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Volume 15, No.4 Pages 275 - 277

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

先端光源を用いたソフトマテリアルに関する国際会議をSPring-8で開催
A Brief Summary of the International Meeting Held at SPring-8 “Future Trend in Soft Materials Research with Advanced Light Sources”

高原 淳 TAKAHARA Atsushi[1]、櫻井 和朗 SAKURAI Kazuo[2]

[1]九州大学 先導物質化学研究所 Institute for Materials Chemistry and Engineering, Kyushu University、 [2]北九州市立大学 国際環境工学部 Faculty of Environmental Engineering, The University of Kitakyushu

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【はじめに】

 科学技術振興機構(JST)の基礎研究プロジェクトの一環として、高原ERATOと櫻井CRESTではソフトマテリアルに関する研究を進めている。高原ERATOでは、ソフトマテリアルの界面から反射してくる放射光や中性子から微小界面の構造と物性を明らかにして、高性能なソフト界面の開発を目指している。また、櫻井CRESTでは薬物運搬システム(DDS)内部の構造を、放射光を用いて精密に解析して薬理活性との相関を明らかにして、新しい設計概念を提出することを目指している。両プロジェクトの研究において、中性子散乱(反射)や放射光X線散乱は極めて重要な手法であるため、これらの分野に関係する研究者を招待して国際会議「Future Trend in Soft Materials Research with Advanced Light Sources: Interdisciplinary of Bio- & Synthetic- Materials and Industrial Transferring」をSPring-8において開催した。海外からの招待講演8件と国内からの招待講演13件、ポスター発表が52件で、9月1日から実質2日間にわたり活発な討議を行った。この国際会議の別の特徴として、極めて基礎的な分野に焦点を当てたにも関わらず産業界からの参加が多かったことである。このことは、ソフトマテリアルの分野においては、放射光・中性子などの先端光源を利用すると基礎研究と実用化研究の距離を大幅に近づけることができることを示している。

 

 

【招待講演の概要】

 講演の内容は大きく4つに分類された。1つ目は、ソフトマテリアルが形成する特異的な界面を放射光や中性子を用いて分子レベルから明らかにしようとした試みである、Tadanori Koga博士(Stony Brook Univ.)、Moonhor Ree博士(POSTECH)、Naoya Torikai博士(Mie Univ.)、Sushil K. Satija博士(NIST)らの講演がこれにあたる。GISAXS分野の草分けであるRee博士の研究は幅が広く感銘を受けた。韓国のこのグループは今後もX線における有機高分子の表面高次構造解析の分野で先端を走り続けるであろう。2つ目の分野は、超分子自己組織体の構造とその形成メカニズムを明らかにしようとする研究である。この研究は、DDSの基礎研究であるとともに、生体内で起きているDNAの折りたたみ構造等を人工的に再現することで、生体での反応を深く理解しようとする試みでもある。この分野を最初に切り開いたCyrus Safinya博士(Univ. of California, Santa Barbara)は、今回が初めての来日であった。Hsin Lung Chen博士(Tsinghua Univ.)、Marcin Sikorski博士(APS)、Hideki Seto博士(KENS)らの講演がこれにあたる。3つ目の分野は、先端光源を使うことにより、汎用の高分子材料の今まで理解できなかった問題が解決できることを示した研究である。Takashi Sakurai博士(Sumitomo Chemical Co.)とAlexander Norman博士(Exxon Mobil Research and Engineering Co.)は産業界の立場からそれを示された。また、Yuya Shinohara博士(Univ. of Tokyo)、Toshiji Kanaya博士(Kyoto Univ.)、Mikihito Takenaka博士(Kyoto Univ.)と Shinichi Sakurai博士(Kyoto Inst. Tech.)は高分子科学の立場から深い考察を示された。Shinohara博士のX線光子相関分光(XPCS)や、Takenaka博士の電子顕微鏡像を用いた可視化とSAXSの融合は今後発展する分野であるとの印象を受けた。4つ目の分野は、たんぱく質や脂質の溶液散乱や構造生物学である。Hideki Seto博士(KENS)、Naoto Yagi博士(JASRI)、Satoshi Koizumi博士(JAEA)、 Mamoru Sato博士(Yokohama city Univ.)、Mitsuhiro Hirai博士(Gunma Univ.)、Michael Sztucki博士(ESRF)らの発表がこれにあたる。ここでは、原子の異常吸収端を利用したコントラスト変調法がこれからどのように進展するか期待できると感じた。また、計算機化学と散乱を結びつけて、構造を可視化することが重要であると認識させられた。講演のすべては紹介できないので、以下に代表的な研究を紹介する。プログラムの詳細はHPを参照されたい。

http://www.env.kitakyu-u.ac.jp/ja/jstsymp/ program.html

 

 

図1 SPring-8交流棟の前で撮影した集合写真

 

 

【カチオン性デンドリマーとDNAが形成する超分子構造】

 デンドリマーは、その中心から表面に向かって樹状構造が発達した球状の合成高分子であり、枝分かれの世代を合成化学的に制御することが可能である。高次の世代になると、表面に分岐が密集するとともに、分子の大きさが増大する。表面にカチオン性のアミノ基を有したデンドリマーは薬物運搬の粒子として開発が進んでいる。台湾のTsing Hua大のHsin-Lung Chen教授らのグループは、このカチオン性デンドリマーとDNAが作る複合体の構造を、デンドリマーの世代と表面電荷を変えながら、放射光X線小角散乱と中性子小角散乱で検討した。彼らは、極めて複雑な散乱データを、モデルを用いて解析して集合体の構造を決定した。世代が低い時は、DNAの2重らせんがデンドリマーを介して4もしくは6方晶に集合したカラム構造を形成した。この構造は、Safinya博士らが2000年に提案した、カチオン性脂質とDNAが作る構造に類似している。

