Volume 15, No.3 Pages 225- 235
5. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM SPring-8 USERS
SPring-8 利用者懇談会 第三期研究会の概要
Outline of the 3rd Round Research Group for the SPring-8 Users Society
SPring-8利用者懇談会では、SPring-8を取り巻く環境を背景に、会員の研究活動が円滑に進むための工夫をしてきた。その主だったものが研究会である。建設フェーズ(1993年〜2000年)ではサブグループ体制が、その後の利用フェーズ(2001年〜2006年)では、ビームラインサブグループと利用研究会の混成体制が重要な役割を果たしてきた。そして、大型施設での成果が大きく問われる利用フェーズ(2006年〜)に入ってからは、利用促進委員会を中心とした第一期研究会(2006-2008)、第二期研究会(2008-2010)の活動が始まった。その主旨は従来の、立ち上げを行っていたビームラインを中心としたグループではなく、SPring-8で展開されるサイエンスを中心とした研究会を組織することによりその活動を活性化することにあった。特に第二期では、JASRIの交付金の削減などで各研究会の予算の縮減があり、実際には各研究者の外部資金をベースに研究会は活発に運営されてきた。現在は、第三期利用促進委員会のもとに、新しい研究会がスタートしたところである。第二期の9分野、35研究会の再編成により第三期の研究会として表1に示す9分野、27研究会がのべ約850名の会員で発足した。以下に、第三期の研究会の概要を紹介し、最後に利用促進委員会として第三期研究会活動への期待を述べる。
なお各研究会は、グループの大小、活動の形態や方法が異なるため、研究会概要は内容、スタイルが様々であるが、ご容赦いただきたい。
表1 SPring8利用者懇談会 第三期(平成22-23年度)研究会一覧
平成22年6月9日設置承認
研究分野 | 研究会名称 | 代表者 | 代表者所属 | 副代表者 | 副代表者所属 | ||
1 | イメージング | 1 | X線マイクロ・ナノトモグラフィー研究会 | 安田 秀幸 | 大阪大学 | 上杉健太朗 | 高輝度光科学 研究センター |
2 | マイクロ・ナノイメージングと生体機能研究会 | 伊藤 敦 | 東海大学 | 百生 敦 | 東京大学 | ||
3 | X線トポグラフィ研究会 | 飯田 敏 | 富山大学 | 梶原堅太郎 | 高輝度光科学 研究センター |
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4 | 顕微ナノ材料科学研究会 | 大門 寛 | 奈良先端科学技術大学院大学 | 朝倉 清高 | 北海道大学 | ||
5 | 原子分解能X線励起ホログラフィー研究会 | 林 好一 | 東北大学 | 松下 智裕 | 高輝度光科学 研究センター |
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2 | エネルギー・環境 | 6 | 表界面・薄膜ナノ構造研究会 | 高橋 功 | 関西学院大学 | 坂田 修身 | 高輝度光科学 研究センター |
7 | 結晶化学研究会 | 小澤 芳樹 | 兵庫県立大学 | 尾関 智二 | 東京工業大学 | ||
3 | バイオ・ソフトマター | 8 | ソフト界面科学研究会 | 飯村 兼一 | 宇都宮大学 | 瀧上 隆智 | 九州大学 |
9 | 小角散乱研究会 | 佐藤 衛 | 横浜市立大学 | 竹中 幹人 | 京都大学 | ||
4 | ポリマーサイエンス | 10 | 高分子科学研究会 | 田代 孝二 | 豊田工業大学 | 村瀬 浩貴 | 東洋紡績 |
11 | 高分子薄膜・表面研究会 | 高原 淳 | 九州大学 | 佐々木 園 | 京都工芸繊維大学 | ||
5 | 安全・安心社会構築 | 12 | ナノ組織高温損傷評価研究会 | 庄子 哲雄 | 東北大学 | 渡邉 真史 | 東北大学 |
13 | 残留応力と強度評価研究会 | 秋庭 義明 | 横浜国立大学 | 菖蒲 敬久 | 日本原子力 研究開発機構 |
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6 | 情報・磁性デバイス | 14 | キラル磁性・マルチフェロイックス研究会 | 井上 克也 | 広島大学 | 大隅 寛幸 | 理化学研究所 |
15 | ナノ・デバイス磁性研究会 | 木村 昭夫 | 広島大学 | 中村 哲也 | 高輝度光科学 研究センター |
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16 | 磁性分光研究会 | 水牧仁一朗 | 高輝度光科学 研究センター |
安居院あかね | 日本原子力 研究開発機構 |
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17 | スピン・電子運動量密度研究会 | 小泉 昭久 | 兵庫県立大学 | 櫻井 浩 | 群馬大学 | ||
7 | 未来材料探索 | 18 | 構造物性研究会 | 有馬 孝尚 | 東北大学 | 西堀 英治 | 名古屋大学 |
19 | 固体分光研究会 | 曽田 一雄 | 名古屋大学 | 今田 真 | 立命館大学 | ||
20 | 不規則系物質先端科学研究会 | 梶原 行夫 | 広島大学 | 小原 真司 | 高輝度光科学 研究センター |
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21 | 高圧物質科学研究会 | 石松 直樹 | 広島大学 | 綿貫 徹 | 日本原子力 研究開発機構 |
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8 | 新規分野開拓 | 22 | 核共鳴散乱研究会 | 瀬戸 誠 | 京都大学 | 三井 隆也 | 日本原子力 研究開発機構 |
23 | 物質における高エネルギーX線分光研究会 | 寺澤 倫孝 | 兵庫県立大学 | 伊藤 嘉昭 | 京都大学 | ||
24 | 理論研究会 | 馬越 健次 | 兵庫県立大学 | 坂井 徹 | 日本原子力 研究開発機構 |
