。これらの現象は高速低消費電力な新規スピントロニクスデバイスへの利用が期待され、世界的に盛んに研究がなされている。
本研究課題では、次世代スピントロニクスデバイス開発において鍵となる外場誘起スピン秩序現象を、SPring-8を利用したナノビーム磁気分光測定によって、電子状態の観点から解明することを目的とする。外場印加条件下でのその場観察手法を開発し、電流注入によるスピンホール効果や電圧による磁性制御などの発現機構を、元素選択的な電子状態の直接観測というミクロな視点から解明する。
本研究課題を遂行することで、外場誘起スピン秩序現象を解明するとともに、SPring-8のナノビーム磁気分光技術を外場印加下でのその場観察手法へと発展させることができる。本研究課題で開発された技術手法は、磁気メモリなどのスピントロニクスデバイスの動作下その場観察への利用によって、新規デバイス開発に大きく寄与すると期待される。
- 採択課題5 -
課題名 | ナノX線顕微分光法を利用した分子環境地球化学的アプローチによるサステナブル科学の推進 |
実験責任者(所属) | 高橋 嘉夫(東京大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0118(BL01B1)、2015A0126(BL27SU)、2015A0127(BL37XU) |
ビームライン | BL01B1、BL27SU、BL37XU(併用) |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題は、ナノX線顕微分光法を用いて、環境・エネルギー科学を推進することを目的としている。具体的な研究内容・対象は、1. エアロゾル(PM2.5)中の鉄(温暖化・気候変動関連)、2. マンガン団塊・硫化物中の白金(資源科学)、3. 風化花崗岩中のレアアース・セシウム(環境科学)、4. 微生物によるリーチング・資源回収(バイオテクノロジー)である。
環境・エネルギー科学の推進は、サステナブルな社会を実現する上で、極めて重要であり、その推進のために、高輝度放射光が有する潜在力を最大限に活用することが期待される。課題申請者はこれまで放射光の環境科学への応用において、数々の研究実績を挙げてきた。これらを元に、本課題では、複数のビームラインを用いたナノX線顕微分光法の高度化および活用を通して、高輝度放射光が環境・エネルギー科学に資する有力なツールであることを社会にさらに広く示す成果が得られると期待できる。よって、本課題は、長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
下記の点に留意して本課題を遂行し、上記の期待に応える成果創出を期待する。
1. インハウススタッフとの連携を密にとり、ナノX線顕微分光法のさらなる高度化を実現すること。
2. 本課題中の4つの研究テーマが、測定手法および研究成果の両面で相乗効果を持つように、課題申請者が強いリーダーシップを持って、チームを有機的に纏めて本課題を遂行すること。
3. 高輝度放射光が有する環境・エネルギー科学へのインパクトを、研究成果を通して、迅速にかつ効果的に社会に発信すること。
[実験責任者による研究概要]
持続可能な(サステナブル)社会の実現は、全人類にとって必須の課題である。そのため現代の科学者は、それぞれの専門の立場からサステナブル科学(=「サステナブル社会実現のための基礎科学」)を推進することが期待される。特に地球・環境科学においては、現状の地球環境問題の実態解明・対策や新たな資源開発によるエネルギー・資源の長期的利用への貢献が重要である。我々のグループでは、化学素過程の解明を基に地球表層で起きている物質循環・元素の挙動に関する研究を進めてきている。こうした化学素過程の解明は、有害元素の挙動(環境問題)、有用元素の濃集現象(資源科学)、地球温暖化問題などの多くの問題の理解・解決の基盤となる。我々は、天然試料の分析や室内模擬実験などの様々な系に対して種々のX線吸収微細構造(XAFS)法を利活用することで、地球表層で起きる化学素過程の解明に基づく環境化学・物質循環・資源化学の研究を進め、このような分野を分子環境地球化学と呼んで精力的に研究を進めている。特にSPring-8では、絶え間のない技術革新の末、硬X線では世界最高レベルの100 nmオーダーの微小X線ビーム(ナノビーム)を利用した蛍光X線分析や顕微XAFS分析が可能となってきた。さらに近年では、2次元(2D)および3次元(3D)のFull-field 顕微イメージングも開発が進行中であり、3D走査型顕微XRF−XAFS分析の開発も検討されつつある。また4 keV以下の軟X線領域のXAFS・顕微XAFSの利用も進んでいる。
