Volume 15, No.1 Pages 27 - 30
2. ビームライン/BEAMLINES
東京大学物質科学アウトステーションビームライン:BL07LSUについて
University-of-Tokyo Synchrotron Radiation Outstation Beamline : BL07LSU
東京大学 物性研究所/東京大学 放射光連携研究機構 Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo / Synchrotron Radiation Research Organization, The University of Tokyo
概要
東京大学では、2006年5月に総長直轄の組織として物質科学部門、生命科学部門の2部門からなる放射光連携研究機構[1][1] http://www.oshimalab.t.u-tokyo.ac.jp/SRRI/index.htmlを開設し、既存施設の高輝度放射光を利用して先端的研究の展開を目指している。物質科学部門では、SPring-8の長直線部に世界最高水準の軟X線アンジュレータービームライン(BL07LSU)の建設・整備を計画し、2007年度から大学の独自予算でその建設が始まった。そして2009年秋までに水平偏光8の字アンジュレーター4台から成る高輝度軟X線アンジュレータービームラインおよび4つの実験ステーションが完成し、同年10月9日にその完成披露式典が催された(図1)。BL07LSUでは2009年後期から共同利用を開始しており申請は半年ごとに東京大学にて受け付けている(東京大学物性研究所共同利用ホームページ[2][2] http://www.issp.u-tokyo.ac.jp/contents/kyoudou/ index.html)。本稿では本アンジュレータービームラインの挿入光源(長尺アンジュレーター)および分光光学系を簡単に説明するとともに、各実験ステーションを紹介する。
図1 平成21年10月9日 BL07LSU完成披露式典[1][1] http://www.oshimalab.t.u-tokyo.ac.jp/SRRI/index.html
長尺アンジュレーター
SPring-8の30 m長直線部に設置する長尺アンジュレーター(BL07IS)では、基本波が250 eV〜2000 eVの軟X線領域をカバーする水平、垂直偏光8の字アンジュレーター[3][3] 田中隆次:8の字アンジュレータ 放射光 10 (1997) 251; T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instr. and Meth. A 364 (1995) 368; T. Tanaka et al.: J. Synchrotron Radiat. 5 (1998) 459.が交互に置かれ、さらにそれぞれの間に合計7台の移相器が設置される[4][4] 田中隆次:アンジュレータ分割と位相制御による放射光特性の改善 放射光 16 (2003) 65; T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instr. and Meth. A 490 (2002) 583.。このことにより本挿入光源では水平垂直直線偏光および左右円偏光の軟X線が発生し、さらにその切換えの高速化も可能である。この偏光制御型軟X線アンジュレーターの水平偏光部の建設は2007年から始まり、2008年春のアンジュレーター本体完成後、同年夏に8 GeV電子蓄積リングの直線部に設置が行われた(図2)。垂直偏光部の建設は2009年度内に行われ、2010年に同直線部への設置が予定されている。挿入光源の各パラメーターは表1の通りである。
図2 直線部に設置された偏光制御型軟X線アンジュレーターの水平偏光部4台
表1 長尺アンジュレーター(BL07IS)のパラメーター
○光源諸定数 | |||||||
基本波:250 eV〜2000 eV | |||||||
輝度:1018-19 photons/s/mm2/mrad2/0.1%b.w. | |||||||
偏光:水平垂直直線偏光・左右円偏光 | |||||||
○挿入光源諸定数 | |||||||
水平偏光8の字アンジュレーター | 垂直偏光8の字アンジュレーター | ||||||
磁場周期長(cm) | : | 10 | 磁場周期長(cm) | : | 10 | ||
周期数 | : | 26 | 周期数 | : | 20 | ||
台数 | : | 4 | 台期数 | : | 4 | ||
設置 | : | 2008/08 | 設置予定 | : | 2010夏 | ||
移相器 | |||||||
総台数:7 | |||||||
(3台は設置済、残り4台は2010年夏に設置予定) |
ビームライン分光光学系
BL07LSUでは先端的分光実験を目指し、ユーザーから表2に示す光の性能が期待された。また本ビームラインはSPring-8の既存軟X線ビームライン(例えばBL27SU)と比較して放射パワーは1桁以上大きいため、光学設計では熱負荷が分光性能やビームサイズに与える影響を抑制しつつ、表2の要求性能や放射線遮蔽の条件を念頭に行われた。
表2 ビームライン(BL07LSU)に期待される光の性能
エネルギー範囲(hν) | : | 250〜2000 eV |
フラックス | : | > 1012 photons/sec/0.01%B.W. |
エネルギー分解能(E/ΔE) | : | > 10000 |
集光サイズ | : | < 10 µm(ゾーンプレートで < 100 nm) |
ビームラインは入射スリットレス、連続偏角可変のMonk-Gillieson型不等刻線間隔平面回折格子分光器(VLS-PGM)を使用しており、光学配置は図3のように3つの鏡(M0、M1、M2)、回折格子(G)、出射スリット(Sext)、そして各実験ステーション(Exp. stations)の後置集光系(後置鏡、ゾーンプレート)から構成されている[5][5] Y. Senba, H. Ohashi, A. Harasawa, M. Fujisawa, T. Okuda, I. Matsuda, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, T. Ohata, F. Furukawa, T. Tanaka, K. Takeshita, S. Goto, H. Kitamura, A. Kakizaki and M. Oshima: "Design of a new soft X-ray beamline for a long undulator source of SPring-8" Nucl. Instr. and Meth. A in print.。M0は分散方向にサジタル集光する円筒鏡で、M1は出射スリット(Sext)方向にタンジェンシャル集光するベント円筒鏡である。M0とM1はM2とGへ熱負荷をかけないように光のパワーを大幅に吸収する役割を果たしている。M2は平面鏡で、不等刻線間隔平面回折格子(G)と共に連続偏角可変機構に取り付けられている。Gとして刻線密度の異なる2種類(G600、G1200)を用意しており、両者はいずれも光エネルギー領域250〜2000 eVをカバーし、高分解能測定用としてG1200が使用される。2009年9月までに基幹チャンネル、光学ハッチ、分光光学系、後置集光系の設置が完了しており(図4)、10月より放射線使用前検査を経て、コミッショニングが順調に進められている。
