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Volume 20, No.2 Pages 162 - 164

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告4 -分光分科会-
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Spectroscopy –

圓山 裕 MARUYAMA Hiroshi

SPring-8利用研究課題審査委員会 分光分科会主査/広島大学大学院 理学研究科 Graduate School of Science, Hiroshima University

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SPring-8

 

 平成25、26年度のSPring-8利用研究課題審査委員会(PRC)委員として分光(S1/S3)分科会の主査を務め、実験課題の審査に携わりました。2年の任期中に経験した計4期の課題審査について感想を述べたいと思います。
 今までに、実験課題のレフェリーやPRC委員として、あるいはナノテク課題や長期利用課題の審査にも携わった経験がありました。しかし、分科会主査を仰せつかったことで、その役割を改めて認識しました。このように書くと大層に感じられますが、実際には、レフェリー制度が確立しているので、複数のレフェリーによる総合評価の平均点で、課題の採否はほぼ決まります。レフェリーによって高く評価された課題から順にビームタイムが配分されるのは合理的だと言えます。逆にピア・レビューが機能しているのであれば、PRC制度は不必要と思われるかも知れません。しかし、実際にはそうではなくて、PRC制度が極めて大切であることを強く感じました。このことを以下に記したいと思います。

 

 

(1)PRC分科会の手続きと役割
 分光分科会では、光電子分光、磁気円・線二色性分光、光電子回折、高エネルギー励起光電子分光、発光分光、赤外分光などの実験手法を用いた研究課題が審査されました。軟X線から硬X線領域の放射光を利用して、様々な物質の電子状態とその励起に対する物質の応答を捉えて、物性発現の機構を明らかにしたり、材料開発に役立てる指針を得ようとする課題です。責任分科の、BL17SU、25SU、27SU、39XU、43IR、47XUと、責任分科ではない、BL09XU、19LXUの合計100件前後の課題を5名の分科会委員で審査しました。
 SPring-8では、課題審査に関してすでに17年に及ぶ経験が蓄積され、改善が積み重ねられています。審査の公平性やビームタイム配分の妥当性が担保されて適切に運用されています。従って、分科会委員の議論は、採択・不採択のボーダー前後で分野のバランスを考慮したり、実験装置の稼働率に極端なアンバランスが生じないように配慮しました。近年、長期利用課題の増加や産業利用に伴う成果公開優先利用課題や各種重点課題の拡大のために、一般課題のビームタイム配分枠への圧迫が顕在化しています。この状況は以前から指摘されていましたが、2015A期の課題選定では、採択率が15~17%(約6倍の競争率)のビームラインがありました。この結果は、(施設側にとって)競争率が高く採択課題の評価点が高いことは好ましいのですが、(申請者にとっては)中長期的な研究(教育)の推進に慎重にならざるを得ない状況を導きます。これには様々な要因が複雑に関係していると思われますが、共用BL利用研究の活性化に向けた検討が不可欠だと考えます。
 また、萌芽的研究支援課題については、放射光科学分野の次世代の研究者を育成する観点から積極的に採択する方針で審査しました。しかし、課題申請書の実験目的が分かり難いものや、利用予定の実験装置に関する理解不足、教員の指導不足あるいは指導者の影響が強く反映していると推測されるものなど、レフェリーの評価が必ずしも高くないために、採択件数の増加には至りませんでした。ビームライン担当者からの情報提供やアドバイスがあれば効果的かと思われます。
 課題審査の基盤であるレフェリー制度においても、問題がない訳ではありません。レフェリーコメントに「他の施設でも同様の実験が可能」や「緊急性は認められない」として厳しい評価点が付されたケースや、コメントの内容と評価点が整合しなかったり、新規申請者の課題に比較的低い評価点が付されたりするケースもありました。課題審査における公平性と透明性は重要ですが、レフェリー審査の質的改善も強く求められます。同一課題に対する評点でレフェリー間の個人差が大きい場合があります。このこと自体は不可避ですが、採否の判断では十分に吟味するための注意が必要でした。この点で2014B期から導入された、評価点の差分の表示は有効だったと思います。基本的には、分かり易い課題申請書を書くことがユーザーに求められていると思います。