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25 | 軟X線光化学研究会 | 齋藤 則生 | 産業技術総合研究所 | 下條 竜夫 | 兵庫県立大学 | ||
26 | 放射光活用人材育成研究会 | 池田 直 | 岡山大学 | 圓山 裕 | 広島大学 | ||
9 | 地球惑星科学 | 27 | 地球惑星科学研究会 | 久保 友明 | 九州大学 | 山崎 大輔 | 岡山大学 |
第三期研究会の概要
1.イメージング分野
1)X線マイクロ・ナノトモグラフィー研究会
X線マイクロ・ナノトモグラフィーは画像計測方法の一種である。空間分解能、時間分解能の向上とともに、従来手法では不可能であった3D/4D画像解析の手段として認識されており、医学・歯学、地球・宇宙物理、材料科学、産業技術など多岐にわたる応用研究がなされている。放射光を利用した場合、ラボ用装置などとは質的に異なるデータが取得可能であるが、回折や分光法と違い、比較的新しい研究分野であるため、放射光X線を利用した画像計測法の正しい理解と利用方法の浸透が不十分である。
本研究会は放射光を利用した画像計測法の一種であるトモグラフィーをベースに、産学含めた様々な研究分野のメンバーにより構成されている。ここであげられた技術的な問題や解決法はSPring-8の装置開発にフィードバックされ、新しい計測技術として公開される。また、新しい計測技術を用いて得られた知見は、それぞれの研究分野で最新の研究成果として発表される。本研究会はこの循環を繰り返すことにより、新規分野・ユーザーの開拓がなされ、同時に放射光トモグラフィーを軸とした最先端の研究が展開されることを、目的としている。
2)マイクロ・ナノイメージングと生体機能研究会
生体機能の解明に対するX線イメージングの貢献は、電子線に比べて極めて高い透過性を生かして比較的厚く、場合によっては含水状態の構造を三次元で高分解能観察できること、さらには蛍光X線などを利用して元素や化学結合状態の分布を明らかにすることにある。こうして得られた画像情報は機能発現モデルの構築とそれによる生体機能の理解に役立つものでなければならない。この分野では、「視野と空間分解能の両立・バランス」、「高速化による時分割観察」、「新奇コントラスト形成法開拓と感度向上」、「放射線損傷対策」などの課題に対して、更なる向上あるいはブレークスルーが強く求められている。本研究会では、これらの技術課題を念頭に、マイクロ・ナノイメージングをキーワードに、位相コントラストを軸として、三次元観察のためのX線トモグラフィー、特定元素の分布を明らかにする蛍光X線分析を組み合わせて、イメージング技術の開発、整備、活用を目的としている。また、技術開発のみならずそれによって展開されるサイエンスにおいて、生物学、医学、材料科学、高分子化学、環境科学など多分野の研究者による組織作りを行う。そこでは定期的なワークショップなどを通して、適用試料、観察方法のアイディアなどを汲み上げ、装置のアップグレード、外部資金の共同申請などにつなげることを目指す。
3)X線トポグラフィ研究会
X線トポグラフィは結晶中の格子欠陥や格子歪、誘電体や磁性体の分域構造のような構造不均一の実空間分布をX線の回折・散乱によってコントラストをつけて非破壊で可視化しようとするイメージング手法である。シンクロトロン放射光の出現によってX線トポグラフィは大きく進展し、単結晶材料の評価法として確立した技術となっている。
X線トポグラフィ研究会はSPring-8放射光X線の特徴を最大限に生かした放射光X線トポグラフィの技術開発と利活用を行い、もって理学と工学の進展に寄与することを目的としている。新しい回折イメージング技法の開発、その適用範囲の新しい結晶・物質への拡大、関連するソフトウェアの整備を通して、X線トポグラフィ関連ビームラインの高度化、高度利用に寄与する。年に2〜3回開催する研究会会合では、X線トポグラフィおよび関連技術に関する最新情報の共有と意見交換も行う。
4)顕微ナノ材料科学研究会
放射光を使った顕微イメージング技術の発展は目覚しく、大きな発展を遂げている。それは高輝度・偏光・高速パルス光という放射光の特性と表面電子顕微鏡の技術の最近の発展に起因している。我が国ではこの分野の取り組みが遅れた経緯がある。その理由は放射光施設利用者が顕微イメージング技術の重要性を認識することが遅れたことと、放射光施設側もそれに呼応して対応を行ってこなかったためである。しかし、SPring-8ではスペクトロスコピック機能をもつ光電子顕微鏡(SPELEEM)が設置されて稼動しており、多数の利用者の要求に応えて着々と成果を出している。このSPELEEMはスペクトロスコピック特性を持つために、数10 nmより良い分解能をもつ化学結合状態のイメージングが可能な光電子分光法(XPS顕微鏡)として、従来では困難と考えられていた高分解能化学結合マッピングを可能にしている。また、放射光の円偏光と直線偏光特性を利用して磁性イメージを高分解能で得ることが出来るようになっている。現在は本手法を用いて、ナノ材料のキャラクタリゼーションを中心に、産業応用への展開、絶縁物のような新規材料、あるいは隕石など地球惑星科学まで多彩な研究が展開されている。このように大きな技術的発展を遂げてきている「顕微ナノ材料科学」をさらに発展させ、世界に冠たる成果を出そうと思うと、互いのノウハウの交換等を行うために国内研究者の交流は欠かせない。また現在の問題点として、SPELEEMは専用ビームラインを持っていない。拡大する顕微分析へのニーズに対して、現在の割り当てビームタイムのシフト数や、装置の台数とそれに携わるスタッフの人数は必ずしも十分ではない。一方世界的に状況を見てみると、この分野で先駆的な研究を始めたイタリア・トリエステのELLETRAでは10年以上前から専用ビームラインにSPELEEMを設置し、長時間かけて調整を行って、着々と成果を出している。その後、ドイツのBESSYII、アメリカバークレイのALS、スイスのSLS、イギリスのDLS、フランスのSoleil等いずれも専用ビームラインでSPELEEMを設置して実験を開始している。このような状況にあって1人日本だけがその潮流から遅れてしまって設置施設の事情のために世界の先端の研究から遅れることがあってはならないと考えられる。また、この分野では放射光のパルス特性を利用して、超高速現象の顕微観察を行う手法が新しい潮流として注目を集めている。特に新しい高速特性を持った材料開発にとっては、なくてはならない評価技術になってくる。そこで我が国でもこの分野を立ち上げた。また、原子配列を光電子で立体的に見ることのできる独自の光電子顕微鏡の開発も始まっている。また、大型放射光施設の強みを活かした、硬X線とPEEMを組み合わせた新しい顕微XAFS技術への期待が、学術と産業界の両方から高まってきている。これらの新しい研究の芽を発展させていくためには、このような研究会をベースにした連携が欠かせない。種々の問題に対応するために、研究会を開催するとともに、利用者の要求をまとめて施設へ要望し、研究ツールの高度化をめざす。
