Volume 15, No.4 Pages 241 - 246
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
インプロセス計測による高分子材料の高性能化・高機能化
Development of Performances and Functions of Polymeric Materials Achieved by In-Process Measurement Techniques
1.はじめに
従来、高分子材料の成形加工条件の最適化は、市場で求められる性能および機能を目標として製品主導の技術開発が進められてきました。しかしながら現在のように、技術トレンドの変化に対応して迅速なグレード変更が求められる場合、これまでのように網羅的に加工条件を変えてその物性を測定する方法では、小ロット・多品種の小口生産には対応できず、また、試行錯誤的な最適化では対象となる高分子の特性を十二分に引き出して高性能化・高機能化するには限界があります。
本研究では、高分子材料の成形加工の工程中で起こっている構造形成と物性発現メカニズムを、①高輝度・シンクロトロン放射光源を用いた高時間分解能X線回折測定、および、②核磁気共鳴による分子運動性測定を組み合わせたインプロセス計測システムによって詳細に解析することに成功し、試行錯誤的に行っていた従来の成形条件の設定を、個別材料に合わせて最適化出来る技術を開発しました。
これらの計測技術・成形技術を用いて、分子鎖同士が高度に絡み合った超高分子量ポリエチレン[1-5][1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.
[2] M. Kakiage et al.: J. Polym. Sci. Polym. Phys. Ed. 44 (2006) 2455-2467.
[3] M. Kakiage et al.: Polymer 47 (2006) 8053-8060.
[4] M. Kakiage et al.: Polymer 48 (2007) 7385-7392.
[5] M. Kakiage et al.: J. Phys. Chem. B 112 (2008) 5311-5316.あるいはポリテトラフルオロエチレン[6][6] T. Morioka et al.: Macromolecules 40 (2007) 9413-9419.を溶融非晶状態から超延伸して高度に分子鎖が配列した構造が得られることを見出しました。また、本研究で開発したインプロセス計測可能な二軸延伸装置を実用化することで、大面積膜の高性能化・高機能化も達成しています(図1)。このようにして得られた膜はミクロン・レベルの薄さでありながら、引き裂き強度や引張り強度に優れており、これらの特性を生かした様々な用途展開が可能です(図2)。
また、ポリエチレンのような単純な汎用性高分子でも、本技術によって分子鎖絡み合い点の位置・分布を制御すればナノメートルオーダーで結晶相/非晶相が規則的に配列した特異な微細構造が得られることを実証しました[7][7] H. Uehara et al.: Macromolecules 40 (2007) 5820-5826.。この発見を発展させることで、様々な高分子材料の成形条件を最適化してナノポーラス構造膜[8,9][8] H. Uehara et al.: Macromolecules 39 (2006) 3971-3974.
[9] H. Uehara et al.: ACS Nano 3 (2009) 924-932.やイオン伝導膜[10][10] H. Uehara et al.: Macromolecules 42 (2009) 7627-7630.を得ることにも成功しています。これらは体内埋め込み型グルコースセンサー隔膜や電解質膜等として国内外の複数の機関と共同研究開発中であり、今後、新規の医療・福祉デバイスや次世代型燃料電池・リチウムイオン電池等への展開が期待できます。
本稿では、我々がSPring-8のシンクロトロン放射光源を用いて行った高分子材料のインプロセス計測の事例について紹介します。
図1 本研究で開発したインプロセス計測用の二軸延伸装置
図2 本技術によって得られた高強度ポリエチレン膜
2.インプロセス計測
高分子材料の成形過程における構造形成メカニズムの解明は、製品を高性能化・高機能化するにあたって、非常に重要な意味を持っています。しかし、製品開発の現場においては、最終的に得られた成形物の構造から成形過程における構造変化を類推するというアプローチが主流です。一方、インプロセス計測は成形加工過程における構造変化をダイレクトに観察する計測法です。したがって、成形過程で刻一刻と変化する構造を追跡するのに非常に優れた計測手法であると言えます。しかしながら、インプロセスで行うため通常の構造解析と比べると計測時間が極端に短く、時間分解能を上げようとすると必然的にS/Nが悪くなるという欠点を併せもっています。そのため、適用可能な測定法としては、X線回折・散乱や光散乱、IRやRaman測定などの分光法に限定されます。これは、上述のS/Nの悪さをカバーするため、フーリエ変換によるノイズ低減処理が使えるためです。対象とする構造変化は、昇温融解過程、等温結晶化過程など、ゆっくりと進行する過程における構造解析に主に用いられており、本研究で対象とするような成形過程を観察する場合にはシンクロトロン放射光のような高輝度光源が不可欠です。
3.溶融延伸
筆者は、これまで、分子量106以上を有する超高分子量ポリエチレン(UHMW-PE)重合パウダーを圧縮成形してフィルムを作製し、これを融点以下で超延伸する「重合パウダー延伸」によって高性能フィルムを得る研究を行ってきました[11,12][11] H. Uehara et al.: Macromolecules 29 (1996) 1540-1547.
