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Volume 20, No.1 Pages 39 - 45

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

平成21年度指定パワーユーザー活動報告(3)
放射光核共鳴散乱分光法の確立およびその物質科学研究への展開
Upgrading and Establishing of Nuclear Resonant Scattering Spectroscopy for Materials Science

瀬戸 誠 SETO Makoto

京都大学 原子炉実験所 Kyoto University Research Reactor Institute

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SPring-8

 

(1)

指定時PU課題番号/ビームライン 2009A0086/BL09XU
PU氏名(所属) 瀬戸 誠(京都大学)
研究テーマ 放射光核共鳴散乱分光法の確立およびその物質科学研究への展開
装置整備 核共鳴吸収・散乱分光器の開発ならびに整備
利用研究支援 当該分光器を用いた共同利用研究支援、測定スペクトル解析ソフトの充実および解析サポート
利用期 09A 09B 10A 10B 11A 11B 12A 12B 13A 13B 合計
PU課題実施シフト数 48 54 48 54 51 33 48 54 45 39 474
支援課題数 2 2 2 4 5 2 2 3 1 4 27

 

 

(2)PU活動概要
(2−1)研究目標・目的
 これまでの物質科学研究では、バルク状態の平均的な特性を測定することが多かったが、現代における精密物質科学研究では特定元素や特定サイトの高精度な測定を求められることが多くなってきた。例えば、ナノ構造物や多層膜等の場合には、表面・界面等の特定部分だけの情報が重要となっており、鉄構造物の表面さび等のように自然環境下に置かれた試料の表面からの深さに依存した状態を測定できることも大変重要である。また、超高圧、超高温、超低温、強磁場といった通常ではアクセスしにくいような極限環境下試料の測定も必要とされている。本PU課題では、元素およびサイトの特定という概念を軸にして、放射光と核共鳴励起過程双方の有する性質を利用することで、放射光核共鳴散乱法の新しい分光法としての基盤技術を確立し、これまで困難であった高エネルギー領域における核共鳴散乱・吸収測定を可能とする方法を開発すること、および原子核の励起準位が有するneVオーダーの線幅という特徴を活かした超高分解能分光法を確立することを目標とした。また、これらを用いた物質科学研究を展開していくことも目的とした。

(2−2)実施した研究・支援の内容
1. 放射光吸収メスバウアー分光法の開発研究
 メスバウアー分光法では、原子核のまわりの電子構造および磁性についての情報を、これらが原子核へ与える微細な変化を通して得ることができる。そのため、元素(同位体)を特定しての測定が可能であるが、放射光のエネルギー選択性・高輝度特性を利用することで、微小領域、薄膜、高磁場および超高圧下での測定といった先進的なメスバウアー分光が可能となる。これまで、このような測定を実現すると期待されている放射光吸収メスバウアー分光法の開発を行ってきた[1][1] SPring-8 publication ID = 17273
M. Seto et al.: "Mössbauer spectroscopy in the energy domain using synchrotron radiation" Journal of Physics: Conference Series 217 (2010) 012002.
。この方法では、放射性同位体線源を用いた通常のメスバウアースペクトルと似た吸収型のエネルギースペクトルが得られるため、これまでに蓄積された多くのデータや解析方法が適用可能で、これまでの時間領域測定法よりも近づきやすいものとなっている。しかしながら、限られたビームタイムの中で効率的な測定を行うためには、検出効率向上が必要とされていた。そこで本PU課題において新しい検出方法の開発研究を実施した。
 この放射光吸収メスバウアー分光法では、散乱体試料中の共鳴励起を起こした原子核から脱励起に伴って放出されるγ線や蛍光X線を検出することで測定を行っているが、これに加えて内部転換過程に伴って放出される電子は検出されていなかった。そこで、この電子の検出も行うことで効率向上を図った。そのために散乱体と検出器との間に電子を遮る窓のないクライオスタットとAPD(アバランシェ・フォトダイオード)検出器とを一体化した分光システムを構築した(図1)。このシステムを用いることで、これまでの方法に比べて5倍もの検出効率で、174Ybメスバウアースペクトルの測定に成功した(図2)。さらにこのような検出効率向上に加え、脱励起後の散乱を検出する時間範囲を選択することで、実効線幅が自然幅の70%程度までに抑制されており、高分解能測定が可能であることを実証することもできた[6][6] SPring-8 publication ID = 25944
R. Masuda et al.: "Synchrotron radiation-based Mössbauer spectra of 174Yb measured with internal conversion electrons" Applied Physics Letters 104 (2014) 082411.
。これによって、これまで難しかったYbの価数分離等を明らかにすることができるようになった。この放射光吸収メスバウアー分光システムの有効性は、174Ybだけに限定されるものではなく、他の核種においても高効率測定が可能となっている。現在、PU課題によって開発を行った放射光吸収メスバウアー分光器は、BL09XUにおいて利用可能となっているが、世界的にも唯一の装置となっている。現在までに放射光吸収メスバウアースペクトルが測定されている元素を表1に示すが、これら以外にも、133Cs、193Ir、197Au、145Nd、234Npなどといった様々な分野で関心を持たれている核種を始めとした放射光で励起可能なほぼ全てのメスバウアー核種の測定が可能と考えられる。

