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Volume 20, No.1 Pages 74 - 77

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

IEEE Nuclear Science Symposium 2014報告
Report on IEEE Nuclear Science Symposium 2014

佐治 超爾 SAJI Choji

(公財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Controls and Computing Division, JASRI

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SPring-8

 

1. IEEE Nuclear Science Symposium概要
 IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)は、アメリカの電気・電子工学技術の学会であり、“アイトリプルイー”と呼ばれる。ここでは様々な関連技術の標準規格を定めており、例えば無線LANの標準規格(IEEE 802.11)は馴染みがあると思われる。その分科会であるNuclear & Plasma Sciences Society主催の国際会議IEEE Nuclear Science Symposium(NSS)が、アメリカ、シアトルのWashington State Convention Centerにて、2014年11月8~15日の日程で開催された。本会議は様々な分野(放射光、素粒子・原子核、宇宙、核融合、ホームランドセキュリティ等)における放射線計測、データ収集およびデータ解析をカバーしており、そこで取り上げられる要素技術は、様々なタイプのセンサー、アナログとデジタル回路、コンピューティング、ソフトウェア等と多岐に渡る。
 今回の会議は、
 ・Analog and Digital Circuits
 ・Computing and Software
 ・Gaseous Detectors
 ・Radiation Damage Effects and Radiation Hard Devices
 ・Photo-detectors and Radiation Imaging Detectors
 ・Detectors for Synchrotron Radiation and FEL Instrumentation
 ・Instrumentation for Nuclear Security Applications
 ・Nuclear Physics Instrumentation
 ・Semiconductors Tracking and Spectroscopy
 ・Trigger and Front-end Systems
 ・Astrophysics and Space Instrumentation
 ・High Energy Physics Instrumentation
 ・Scintillators and Scintillation Detectors
 ・Data Acquisition and Analysis System
 ・Neutron Detectors and Instrumentation
 ・New Concepts in Solid-State Detectors
 ・Ultra Fast Detectors
という話題でセッションが構成された。プログラム詳細についてはウェブサイトを参照していただきたい[1][1] http://nssmic2014.npss-confs.org/。本会議に投稿されたアブストラクト数は約800であり、発表の内訳は、Oral:34%、Poster:46%、Reject:12%、Withdrawn:8%であった。

 

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会場となったWashington State Convention Center

 

 

 プログラムは、プレナリーセッションの後に、3トラックに分かれたパラレルセッション、その合間にポスターセッションが行われた。ポスターセッション会場は、全ての発表を一度に掲示できるスペースがあり、2日間の発表を互い違いに配置することにより、十分な発表スペースも確保していた。また、会期中は全てのポスターが常時掲示されていたため、気になるポスターをじっくりと閲覧できたことも大変有効であった。
 会議で特にユニークだったのは、ペーパーレスカンファレンスと称し、会場ではスケジュールやアブストラクト集の紙媒体を一切配布しなかったことである。その代わりに会議専用に開発されたモバイルアプリ(iPhone、Android等に対応)をダウンロードする必要がある。これも時代の流れと思うが、現地で全体概要を確認し、興味ある発表を探すのには不適切であったため今後の課題と思われる。

 

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口頭発表会場

 

 

2. プレナリーセッション
 プレナリーセッションでは、CERNよりヒッグス粒子についての理論と実験についてのレビュー、NASAより火星探査車Curiosityの開発と現状、他Concentrated Solar Powerと呼ばれる鏡やレンズを用いて広い範囲の太陽光を収束する発電プラント、ダークマター探索等、普段触れることのない広い分野の話題について興味深く聞くことができた。