5)原子分解能X線励起ホログラフィー研究会
軟X線光電子ホログラフィーや軟X線蛍光X線ホログラフィーに代表される原子分解能ホログラフィーとは、軟X線あるいは硬X線により励起された原子から発生する光電子または蛍光X線の散乱干渉を測定して原子構造解析を行う、比較的、新しい測定技術である。この技術は、「特定元素のまわりの数原子先までの原子配列の三次元的なイメージが得られる」ことを大きな特徴とする。X線、電子線回折やXAFSとは異なり、特定元素のまわりの数原子先の三次元原子配列とそのゆらぎが正確に得られ、また、不純物や吸着子などの完全な並進対称性を持たない場合でも原子配列を観測できる。同時に、光電子や蛍光から、測定元素の電子状態の情報も得られる。これにより、不純物や吸着子の局所構造と電子状態の同時測定や、局所的中距離構造という新たな内容のサイエンスを追究できることに大きな特長がある。本研究会では、SPring-8ユーザーの中から軟X線光電子ホログラフィーと硬X線蛍光X線ホログラフィーの研究者の連合体を形成し、I)SPring-8に最適化されたホログラフィーイメージングの高度化、II)専用ビームライン建設に対するビジョンの構築、III)新しい放射光ホログラフィーサイエンスの開拓実現を目標とする。
2.エネルギー・環境分野
1)表界面・薄膜ナノ構造研究会
LEDやトランジスター、集積回路、高密度不揮発性メモリー等のエレクトロニクスの根幹を支える電子デバイスは、半導体・磁性体・誘電体・金属などのバルク材料としての優れた特性はもとよりそれらの表面・界面・薄膜における構造と物性に多くを負っている。しかしながら物質の表面・界面や厚さ数nmにまで薄膜化した物質の構造解析や物性測定は、今日においてすらなお容易ではなく、基礎的な側面で、また工業的なレベルにおいても解決すべき深刻な問題点が数多く残されている。さまざまな素材の薄膜および表面・界面における原子分子の電子状態・配列・配向、結晶性、ドメイン、2次構造などの各階層における正確な構造情報を迅速に得て該当する物性との対応付けが容易にできるようになれば、表面・界面・薄膜の構造・物性制御や新機能材料開発にブレークスルーをもたらすことになる。本研究会は表面・界面・薄膜中に存在するナノ構造と表面界面物性との関連に関心のある研究者がそれらの研究に伴って生じる種々の実験・解析上の問題点の解明と克服を図ることを目的として形成された。測定技術の向上や解析手法のノウハウ等についての情報交換はもとより、新たな表面回折実験手法の実現に関しても目標を設定して高度化の推進を図る。産業界の動向を見据えての重点研究分野の設定と、次代を担う若手人材のシステマチックな育成も当研究会に課せられた重要な任務であると認識している。
2)結晶化学研究会
化学結晶学の研究分野においては、X線結晶構造解析の手法を用いて、分子の静的、動的三次元構造とその変化を立体的に時間的かつ空間的に、高精度の分解能をもって迅速に観測することが、放射光を利用する際の最大のメリットと考えられる。本研究会は、放射光利用実験促進と先端的な研究推進とを目的として活動する。主に化学者が放射光利用研究を容易にかつ効率よく遂行できる利用環境を整えることを最重要課題として、結晶化学研究に最適な、高精度、迅速観測のためのビームライン、実験装置の整備、解析手法の開拓、化学結晶学分野の放射光利用研究の促進を目指す。
3.バイオ・ソフトマター分野
1)ソフト界面科学研究会
気/液、液/液などのソフトな界面はI)変形と振動などの重力の影響を受けやすい、II)常に熱揺らぎ(表面波)状態にある、III)界面領域とバルク間の分子の移動と濃度勾配を伴うなど、ハード(固体)界面とは異なっている点が多く特異的な場であると言える。またその構造を分子・原子の分解能であるがままに、直接的に知り得る分析法は、放射光を利用した方法が最も強力かつほとんど唯一のものである。そこで本研究会は、第3世代放射光施設であるSPring-8の高輝度放射光を利用したX線反射(XR)・回折(GIXD)・吸収(XAFS)の手法を駆使し、ソフトな界面とそこに形成されるソフトな界面分子膜の構造と挙動を、あるがままの時空間でナノレベルでの計測・解析を可能とする基盤を構築し、それらを発展させてソフトな界面が関与する系の先端学問を創造することを目的に設置された。これまでの活動において、定期的なセミナーや学会におけるシンポジウムの開催などによる知識・技術・情報の交換が活発に行われ、数十秒〜分オーダーの時間分解計測が可能な気/液および液/液界面のXR・GIXD装置の立ち上げや、世界初の液/液界面の全反射XAFS法の開発など、ソフトな界面膜の構造研究の急速な進展に寄与してきた。本研究会は、時間分解測定の一層の高速化や微小領域測定技術の開発などに取り組みながら、測定ユーザーの拡大および研究会内外での学−学、産−学の共同研究の展開を推し進め、ソフト界面に適用可能なXR・GIXD・XAFS統合ステーション(Integrated Synchrotron Radiation X-ray Station for Soft Interfaces;ISRaXS)の構築に向けた取り組みを推し進め、ソフトな界面が関与する系の学術〜産業レベルにわたる先端学問領域の創出を目指している。
2)小角散乱研究会