 

20-1-2015_p39_fig1

 

図1 電子検出放射光吸収メスバウアー分光システム。測定試料を透過した放射光は散乱体で共鳴吸収された後にγ線、蛍光X線、内部転換電子を放出するが、これらは窓のないAPD検出器で検出される。散乱体は冷却された状態で速度トランスデューサーにより駆動される。

 

 

20-1-2015_p39_fig2

 

図2 174Ybメスバウアースペクトル。透過体と散乱体はともにYbB12。透過体と散乱体の温度はそれぞれ20 Kと26 K。〇は実験データ、曲線はフィットを示す。

 

 

表1 これまでに放射光吸収メスバウアースペクトルが測定されている元素を赤字で示す。青い背景の元素は、これまでに放射光で核共鳴励起が観測されているもので、緑の背景の元素は、これまでにメスバウアー効果は観測されているが放射光による核共鳴励起が行われていない元素。

 

20-1-2015_p39_table1

 

 

 この放射光吸収メスバウアー分光法を用いたものとして、125Te放射光メスバウアー分光法を用いたFe(Te, Se)系のTeの電子状態に関する研究が実施された。試料は超伝導を示さない母物質であるFeTeおよびそのTeサイトをSeで置換を行った超伝導体FeTe0.5Se0.5を用いた。FeTeのTeサイトにおいては、Feサイトが磁気転移を示す温度(65 K)付近から超微細磁場に起因すると考えられる線幅の増加が観測された。図3に10 Kでの125Te放射光吸収メスバウアースペクトルを示す。また、超伝導体FeTe0.5Se0.5の場合には、シングルラインスペクトルが観測され、ドープによって磁性が抑制されていることが確認された[7,8,12][7] SPring-8 publication ID = 26016
M. Kurokuzu et al.: "125Te Synchrotron-Radiation-Based Mössbauer Spectroscopy of Fe1.1Te and FeTe0.5Se0.5" Journal of the Physical Society of Japan 83 (2014) 044708.
[8] SPring-8 publication ID = 26184
M. Kurokuzu et al.: "Development of 125Te Synchrotron-Radiation-Based Mössbauer Spectroscop" Hyperfine Interactions 226 (2014) 687-691.
[12] SPring-8 publication ID = 26257
M. Kurokuzu: "Studies on Iron Chalcogenide by Mössbauer Spectroscopy and Nuclear Resonant Inelastic Scattering" Doctor Thesis (Kyoto University) (2014).
。この他にも、61Ni放射光吸収メスバウアー分光法によるナノNiの水素吸蔵過程についての研究が実施されている

 

20-1-2015_p39_fig3

 

図3 125Te放射光吸収メスバウアースペクトル(青▽:FeTe0.5Se0.5、赤△:FeTe、測定温度10 K)。曲線はフィットを示す。

 

 