3. パラレルセッション
 ここでは放射光実験に関連する発表を中心に報告する。
検出器:
 European XFELで利用が計画されている検出器が複数報告された。まずイギリスのRAL(ラザフォード・アップルトン・ラボラトリー)よりチャージ積分型検出器LPD(Large Pixel Detector)について報告があった。ピクセルサイズ500 µm、ピクセル数1 Mの検出器を目指している。4.5 MHz(600 µsec間に2,700ショット)の高フレームレート動作のために、検出器内部に512フレームのバッファー領域を持っている。ダイナミックレンジは105 photon/pixelである。同じくチャージ積分型のAGIPDは、DESYが主体となり、PSI、ボン大学等で共同開発されている検出器で、ピクセルサイズは200 µmである。4 Kの比較的小さいピクセル数の検出器であるが、こちらも内部に352フレームのバッファー領域を持ち、最大6.5 MHzで動作可能である。すでにビームテストにて最大動作速度で良好な結果が出ていることが報告された。さらにチャージ積分型のDSSC検出器についても報告された。エネルギー閾値を設定可能なシングルフォトン検出機能と、104 photon/pixelの広いダイナミックレンジを両立することが特徴である。こちらも4.5 MHzの動作が可能である。
 SLACより、LCLS-II用の次世代検出器ePIXについて報告があった。既存の検出器CSPADと異なる新たな検出器プラットフォームの下で2種類の検出器(ePIX100、ePIX10k)を開発しており、それぞれ高空間分解能(50 µm)かつ低ノイズ対応、高ピークシグナル対応(ピクセルサイズ100 µm)に使い分けるとのことであった。検出器単体ではそれぞれ135 Kピクセル、34 Kピクセルであるが、これを複数並べて最終的に2~8 Mピクセルにする。フルフレームで120 Hz、ROIにより1 kHzまで対応する。
 RALより1 keV以下の低エネルギーX線をターゲットとしたCMOS検出器PERCIVALについて報告があった。20 bitのダイナミックレンジを持ち、最大フレームレートは120 Hzである。検出器のデータ伝送帯域は、38 Gbps以上になるとのことである。その他APSから50−140 keV高エネルギー領域をターゲットとしたシンチレータ型検出器の報告があった。
 SPring-8からは2件の報告があった。SACLAよりMPCCD検出器のアップグレードについて、センサーの厚さを300 µmにすることで10 keVのエネルギー領域でも検出効率が向上したMPCCD phase IIIと、ダイナミックレンジをシフトしピークシグナルは下がるが60 e-の低ノイズを達成したMPCCD phase III-Lの2種類の検出器を実験に合わせて選択することが報告された。次に、CdTeを用いたフォトンカウンティング型検出器は、数十keVの高エネルギーに対応し、ASICにコンパレータを搭載し、エネルギー弁別を可能とする。現在までの開発の経緯が示され、さらに従来の8倍に相当する8.2 mm × 40.2 mmに大型化したセンサーの性能について報告された。

データ収集用ハードウェア:
 SLACより、汎用データ収集ハードウェアプラットフォームについて報告があった。高エネルギー物理実験、XFEL実験での利用を目的とし、広帯域のデータ収集や低遅延信号処理、大規模アプリケーションに対応するための複数ノード接続に特徴がある。処理の例として、多チャンネルセンサーの情報を集約し、反応したチャンネル(ピクセル)の分布等を算出し、該当イベントの解析や取捨選択をデータ収集とともにリアルタイム処理できる。1枚のボードに通信ユニット1枚、データ処理ユニット3枚装着できる高密度システムを開発し、このボードを1シャーシに最大14枚搭載可能である。さらに複数のシャーシを結合したスケールアウト運用も可能である。バックプレーンプラットフォームには、Advanced TCAが採用された。これは、十分な基板実装面積やホットスワップ等をサポートするマネジメント機能が充実しており、すでに市場が確立されている等の理由によるとのこと。従来の各実験に合わせて専用のボードを開発する手法から、汎用性を持たせて様々な実験に投入できる手法への転換を図っている。
 SPring-8からは、広帯域と柔軟なハードウェア構成を両立させる放射光利用実験用データ収集フロントエンドシステムについて報告された。これはセンサーと計算機の間に配置され、データ収集とデータ形式変換をリアルタイム処理するハードウェアデバイスである。特徴は、入出力インターフェースの変更が可能であること、帯域20 Gbpsのデータ取得とデータ処理を同時に達成できることである。今回、放射光実験で広く用いられているCamera Link(CL)インターフェースを製作した。CL規格(Base/medium/full、tap数、カメラ設定用シリアル通信、トリガー信号処理等)に対応した設計であるため、多くのCLカメラと組み合わせて使用することが可能である。データ収集システムは、伝送エラー検出によるデータの正当性の確保と、200時間を超える長期安定動作を達成している。会議では、他放射光施設で採用している商用カメラやメーカー固有の特性等について情報交換し、有意義であった。