図3 BL07LSUの光学系レイアウト(横から見た図)。各光学素子間の距離(m)を示してある。実験ステーション(Exp. station)は、1)時間分解軟X線分光実験ステーション、2)フリーポート実験ステーション、3)3次元走査型光電子顕微鏡、4)超高分解能軟X線発光ステーションで、位置は各ステーションでの集光点に対応している。
図4 BL07LSUの様子。写真では出射スリットから上流側を撮影している。
ビームライン実験ステーション
高輝度軟X線を利用する実験設備の具体的な仕様については、物質科学の分野で最先端の研究成果を目指すだけでなく、高輝度放射光の特長であるナノビーム、時間構造、コヒーレンスなどを利用して次世代の放射光研究の芽を育む観点からも検討されてきた。そしてユーザーコミュニティと若手研究者を中心としたサブグループによって議論されてきた結果、時間分解軟X線分光実験装置、生体物質軟X線発光分光実験装置、ナノ領域光電子解析実験装置、および実験設備が接続可能な後置鏡システムの4つを優先して整備することになり、2008年から各利用実験設備の建設・整備が始められた。2009年秋までに全ての実験ステーションの設置が完了し、それぞれの調整が現在行われている。各ステーション(Exp. stations)での実験内容は以下の通りである(図3)。
(1)時間分解軟X線分光実験ステーション(TR-SX spectroscopy)
本ステーションでは、高輝度軟X線パルスと超短レーザーパルスのタイミング同期および遅延を制御し、両者を組み合わせた高速かつ高分解能な軟X線光電子分光測定を行う(図5)。これにより物質の動的現象における電子状態、化学状態、振動状態、原子構造の変化をリアルタイムで追跡し、固体の光誘起相転移、半導体材料のキャリア変化、磁性体のスピンダイナミクス、光触媒における表面化学反応などの機構を解明する。
図5 時間分解軟X線分光実験ステーション(TR-SX spectroscopy)
(2)フリーポート実験ステーション(Free-Port station)
本ステーションでは、全国の研究者が実験装置を持ち込んで放射光の利用実験が行われる。
(3)3次元走査型光電子顕微鏡(3D nano-ESCA)
本ステーションは、100ナノメートル(1千万分の1メートル)以下の空間分解能で、物質の3次元的な化学状態・電子状態の空間分布を測定することのできる、世界でただ一つの装置である(図6)。次世代LSI・次世代メモリー・環境触媒微粒子などの最先端ナノテクノロジーデバイスやグリーンテクノロジー材料を、その内部の構造までも3次元的に描き出すことができる。
図6 3次元走査型光電子顕微鏡(3D nano-ESCA)
(4)超高分解能軟X線発光ステーション(HORNET)
本ステーションは、気体・液体・固体を問わず、あらゆる物質の化学結合を担う電子の状態を、元素ごと、軌道ごとに調べられる発光分光装置を備え、世界最高のエネルギー分解能で測定ができる(図7)。試料は真空環境下でも、大気に置いたままでも測定ができる。溶液、液体の電子状態の観測、タンパク質・細胞内器官などの生体物質と水の相互作用の研究、燃料電池触媒の分析などに適用できる。
図7 超高分解能軟X線発光ステーション(HORNET)
謝辞
本高輝度軟X線アンジュレータービームラインBL07LSUの建設は仙波泰徳氏1、大橋治彦氏1、高橋直氏1、成山展照氏1、松下智裕氏1、大端通氏1、古川行人氏1、田中隆次氏1,2、竹下邦和氏1、後藤俊治氏1、北村英男氏1,2、山本達氏3,5、藤澤正美氏3,5、原田慈久氏3,4、堀場弘司氏3,4、組頭広志3,4、柿崎明人氏3,5、尾嶋正治氏3,4(1JASRI/SPring-8、2RIKEN/SPring-8、3東大放射光連携研究機構、4東大院工、5東大物性研)と共同で行われた。
参考文献
[1] http://www.oshimalab.t.u-tokyo.ac.jp/SRRI/index.html
[2] http://www.issp.u-tokyo.ac.jp/contents/kyoudou/ index.html
[3] 田中隆次:8の字アンジュレータ 放射光 10 (1997) 251; T. Tanaka and H. Kitamura : Nucl. Instr. and Meth. A 364 (1995) 368; T. Tanaka et al.: J. Synchrotron Radiat. 5 (1998) 459.
[4] 田中隆次:アンジュレータ分割と位相制御による放射光特性の改善 放射光 16 (2003) 65; T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instr. and Meth. A 490 (2002) 583.
[5] Y. Senba, H. Ohashi, A. Harasawa, M. Fujisawa, T. Okuda, I. Matsuda, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, T. Ohata, F. Furukawa, T. Tanaka, K. Takeshita, S. Goto, H. Kitamura, A. Kakizaki and M. Oshima : "Design of a new soft X-ray beamline for a long undulator source of SPring-8" Nucl. Instr. and Meth. A in print.
松田 巌 MATSUDA Iwao
東京大学 物性研究所、東京大学 放射光連携研究機構
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