Volume 19, No.4 Pages 313 - 317
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告2 リアルタイム2D-GIXDによる有機半導体超薄膜の成長過程の観察
Real-time Observation of Organic Thin-film Growth by 2-Dimensional Grazing Incidence X-ray Diffractometry
[1]岩手大学 工学部 Faculty of Engineering, Iwate University、[2](公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI
- Abstract
- 有機電子デバイスの性能向上のために、有機半導体層の結晶性の向上が必要である。我々は、SPring-8のBL19B2に設置されているHuber社製多軸ゴニオメーターに搭載可能な有機薄膜作製用小型軽量真空蒸着装置を独自に開発し、ペンタセンやオリゴチオフェンなど代表的な有機半導体について、薄膜の形成過程を2次元すれすれ入射X線回折(Two dimensional grazing incidence X-ray diffraction:2D-GIXD)によって観察してきた。本報告では、我々の開発した装置の紹介と、有機半導体薄膜の形成過程のリアルタイム2D-GIXD観察結果、多結晶薄膜の2次元X線回折のデータから結晶構造解析さらに、2元蒸着によるpn有機半導体混合膜の形成過程の構造評価の結果を紹介する。
1. はじめに
有機トランジスタや有機太陽電池など、有機半導体を用いた電子デバイスへの応用に期待が寄せられている。これら有機電子デバイスの実用化のためには、活性層中のキャリアの移動度をさらに向上させるとともに、個々の素子について再現性のある安定な動作を保証する必要がある。このために、移動度と酸化安定性の高い新規材料の開発が進められている一方で、有機半導体結晶層の分子配列制御による結晶性の向上が求められている。図1のように、有機半導体結晶中を移動する電荷キャリアは、結晶粒界などの結晶欠陥によって散乱されるため、より高い移動度を安定して実現するためには、有機半導体層中の結晶欠陥の理解をより深め、制御する技術を開発する必要がある。また、導電率に異方性を持つ有機半導体結晶の個々の方位を揃えることや、電極との接触界面の構造と電子状態を解明し、制御することも今後の重要な課題である。
図1 有機トランジスタの構造。電子は絶縁膜直上の有機半導体層を流れる。
有機半導体薄膜の結晶成長や、分子の配向・配列を制御するためには、有機薄膜の構造を正確に知る必要がある。X線回折は、特別な試料の前処理を必要とせず、X線照射による試料の損傷も少ないことから、有機薄膜の構造評価に最も適している。しかしながら、対称性が低く、軽元素で構成される有機半導体結晶では、X線の散乱強度が弱いために、薄膜からのX線回折を観測するのは容易ではなかった。近年SPring-8において、高輝度シンクロトロン放射光を用いた実験環境が整備され、大面積光子計数型2次元X線検出器(PILATUS)が導入されたことにより、有機超薄膜に関する2次元の回折像を、高速かつ高感度で撮影することができるようになった。これによって、有機薄膜の初期過程を含む成長過程の2次元X線回折を、リアルタイムで観測することが可能となった。本研究では、SPring-8のBL19B2に設置されているHuber社製多軸ゴニオメーターに搭載可能な有機薄膜作製用小型軽量真空蒸着装置を開発し、有機半導体薄膜が形成される過程を2D-GIXDのリアルタイム観測によって明らかにすることを目的とし実験を行った。対象とする有機半導体には、ペンタセンやオリゴチオフェンなどを用い、基板温度(-50℃~100℃)や分子構造が、薄膜の成長に及ぼす効果を明らかにした。また、多結晶薄膜の2次元X線回折のデータから未知の結晶構造の決定にも取り組んだ。さらに、2元蒸着によるpn有機半導体の混合膜の形成過程の構造評価や、有機トランジスタ形成過程の構造と電気特性の同時測定にも挑んだ。本報では、作製した装置と典型的な測定例を紹介する。
