Volume 19, No.3 Pages 237 - 240
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
19th IEEE Real Time Conference 2014(RT2014)報告
Report on 19th IEEE Real Time Conference 2014
2014年5月26日から30日にかけて、奈良で開催された国際会議 RT2014(19th IEEE Real Time Conference 2014)の報告をします。
IEEE Real Time Conferenceとは
Real Time Conference(RT)は、電気電子工学技術関連学会IEEE(アイトリプルイー:The Institute of Electrical and Electronics Engineers)に関連した会議で、実時間制御(決められた時間内に特定の処理を終えるための制御技術)を中心とした計算機技術全般を対象としています。主に、高エネルギー物理、原子核物理、宇宙物理、医学分野などの制御や実験計測に携わる人たちが参加しています。RTの第1回会議は、1979年に原子核とプラズマ物理のための計算機応用を議論する会議として、サンタフェで開催されました。以降、多くの大型科学研究施設が参加し、幅広い精密実験の基盤技術を牽引する国際会議として成長してきました。今回、大阪大学核物理研究センター(RCNP)のホストにより、19回目にして初めて国内での開催となりました。
会議前ワークショップ
本会議に先立って、「低速制御のためのHTML5によるWebアプリケーション」と「FPGAデザインのためのタイミングとアルゴリズムの実装」についての2つのショートコースセッションと「物理実験のためのATCAとμTCA」に関するチュートリアルセッションが開催されました。Advanced Telecom Computer Architecture(ATCA)とMicro TCA(μTCA)は、名前の通り通信事業者向けのコンピュータのハードウェア規格の1つです。特徴としては、筐体およびシステムの遠隔からの管理機能が充実しており、高い運用継続性や広帯域の通信機能があげられ、基幹系(ATCA)からエンドポイント(μTCA)までをカバーします。
SPring-8からは、「物理実験のためのATCAとμTCA」のチュートリアルセッションに参加しました。最新のコンピュータプラットフォームに関する情報を収集し、SPring-8 IIなどの次世代アプリケーションの基盤技術の検討に役立てていきたいと思います。
チュートリアルの冒頭では、規格を推進しているSLACのDr. Ray Larsenから、これらの規格を物理実験に適用するために考慮すべきことや、より高度な物理実験のために規格自体の拡張を行っている状況、および今後のロードマップについての紹介がありました。その後、各研究機関(SLAC、CERN、ITER、KEK、DESY、IHEP)における取り組みの紹介があり、実際の事例を基に実践的な情報を得ることができました。
会場
会場は、奈良公園の真ん中にある新公会堂です。JR奈良駅や近鉄奈良駅周辺のホテルからは幾分離れていましたが、会期中はとてもいい天気に恵まれ、世界遺産に登録されている南円堂を有する興福寺の境内や、鹿の群れる奈良公園は、ちょうど良い朝の散歩コースでした。
全ての口頭発表はプレナリセッションで行われ、さらにウェルカムレセプション、企業展示、およびポスターセッションも同一施設でコンパクトにまとまり、注目している発表を見逃すことがない効率的な会場設定となっていました。口頭発表は、室町時代の能楽様式を再現した総檜作りの能舞台(写真1)で行われました。無垢の檜を使っているため、ホール内は檜の良い香りがするのですが、土足厳禁、スリッパ着用必須、素手で木部への接触禁止など細かな制約があったため、会議進行への影響を心配しましたが、外国からの参加者の多くは、日本文化の一面として、結構楽しんでいたようです。
写真1 会場になった新公会堂の能舞台
参加人数、プレゼンテーション数など
本会議は、5つの招待講演と3つの基調講演をはじめ、57の口頭発表と約150のポスター発表があり、200人を超える参加者がありました。特徴的なのは、約半数のポスター発表に2分間のミニオーラルの機会が与えられ、限られた時間に納めるため主催者(一部を除いた多くの発表者も)は苦労していたようですが、聞き手としてはスピード感があり楽しめました。
国内開催ということもあって、オープニングセッションはKEKのBelle II実験、J-PARCのステータスレポート、および放医研からOpenPET(Positron Emission Tomography)プロジェクトに関する招待講演で始まりました。参加者の国別の割合を見ると、中国、ドイツについで日本は3番目でした。4番目にはスイスが続き、IHEPやDESY、CERNからの参加者が目立ちました(図1)。
図1 参加者の国別割合
SPring-8からは、口頭発表(“MicroTCA-Based Image Processing System at SPring-8”:清道)とポスター発表(“Data Acquisition System of over Giga-Bps of Data Rate for User Experiment at X-Ray Free-Electron Laser Facility SACLA”:山鹿)がそれぞれ1件ずつありました。共に、最近のトピックである画像処理と広帯域データ伝送に関する報告で、多くの参加者からの興味をひいていました。