 放射光吸収メスバウアー分光法を用いた一般課題に対する研究支援としては、151Eu放射光吸収メスバウアー分光法を用いたEu水素化物についての研究が行われ、これまで希土類金属水素化物の中でEuだけ存在していなかった3価の水素化物が高圧化において存在することが示された[R-1][R-1] T. Matsuoka, H. Fujihisa, N. Hirao, Y. Ohishi, T. Mitsui, R. Masuda, M. Seto, Y. Yoda, K. Shimizu, A. Machida and K. Aoki: Physical Review Letters 107 (2011) 025501.。また、この他にもEuRh2Si2におけるEuの価数の高圧下における温度変化に関する研究が行われている。Euのメスバウアー効果測定は放射性同位体(RI)を用いても可能であるが、高圧下での測定は極めて困難であるのに対し、放射光吸収メスバウアー分光法を用いることによって短時間での測定が実現されている。また、RI線源では困難な薄膜の測定においてもこの方法は有効であり、57Fe放射光吸収メスバウアー分光法を用いて、通常の正のスピン分極物質とは異なって、Minorityスピンの電子が電気伝導を担っていることからスピントロニクス分野で注目を集めている負のスピン分極物質Fe4N多結晶薄膜のFeの局所状態の温度依存性を調べたところ、60 Kと12 Kの間で相転移が存在することを示唆するスペクトルの変化が得られた[R-2][R-2] K. Mibu, M. Seto, T. Mitsui, Y. Yoda, R. Masuda, S. Kitao, Y. Kobayashi, E. Suharyadi, M. Tanaka, M. Tsunoda, H. Yanagihara and E. Kita: Hyperfine Interactions 217 (2013) 127-135.。カリウム(40K)のメスバウアー効果測定は適当なRI線源が存在しないため大変難しいが、放射光の利用によって比較的容易に可能である。40K放射光吸収メスバウアー分光法による研究としては、いわゆる磁性元素が含まれていないにもかかわらず低温で反強磁性を示すアルミノケイ酸塩ゼオライトの一種であるソーダライト中のKについての測定が行われた。その結果、Néel温度以下で有意な線幅の増大が見られ、反強磁性秩序状態におけるs電子によるhyperfine磁場を初めて直接観測することに成功した[R-3][R-3] T. Nakano, N. Fukuda, M. Seto, Y. Kobayashi, R. Masuda, Y. Yoda, M. Ogura, M. Mihara and Y. Nozue: International Conference on the Application of the Mössbauer Effect (ICAME2013), Opatija, Croatia, Sept. 1-6, 2013.。この他にも、174Yb放射光メスバウアー吸収分光法による重い電子系超伝導物質YbAlB4の価数揺動ダイナミックスに関する研究、61Ni放射光吸収メスバウアー分光法によるリチウムイオン二次電池正極材料中のNiイオンの充放電による挙動に関する研究、189Os放射光吸収メスバウアー分光法による5d遷移金属フラストレーション磁性体であるパイロクロア酸化物Cd2Os2O7における反強磁性状態スピン配列に関する研究[R-4][R-4] J. Yamaura, H. Ohsumi, K. Sugimoto, S. Tsutsui, Y. Yoda, S. Takeshita, A. Tokuda, S. Kitao, M. Kurokuzu, M. Seto, I. Yamauchi, K. Ohgushi, M. Takigawa, T. Arima and Z. Hiroi: Journal of Physics: Conference Series 391 (2012) 012112.などに対しての支援が実施された。