2. In situ 2D-GIXD測定用有機半導体成膜装置の開発[1][1] 吉本則之、渡辺剛、小金澤智之、菊池護、廣沢一郎:表面科学 35 (2014) 190-195.
有機半導体薄膜の成長過程の2D-GIXD測定を行うために作製した小型軽量真空蒸着装置の外観写真と構成を図2に示す。リアルタイム2D-GIXD測定では、検出器を固定して積算露光を連続的に行った。X線の入射角は基板表面に対する全反射臨界角である0.12˚とし、回折されたX線は2次元検出器で記録された。典型的な入射ビームのサイズとエネルギーは、0.1 mm(z方向)× 1 mm(xy方向)と12.40 keV(波長1.00 Å)であった。2次元検出器の受光面は、入射する光に対してほぼ垂直に配置している。
図2 装置の外観の写真と構成
真空蒸着装置は、クヌーセンセルとシャッター、水晶振動子膜厚計が搭載された蒸発源部分と、X線を透過させるBe窓部分、基板を設置する基板ステージ部分から構成されている。蒸着中、真空チャンバー内は、スクロールポンプとターボ分子ポンプの排気によって4.0 × 10-4 Pa程度の高真空状態に保たれる。高い精度が求められるゴニオメーターへの荷重を極力小さくするため、チェンバー本体はアルミ製にし、各種フランジ類も最小限の厚みをもった特注品で構成するなどにより装置の軽量化を図った。蒸着装置の全高は400 mm程度であり、ゴニオメーターのアーム類と干渉することがないように設計した。装置の分解、組み立て試料の交換が容易に行えるように工夫しており、1回数時間の実験を、試料を入れ替えて1日に数回行うことができる。蒸発源に2つのクヌーセンセルと3つのシャッター、2つの水晶振動子膜厚計が搭載され、2元蒸着を行うことができる仕様とした。有機半導体分子は、上から下に向けて蒸発させられ、装置最下部の基板上に堆積する。基板を固定するサンプルステージには、基板の加熱用のタングステンヒーターと熱電対用の端子、トランジスタ特性計測用の電流導入端子が搭載されている。これにより、2D-GIXD測定と同時に蒸着中の基板加熱と電流−電圧の計測が可能となっている。
3. ペンタセン蒸着膜の成長に及ぼす基板温度の効果[2][2] T. Watanabe, T. Hosokai, T. Koganezawa and N. Yoshimoto: Mol. Cryst. Liq. Cryst. 566 (2012) 18-21.
SiO2上に蒸着したペンタセンのリアルタイム2D-GIXDパターンを図3に示す。ペンタセンは、有機薄膜トランジスタに使われる代表的な有機半導体材料である。図3(a)~(c)は、基板温度(Ts)-50、25、75℃で、平均膜厚1.0、5.0、15、50 nmのものである。図の縦軸と横軸は、それぞれ膜の厚み方向と面内方向の回折角2θと2θxyである。ペンタセンの薄膜相とバルク相の格子パラメーターから、図に示すように各反射を指数付けすることができる。薄膜相のミラー指数をhkl、バルク相の指数をhklBと表示している。-50℃では、結晶の存在を示す明確な反射が見られないことから、分子は配向しつつも秩序性の乏しい構造をとっている。25℃と75℃では、どちらの温度においても成膜初期には薄膜相が優先的に出現し、遅れてバルク相が結晶化することをリアルタイムで観測した。バルク相が現れる膜厚は、基板温度の増加とともに低下する。また、基板温度が25℃のときに観察されたバルク相の00l反射は、2次元検出器上のz軸から8°傾いた位置に観測されたことから、この条件で現れるバルク相の(001)面は、基板表面や最初に成長する薄膜相の(001)面とは平行ではないことが明らかとなった。この原因は未だに明確ではないが、薄膜相の外形に現れる(110)面の面間隔が、バルク相のものとほぼ一致することを合わせて考えると、結晶の側面でエピタキシャル成長が起こっている可能性が考えられる。基板温度を75°Cにしたときにこのバルク相の傾きが見られないのは、この温度で安定相であるバルク相が結晶化し易くなり、基板上や薄膜相の(001)面上に核形成するためであると考えられる。
図3 成膜温度によって異なるペンタセン薄膜作製中の2D-GIXDパターン
(a):基板温度-50℃、(b):25℃、(c):75℃。膜厚はいずれも上から1.0、5.0、15、50 nmである。
4. オリゴチオフェンの着膜の成長に及ぼす基板温度の効果[3][3] T. Watanabe, T. Koganezawa, M. Kikuchi, C. Videlot-Ackermann, J. Ackermann, H. Brisset, I. Hirosawa and N. Yoshimoto: Jpn. J. Appl. Phys. 53 (2014) 01AD01.
