Volume 20, No.2 Pages 158 - 160
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告2 -散乱・回折分科会-
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Diffraction and Scattering –
SPring-8利用研究課題審査委員会 散乱・回折分科会主査/広島大学大学院 理学研究科 Graduate School of Science, Hiroshima University
散乱・回折分科会では、放射光X線の散乱や回折を利用した研究課題の提案に対して、課題採択とビームシフトの配分を行っている。分科会が扱う研究分野は幅広く、多岐にわたるために、D1からD6までの6つの小分科を設置し、それぞれの小分科の審査委員により審査を行っている。本報告では、D1:無機系結晶、有機・分子系結晶、D2:高圧物性、地球科学、D3:材料イメージング(トポグラフィー、CT)、D4:非弾性散乱(コンプトン散乱、核共鳴散乱、高分解能X線散乱)、D5:高分子、D6:非晶質(準結晶、アモルファス、液体など)、不均一系(表面界面構造、ナノ構造など)の各小分科を担当した審査員に分科概要を分筆していただいた。
D1小分科では、無機系結晶や有機・分子系結晶に対して、X線回折および散乱という手法が広い範囲にわたって応用されている構造物性に関わる課題申請を扱っている。関わるビームラインは、BL02B1単結晶構造解析ビームラインとBL02B2粉末構造解析ビームラインを中心に、約15のビームラインにおよび、様々な実験手法が提案されている。分科会での審査においては、特に優れた課題申請には、それに見合ったビームタイムを配分してきた。しかし、そのような課題が集中するビームラインでは競争率が高くなり、比較的レフェリーの評点の高い課題でも全くビームタイムが配分されないことになる。大学の立場に立てば、不採択が続くと、SPring-8は学生が学位取得をするための実験施設として頼りにできないところになる。そうなると、今後課題申請されなくなり、放射光科学に携わったことのある若手研究者が少なくなるので、このようなジレンマをうまく解消することに苦労した。特に、2015A期の競争率は高かった。申請課題の内容については、最近では、試料の温度を変化させながら通常の構造解析をするというような提案は少なくなり、電場を印加したり、電気を流したり、または、光照射をしたりなど、様々に外場を変化させながら、かつ温度変化もしながら構造解析をする提案が多くなってきた。このような課題申請が増えたことは、多重環境下で長時間にわたり安定して構造計測できることがSPring-8の強みであることが申請者によく浸透してきたためと思われる。一方、未だ、テクニカルに不可能な実験の提案や膨大なビームタイムを要求する課題申請もある。そのような申請は、レフェリーによる審査の段階で評点が低いので、申請者は事前にビームライン担当者とよく議論してから申請すべきと考える。2015B期からは、BL02B2に新しい計測機器が導入される予定と聞いている。今後この機器の特徴を生かしたユニークな研究課題が申請されることを期待している。
D2小分科では、高温高圧(BL04B1)および高圧構造物性(BL10XU)のビームラインで行われる課題を中心に審査している。BL04B1では大容量高圧プレスを使った地球科学分野や新物質合成の実験が行われており、単に高温高圧条件下に保たれた粉末試料のX線回折実験を行うだけでなく、超音波を用いて弾性波速度の測定を同時に行ったり、X線イメージングと組み合わせ、高圧下での精密な変形実験を行ったりなど、新しい測定手法を利用した課題が増えている。BL10XUでは、ダイヤモンドアンビルセルとレーザー加熱装置や冷凍機を組み合わせ、超高圧下の高温、あるいは低温実験が行われている。また、ラマン散乱やブリルアン散乱と組み合わせた複合測定や、ミクロンサイズの細いX線ビームによる極微小領域のX線回折実験も可能で、高圧力下の多様な多重環境実験が行われている。いずれのステーションも極めて特色のある高性能の装置で、国際的に見ても高いレベルの研究成果が生み出されていることは喜ばしい。ただ特にBL10XUではパートナーユーザーグループが占有するマシンタイムが増加し、一般課題の採択率が低くならざるを得ず、長期的見地からバランスを取っていくことが重要であろう。確実な成果が期待できるパートナーユーザーにたくさん利用してもらうことはもちろん重要なことであるが、次につながる新しい研究の芽を育てることも同様に重要で、その意味から新規の利用者をより積極的に開拓する努力も不可欠と思われる。