データ収集用ソフトウェア:
 DESYより、放射光利用系データ解析ソフトウェアKaraboについて報告があった。これはデータフローマネジメント、分散処理を含むデータ解析のタスク制御をするソフトウェアフレームワークである。European XFELでは前述のとおり大量の画像データ、例えば1秒に最大2,700枚の画像が創出される。この莫大なデータをそのままストレージ・システムに保存するには多くの問題がある。まず、一般的にストレージ・システムは計算機のCPUメモリ等と比較して書き込み速度が遅いため保存するだけでも困難が伴う。同様に保存したデータを再度読み出して解析することも難しい。さらに、ディスク領域も無限に存在するわけではない。このため、検出器から出力されたデータがストレージ・システムに保存されるまでの間に必要な解析も、同時に実行するon-the-fly処理が重要となっている。データの前処理によって必要な画像のみを抽出し、下流の帯域やデータサイズを抑制することが可能である。また、多センサー構成の大型検出器では、1回の撮像で複数の画像が同時に得られるため、これを分散コンピュータ環境で処理することがある。画像解析処理の流れや分散データ処理の手続きをこのソフトウェアで統合的に構築・運用できる。本ソフトウェアは2015年に一般公開される予定とのことなので、少し先ではあるが、興味ある方は試してみてはいかがだろうか。
 APSからは、同じくon-the-fly処理を行うためのリアルタイム並列コンピューティング技術について報告があった。ここではスペックル画像の取得のためFCCD2検出器が使用され、その性能は960 × 90ピクセルの画像を1,000フレーム毎秒で撮像できるものである。高フレームレートで数十分間の連続撮像が必要であるため、その間に保存しなければならないデータサイズは数百GBにおよぶ。ディスクの書き込み帯域と容量を抑制するためにリアルタイムのデータ圧縮が必要であり、その処理をGPU搭載計算機と複数のCPUコアによる並列コンピューティングで達成している。圧縮後はデータが20%になる。データ処理に用いるハードウェアの選定について興味深い報告があり、圧縮機能を達成するため、FPGAでの実装、汎用CPUとGPUを組み合わせた実装、を比較したが、開発期間が1/4で済むため最終的には後者を選定したとのことである。
 対してブラジルのリオグランデ・ド・スル連邦大学、LBNL等によるイメージ処理プラットフォームの報告では、CPU、GPU、FPGAを融合したシステムを目指している。ただし、システム構築が複雑になるため、モデル駆動工学というソフトウェア開発手法を取り入れ、抽象化された概念でシステム構築している。モデリングした結果から自動的にC言語(CPU)、OpenCL(GPU)、VHDL(FPGA)等のコードをそれぞれ生成することが可能とのことである。手順としては、まず要求機能を洗い出し、それを元にモデルを構築、システムの効率化と確認を経た後にコードが生成される流れである。要求機能の例として、バックグラウンド除去、ゲイン補正等が挙げられていた。


4. おわりに
 放射光利用実験においても、高エネルギー物理実験のようにイベントレートを高めるために加速器・検出器の高速繰り返し、および広角の信号を取得するために検出器の多センサーによる大面積化が進んでいる。結果として検出器が出力するデータの広帯域化は避けられず、放射光利用実験のポテンシャルを十分引き出すために、デジタルデータ変換後のデータハンドリングの高度化が必須であると改めて認識した。創出されるデータ量の増大に伴い、データ処理は従来のソフトウェアのみの対処では困難になってきている。このため各施設が、FPGA、CPU、GPUを効率良く組み合わせ、現在だけでなく近い将来の要求性能に対応できるシステムを模索している。
 高エネルギー物理実験では、実験の目的が限定されるため、システム構築後の変更が発生しにくい。しかし、放射光利用実験では、実験に合わせて柔軟にデータ処理系を最適化する要求があり、各施設がこの要求に挑戦している。広帯域・多チャンネル化を満足しつつ、柔軟なデータ処理系の構築によりサイエンスのアウトプットを向上することが重要であると感じた。
 本報告にあたり、同会議に参加した高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 豊川氏とXFEL利用研究推進室 亀島氏より有益なコメントをいただきました。感謝いたします。

 

 

 

[1] http://nssmic2014.npss-confs.org/

 

 

 

佐治 超爾 SAJI Choji
(公財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0980
e-mail : saji@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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