[12] H. Uehara et al.: Polymer 39 (1998) 6127-6136.。この過程で、低倍率に予備延伸したUHMW-PE フィルム(配向試料)を張力下で昇温すると、通常のPEの結晶型(安定相)である斜方晶から中間相である六方晶へ転移し、これを再び延伸すると元の斜方晶に戻ることが明らかとなりました(図3の点線)。この六方晶は、ポリエチレンの高圧結晶化において発現する伸び切り鎖結晶と同じですので、この一時通過的な六方晶の生成によって分子鎖絡み合いの解きほぐしが進行し、高倍率までの超延伸による高性能化が可能になったと解釈されます。ここで、溶融状態では分子運動性が高いために一旦分子配向が導入されてもすぐに緩和してしまいますが、分子量の極めて大きいUHMW-PEでは緩和時間が非常に長くなるので、溶融状態からでも超延伸することが可能でした[13,14][13] H. Uehara et al.: Macromolecules 32 (1999) 2761-2769.
[14] M. Nakae et al.: Macromolecules 33 (2000) 2632-2641.。この溶融延伸過程は図3の実線に相当します。
図3 超高分子量ポリエチレン・フィルムの相図。点線は「重合パウダー延伸」を示し、実線は「溶融延伸」 を示す。
この超延伸過程における相構造変化を観察するために、連続的に記録できるイメージング・プレートシステムを採用し、UHMW-PEフィルムの溶融延伸過程における広角X線回折(WAXD)測定を通常X線光源を用いて行いました(図4)。しかしながら、溶融延伸では、無配向の非晶状態から変形が開始されるために、十分な回折強度が得られませんでした。特に、最も興味がもたれる六方晶結晶化については、斜方晶(110)o面反射より低角側に(100)h面の回折ショルダーが認められるものの、ピークトップを捉えることができませんでした。
そこで、SPring-8シンクロトロン放射光源を利用したUHMW-PEの溶融延伸過程におけるインプロセス計測を2002年から開始しました[1][1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.。このために、SPring-8のBL40B2ビームラインに敷設できるように応力検知機能を備えた延伸装置を自作しました。これを用いて、図4と同じUHMW-PEフィルムを150℃まで昇温し、60秒間保持した後、この温度を保ったまま約200秒間溶融延伸し、このときのWAXD像変化と応力変化を同時記録しました(図5)。応力測定を行うのは、前述の図3に示した相図との相関を議論するためです。まず、延伸前の温度保持過程におけるWAXD像は、無配向の非晶散乱のみが現れているので、試料が完全融解していることがわかります(図5中の[1])。変形を始めると、応力が上昇し、すぐに平坦領域に達しますが、依然として結晶反射は認められません(図5中の[2])。すなわち、このひずみ領域では溶融状態での変形がおこっていると言えます。なお、このとき、試料はネッキング(くびれ)をおこさず均一変形していました。この応力平坦領域の中間点付近である約160秒後(延伸比12倍程度に相当)までは、結晶反射は認められませんが(図5中の[3])、これを過ぎると、アーク状の六方晶(100)h反射が赤道線方向に出現しています(図5中の[4])。しばらくすると、斜方晶(110)oおよび(200)o反射も現れますが(図5中の[5])、応力の上昇は認められません(図5中の[6])。さらに変形が進んで、210秒後になると、応力が急激に上昇し始めます(図5中の[7])。このとき、各反射の形状は、アーク状からスポット状へと変化していることがわかります(図5中の[8] → 図5中の[9])。溶融延伸後、フィルムを室温まで冷却すると、上述のスポット状反射以外に、方位角方向に広がった裾状の反射も観察されています(図5中の[10])。この裾状の反射は、冷却過程で結晶化した折れ畳み鎖結晶に由来しており、溶融延伸過程で生成する結晶成分ではありません。これに対して、スポット状反射は伸びきり鎖結晶に対応するものであり、溶融延伸過程で配向結晶化した成分です。実際、室温冷却後の溶融延伸フィルムの電子顕微鏡像は、伸びきり鎖結晶の芯に対して折れ畳み鎖結晶が垂直配列した典型的なshish-kebab構造を示すことがわかっています[14][14] M. Nakae et al.: Macromolecules 33 (2000) 2632-2641.。すなわち、冷却取り出し後の試料の構造は必ずしも溶融延伸過程の構造をそのまま反映していないことになります。インプロセス計測の場合、このような矛盾を生じないので、対象とする高分子材料の結晶化あるいは相転移に関する予備知識がなくとも延伸過程の構造変化を理解することが可能です。これは、この超延伸技術を他の高分子材料に適用する上で、非常に重要な点です。
図4 通常X線光源を用いたUHMW-PEフィルムの溶融延伸過程におけるインプロセスWAXD計測結果
図5 BL40B2で測定したUHMW-PE溶融延伸過程におけるインプロセス計測結果[1][1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.