小角散乱研究会は、生命科学(タンパク質など)や高分子科学(合成高分子)、材料科学(ソフトマター)など、異なるサイエンスの分野の研究者から構成される学際的な研究会である。これらの分野に通底する「階層構造」「自己組織化」を共通のキーワードとして、それぞれの研究者(研究グループ)のサイエンスを最大限に尊重することによって、“試料からの散乱・回折X線の強度分布から構造に関する情報を得る”という方法論でコミュニティーを形成している。しかしながら、世界最高レベルの高輝度放射光(SPring-8)を利用して、それぞれの分野において大きなブレークスルーをもたらす先端的な研究を実現していくためには、小角散乱のユーザーがそれぞれのビームラインの特性を十分に理解し、各自の研究テーマに最適なビームラインを選択するとともに、ビームラインに設置された測定装置の操作に充分習熟することが強く求められている。さらに、マイクロビーム小角散乱法や動的X線散乱法などの小角散乱におけるより高度な利用法の敷衍も求められる。このような目的を達成するために、小角散乱研究会では、本格的なSPring-8の高度利用にともない、各ユーザーが円滑で効率よく放射光実験が行えるように、I)ビームラインに設置された装置の実習や講習会を開催する、II)国内外の小角散乱研究の動向を知る場あるいはユーザー間の情報交換の場として研究会・勉強会を企画する、III)新規ビームラインの建設に向けた将来計画の策定や、既存のビームラインの高度化、試料周りの整備などについて施設側に積極的に提言し、施設とユーザーの密接な連携関係を構築して優れたサイエンスを生み出すことを目的とする。
4.ポリマーサイエンス分野
1)高分子科学研究会
ポリエチレンやポリプロピレンなど汎用性高分子に典型的な例が見られるように、高分子物質の化学的欠陥や分子量、分子量分布の更なる精密制御により、従来よりも遥かに優れた物性が発現されるようになり、自動車産業、電気産業をはじめとし、その利用範囲はますます拡大している。このような発展は、取りも直さず、高分子材料の微細組織のより一層の精度高い制御により保障されていなければならない。この目的のためには、これまで曖昧なまま放置されてきた構造物性相関など様々な未解決問題を、より積極的に、かつ、より詳細に解き明かす努力が必要となる。また、高分子科学の展開は、必ずしも合成高分子の分野だけには留まらない。我々の生命活動に直接関わる生体高分子から環境に優しいバイオマス高分子物質まで、その研究対象はきわめて広くなってきている。また、測定技術の観点では、これまで主として用いられてきた広角小角X線散乱法だけではなく、赤外やラマン分光法などを組み合わせた新しいシステムの開発が本格化してきている。さらには、EXAFSやイメージングなど数多くのビームラインの利用の増加が、高分子科学の研究範囲の広がりを物語っている。高分子科学研究会では、SPring-8における放射光ユーザーが一堂に会し、これら様々の未解決問題ならびに将来取り組むべき問題に、如何なる手法でもって対処するか、特に、放射光を如何に有効利用して高分子科学の一層の発展に帰するかを明らかにすることを最大の目標としている。この研究会の大きな特徴は、産官学の研究者が数多く参加している点にある。高分子科学が高分子産業に果たす役割が極めて大きいことの反映である。
2)高分子薄膜・表面研究会
高分子や機能性有機分子は、電子材料、光学材料、接着・塗装、医用材料などにおける幅広い用途で高機能性薄膜としての応用が広範に展開されており、高分子科学・工学において極めて重要である。しかしながらその基礎科学は十分に理解されていない。薄膜状態あるいは表面における材料物性と密接に関連する、結晶の配向性、微結晶のサイズと凝集状態、非晶状態の分子鎖の広がり、相分離状態などの静的構造特性と結晶化、熱処理、製膜過程における動的構造特性を分子レベルで解明することは、高分子薄膜の構造・物性制御と新規機能性高分子薄膜の開発に必要不可欠で、産学官全体にとって極めて重要な研究分野である。本研究会は、有機・高分子の合成、構造・物性、プロセス工学に関わる研究者がSPring-8に集結し、試料調製、表面・薄膜と関わる解析技術などのノウハウに関する情報交換、各種の啓蒙活動を通じた応用分野の拡大と高度化を目指す。放射光を利用した薄膜X線回折・散乱法(GIXD・GISAXS法など)、X線反射率法、イメージング法などに基づくナノ・メゾスケールの静的・動的実験手法・解析法などにおけるユーザーのニーズを実現するための相互協力体制の確立や大型競争的資金獲得を目指した活動を推進し、高分子科学と高分子産業におけるブレークスルーとなる先端的研究を展開することを目的とする。
5.安全・安心社会構築分野
1)ナノ組織高温損傷評価研究会
安全・安心な社会基盤を構築するためには、最新鋭の機器開発においては性能やコストと同時に信頼性の創り込み(Built-In Reliability)が重要な課題となり、経年機器の維持運営においては、損傷の非破壊評価あるいはモニタリング技術と修復技術の開発が重要になるものと考えられる。様々な構造材料や新機能材料の性能や信頼性は、材料を構成する元素の配列とその安定性で決定されている。したがって工学における材料設計とは、所望の性能や信頼性を実現する元素の配列規則を決定すること、およびその配列規則を乱す欠陥や不純物あるいは環境因子などを定量的に解明し、その制御方法を確立すること、と言っても過言ではない。
そこで本研究会では、大型機器構造物を含む機械システムの破壊メカニズムや強度発現機構のナノレベルでの解明を通して未来機械産業の基盤を構築すると共に、社会の安全と信頼性向上へ貢献することを目的とし、特にエネルギー機器に使用される構造材料の破壊あるいは損傷過程のクライテリアをナノ組織内部の応力・ひずみ解析と結晶構造あるいは組成のゆらぎ、変動解析を通して解明するとともに、安全で安心な社会構築の基盤である高信頼次世代エネルギーシステム用構造材料の設計指針の確立を目指す。具体的な研究成果目標は、原子力(軽水炉)用材料の応力腐食割れ対策システムの開発である。
2)残留応力と強度評価研究会