2. 核共鳴非弾性散乱法の高度化およびその応用研究
 核共鳴非弾性散乱法は、物質中の特定元素に関与する振動だけを抽出して測定可能である。よって、大きな分子中の特定部分の状態や微量不純物の振動状態などのような他の方法では困難な研究が可能となる。また、赤外吸収分光法やラマン分光法においては選択則によって観測されない振動モードが存在するが、核共鳴非弾性散乱法にはそのような制限はない。本PU課題では核共鳴非弾性散乱測定法の高度化を実施し、これを活かして未だ解明されていない生体関連物質におけるFe活性中心の構造に関して、二核非ヘム鉄酵素における高原子価鉄−オキソ中間体の分子構造とその高酸化反応メカニズムの解明[R-5][R-5] K. Park, C. B. Bell III, L. V. Liu, D. Wang, G. Xue, Y. Kwak, S. D. Wong, K. M. Light, J. Zhao, E. E. Alp, Y. Yoda, M. Saito, Y. Kobayashi, T. Ohta, M. Seto, L. Que Jr. and E. I. Solomon: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 110 (2013) 6275-6280.、単核非ヘム鉄酵素ハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)におけるFe(IV)=O中間体とその活性化機構の解明[R-6][R-6] S. D. Wong, M. Srnec, M. L. Matthews, L. V. Liu, Y. Kwak, K. Park, C. B. Bell III, E. E. Alp, J. Zhao, Y. Yoda, S. Kitao, M. Seto, C. Krebs, J. M. Bollinger and E. I. Solomon: Nature 499 (2013) 320-323.に関する研究支援を実施した。これらの他にも鉄酵素に関する研究が実施され成果が得られている[R-7,R-8][R-7] K. Park, T. Tsugawa, H. Furutachi, Y. Kwak, L. V. Liu, S. D. Wong, Y. Yoda, Y. Kobayashi, M. Saito, M. Kurokuzu, M. Seto, M. Suzuki and E. I. Solomon: Angewandte Chemie International Edition 52 (2013) 1294-1298.
[R-8] Y. Kwak, W. Jiang, L. M. K. Dassama, K. Park, C. B. Bell III, L. V. Liu, S. D. Wong, M. Saito, Y. Kobayashi, S. Kitao, M. Seto, Y. Yoda, E. E. Alp, J. Zhao, J. M. Bollinger Jr., C. Krebs and E. I. Solomon: Journal of the American Chemical Society 135 (2013) 17573-17584.


3. neV超高分解能準弾性散乱分光器の開発
 neVオーダーの超高分解能準弾性散乱測定を高効率で実施するために、角度分解型の検出器および測定回路系の開発研究を実施した。検出器としては、16 ch多素子APDを2組使用することで、8角度(1角度あたり4素子使用)において同時測定を行えるようになった。さらに、ドップラー運動を行わないマルチライン方式の開発も行った。これは、これまでの準弾性散乱測定法ではシングルラインの励起準位を用いていたためeVオーダーの放射光の幅のneV程度の領域しか利用していなかったのに対し、マルチライン準位を採用することで測定効率の向上を実現したものである。これにより、放射光を効率良く利用できる効果とドップラー運動に伴う速度誤差の減少によって、これまでよりも短時間で測定精度を向上させることが可能となった[2,4,5,11][2] SPring-8 publication ID = 19586
M. Saito et al.: "Development of Time-Domain Interferometry for the study of glass formers" Journal of Physics: Conference Series 217 (2010) 012147.
[4] SPring-8 publication ID = 21751
M. Saito et al.: "Time-Domain Interferometry Experiments Using Multi-Line Nuclear Absorbers" Hyperfine Interactions 206 (2012) 87-90.
[5] SPring-8 publication ID = 21752
M. Saito
et al.: "Improvement of Efficiency of Time-Domain Interferometry Method Using Two Driven Nuclear Absorbers" Journal of the Physical Society of Japan 80 (2011) 123001.
[11] SPring-8 publication ID = 26256
M. Saito: "Development of Time-Domain Interferometry Method Using Nuclear Resonant Scattering and Its Applications" Doctor Thesis (Kyoto University) (2012).