ここで、変形に伴う各反射の強度変化を比較するために、赤道線(延伸方向に垂直方向)に沿ったプロファイルを切り出しました(図6)。延伸開始時では非晶ハローしか観察されませんが、赤線で示した延伸時間162.5秒のプロファイルから六方晶(100)o反射がまず出現し始め、次第にその強度を増しています。続いて、斜方晶(110)oおよび(200)o反射が出現し、これらの回折強度も延伸比とともに上昇していきます。さらに延伸が進んで、応力が急上昇する210秒後付近では、六方晶反射の強度が低下し、代わりに斜方晶反射の強度が急上昇しているのがわかります。このことは、応力上昇の過程で、六方晶から斜方晶への結晶転移が起こっていることを意味しています。
図6 溶融延伸過程におけるインプロセスWAXD像(図5)から切り出した赤道線プロファイル変化[1][1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.。(a) 全体像、(b) 点線領域の拡大。赤線のプロファイルは臨界時間162.5秒のデータ。
一方、子午線上(延伸方向に平行方向)の回折パターンからは、無配向非晶成分の挙動に関する情報が得られます。図7に、同様に延伸時間に対して子午線プロファイルを重ね書きしました。これを見ると、図5中の[1]で示した時間領域では非晶散乱強度が急激に減少し、図5中の[2]の領域では緩やかとなり、図5中の[3]の領域では再び急激になって図5中の[4]の領域で低い値に落ち着くことがわかります。このようなカテゴリー分けは、赤道線プロファイルを各成分に分離・解析した結果ともよく一致していました。図8は、赤道線プロファイル(図6)の非晶散乱、六方晶(100)h反射、斜方晶(110)o反射、同じく(200)o反射の積分強度(ピーク面積)を延伸時間に対してプロットしたものです。比較のために、図7の子午線プロファイルから見積もった非晶散乱強度もプロットしてあります。なお、斜線部は図5の応力/ひずみ曲線におけるplateau領域を示しています。また、図5中の[1]から図5中の[4]のカテゴリー分けは図7に示したものと同じです。まず、延伸初期では非晶散乱しか認められず、plateau領域の前では、赤道線方向と子午線方向の差が次第に大きくなっているのがわかります。なお、延伸に伴って非晶散乱の積分強度が低下しているのは、延伸によってフィルムの厚さが薄くなるためです。この領域は、図7の子午線強度変化では図5中の[1]の区分けに相当する領域であり、赤道線方向と子午線方向の散乱強度の差の増大は、非晶鎖の配向が進んでいることを意味しています。plateau領域に入ると、このような非晶散乱強度の差は同程度で推移しており、この過程は図7では図5中の[2]の領域に相当します。しかしながら、前述したように、plateau領域の中間点付近から六方晶(100)h反射が出現し始め、その成長はplateau領域の終了まで続いています。この六方晶の結晶化領域が図5中の[3]です。その後、延伸応力は急激に立ち上がり始め、それに伴って、斜方晶(110)oおよび(200)o反射の積分強度が大きくなっていっています。この六方晶から斜方晶への結晶転移領域が図5中の[4]となります。これらのうち、図5中の[2]の領域では、試料の形状変化(細長くなる)から延伸が進んでいることは確認できるものの、非晶鎖の配向化(すなわち赤道線方向と子午線方向の散乱強度の差の増大)は認められませんでした。したがって、この変形過程では、分子鎖が滑りながら絡み合いを解きほぐしていると推察されます。
図7 溶融延伸過程におけるインプロセスWAXD像(図5)から切り出した子午線プロファイル変化[1][1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.。子午線プロファイルは図内に示したWAXD線に沿って切り出した。変化の様子から、図5中の[1]〜図5中の[4]の領域に分けられる。
図8 溶融延伸過程における各成分の反射強度変化をまとめたもの[1][1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.。なお、非晶散乱は図6(赤道線)および図7(子午線)の両方をプロットしてある。斜線部は図5におけるplateau応力領域。図5中の[1]〜図5中の[4]の領域分けは図7と同じ。
4.今後の展望