以上のことから、本研究では分子環境地球化学的に重要な研究対象に対して、SPring-8の先端ナノX線顕微分光法を中心とした計測により化学素過程の解明を実現し、これを通してサステナブル科学の進展に寄与することを目的とする。具体的テーマとして以下の3つを挙げたが、本研究で特に重要な点は、様々な実試料への応用を進めることで最先端のナノX線顕微分光法を最大限に活用し、実試料へ適用する際の種々の課題をクリアし最適化を進めることにある。特にナノXRF/XAFS/XRD分析に加えて、2D/3D Full-field 結像型顕微イメージング、微量元素の化学種の3Dイメージングが可能な3D走査型顕微XRF/XAFSのような多彩な手法を統合的に利用し、分子環境地球化学の進展を図ることを目指す。
<1. エアロゾル中の元素の化学種解明と地球温暖化への影響の推定>
本研究では、エアロゾル粒子中の様々な元素の1粒子ごとの化学種を100 nm集光X線を用いたXAFS(XANES+EXAFS)により調べる。例えば、北太平洋などのHNLC海域で植物プランクトンの増殖を制限している鉄の化学種解明によりエアロゾル中の鉄の水溶性を調べ、植物プランクトンの増殖と二酸化炭素吸収に与える鉄の影響を明確にする。一方、シュウ酸は単体では吸湿性で雲形成による地球寒冷化効果を持つとされている。しかしシュウ酸は錯体を生成すると吸湿性が下がるため、様々な金属イオンに対してシュウ酸錯体の生成を調べ、シュウ酸による地球冷却効果の定量化を進める。
<2. 有用元素や有害元素の濃集過程の解明>
サステナブル社会構築のためにも重要なハイテク産業の展開には、レアメタル・レアアースの利用が不可欠であるが、資源の希少性や偏在性ゆえに多くの問題が起きている。これらの有用金属資源の生成メカニズムを明らかにすることは、類似の金属資源を探索する上で重要な指針を与える。白金などのレアメタル資源として、太平洋海底のマンガン団塊や中国の黒色頁岩(有機物を多く含む堆積岩)への元素濃集が報告されているが、その濃集過程は分かっていない。本研究では、SPring-8で利用可能な超高感度顕微蛍光分光XAFS計測により、この白金などのレアメタルの化学状態を明らかにする。
<3. 微生物を用いた資源回収の研究>
レアメタルの問題解決のためには、低コスト製錬技術の開発も急務であり、微生物を利用した低コスト型金属製錬技術「バイオリーチング」が注目を浴びている。本研究では、ナノXRF−XAFS分析を利用して、微生物細胞周辺の対象金属元素の観察に基づいて、微生物による鉱物溶解代謝反応を分子レベルで解明する。研究対象として、レアメタルを多く含有する海底の硫化鉄を用い、微生物-鉱物界面の鉄や白金などの化学種を直接観察することで、バイオリーチング機構を解明する。
- 採択課題6 -
課題名 | ゲノム編集ツールCas9エンドヌクレアーゼのX線結晶構造解析 |
実験責任者(所属) | 濡木 理(東京大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0119 |
ビームライン | BL41XU |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題はゲノム編集に使われるCas9エンドヌクレアーゼ(DNA切断酵素)の結晶構造解析を主眼とするものである。Cas9エンドヌクレアーゼは、従来のゲノム編集ツールと比較して簡便・迅速に標的配列の変更が可能であるため、ここ1、2年の間に急速にその利用が拡大し、現在では世界的に広く使われている。しかしその使用にはいくつかの制限があり、これをさらに汎用的に利用可能とするためには、その編集機構を構造面から理解する必要がある。
Cas9エンドヌクレアーゼはガイドRNAと結合し、それと相補的な二重鎖DNAを切断する。申請者らはすでにCas9・RNA・一本鎖DNA三者複合体の結晶構造解析に成功しているが、本ゲノム編集ツールの効率向上のためには、これまで用いられているStreptococcus pyogenes以外の生物に由来する同種タンパク質や、同等の機能を持つ類似タンパク質、遺伝子改変を行ったCas9、さらには多くの異なる配列を持つDNAとの複合体を結晶化し、構造を解明しなければならない。本課題ではこれらの研究を通じて、利用上の制約がより少なく、細胞への導入効率の高いCas9変異体を作成することを目指している。