セッションの構成
ひとことでリアルタイムといっても、その適用範囲は広く、以下の16のセッションに分けられています。
• Emerging technologies/Feedback on experience
• New Standards
• Emerging realtime technologies
• Intelligent signal processing
• Processing farm
• Real-Time Safety and Security
• Upgrades
• Trigger systems
• Data acquisition systems (DAQ)
• Control, monitoring, and test systems
• Realtime system architectures
• Triggers
• Fast data transfer links and networks
• Front end and Fast Digitizer
• Processing Farm and RT safety and security
• Programmable devices
実際に発表内容を聞いてみると、異なるセッションでも似た様な発表が見られるなど、セッションが細分化されすぎている感がありました。プレナリセッションなので発表を見落とすことはなかったものの、もう少し工夫が欲しいところです。
トピック
本会議で報告されたトピックを幾つか紹介します。
COTS(Commercial Off-The-Shelf)
COTSとは、既製品や商用のハードウェア/ソフトウェア製品を採用してシステムを構成することで、カスタムデザインによる開発方法とは正反対の考え方です。情報産業が急激に発展し、従来技術を牽引してきた軍需産業、航空宇宙産業、大型物理実験関係の技術革新のスピードが、情報産業分野に追い抜かれたために、近年注目されるようになったと考えられます。本会議の発表の中でも、計算機システムのプラットフォームとして、情報通信分野で規格化されたATCAやμTCAの採用が目立ちました。DESYでは、μTCAを物理実験用に拡張した規格μTCA.4を独自に拡張し、高周波信号制御に必要な高精度タイミングを補完するバックプレーンの実装例を紹介していました。
パソコンのゲーム市場で大きな発展を遂げたGPU(Graphics Processing Unit)をリアルタイム画像処理システムとして採用する例も複数見られました。OpenPETの画像診断システムに採用した例では、これまでCPUで10分かかっていた処理が、毎秒2枚の画像処理が行えるまで高速化できており、アルゴリズムが適合すれば少ないコストで大きな成果をあげることができるという可能性が示されていました。
ネットワーク分散時刻同期システム
急速に複雑化する計算機システムを単純な機能毎に分散化する流れは、計算機技術のメインストリームです。しかし残念なことに、分散処理とリアルタイム処理はトレードオフの関係にあります。これを両立させるために、大型の物理実験施設では、大規模かつ複雑なトリガシステムを構築しています。このトリガシステムにより、物理現象の事象毎にデータをまとめたり(イベントビルディング)、不要なデータを除去(データリダクション)したりして、有効なデータを抽出しています。今回の会議では、トリガシステムの一部にIEEE-1588やWhite RabbitといったEthernetを使った時刻同期システムを採用し、大規模化・複雑化の一途を辿るトリガシステムに新しい提案が見られました。これらの時刻同期システムがカバーできる範囲は限られるかもしれませんが、柔軟性の高い同期システムとして、放射光実験への応用が期待されます。
同様に、組み込みシステムにおける同期制御に特化したEtherCATという同期ネットワークの導入事例も見られました。汎用的なPLCを用いて、ネットワーク上に分散した機器を50ナノ秒の精度で同期制御できる様子が紹介されていました。
同期制御とは異なりますが、Ethernetを広帯域データ収集システムのフロントエンド部に採用している事例についても触れておきます。Ethernetはその規格上、データ伝送のリアルタイム性が保証されておらず、これまでデータ収集システムのフロントエンド部に採用される事例は余りなかったと思います。ところが、高速なEthernet規格である10 GbEや40 GbEに見られるように、ネットワークの伝送速度が劇的に向上したことに加え、メモリ素子の高密度化と相まって、実時間性が保証できない時間幅の間に流れるデータを、充分なサイズのバッファメモリに退避させることで、信頼性のある広帯域なデータ収集システムが安価に構築できるようになってきました。今後、1つの潮流になる様な気がします。
その他
FPGAがハードウェアの論理回路の実装の主役になって随分時間が経ちますが、論理回路の実装には未だに高いスキルが必要で、開発には膨大な時間とコストがかかっています。そんな中、MATLAB/Simulinkなどのプログラム言語から回路を設計する高位合成と呼ばれる開発手法に関して興味深い提案がありました。MATLAB/Simulinkによる開発自体は随分前からあったのですが、開発で繰り返されるルーティン的な部分(例えばデータ解析アルゴリズム)を定型化したところが新しいものと思えます。