以上のように、我々はUHMW-PE溶融延伸過程における六方晶への一時通過型結晶化挙動に注目し、この結晶型が分子鎖絡み合いの解きほぐしに誘起されることをインプロセス計測結果から明らかにしてきました。溶融延伸法においては、分子鎖絡み合い特性が相構造形成およびその後の物性を支配しているので、温度や速度といった延伸条件を様々に変えた際のインプロセス計測を行うことによって、絡み合い解きほぐし過程を最長とする最適延伸条件が見つかります[2][2] M. Kakiage et al.: J. Polym. Sci. Polym. Phys. Ed. 44 (2006) 2455-2467.。最もシンプルな分子骨格を有するポリエチレンを用いて分子鎖絡み合い特性が溶融延伸に与える影響を見積もることができれば、これを他の結晶性高分子に敷衍して、どの程度の分子鎖の絡み合いが解きほぐされると(あるいは残存すると)、どのような相構造形成が起こるのかが予想できると考えられます。その結果、分子鎖絡み合い特性(解きほぐしの難易や量)が高分子材料の高性能化に果たす役割を時間的な指標として具現化できると考えています。これにより現在の製品開発主導のトライ・アンド・エラー的な成形加工を、狙った構造・物性を自在に発現させる「テーラー・メード」成形加工へと脱皮させる産業技術に発展させることができると期待されます。
5.謝辞
本研究は、群馬大学・山延健教授および撹上将規博士(現・埼玉大学助教)との共同研究成果です。本研究に関する実験はSPring-8利用課題2003B0303-NL2b-np、2004A0159-NL2b-np、2005A0698-ND-p、2005A0699-NL2b-np、2005A0700-NI-np、2007B1702(重点ナノテク)、2008A1148、2008B1989(拡張メディカル)、2009B1780(重点ナノテク)において行われたものです。BL40B2担当の佐々木園博士(現・京都工芸繊維大准教授)および増永啓康博士(現・FSBL担当)に厚く御礼申し上げます。なお、本研究の一部は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)産業技術研究助成事業により行われました。
参考文献
[1] H. Uehara et al.: Macromol. Rapid Commun. 27 (2006) 966-970.
[2] M. Kakiage et al.: J. Polym. Sci. Polym. Phys. Ed. 44 (2006) 2455-2467.
[3] M. Kakiage et al.: Polymer 47 (2006) 8053-8060.
[4] M. Kakiage et al.: Polymer 48 (2007) 7385-7392.
[5] M. Kakiage et al.: J. Phys. Chem. B 112 (2008) 5311-5316.
[6] T. Morioka et al.: Macromolecules 40 (2007) 9413-9419.
[7] H. Uehara et al.: Macromolecules 40 (2007) 5820-5826.
[8] H. Uehara et al.: Macromolecules 39 (2006) 3971-3974.
[9] H. Uehara et al.: ACS Nano 3 (2009) 924-932.
[10] H. Uehara et al.: Macromolecules 42 (2009) 7627-7630.
[11] H. Uehara et al.: Macromolecules 29 (1996) 1540-1547.
[12] H. Uehara et al.: Polymer 39 (1998) 6127-6136.
[13] H. Uehara et al.: Macromolecules 32 (1999) 2761-2769.
[14] M. Nakae et al.: Macromolecules 33 (2000) 2632-2641.
群馬大学大学院 工学研究科 応用化学・生物化学専攻
〒376-8515 群馬県桐生市天神町1-5-1
TEL:0277-30-1332 FAX:0277-30-1333
e-mail:uehara@chem-bio.gunma-u.ac.jp