本研究グループは、結晶構造解析以外の方法でCas9の機能解析を行う態勢も有しており、成果が期待できる。本ゲノム編集ツールは世界的に開発・改良が進行中であり、特許も含めて厳しい競争環境下にある。我が国がこの研究において世界の先頭に立つためには、継続的なSPring-8アンジュレータビームラインの利用が不可欠であると考える。
よって、本課題は、長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
[実験責任者による研究概要]
Cas9は原核生物の持つCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するRNA依存性DNAエンドヌクレアーゼである。Cas9は2つのヌクレアーゼドメイン(RuvC、HNH)をもち、crRNA(CRISPR RNA)、tracrRNA(trans-activating crRNA)とよばれる2種類のガイドRNAと複合体を形成し、crRNA中の20塩基のガイド領域と相補的な標的2本鎖DNAを認識し切断する(Jinek et al., Science 2012)。標的2本鎖DNAのうち、crRNAのガイド配列と相補的なDNA鎖(cDNA)はHNHドメインにより切断され、もう一方のDNA鎖(ncDNA)はRuvCドメインにより切断される。標的2本鎖DNAの切断にはcrRNAとの塩基相補性に加え、標的配列近傍にPAM(Protospacer Adjacent Motif)とよばれる特定の塩基配列が必要である。PAMは生物種によって異なり、現在ゲノム編集に応用されているStreptococcus pyogenesに由来するCas9(SpCas9)はNGGの2塩基をPAMとして認識する。crRNAとtracrRNAを人工的にリンカーでつないだsgRNA(single-guide RNA)もガイドRNAとして機能し、Cas9とsgRNAを標的細胞の核に共発現させることで配列特異的なゲノム編集が可能であることが2013年に初めて報告された(Mali et al., Science 2013、Cong et al., Science 2013、Jinek et al., Elife 2013)。その後、Cas9-sgRNAシステムはゲノム編集ツールとして急速に普及している。
申請者らはこれまでにSPring-8 BL32XUおよびBL41XUを利用し、SpCas9-sgRNA-cDNA三者複合体の結晶構造を2.5 Å分解能で決定し、Cas9によるRNA依存性DNA切断機構を世界に先駆けて報告した(Nishimasu et al., Cell 2014)。その5ヶ月後、別のグループにより、SpCas9-sgRNA-cDNA-ncDNA四者複合体の結晶構造が決定され、SpCas9によるPAM認識機構が解明された(Anders et al., Nature 2014)。これらの結晶構造から、Cas9の作動機構の理解は飛躍的に進んだが、Cas9-sgRNAシステムをゲノム編集に応用するにあたり解決すべき問題点は依然として残されている。まず、Cas9による標的DNAの切断には、ncDNAの切断部位近傍のPAMが必要であるため、ゲノム中の任意の部位を標的とすることができない。さらに、現在ゲノム編集に利用されているSpCas9は比較的大きなタンパク質であり、ウイルスベクターを用いて動植物細胞へ導入する際の導入効率が低いという問題点がある。本研究課題では、Cas9オルソログの結晶構造を決定することにより、Cas9のRNA依存性DNA切断機構の全貌を明らかにし、より効率的なゲノム編集ツールの開発を目指す。
- 採択課題7 -
課題名 | 自己組織化巨大球状錯体分子群の単結晶X線構造解析とタンパク質構造解析への展開 |
実験責任者(所属) | 藤田 誠(東京大学) |
採択時の課題番号 | 2015A0120(BL38B1) |
ビームライン | BL38B1、BL41XU※(併用) |
審査結果 | 採択する |
※2015A期は、BL41XUへのビームタイム配分が無いため課題番号も無い。
[審査コメント]
本長期利用課題は、申請者のグループがこれまで構築してきた自己組織化巨大球状錯体分子の合成技術とSPring-8構造生物学ビームラインBL38B1、BL41XUを用いた単結晶構造解析技術を発展させ、
1)小分子とタンパク質との中間領域にある「フロンティア物質群」の創製に資する巨大球状錯体分子の構造解析を実践する(「フロンティア物質結晶学」の創出)