実用部材要素や新素材の開発に際しては強度をはじめとして各種特性評価が不可欠であり、特に部材中に内在する残留ひずみや残留応力を把握することは、設計および保守管理に際して必要不可欠となっている。機械的測定法として、部材を破壊し、解放されるひずみからそれらを評価することは可能であるが、破壊できない実要素の場合には、非破壊測定が要求される。放射光法は、結晶材料の残留応力を非破壊的に評価できる極めて有力なツールである。特に高エネルギー放射光では、材料深部までの情報が得られることから、非破壊材料評価法として産官学界の広い分野からの期待が寄せられている。本研究会では、放射光についてこれまでに蓄積された基礎技術をさらに発展させるとともに、材料極表面から深部までの部材全体の材料評価を可能とすべく、高精度な測定手法を開発するとともに実要素への応用へと展開し、部材要素の品質管理、経年劣化材の損傷および予寿命評価、さらには新素材開発および多要素からなる複雑構造要素の最適化を可能とするための基盤技術を確立することを目的としている。さらには、産業界でのニーズを掘り起こし、放射光利用の潜在的利用者を拡大するとともに、放射光利用の活性化を促すことを目的とする。
6.情報・磁性デバイス分野
1)キラル磁性・マルチフェロイックス研究会
光の偏光制御は、液晶や光通信等だけでなく、スピントロニクスや量子暗号通信等の最先端技術においても重要な鍵を握っている。物質が示す旋光性は、光が横波であることに起因する極めて直接的・基礎的な偏光現象であり、キラルな結晶構造に由来する旋光性と、物質の磁化に由来する旋光性とが知られている。両者の違いは、空間反転対称性の破れと時間反転対称性の破れの違いとして理解され、これまで別々の研究対象とされてきたが、空間反転対称性と時間反転対称性が同時に破れた物質で期待される新奇な磁気光学効果あるいはエキゾチックな電気磁気物性に関する研究が現在急速に進展しつつある。放射光の優れた偏光特性は、極めて強力で直接的なキラリティのプローブとして活用可能であり、これを利用したキラル磁性・マルチフェロイックス研究を推進することを目的として本研究会は組織された。本研究会は活動目的として、共通したサイエンスを有する研究者間においての情報交換・研究協力を促進し、SPring-8を利用した研究成果の質・量の向上を図ることを掲げている。
2)ナノ・デバイス磁性研究会
近年、ナノ粒子やデバイス磁性材料の創成、開発が急速に進展するなかで、より高度な磁気プローブの必要性が高くなっている。特に、従来の磁気測定が適用できない場合や従来の手法の他に新規性の高い磁気プローブを加えた多角的な分析が不可欠な場合が多い。このようなナノ・デバイス磁性の発展と新しい磁気プローブに対する必要性を背景に、放射光の優れた偏光特性を活かしたX線磁気光学効果は極めて強力で直接的な磁気プローブとして活用されている。特に、X線磁気円二色性は元素選択的に磁気情報を取得できる上に、微量の磁性元素を非破壊で分析できる利点を有する。現在、SPring-8にはBL25SU、BL39XUにおいて、それぞれ、高精度の軟X線MCDと硬X線MCD実験が行える装置が整備されており、SPring-8は本研究会分野の拠点として最も相応しくその役割を担うものと期待される。このような状況を踏まえて、ナノ物質の磁性研究およびデバイス磁性研究をSPring-8の放射光をもって推進することを目的として本研究会を組織する。本研究会は、放射光を用いたナノ磁性材料および磁気デバイス材料の磁性研究に携わる研究者および大学院学生で構成される。研究会では情報交換・研究協力を促進し、SPring-8を利用した研究成果の質・量の向上を図ることを活動目的とする。さらに、新規ユーザーの開拓、測定装置に関する提言、装置の高度化に必要な資金の獲得、研究会の開催、関連学会等での情報発信を行っていく。
3)磁性分光研究会
X線分光はこれまでさまざまな物質の電子状態・磁気状態を調べる強力な測定手段として威力を発揮してきた。特に、放射光光源の大強度、エネルギー可変、偏光可変という特長を利用することによって、X線分光法は元素選択性、軌道選択性という他の手段で不可能な測定が可能である。特にSPring-8では高輝度光を活かし、近年では偏光特性を活かし、磁気円二色性、磁気線二色性などの測定が精度よく行われるようになってきた。また、(共鳴)X線発光分光のような遷移確率が小さい二次光学過程に関する研究が大きく進展し、強相関電子系物質あるいは金属間化合物強磁性体などについての電子・スピン状態について有用な知見が得られるようになっている。一方で、電子状態・磁気状態に関する有益な知見を得るためには、得られたスペクトルに対して明快な解釈を与える理論が必要である。これまで軟X線領域ではアンダーソン不純物模型を用いて、硬X線領域ではバンド理論を中心としてスペクトルの解釈に成功してきた。特に、磁気円二色性スペクトルは磁気光学総和則が提案されて以来、X線分光の測定から定量的な議論が可能となり、磁性研究の手段として多くの研究成果を挙げている。以上のように、磁性材料に対する研究においてX線分光法は非常に有力な手段であるがより一層の発展のためには、実験的側面と理論的側面の緊密な連携が重要な鍵を握ると言える。現在、日本国内では、個々の研究グループ間での連携はあるものの組織的に機能しているとはいい難い。そこでSPring-8を中心に実験を行う研究者と理論計算を行う研究者との緊密な連携を目的として、I)磁気円二色性、線二色性に関する吸収過程およびそれに伴う二次光学過程の研究、II)極限環境(強磁場、高圧、極低温等)および特殊環境下での相転移現象等の研究、III)新磁性物質の開発および新磁性現象の研究、IV)磁気分光に関連した新手法・新技術の開発の研究分野に関連したX線領域において分光学を実験・理論の両面から研究を行う研究者・大学院生により組織・運営する。
本研究会は共通したサイエンスを有する研究者間において情報交換・研究協力を促進し、SPring-8の研究成果を質・量ともに向上させることを目的としている。また、分科内および分科外の研究会とも密接に連携し、X線分光を固体電子物性の理解のためのさらに強力な測定手段として構築することを目指す。さらには、個別および横断的な研究会を定期的に開催するとともに、メーリングリスト、ホームページ等の開設、運営を行い、研究会内だけでなく他の分野の研究者への情報発信を推進する。本研究会では、技術・装置開発に関する提言、外部資金獲得のための提案等、研究会活動を通して、磁性研究の手段としてSPring-8の果たす役割が飛躍的に増大することに貢献したい。
4)スピン・電子運動量密度研究会