 以下に、neV超高分解能準弾性散乱分光器を用いて行った研究について紹介する。

3−1. neV超高分解能準弾性散乱分光法によるo-terphenylの緩和時間に関する研究
 液体中では分子は比較的自由な拡散を行っているが、凝固点以下の温度の過冷却状態では、ミクロなスケールで固体的な領域が生じていると考えられている。その証拠として液体が拡散する振る舞いの変化や、固体的な特徴を有する分子のホッピング緩和過程の出現などが知られている。このような変化は一般に100 ns程度の時間スケールで、原子・分子スケールの領域において起こるが、このような領域での運動を微視的に観測することには多くの制約があったため、液体がどのようにしてこれらの特徴を帯びてくるのか良く分かっていなかった。そこで、開発を行ったneV超高分解能準弾性散乱分光器を用いて典型的なガラス形成物質o-terphenylの緩和時間の温度依存性および運動量移行依存性測定を実施した。測定の結果得られた緩和時間の温度依存性を図4に示す。q = 14 nm-1では緩和時間は冷却に伴い発散するように変化しているが、これは拡散過程の振る舞いに一致していることから、拡散により分子間構造が緩和するという描像に一致する。一方、q = 23 nm-1では緩和時間は、高温側では発散挙動を示すが、途中で温度依存性が変わり低温側ではslowβ過程として知られるホッピング運動による緩和の振る舞いと一致した。これは、局所的な緩和のメカニズムが拡散運動からホッピング運動へと変化することを示しており、このときの温度278 Kは、固体的な領域が生じ始めるとされる温度290 Kよりも十分低いことが明らかになった。これより、ホッピング運動が生じるためには、290 Kからさらに低温で十分に固体的な領域が発達する必要があることが示された。

 

20-1-2015_p39_fig4

 

図4 平均緩和時間の温度依存性。中の四角の差し込み図は緩和時間を測定した運動量移行qの値14, 23 nm-1の静的構造因子との対応を示す。長い破線は誘電緩和で得られたslowβ緩和時間。

 

 

 さらにホッピング運動の詳細な状態を調べるため265 Kでの局所的な構造の緩和時間のq依存性を調べた。その結果を図5に示す。液体中で自由拡散が成り立っている場合、緩和時間はqに関する指数が、-2のべき乗則に従うことが分かっているが、この温度ではべき指数が、-2.9となり異常な緩和の振る舞いが明らかになった。これは、ホッピング運動が空間的に制限された局所的な緩和であることを示している。

 

20-1-2015_p39_fig5

 

図5 265 Kにおける平均緩和時間のq依存性。短い破線は静的構造因子、長い破線は緩和時間がq-2に従う場合の傾きを示す。

 

 

 これらのことから、液体が冷却に伴い固体的な性質を帯びてくる証拠を与えたばかりでなく、過冷却液体の分子運動の変化が段階的に起こることを明らかにすることができた[9,10,11][9] SPring-8 publication ID = 26235
M. Saito et al.: "Slow Dynamics of Supercooled Liquid Revealed by Rayleigh Scattering of Mössbauer Radiation Method in Time Domain" Hyperfine Interactions 226 (2014) 629-636.
[10] SPring-8 publication ID = 26236
M. Saito et al.: "Slow Processes in Supercooled o-terphenyl: Relaxation and Decoupling" Physical Review Letters 109 (2012) 115705.
[11] SPring-8 publication ID = 26256
M. Saito: "Development of Time-Domain Interferometry Method Using Nuclear Resonant Scattering and Its Applications" Doctor Thesis (Kyoto University) (2012).


3−2. neV超高分解能準弾性散乱分光法による両親媒性液晶における相分離の研究
 液晶分子の形成する重要な相状態の1つであるスメクティック相では、分子は運動性を有したまま層状の秩序構造を作っているが、層の中では液晶分子は比較的自由に拡散しているのに対し、層間の移動はある程度制限されている。一方、分子が会合するようにデザインされた両親媒性の液晶分子は、この分子が微視的に会合するような層秩序構造を形成する場合は、層内では自由に動くことは可能だが、層間の運動をした際には分子が隣の層内で安定な向きとは反対向きになるため、そのような運動はかなり起こりにくくなると考えられている。しかしながら、そのような秩序の微視的なメカニズムについては未だ解明されていない。また、層状構造の相分離等についても微視的な観点からは充分に調べられてはいない。そこで、典型的なサーモトロピック液晶である8CBと分子スケールで会合するようにデザインされた両親媒性液晶(BI)に対して、層間の構造および層内の分子間の構造に対応した運動の緩和時間の測定を行った。図6に8CBとBIの化学構造、測定スペクトルおよび得られた緩和時間を示す。緩和時間の測定結果から、8CBとBIで、層間の構造に対応した運動の緩和時間と層内の分子間の構造に対応した運動の緩和時間の比はほぼ同じオーダーであることが分かった。部分的にフッ素化した両親媒性液晶(BI)のスメクティック相においては、フッ素鎖と炭化水素鎖が相分離をしている可能性が示唆されていたが、本研究によりフッ素鎖と炭化水素鎖とが特に相分離を起こさずに層構造を形成していることが示された[3,11][3] SPring-8 publication ID = 21750
M. Saito et al.: "Small and Large Angle Quasi-Elastic Scattering Experiments by Using Nuclear Resonant Scattering on Typical and Amphiphilic Liquid Crystals" Journal of the Physical Society of Japan 81 (2012) 023001.
[11] SPring-8 publication ID = 26256
M. Saito: "Development of Time-Domain Interferometry Method Using Nuclear Resonant Scattering and Its Applications" Doctor Thesis (Kyoto University) (2012).