2)巨大球状錯体分子によるタンパク包接技術を活用し、革新的アプローチによるタンパク構造解析を実践する(タンパク構造解析の革新)
というものである。
申請者のグループがこれまで創製してきた巨大球状錯体分子は、小分子とタンパク質との間のサイズ領域にある物質群である。これは、単にサイズが中間領域にあるだけでなく、空隙率など、様々な点で既知のものと異なった性質を示す。構造決定の視点においても、原子解像度での構造決定が必須の小分子結晶と分子解像度での解析を基本とするタンパクの双方とも異なるため、既存概念での理解が非常に困難である。このため、それぞれの解析技術を融合した新しい「フロンティア物質結晶学」の創出が必要となり、これを第一の目標にしている。
また、申請者のグループは、前長期利用課題において「フロンティア物質結晶学」の基盤となる巨大球状錯体分子の構造決定や巨大球状錯体分子内に包接されたタンパクの可視化に成功している。本申請課題では、この基盤技術を発展させ、タンパク質結晶への高効率かつ簡便な重原子導入法の開発、不安定な膜タンパクの包接による安定化、タンパク質の配向制御を実践し、革新的なアプローチによるタンパク質結晶構造解析技術の開発を行うことを第二の目標にしている。
本長期利用課題は、これまでに実施した長期利用課題の成果を踏まえた上で、明確な目標とそれを実施するための適切な研究計画が立てられており、今後も大きな成果が期待できる。このため、本申請課題を長期利用課題として採択するものとする。課題実施に際しては、放射光実験基盤の活用と本長期利用課題に特化した実験技術、および解析技術の開発がより一層重要となるため、これまで以上の施設側との密接な協業が、確実な課題推進と成果創出にとって必要である。
[実験責任者による研究概要]
複数の配位サイトを有する剛直な多座配位子と遷移金属イオンとの自己組織化を利用すると、高い対称性とユニークな形状を持つ自己組織化錯体を合成することができる。我々の研究グループではこれまでに、金属イオン(M)と有機分子(L)の自己集合に基づく、MnL2n組成を持つ巨大球状錯体分子の合成と、その機能デザインに取り組んできた。自然界における自己組織化に迫るほど多成分の精密自己組織化を達成することは、基礎科学的な興味にとどまらず、巨大かつ精密に構造制御された界面構造を利用した合成反応への応用、生体高分子との複合利用、さらにはナノ粒子との複合による産業的利用へと展開する上で重要な基盤となる。
これらMnL2n型巨大中空構造体の構築研究は、放射光を用いたX線構造解析抜きには語れない。これらMnL2n型巨大中空構造体は、通常の有機/金属小分子結晶とは異なるいくつかの特徴がある。一つは、分子直径が5~10 nm、分子量は数万に及ぶなど合成分子としては極めて大きな構造を有する点。もう一つは、真球に近い分子外形とその中空構造から、単結晶の溶媒含有率が80~90%と高い点である。これらによりMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、100 Å程度の軸長の単位格子を有し、加えて結晶溶媒の乱れに起因した散乱角増加に対する著しい回折強度減少が見られる。これらの特徴は、タンパク質結晶と類似している。実際にMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、構造生物学研究と同様に実験室系の単結晶X線回折装置では構造解析を行うためのデータ収集が極めて困難である。そのため我々は、MnL2n型巨大中空構造体の構造学研究の大部分について放射光X線を利用して推進してきた。
今回、これら研究を通し培ってきた基盤技術を元に、従来よりもさらに構成成分数の多い、球状錯体構築を目指している。この分子量領域では、いよいよ質量分析装置、核磁気共鳴装置のみにより十分な解析を行うことは困難となり、単結晶X線回折が信頼のおけるデータが得られる唯一の測定手法となる。上記に加え、Nature Commun. 3 (2012) 1093.に報告したタンパク質包接錯体の研究も発展的に展開する。先の報告においては、内部に包接されたタンパク質の配向までは制御することができなかった。タンパク質の配向ゆらぎは、構造解析において構造が定まらない主因となるため、技術の確立には内部のタンパク質の配向制御が極めて重要である。そこで本研究は、様々な置換基の異なる金属錯体配位子を合成し、これを複数組み合わせることで錯体骨格の非対称化、ひいては内部のタンパク質の配向制御を目指した研究を行う。