当研究会は、BL08Wの高分解能コンプトン散乱、および磁気コンプトン散乱スペクトロメータを利用した研究を行っているメンバーにより構成される。コンプトン散乱実験には、試料形態(固体、液体、気体)によらず測定可能であることや、実験条件(温度、磁場、圧力)に対する制約が無いという特徴があることから、これを活かし、強相関系物質、磁性体試料、薄膜試料、溶融金属、希ガス・分子気体等を対象に、様々な実験条件下での研究が行われ、コンプトン実験ならではの成果を挙げてきた。そこで、今期の研究会では、これまでの研究の特徴を生かし発展させるべく情報交換を行い、実験、解析の相互提案や支援、および新規ユーザー、新規サイエンスの開拓支援も行いたい。また、「SPring-8における近未来の利用研究の展望」において提案している内容の具体化を検討する。キーワードとして、“強相関”、“スピントロニクス”、“有機磁性・伝導体”、“極端条件・非平衡条件(高温、高圧、Warm Dense Matter、プラズマ等)”等が挙げられる。これらは、現在の活動の発展的将来と位置づけられる。基礎研究に加えて、社会的要請に密接に関係した分野(実用材料等)での応用研究テーマの拡大も行いたい。キーワードとしては、環境、エネルギー・資源等が挙げられる。これに関連して、高エネルギーX線の特徴を利用したin-situ測定の可能性を検討する。以上の内容には、SPring-8の次期計画と密接に関連する事項が含まれていると考えられるため、将来的に、どのようなハードウエアが必要か検討し、施設に対しても提案していきたい。一例として、アンジュレーターの利用を考慮した移相子の開発などが挙げられる。上記の目的を達成するために、共同の外部資金獲得についても検討していく。
7.未来材料探索分野
1)構造物性研究会
構造物性研究会は、強相関物質、有機導体、フラーレン・ナノチューブ、新規磁性体や高分子材料など様々な物質群、また、それらによって形作られるナノ構造および複合材料の産み出す新規な物性現象の機構解明を実現するための研究者集団であり、SPring-8における構造物性研究のコアとなることを目指し結成するものである。本研究会の主な活動内容としては、I)SPring-8のパルス特性を利用した外場と同期した時分割測定といった構造ダイナミクスの研究、II)BL02B1、BL02B2を中心とした、単結晶構造物性・粉末構造物性研究、III)低エミッタンスを利用した薄膜化した材料の構造物性研究、IV)光照射下やデバイス化した材料の動作環境下での物性同時測定、V)高圧・極低温下での物質探索を目指した構造物性研究、VI)測定・解析法のルーチン化による、物質開拓を目指したユーザーの取り込みなど、構造物性研究を必要とするサイエンスとそれに最も適合した実験手法を議論し、それらをSPring-8の高度化への要望として提言していきたい。上記のような本研究会の活発的な活動により、先導的な構造物性研究を実現し、様々な材料・物質群の構造物性の普遍的な研究技術基盤を創り出すことにより、研究分野や材料の異質性を解消し、分野の横断的融合を目指していきたい。
2)固体分光研究会
固体分光は、固体およびその表界面における原子・電子(そしてプローブとなる光子)の多体系が織り成す魅力的な現象を分光によって探索・理解する基礎的手法であり、新しい機能をもつ材料を電子構造や原子制御といったナノレベルから創製するための分析評価手段でもある。これまでにも多様な分光手法が開発されてきたが、SPring-8やXFELなど、光源が発展するにつれ、さらに新しい手法が開拓されつつある。基礎科学だけではなく、新しい機能材料開発にも欠かせない研究分野である。
本研究会では、SPring-8としては比較的低エネルギー領域に属する赤外から真空紫外線・軟X線を経て硬X線までの高輝度光を利用した新しい固体分光を開拓することを目的とする。特に、現在のビームラインに装備されている、あるいは、装備されつつある装置を用いた研究の延長線上にある「時間分解光電子顕微鏡」「時間分解光電子回折測定」「多重極限赤外顕微分光」「赤外近接場光学イメージング」「バルク敏感光電子分光の高効率化・高分解能化」「時間分解・微小領域光電子分光分析」などの課題について科学的・技術的検討を行い、これらの課題の実現とともに、固体分光研究用のビームライン・実験ステーションの強化に向けて活動する。一方、「コヒーレント電子相関光電子回折」など、新しい光源である30 m軟X線挿入光源・自由電子レーザーの利用法について提言し、新しい固体分光手法の開発を目指す。また、この最先端固体分光法を利用して物性評価・機能性材料創製を推進したい。
3)不規則系物質先端科学研究会
本研究会は、液体や非晶質(ガラス)など構造が不規則な物質に関する基礎的、応用的な研究の活性化を推進し、SPring-8における実験/解析手法の開発や提言、その普及を行うことを目的とする。また中性子実験や、理論/シミュレーションのグループとも連携をとり、不規則系物質に関するトータルな研究活動を展開しつつ、新規ユーザーの開拓や産業利用の推進等不規則系の研究分野の裾野を広げていく。
近年、バルク金属ガラス、超イオン導電体ガラス、光学素子ガラス、機能性セラミックス、室温イオン液体など、結晶ではない不規則系物質が機能性材料に占める割合はますます大きくなってきている。またDVDなどの大容量記憶メディアでは結晶−非晶質相変化が利用されている。このような機能性材料の理解に向けて、X線回折法、X線吸収微細構造法、X線異常散乱法、中性子回折法、逆モンテカルロシミュレーション法を併用した精密な構造決定手法の高度化を、特に不規則系に特化した形を追求しながら推進していく。
また基礎科学の面では、第3世代放射光の出現以来、不規則系研究は新たなフェーズに入ってきている。ガラス転移や液体-液体相転移を含め、不規則系の統一的な理解に向けて研究を活性化させる。これには上記研究手法に加え特に、X線小角散乱法や非弾性X線散乱法の高度化と普及を推進する。
なお今期の重点課題は特に、I)不規則系物質に特化したビームラインとしてのBL04B2の高度化、II)X線異常散乱測定装置の設置である。
4)高圧物質科学研究会
圧力は原子間距離の収縮を通じて新奇物性の発現など物性に変化をもたらし、また、新物質合成も可能とする物質科学の重要な「場」である。高圧装置の微小な試料空間のために実験には技術的困難が伴うが、高圧発生技術と放射光測定技術の進展により高圧物質科学は現在、精力的な研究分野の一つである。SPring-8では4〜3000 Kの温度範囲で400万気圧にも達する超高圧の発生とその場でのX線回折が可能となった。またX線吸収、発光、非弾性散乱、核共鳴散乱などの手法にも高圧の利用は拡がり、電子状態、磁気構造、格子振動の圧力変化が徐々に明らかとなっている。最近は、複数の手法を組み合わせて高圧下の構造物性を多面的に調べる試みも始まった。