有機半導体の一種であるdistyryl-bithiophene(DS2T)と末端にアルキル基を付加した誘導体α,ω-Hexyl-distyryl-bithiophene(DH-DS2T)を用いてリアルタイム2D-GIXD測定を行った。図4と図5にDS2TとDH-DS2Tの分子構造と、薄膜形成過程の2D-GIXDパターンを示す。DS2Tでは明瞭なスポット状の回折パターンが観察された一方で、DH-DS2Tでは面内の反射がQz方向にストリーク状に伸びたパターンとして観察された。これは、DS2Tにアルキル基を導入したことによって、薄膜形成機構が島状成長から層状成長へ変化したことに対応している。
図4 DS2TとDH-DS2Tの分子構造
図5 DS2TとDH-DS2Tの成膜過程のリアルタイム2D-GIXDパターン
さらに、単結晶構造が未知であったDH-DS2Tについて、多結晶薄膜の2D-GIXDのデータから結晶構造解析を試みた。まず2D-GIXDパターンに現れる反射の位置から格子定数を決定し、各反射のX線回折強度のシミュレーション結果を実験値と比較するという手順で構造解析を行った。図6は、単位格子内で分子を回転させたときのシミュレーションによって得られた回折強度と実験結果との比較を表している。分子の傾きを表すθtを、0°から90°まで変化させたとき、 信頼度因子はθt = 25°で最低値をとる。このようにして、実験値をもっとも良く再現する単位格子内の分子の配置を求めることができた。
図6 DH-DS2Tの2D-GIXDパターンのシミュレーション(左)と実験結果(右)[1][1] 吉本則之、渡辺剛、小金澤智之、菊池護、廣沢一郎:表面科学 35 (2014) 190-195.
5. まとめ
有機半導体薄膜の成長中に、2D-GIXD測定を行うことができる小型軽量の成膜装置を作製した。この装置は、分解が容易であり、原料試料や基板を入れ替えて、1回数時間で成膜実験を行うことができる。また、基板及び蒸発源の温調、膜厚モニタの信号、シャッター開閉機構をハッチ外から遠隔操作、自動制御することができる。この装置を用いて、ペンタセンやオリゴチオフェンなど代表的な有機半導体の成長過程を2D-GIXDによって観察した。ペンタセンでは基板温度によって異なる多形現象をリアルタイムで観察した。オリゴチオフェンでは、分子構造によって成長機構が異なることを2D-GIXDパターンによって観察することができた。さらに、DH-DS2Tについては、2D-GIXDパターンから結晶構造解析が可能であることを示した。
現在、著者らはシール部分をメタル化した超高真空仕様の装置を作製中である。今後はこの装置を用いて、清浄基板上の有機半導体成長初期過程の構造解析実験を超高真空下で実施する予定である。
参考文献
[1] 吉本則之、渡辺剛、小金澤智之、菊池護、廣沢一郎:表面科学 35 (2014) 190-195.
[2] T. Watanabe, T. Hosokai, T. Koganezawa and N. Yoshimoto: Mol. Cryst. Liq. Cryst. 566 (2012) 18-21.
[3] T. Watanabe, T. Koganezawa, M. Kikuchi, C. Videlot-Ackermann, J. Ackermann, H. Brisset, I. Hirosawa and N. Yoshimoto: Jpn. J. Appl. Phys. 53 (2014) 01AD01.
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