Volume 20, No.1 Pages 86 - 87
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
2013A期 採択長期利用課題の中間評価について
Interim Review Results of 2013A Long-term Proposals
第50回SPring-8利用研究課題審査委員会長期利用分科会(平成26年10月)において、2013A期に採択された2件の長期利用課題の中間評価が行われました。
長期利用課題の中間評価は、実験開始から1年半が経過した課題の実験責任者が成果報告を行い、長期利用分科会が、対象課題の3年目の実験を実施するかどうかの判断を行うものです。以下に対象課題の評価結果および評価コメントを示します。
課題名 | 膜能動輸送体の結晶学的研究 |
実験責任者(所属) | 豊島 近(東京大学) |
採択時の課題番号 | 2013A0049 |
利用ビームライン | BL41XU |
評価結果 | 3年目を実施する |
〔評価コメント〕
本課題は、濃度勾配に逆らってイオンを輸送するイオンポンプの作動機構をX線結晶構造解析により解明することを目指している。
対象とするイオンポンプは、ATPの加水分解のエネルギーを利用してイオン輸送を行う(A)Ca2+ -ATPaseと(B)Na+ K+ -ATPase、および、ピロリン酸の加水分解のエネルギーを利用してイオン輸送を行う(C)H+ -PPaseの3種類である。さらに、当該ポンプが作動する脂質二重膜の可視化も目指している。
(A)Ca2+ -ATPaseでは、これまでに構造決定した10個の中間体構造に加えてE1状態とE2状態の構造解析に成功し、結晶化の対象の拡大や変異体解析等を含め、研究が進展している。特に、E309変異体の解析では、水素結合ネットワークのわずかな違いが機能発現に重要な大きな構造変化をもたらすことを明らかにし、X線結晶構造解析で得られる高精度構造解析の重要性を証明した。(B)Na+ K+ -ATPaseでは、当該ポンプの厳密なNa+選択能と反応サイクル性を明らかにするために、E1・AlF4・ADP・3Na+の2.8 Å分解能の構造解析を行い、その機構解明に成功した。また、創薬候補化合物との複合体のX線結晶構造解析も行い、組織特異性の高い薬剤開発も目指している。また、(C)H+ -PPaseでは、生理的条件の緩衝液に結晶を浸漬することで、これまでと異なる生理的条件での結晶構造を解析し、従来提唱されてきた機構とは異なる機構を明らかにした。さらに、脂質二重膜の可視化では、コントラスト変調法を利用して、Ca2+ -ATPaseの4つの状態での解析を行い、膜貫通へリックスの運動に伴って境界脂質が連動するタイプと分子全体が脂質二重膜に対して傾斜するタイプがあることを明らかにした。
以上のように、本課題では、イオンポンプの反応サイクル中間体構造を着実に解析し、ほぼ計画通りに研究が進展している。また、脂質二重膜の可視化にも果敢に挑戦し、X線結晶構造解析の新たな側面の開発に取り組んでいる。よって、本課題は最終年度も継続して実施することを推薦する。
課題名 | 外場によって誘起される原子・分子ダイナミクスのマルチモード時分割構造計測 |
実験責任者(所属) | 青柳 忍(名古屋市立大学) |
採択時の課題番号 | 2013A0100 |
利用ビームライン | BL02B1 |
評価結果 | 3年目を実施する |
〔評価コメント〕
本課題は、物質の電場応答のダイナミクスを精密結晶構造の立場から明らかにすることが目的であり、この実験技術が確立されれば物理、化学、生物における基礎研究ばかりでなく材料、医療等の応用分野にもインパクトを与えることが期待できる。また、MHz領域の時分割測定技術開発は従来技術を凌ぐ野心的なテーマであり、その実現のためSPring-8の特性を最大限に引き出すことへの意欲が感じられる。
本課題採択の際に審査委員会より、測定技術開発と並行して当該技術の特徴が効果的に活用できる測定対象を探索することが提案されていたが、この提案を反映して、課題申請時の計画には予定されていなかった水晶の圧電振動の時分割X線構造解析を行い、意義の高い研究成果を得ている。また、当初から計画されていた内包フラーレン化合物の物性探索も着実に進め、計画どおり、もしくは計画以上の進捗が認められる。
以上のことから、本課題は最終年度も継続して実施することを推薦する。なお、最終年度に予定している電場以外の外場の利用と並行して、温度など試料環境制御に関する検討も併せて行われることを期待する。
〔成果リスト〕
(査読あり論文)
[1] SPring-8 publication ID = 27483
H. Ueno et al.: “Kinetic Study of the Diels–Alder Reaction of Li+@C60 with Cyclohexadiene: Greatly Increased Reaction Rate by Encapsulated Li+” Journal of the American Chemical Society 136 (2014) 11162-11167.