 

 

(2)分科会主査の役割
 分科会主査の役割は、研究課題の選定とビームタイムの配分だけでなく、SPring-8のアクティビティ向上のために改善すべき事項の指摘や提案も重要な役割でした。

 

○ビームタイムのA期とB期の均等化
 B期の運転時間がA期より長いというアンバランスが原因で、申請課題数の増減が2期の周期で繰り返されることは中長期の研究計画の立案を難しくしているのではないかと懸念されます。少なくともビームタイムのA/B期の均等化が必要だと考えられます。新規ユーザーの定着化のためにも必要な措置だと思われます。

 

○一般課題の圧迫
 先にも記しましたが、長期利用課題や成果公開優先利用課題、各種重点課題やパートナーユーザーのビームタイムなどが一般課題のビームタイムを圧迫しています。各々の課題には異なる目的があるので、施設として最大の効果を挙げるための最適解を見出すことが肝要かと思われます。その際、申請者(研究者)が成長し、課題(研究)が発展する過程の各段階で支援する姿勢が必要だと考えます。

 

○技術開発と内部スタッフの役割
 研究の発展には物質・技術・議論の三位一体の進展が必要です。放射光は研究ツールなので、ユーザーが物質と議論を持ち込むものと捉えることは可能です。しかし、計測技術の開発と装置の高度化がなければ関係する分野の発展と拡張は望めません。従って、計測技術や装置の高度化は不可欠で、内部スタッフの役割は極めて重要だと思います。新規開発の技術と装置によって、申請課題数の増加と新規ユーザーの参入が見込めます。しかし、内部スタッフによる技術開発などに費やすビームタイムは一般課題のそれを圧迫することになります。両者が調和して最大の成果が創出されることが理想です。

 

○社会・文化利用課題の創設
 社会・文化利用課題の適切な評価ができるレフェリーは、恐らく、物質科学とは異なる分野の専門家だと思われます。近年、科学捜査に資する分析や芸術作品・文化財の分析などに放射光が広く活用されています。PRCでは、社会・文化利用に関わる専門家をレフェリーとして参画していただくことを提案してきました。2015A期から重点課題の中に「社会・文化利用課題」が創設されたので、今後、放射光の社会連携はますます増加するものと期待されます。

 

 

(3)研究の動向とその課題
 PRCでは、PRC委員長の要望に応じて、各分科での研究動向について報告する機会がありました。そこで、分科会での審査が終了した後に、委員の間で感想と意見の交換をしました。その中で注目された点を記したいと思います。
 4期にわたる課題審査の経験から、基礎研究と応用研究の相異(区別)が曖昧になってきていると感じられました。ナノ物質(粒子、薄膜、細線、ドットなど)で観測された新奇な物理現象は大いに興味が持たれます。しかし、そのような物質に関する基礎研究であっても、デバイスへの応用が強調されることで競争的資金の獲得となり、レフェリー評価も高くなっています。従来の基礎と応用の区分が難しくなっており、基礎研究の香がする課題が減っている印象を持ちました。
 多重極端やオペランドの条件下での分光実験が急速に増加していると感じられました。高圧・高磁場や電場印加、紫外線照射の下での実験が、XAFSやXRDから今や発光分光やIR顕微分光、高エネルギー光電子分光などに拡張しています。放射光を用いた物性研究として、これらの実験は今後、ますます増加するものと推測されます。
 溶液中の試料や生物試料、文化財や遺物、複合材料、デバイス、科学捜査試料、イトカワ微粒子など多彩な物質が研究対象となっています。社会・文化利用課題が創設されたことで、これらの物質に関係する課題の受け皿が整備されました。

 

 

 放射光科学は基礎と応用を問わず確実に発展しています。成果を社会に還元するとともに、次世代の人材育成でも社会的役割を果たして行くことを、今まで以上にSPring-8に期待して止みません。

 

 

 

圓山 裕 MARUYAMA Hiroshi
広島大学大学院 理学研究科
〒739-8526 広島県東広島市鏡山1-3-1
TEL : 082-424-7386
e-mail : maruyama@sci.hiroshima-u.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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