このような現状から研究者間の情報交換のニーズは近年益々高まっている。また、SPring-8は高圧物質科学においても世界最先端の研究拠点であり、そのことを外部に発信することも重要である。そこで本研究会は、SPring-8における高圧物質科学研究のとりまとめを担い、I)高圧物質科学研究に携わる研究者間の研究成果および技術ノウハウの情報交換・共有化、II)分科内・外の研究会との密接な連携体制を構築しSPring-8での高圧力技術の移転と普及、III)技術・装置開発に関する提言、IV)他分野を横断する研究会の開催、V)外部資金獲得のための提案、を推進して発信される研究成果の増幅を目指す。
8.新規分野開拓分野
1)核共鳴散乱研究会
現代の精密物質科学研究においては、物質全体の特性だけでなく、物質を構成する個々の元素の果たす役割を微視的に理解することが重要になってきている。放射光核共鳴散乱法では、元素(同位体)を特定した電子状態・振動状態の測定が可能であることにより、このような研究において重要な役割を果たすことが期待される。さらに、原子核の励起準位の線幅がneVオーダーである事を利用することで、neVオーダーの超高分解能X線の生成による高分子や過冷却ガラス等におけるスローダイナミクスについての研究が可能となる。さらに、このような物質科学研究だけにとどまらず、NEET(電子励起による核励起)やX線光学などといった多様な分野にわたる研究が可能である。しかしながら、このような核共鳴散乱現象の先端的な利用のためには、光学系、検出器系および測定環境において未確立のより先進的な技術開発が必要不可欠である。また、測定されたデータの解釈や解析においても、独特な方法が必要とされる。このため、核共鳴散乱研究に携わる研究者同士が緊密に協力して議論を行うことが必要であると同時に、潜在的なユーザーの発掘のために、未経験者が新たに研究を始めるきっかけとなるような場も必要であると考えられる。本研究会では、核共鳴散乱研究を実施している研究者が、その研究内容および問題点を発表し議論することで、最先端の研究を実施できるようにすると同時に、これまでに核共鳴散乱法を利用したことのない研究者への研究内容の紹介や協力を行うことで、核共鳴散乱法の有する大きな潜在能力を引き出した新しい研究展開を目指すものである。
2)物質における高エネルギーX線分光研究会
化学状態分析する方法としてX線光電子分光法(XPS)が広く利用されているが、この方法は基本的に光電子を用いる表面分析法であり、絶縁物に弱く、また超高真空が必要であるために含水物や有機物に対する応用が困難である等の問題がある。光電子の計測は表面状態に敏感であり利点であるとともに欠点でもあり、深部あるいはバルクの定量分析には必ずしも最適な方法ではない。これに対して本研究会で開発してきた高分解能2結晶X線分光器を利用する方法は、特性X線を直接高分解能で分光することで、これらの問題点をカバーすることが可能であり、とくにHigh-Zの元素の対してはX線励起の蛍光収率が高いので微量の含有量であっても測定が可能となる。CdやPbなどの重元素環境汚染物質のK殻励起利用による極微量分析にはきわめて有効である。
われわれが今までに高分解能2結晶X線分光器を使用して実施した研究の一例をあげると、環境汚染物質として近年使用が制限され注目されている6価クロムの定量分析がある。Cr6+とCr3+の混合比を求め、Cr6+の存在量が少ないときでもこの分光装置による定量分析の信頼性と有用性が確かめられた。またイルメナイトをはじめ各種Ti化合物のKα線、Kβ線に対する化学結合の効果を調べ、Tiの電子状態を明らかにした。共鳴X線分光法による3d、4f 電子系の電子状態の研究にこの分光器を適用し、吸収端近傍での発光X線スペクトルの詳細な測定を実施し、多くの新しい知見を得た。溶岩中のFeの酸化状態解析も一実施例である。酸化状態分析ではこの他、Al、Si、Mg、S、P、Ca、Ti、V、Cr、Cu、Ge、Mo、Ag、さらにCeなどについても測定している。2009Bの申請課題では経産省の地域イノベーション創出事業で平成20年度に採択された課題「乾式低温粉砕技術を用いた粉末茶などの製造装置の研究開発と応用」の一環として、日本茶に含まれ健康への影響が注目される微量金属元素(Ca、Fe、Mn、Cu、Znなど)の成分の分析を行い、それぞれの成分の集積と製造過程との関連を調べた。Fe、Mnの電子状態に関し重要な知見を得た。以上のように高分解能X線スペクトロスコピーは各種産業、環境、食品、医療など広い分野の分析利用に深く関わる一方、多くのサテライト構造が複数の電子の遷移が関与する、多重電離、shake過程、Coster-Kronig遷移などについて興味ある知見を与える。とくにHigh-ZでのX線スペクトルとサテライトに関する研究は、理論・実験両面でいまなお原子物理学の開拓的な研究として位置づけられている。世界をリードする高輝度放射光施設SPring-8では、この高分解能分光測定の分野においても先駆的研究を進めることが期待される。
3)理論研究会
SPring-8の放射光を用いた表面・界面・ナノ系の物性測定、共鳴X線散乱やX-MCDを用いた強相関系の磁性・超伝導・スピン秩序・軌道秩序・巨大磁気抵抗など多彩な物性測定を目指す実験的研究に対して、理論的基礎を与えるとともに、第一原理分子動力学法・電子状態計算・量子モンテカルロシミュレーション・密度行列繰り込み群法・数値的厳密対角化法・経路積分繰り込み群法などの最新の大規模数値シミュレーションを用いて、実験グループと密接に協力し、より高度化された実験データの精密な解析を行うことによって、先端的な物性研究を推進する。そのために、関連する実験グループと研究会を共催して、詳細な情報交換と意見交換を行う。また、理論研究者およびシミュレーション研究者の間においても、近く導入される次世代スーパーコンピューターなどを利用することによって、大規模数値シミュレーション技術を高度化するための、情報交換・意見交換を目的とする研究会を開催する。さらに、多彩な研究分野・研究領域のメンバーが共存する研究会の特徴を生かして、学際領域・境界領域における分野融合的あるいは分野横断的な研究集会を組織し、新しい研究領域の開拓を目指す。