 世代が高くなると、デンドリマーの曲率半径が大きくなるとともに静電相互作用がDNAの剛性に打ち勝ち、デンドリマーの周囲にDNAが巻きついた形状を取るようになる。興味深い発見は、デンドリマーの大きさがヒストン(細胞の核内でDNAを折りたたんでいるタンパク質)と同程度の半径10 nm程度となると、ヌクレオソーム類似の折り畳み構造が自己組織化されることである。

 真核生物ではDNAはヒストンと複合体を形成しクロマチンとして細胞内に折り畳まれている。クロマチンの秩序構造は、生命現象の営みの根幹である遺伝子の転写において必要不可欠なものであるが、その理解は未だに進んでいない。Chen教授の研究は、この折りたたみ構造の基本的な機構に関して、物理化学的に解明しようとするものであり、今後の発展が期待される。類似の研究は我が国では吉川・市川(京大)らによって荷電ビーズを用いて行われているが、これらの結果を俯瞰的に理解する原理が求められる。

 

 

 

図2 Ethylenediamineを核にしたpoly(amidoamine)デンドリマーの第2世代とDNAが形成する複合体からの放射光X線散乱のカチオン/アニオン比依存性(左)と、その散乱プロファイルを解析して得たモデル。黄色の球体はデンドリマーを示し、赤の2重らせんはDNAを示す。

 

 

【中性子およびX線反射率法を用いた有機ガラス薄膜の安定性評価】

 Tris(naphthylbenzene)からなる有機ガラスは、非常に高い熱力学的および動力学的安定性を示すことが知られている。Satija博士らは、このTris(naphthylbenzene)の安定性を中性子・X線反射率測定を用いて評価し、ガラスから液体状態への変遷のメカニズムに迫った。ここで彼らは、対象とする有機分子の重水素化体と軽水素化体を化学気相成長法で交互累積することにより、分子の熱拡散を中性子反射率によって追跡できるようにした。これにより、ガラス転移点より3 Kだけ高い温度においては、ガラス薄膜中での熱拡散速度が、対応する過冷却状態の物に比べて約100倍も遅いことを明らかにした。このような現象は、ガラス状態と液体状態の平衡状態において、液体化が表面から起こる、あるいはガラス化がバルク中で優先的に進行するためであると考えられる。

 ここで紹介されたSatija博士らの研究は、その科学的な重要性とともに、ソフトマテリアルがもつ熱安定性の根源を分子レベルで解明するための方法論としても非常に興味深い。

 

 

【Exxon Mobilにおける放射光の活用】

 現在は世界最大の石油化学と合成樹脂の会社であるExxon Mobilに合併をする前のExxonでは、自社で放射光施設と中性子のビームラインを保有し、1980年代から先端光源を製品開発に活用していることで有名である。特に知られている例として、Exxon社がLLDPE(線状低密度ポリエチレン:linear low-density polyethylene)合成用に開発したメタロセン触媒の企業化には、触媒の構造から重合過程の動的な観測にまで広く使われたと聞いている。また、化学構造が極めて近いにも関わらず、分子レベルでは全く混合しないポリエチレンとポリプルピレンの高分子ブレンドの熱力学的な解析(χパラメーター)にも中性子が使われている。これらの研究は、ポリオレフィンの高機能化に大きく貢献している。今回は、Exxon Mobilの研究センターの Norman博士が、放射光の企業での活用についてその一部を紹介した。樹脂の成型過程でおきる構造の変化や結晶化を動的に観察して、成型条件に反映させる唯一の方法は放射光測定であると強調していたのが印象的であった。ただし、これらの装置の維持には莫大な費用が必要であり、常に経営者に有用性を具体的に分かりやすい形で説明することが重要であるとのことであった。この点は我が国でも同様である。

 

 

【まとめ】

 世界各地で放射光施設の建設が活発に行われており、将来の有機・生物材料の研究にますます不可欠な測定技術となりつつある。事実、SPring-8では産学連携による世界で最強の光を有するソフトマテリアル専用ビームラインが稼働を始めた。また、コヒーレントX線やフェムト秒放射光源の有機・高分子材料への利用に関する議論が進められていくと考えられる。我が国における放射光を用いた有機・生物 材料の研究レベルが、今後とも世界の最先端の位置を維持しつづけるためには、装置の高度化に加え、有機・生物材料における最先端の問題にいかに取り組んでいくか、またそれらの成果をどのように産業技術に生かしていくかが問われると、学会を通じて感じた。本シンポジウムでは、次世代の放射光科学の新しい装置開発、生物物理や超分子集合体の分野、高分子や液体表面の研究者、高分子固体の分野のなかから、世界的なレベルで活躍している研究者を招待して、お互いの分野の交流を図るとともに、次の10年の有機・高分子材料や生物材料における放射光研究の方向性をさぐることに大いに貢献できた。

 なお、本シンポジウムの発表内容の一部は、J. Phys. Conference Seriesとして来春刊行予定である。最後に本シンポジウムの開催に当たりご支援を頂いた JASRI/SPring-8に深く感謝します。

 

 

 

高原 淳 TAKAHARA Atsushi

九州大学 先導物質化学研究所

〒819-0395 福岡市西区元岡744

TEL:092-802-2517 FAX:092-802-2518

e-mail:takahara@cstf.kyushu-u.ac.jp

 

櫻井 和朗 SAKURAI Kazuo

北九州市立大学 国際環境工学部 環境生命工学科

〒808-0135 北九州市若松区ひびきの1-1

TEL:093-695-3294 FAX:093-695-3390

e-mail:sakurai@env.kitakyu-u.ac.jp

 

 

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