LabVIEWを採用したシステムの紹介が多く見られたのも特徴的だったと思われます。これまで、大規模物理実験施設のリアルタイムシステムでWindowsがベースとなるLabVIEWが採用されることは極めて珍しく、大きな時代の流れを感じました。近年National InstrumentsがBig Physicsに注力しており、FlexRIO、PXIeなど、最新の技術やデバイスを搭載した高速・広帯域処理を可能とする装置を多数製品化していることもあり、最初に述べたCOTSの思想によるひとつの成功例であろうと考えられます。
招待講演と基調講演
5つの招待講演の中で、特に興味深かった3件について紹介します。
1つ目は、J-PARCからの報告で、昨年5月23日に発生した、放射性同位体漏洩事故と現状の説明がありました。この発表の当日5月26日に、事故から1年余り経ってようやく、ニュートリノ実験施設の運転が再開されることとなったことが報告されていました。ただ残念なことに、事故を起こしたハドロン実験施設については、再開の目処が立っていないということでした。
2つ目は、放医研から報告のあった新しい陽電子放射断層撮影のジオメトリの提案として、OpenPET Projectの発表がありました。従来の検出器リングを、間隙を開けた2つの検出器リングで構成することにより、検出視野の拡大を図るとともに、観察部位への空間を確保することで、粒子線治療との併用を可能としたデザインになっています。検出器に対して斜入射になることによる空間分解能の低下を防ぐため、浜松ホトニクス(株)と協力して特殊な4分割柱状シンチレータを開発していた点が興味深いものでした。
3つ目は、名古屋大学から自動車に搭載されているECU(Electronic Control Unit)に関する報告がありました。当初はEngine Control Unitと呼ばれていた小規模な単一のマイコン制御回路が、最近では、自動車1台あたり数10を超える制御回路で構成されるようになり、かつECU同士が複雑に連携している様子を丁寧に紹介していました。将来的には、自動運転システムなど、車外の機器との連携も視野に入れた開発を進めているとのことでした。同時に、コストや安全性、信頼性、継続性に対する要求も極めて高く、とてもシビアな世界であることを再認識しました。特にコストに関しては、量産規模がわれわれ放射光施設と比べ格段に大きな高エネルギー物理実験と比べても桁違いに大きく、将来を見据えた設計が重要であることを強調していました。
SLAC、ITER、PSIから3件の基調講演がありました。SLACのDr. Ray Larsenの講演は、New Standardsのセッションで行われ、先に記載した会議前ワークショップの内容に沿ったものでしたが、彼の推奨するμTCA.4規格を物理実験計測に適用していきたいという強い意気込みを感じました。
皆さんもご存知のとおり、ITERは2019年11月に初プラズマの達成を計画している核融合実験炉です。高温プラズマの安定した封じ込めのためには、まだまだ多くの課題があるものの、実現に向けて着実に計画を進めていることが示されていました。現在は、建屋の建設が始まったばかりで、炉心の基礎工事の様子を紹介していましたが、リアルタイム制御技術に関する紹介はほとんどなく、非線形な不安定性をどのように抑えていくのか、実現までの道のりに興味が集まっていました。
ウェルカムレセプションとバンケット
会議初日の夜に開かれたウェルカムレセプションは、会場に設置された企業展示スペースで行われ、お腹を満たしアルコールで口も軽くなったところで、参加者同士が打ち解けた雰囲気になっていました。また、会議のチェアーである能町先生が集めてきた奈良の地酒、隠れた名酒が多数振る舞われ、レセプションの終了まで長蛇の列が出来ており、日本酒は世界で戦っていけるということを再認識しました。我々も頑張らなくてはなりません。
バンケットは、会場を奈良駅前にある日航ホテルに移して行われ、ここでも美味しい奈良の地酒がたくさん並んでいて、とても楽しい会でした。
会場では、学生ポスター賞と2014 CANPS賞の授賞式があり、学生ポスター賞第1位にJ-PARCで行われている中性K中間子の探査実験(KOTO実験)のデータ収集システムの報告をした大阪大学の杉山泰之さんが受賞しました。2014 CANPS賞は、Computer Applications in Nuclear and Plasma Sciences(CANPS)の分野で特に功績のあった人に贈られる賞で、30年以上に渡って核物理や高エネルギー物理実験のための検出器の読み出し系を開発してきた、コロンビア大学のDr. Chiが受賞しました。
最後に
初めてのRTへの参加でしたが、実時間制御技術として先端的な発表も多く、技術の動向を知る上で非常に興味深い会議でした。次回は、2016年にイタリアのパドヴァでConsorzio RFXの主催で開催されることが発表されましたが、計算機技術の発展のスピードを考えると、今回報告されたプロジェクトが2年後にどのように展開しているのか、今から楽しみでなりません。
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