4)軟X線光化学研究会
内殻電子が励起・イオン化した原子や分子は、高いエネルギー状態にあり、電子放出、フラグメント生成などでエネルギーを放出することにより、緩和する。シンクロトロン放射光に関連する分光技術の進歩は目覚ましく、現在では、分子の振動分光も可能になり、軟X線を吸収した原子・分子の詳細なダイナミクス(動力学)の研究が行われている。また、我々は、この励起・イオン化および緩和過程を「内殻励起ダイナミクス」と総称している。これらの緩和過程を詳細に検討することは、原子・分子内でおきている核と電子のダイナミクス、原子・分子内の量子状態を理解することであり、量子力学、量子化学、化学物理、物理化学における基本概念の理解にかかせないものであり、極めて重要な研究分野である。本研究会では、原子・分子だけでなく、クラスターや表面およびイオン等をターゲットとして、軟X線を利用した反応や広く内殻励起に関連するダイナミクスの研究に関して、研究成果の情報交換を行う。また、これらの成果を海外の研究者に知らせることにより、SPring-8における研究成果の宣伝に努める。さらには、国内外の現状分析に基づき、次のブレークスルーを引き起こすにはどのような計測技術の開発が必要となるか、あるいはどのような特性を持った次世代ビームラインあるいは次世代光源が必要となるかを議論する。また、X線自由電子レーザーなどの新たな光源の利用による内殻励起状態ダイナミクスの研究における新たな展開の方向性、あるいは新たな光源の性能をフルに活かすにはどのような計測手法の開発が必要なのかについても広く議論したい。
5)放射光活用人材育成研究会
放射光施設は、材料科学、生命科学、核科学からはじまり、産業応用に至る広大な領域の科学研究者が集合した、日本の知の最前線である。そこに集う研究者は、次世代の人材育成の必要性を充分認識するとともに、それに能う教育力を持つ人々である。また平成19年の特定放射光施設の共用の促進に関する法律の改正においても、SPring-8における人材育成へ取り組みが必要であることが記載されている。これらの状況を踏まえ、放射光利用による人材育成の議論を活性化するため、現在までにSPring-8やHiSORなどの放射光施設を利用した教育プロジェクトの経験があるもの、あるいは意見を持つ研究者が集まり、放射光技術利用技術者のすそ野の拡大と放射光利用のいっそうの活性化をめざし、放射光を利用する人材の育成に必要な、技術や制度、方法などを議論することを目的とした研究会として活動する。
9.地球惑星科学分野
1)地球惑星科学研究会
地球惑星科学において、地球惑星構成物質(特に、地球深部物質と地球外物質)に対する物性評価が重要である。そこで、多くの研究者によって、マルチアンビル装置やレーザー加熱ダイヤモンドアンビル装置を用いた超高圧実験の手法による地球深部物質の物性研究が盛んに行われている。また、隕石、宇宙塵、彗星塵等の地球外物質の微細試料に対する物質科学研究も行われている。それらの研究では、SPring-8放射光を用いてX線回折やラジオグラフィー、トモグラフィー、蛍光分析に加え、X線ラマン散乱法や高分解能X線非弾性散乱、X線発光分析などの手法を適用しており、さらに様々な技術開発が行われている。地球および太陽系物質科学の解明にはSPring-8における放射光分析が必要不可欠なものとなっている。本研究会の目的は、地球惑星科学および関連分野の研究者が放射光を用いた最新の研究と実験技術に関する発表および討論を行い、研究者間の交流と情報共有を行うことである。その現状を踏まえた上で、地球惑星科学分野として今後SPring-8においてどのようなサイエンスを展開していくべきかについて議論するとともに、研究会内にワーキンググループを立ち上げ、関連ビームラインの高度化を推進していく。その成果として、単色X線を利用したマルチアンビル高圧実験システムを構築し、より大強度でビーム径の小さい単色光を用いることで新しいサイエンスの展開が可能となった。また、次期SPring-8 IIの利用も含めた検討を開始している
第二期研究会活動の総括と第三期研究会への期待
第二期では研究会会合の開催については、利用者懇談会が推奨したこともあるが、活動の活性化を図るという意図が研究会に伝わった。高分子や軟X線を始めとする一部分野では研究会が積極的に合同開催され、最新の技術・情報の交換が行われたが、研究分野を越えた交流の機会は全体的にまだ少ないようである。この点に関しては、各研究会間でのさらなる合同開催を期待する。
第一期、第二期の対外的な活動としては、第1回合同コンファレンス(第13回SPring-8シンポジウム)における利用懇研究会発表、国際シンポジウム開催や学会でのセッションの企画、国際誌への特集号、中性子との連携など、活発な活動をしている研究会が見られた。また、研究分野の動向、研究会が目指すサイエンスの方向、ビームラインの現状を議論検討し、それがビームライン担当者の増員や新ビームライン建設につながったケースがある。特に高分子分野のフロンティアソフトマタービームラインの設立は産学連携の例として特筆すべきである。ここにはJASRI部門長をはじめとする施設側の並々ならぬ努力があった、不断の研究会活動がベースとなり結実した成功例である。研究会が核となった競争的資金の予算申請も当初掲げられた目標の一つであった。いくつかの研究会で予算申請はされたようであるが、高度化のためのより一層の努力を期待する。
以上のように、個々の研究会により活動状況は様々であるが、SPring-8におけるサイエンスを意識した研究会の活動活性化という目標は概ね達成されている。しかしながら、研究会のホームページの整備を例に挙げれば、研究会の情報発信はまだまだ不十分であるといわざるを得なく、今期での充実を期待する。異分野との交流は新しいサイエンスを拓くきっかけになることはいうまでもなく、異分野のユーザーおよび新規ユーザーに広く活動をアピールすることは大変重要であると考えられる。第三期研究会は予算面で厳しい状況であることを前提に活動をお願いしているが、今まで以上に情報発信に力を入れていただき、活発な研究会活動を展開されることを期待する。
高原 淳 TAKAHARA Atsushi
九州大学 先導物質化学研究所
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