D3小分科では、トポグラフィー(BL28B2)、投影イメージング・CT(課題によっては+位相コントラスト)やX線結像顕微鏡(課題によっては+CT)などを含めたX線イメージング(BL20B2・BL20XU・BL47XU)の課題が主であり、これらのイメージング法の高度化を意図したX線光学系の開発課題も申請がある。概ね視野の大きさで、BL20B2とBL20XU・BL47XUの棲み分けがなされている。また高い光子密度やマイクロメータ以下程度の高空間分解能を必要とする場合は、BL20XUかBL47XUのいずれかに限られる。BL47XUは硬X線光電子分光(HAXPES)と共用であり、競争率が高くなっている。BL20B2とBL20XUでは、ユーザーが固定化しているようである。新規ユーザーもいるが、試料を置くだけで測れるという試料オリエンティッドの課題が多い。BL20XU・BL47XUの高いコヒーレンシーを活かした課題が少なくなってきており、寂しさを禁じ得ない。例えばESRFの同種のBLと比較するとその印象が強い。高いコヒーレンシーは、SPring-8の最大の特長でもあるので、新しい手法の開発など施設主導の強化策を講ずる必要があるのではないだろうか。一方、土壌、化石、古生物、宇宙関係課題などの観察を目的とする課題の相対評価が低い印象がある。これは上述した高いコヒーレンシーの必要性の訴えが弱いためと思われる。2015A期から新設された社会・文化利用課題へ応募した方が通りやすいのではないかと思われる。CT課題について、レフェリーコメントにおいて「実験室でも可能」とのコメントが複数あった。課題申請者が、審査基準である「SPring-8の必要性」をどの程度認識しているのか気になった。定量的な記述を求めるべきではないかと思う。
D4小分科では、非弾性散乱をキーワードとする課題を審査しており、関係するビームラインは、BL08W(コンプトン散乱)、BL09XU(核共鳴散乱)、BL35XU(高分解能非共鳴非弾性X線散乱)である。世界で多くの放射光施設が稼働しているが、コンプトン散乱実験が可能なビームラインは、唯一、BL08Wであり、このため海外からの申請が半分以上を占めている。以前、申請グループの固定化が言われていた時もあったが、徐々に新規ユーザーの申請が見られる。研究対象はこれまで主に基礎物質科学に根差すところであったが、電池材料など、出口を見据えた物質を対象とする申請が出てきたことが特記される。核共鳴散乱法は、第三世代放射光源の出現によって開発、発展してきた手法である。しかし、他の実験手法と比べると専門の知識、技術が必要とされるためか、申請グループの固定化が指摘された時期もあったが、最近では毎回1割程度の新規ユーザーからの申請が見受けられる。さらに電極材料、生物試料への展開も行われるようになっており、ユーザー層の広がりが出てきている。高エネルギー分解能非弾性散乱法は、第三世代の中・大型放射光施設では必ずビームラインが設置されている(設置が計画されている)手法で、高分解能化を中心に開発途上と言える。BL35XUでは新奇超伝導物質群やマルチフェロイックス物質群、液体、アモルファス物質のランダム系物質群の格子振動の分散関係の観測が中心の申請に大きな変化はないが、最近では地球科学分野に代表される超高圧かつ高温下での実験が提案されており試料環境の多様性が出てきている。
D5小分科では、高分子や低分子化合物が作る超分子などのソフトマターと生物関連の高次構造と高次構造形成過程を調べるための実験申請が大部分を占めている。ビームラインとしては、BL40B2、BL40XU、BL45XUの利用がほとんどであり、小角散乱実験が多い。多くの申請が小角散乱と広角散乱を同時に測定するというものであり、小角・広角同時測定が非常に一般的になったことを実感している。また、BL40XUを用いたマイクロビームの実験やBL02B2での高エネルギー(短波長)放射光X線を利用したアモルファス構造解析を狙った実験もいくつか見られた。さらには、Brなどの元素の吸収端を利用した異常小角X線散乱による測定もあった。高分子系の産業利用サイドの課題については減少した。これは産業利用を目指したBL03XU(Frontier Softmaterial Beamline:FSBL)が順調に稼働しており、適切な棲み分けがなされているためである。
D6小分科では、非周期系(液体、アモルファス、準結晶など)と不均一系(表面界面構造、ナノ構造など)に関する申請課題を審査している。関連するビームラインは、前者はBL04B2、後者はBL13XUをメインとするが、非周期系としての対象が多岐にわたるため、BL40B2における小角散乱を始めとして、他の様々なビームラインを用いる申請も多数含まれる。BL04B2において、ガスや音波を用いた無容器試料浮遊環境の整備が整ったことから、超高融点液体などの極端条件下での測定や、通常の方法では作製が困難なアモルファス材料を対象とした精密構造研究に関する申請が増加している。さらに、結晶材料のPDF解析に関する申請や複雑な組成の実用材料に対する産業利用実験も急増している。不均一系では、完成度の極めて高い高輝度ビームラインを用いたナノビームや高真空実験の提案が活発となっており、また、非周期系に対する異常散乱実験の申請が新たに増加傾向にある。小角散乱実験の提案も高分子材料を中心として、堅調であった。非周期系、不均一系いずれにおいても、対象試料や実験手法の広がりが顕著なため、必然的に課題採択率が低下傾向にあり、幅広い専門分野に対応した審査の難しさが増しつつある。特に、汎用性の高いビームラインには様々な分科で審査される課題が混在するため、課題審査やビームタイムの配分作業において、今後ますます慎重さが要求されることになるであろう。
分筆いただいた、D2:八木健彦(東京大学)、D3:篭島靖(兵庫県立大学)、D4:水木純一郎(関西学院大学)、D5:櫻井和朗(北九州市立大学)、D6:臼杵毅(山形大学)の各氏に感謝いたします。なお、黒岩がD1を分筆し、全体をとりまとめました。最後に、他の小分科会委員やレフェリーの方々、そしてJASRIの関係者に深く感謝いたします。
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