 

20-1-2015_p39_fig6

 

図6 (a) 8CBと(b) BIの化学構造および測定時間スペクトルと緩和時間(τ)の運動量移行依存性。それぞれ、上側は分子間構造、下側は層間構造に対応している。

 

 

(2−3)まとめ
 装置開発に関しては、主として放射光吸収メスバウアー分光法の開発研究およびneV準弾性散乱法の開発研究を実施し、それぞれについて、ほぼ計画どおり開発が進み、当初と比較して大幅な測定効率向上を達成した。核共鳴散乱法は、物質内における各元素(同位体)を特定した測定が可能であるが、この特徴は必要とされる元素の測定が可能になってこそ、大いに発揮されるものであるが、本研究により放射光で励起可能な多くのメスバウアー核種において有効な分光法を確立し、物質科学研究への展開が可能となったものと考えられる。さらに、neV分解能の準弾性散乱法の開発により、既存の方法では測定することが困難であった運動量−エネルギー領域の測定が可能となった。実際に、これらの分光法を使った研究が実施され、一般共同利用研究にも利用されて成果も出始めており、今後の発展が期待される。

 

(2−4)参考文献

[R-1] T. Matsuoka, H. Fujihisa, N. Hirao, Y. Ohishi, T. Mitsui, R. Masuda, M. Seto, Y. Yoda, K. Shimizu, A. Machida and K. Aoki: Physical Review Letters 107 (2011) 025501.

[R-2] K. Mibu, M. Seto, T. Mitsui, Y. Yoda, R. Masuda, S. Kitao, Y. Kobayashi, E. Suharyadi, M. Tanaka, M. Tsunoda, H. Yanagihara and E. Kita: Hyperfine Interactions 217 (2013) 127-135.

[R-3] T. Nakano, N. Fukuda, M. Seto, Y. Kobayashi, R. Masuda, Y. Yoda, M. Ogura, M. Mihara and Y. Nozue: International Conference on the Application of the Mössbauer Effect (ICAME2013), Opatija, Croatia, Sept. 1-6, 2013.

[R-4] J. Yamaura, H. Ohsumi, K. Sugimoto, S. Tsutsui, Y. Yoda, S. Takeshita, A. Tokuda, S. Kitao, M. Kurokuzu, M. Seto, I. Yamauchi, K. Ohgushi, M. Takigawa, T. Arima and Z. Hiroi: Journal of Physics: Conference Series 391 (2012) 012112.

[R-5] K. Park, C. B. Bell III, L. V. Liu, D. Wang, G. Xue, Y. Kwak, S. D. Wong, K. M. Light, J. Zhao, E. E. Alp, Y. Yoda, M. Saito, Y. Kobayashi, T. Ohta, M. Seto, L. Que Jr. and E. I. Solomon: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 110 (2013) 6275-6280.

[R-6] S. D. Wong, M. Srnec, M. L. Matthews, L. V. Liu, Y. Kwak, K. Park, C. B. Bell III, E. E. Alp, J. Zhao, Y. Yoda, S. Kitao, M. Seto, C. Krebs, J. M. Bollinger and E. I. Solomon: Nature 499 (2013) 320-323.

[R-7] K. Park, T. Tsugawa, H. Furutachi, Y. Kwak, L. V. Liu, S. D. Wong, Y. Yoda, Y. Kobayashi, M. Saito, M. Kurokuzu, M. Seto, M. Suzuki and E. I. Solomon: Angewandte Chemie International Edition 52 (2013) 1294-1298.

[R-8] Y. Kwak, W. Jiang, L. M. K. Dassama, K. Park, C. B. Bell III, L. V. Liu, S. D. Wong, M. Saito, Y. Kobayashi, S. Kitao, M. Seto, Y. Yoda, E. E. Alp, J. Zhao, J. M. Bollinger Jr., C. Krebs and E. I. Solomon: Journal of the American Chemical Society 135 (2013) 17573-17584.

 

 

(3)成果リスト(査読有り論文)
 SPring-8利用研究成果登録データベースに登録済みで、PU課題番号が関連づけられた査読付き論文のみを掲載します。(その他、PUとして支援した一般課題の発表論文やポスター発表、受賞歴など多数の成果がありますが、掲載スペースの都合上割愛しています。)

 

[1]  SPring-8 publication ID = 17273
M. Seto et al.: "Mössbauer spectroscopy in the energy domain using synchrotron radiation" Journal of Physics: Conference Series 217 (2010) 012002.

[2]  SPring-8 publication ID = 19586
M. Saito et al.: "Development of Time-Domain Interferometry for the study of glass formers" Journal of Physics: Conference Series 217 (2010) 012147.

[3]  SPring-8 publication ID = 21750
M. Saito et al.: "Small and Large Angle Quasi-Elastic Scattering Experiments by Using Nuclear Resonant Scattering on Typical and Amphiphilic Liquid Crystals" Journal of the Physical Society of Japan 81 (2012) 023001.

[4]  SPring-8 publication ID = 21751
M. Saito et al.: "Time-Domain Interferometry Experiments Using Multi-Line Nuclear Absorbers" Hyperfine Interactions 206 (2012) 87-90.

[5]  SPring-8 publication ID = 21752
M. Saito et al.: "Improvement of Efficiency of Time-Domain Interferometry Method Using Two Driven Nuclear Absorbers" Journal of the Physical Society of Japan 80 (2011) 123001.

[6]  SPring-8 publication ID = 25944
R. Masuda et al.: "Synchrotron radiation-based Mössbauer spectra of 174Yb measured with internal conversion electrons" Applied Physics Letters 104 (2014) 082411.

[7]  SPring-8 publication ID = 26016
M. Kurokuzu et al.: "125Te Synchrotron-Radiation-Based Mössbauer Spectroscopy of Fe1.1Te and FeTe0.5Se0.5" Journal of the Physical Society of Japan 83 (2014) 044708.

[8]  SPring-8 publication ID = 26184
M. Kurokuzu et al.: "Development of 125Te Synchrotron-Radiation-Based Mössbauer Spectroscop" Hyperfine Interactions 226 (2014) 687-691.

[9]  SPring-8 publication ID = 26235
M. Saito et al.: "Slow Dynamics of Supercooled Liquid Revealed by Rayleigh Scattering of Mössbauer Radiation Method in Time Domain" Hyperfine Interactions 226 (2014) 629-636.

[10] SPring-8 publication ID = 26236
M. Saito et al.: "Slow Processes in Supercooled o-terphenyl: Relaxation and Decoupling" Physical Review Letters 109 (2012) 115705.

[11] SPring-8 publication ID = 26256
M. Saito: "Development of Time-Domain Interferometry Method Using Nuclear Resonant Scattering and Its Applications" Doctor Thesis (Kyoto University) (2012).

[12] SPring-8 publication ID = 26257
M. Kurokuzu: "Studies on Iron Chalcogenide by Mössbauer Spectroscopy and Nuclear Resonant Inelastic Scattering" Doctor Thesis (Kyoto University) (2014).

[13] SPring-8 publication ID = 26259
T. Kanaya et al.: "Relaxation transition in glass-forming polybutadiene as revealed by nuclear resonance X-ray scattering" The Journal of Chemical Physics 140 (2014) 144906.

 

 

 

瀬戸 誠 SETO Makoto
京都大学 原子炉実験所
〒590-0494 大阪府泉南郡熊取町朝代西2-1010-1
TEL : 072-451-2445
e-mail : seto@rri.kyoto-u.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794