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Volume 15, No.1 Pages 20 - 26

2. ビームライン/BEAMLINES

BL15XU広エネルギー帯域先端材料解析BL次期計画
Next Plan of WEBRAM Beamline BL15XU

小林 啓介 KOBAYASHI Keisuke[1]、吉川 英樹 YOSHIKAWA Hideki[1]、上田 茂典 UEDA Shigenori[1]、田中 雅彦 TANAKA Masahiko[1]、山下 良之 YAMASHITA Yoshiyuki[1]、松下 能孝 MATSUSHITA Yoshitaka[1]、勝矢 良雄 KATSUYA Yoshio[2]、石丸 哲 ISHIMARU Satoshi[2]

[1](独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション Beamline Station, NIMS、[2] スプリングエイトサービス株式会社 SPring-8 Service Co., Ltd.

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1.はじめに

 (独)物質・材料研究機構の専用ビームラインBL15XUは放射光利用による材料開発の推進を目的として、1999年に(旧)科学技術庁 無機材質研究所によって建設が開始された。2009年10月に最初の10年の施設利用契約期間を終了し、新しく次の10年間の契約を締結した。この報告では本ビームラインにおける次期10カ年の計画の概要について述べる。

 

 

2. ビ−ムラインの歴史

 本ビームラインは建設に当たって、手法として物質材料解析の基本である電子構造解析と結晶構造解析を2本柱とし、それを同一のビームラインで実施することを意図して設計された。そのために電子構造解析に必要な軟X線から結晶構造解析に必要な硬X線までの広エネルギー帯域で高輝度のアンジュレーター光を利用することを基本思想として、挿入光源ならびに二結晶分光器の設計が行われた。具体的には挿入光源においては、0.5〜6 keVの低エネルギー領域では熱負荷を低くするための円偏光アンジュレーター、それよりも高エネルギー側では水平偏光アンジュレーターの2つの磁石列をリボルバー式に切り替える方式が採用された。またビームライン分光器はそれに対応して、低エネルギー領域にはYB66、高エネルギー領域にはSi 111を用いた2種類の二結晶分光器を切り替えて使うという世界的にも他に類を見ないビームラインが建設された。

 物質材料の開発を推進することを目的としたビームラインの考え方は、2001年4月に(旧)無機材質研究所と金属材料技術研究所が合併し、文部科学省 (独)物質・材料研究機構(National Institute for Materials Science, NIMS)が発足した後も継承された。2006年4月に共用ビームステーションの名称でビームライングループが独立した組織としてNIMS内に位置づけられ、新体制での運営になった。これを契機にNIMS内外のユーザー利用が飛躍的に推進されることになった。この段階で、本ビームラインのミッションを「物質・材料研究のナショナルセンターとしての役目を持つNIMS内部の物質・材料研究に資すること。その成果の論文化を進め、外部に共同研究的利用を開き、NIMS内外の研究者間の相互作用を通してNIMS内の研究者、技術者の育成と資質向上を図ること。この目的のために放射光の特徴を最大限に生かした物質・材料科学のための先端的な実験手法を準備し、安定なビームライン運営を実現し、共同研究ベースでのユーザー利用研究を展開すること。」と具体的に規定した。この規定を元にビームライン業務を以下の4つに大別した。

 

① NIMS内研究者の共用施設として、放射光を利用した高度な物質材料解析を展開

② 国際ナノテクノロジー・ネットワーク事業に参画し、ナノテクノロジー分野の外部機関の研究者にビームラインを開放

③ 量子ビーム(放射光、中性子、高エネルギーイオンビーム)の一つである放射光を使った利用技術の高度化を目的として、スタッフによる研究開発および外部機関と連携した研究開発

④ 上記①〜③を通じ、NIMSを拠点とする国内外の他機関との連携プロジェクトを推進し、物質材料解析の一翼を担う

 

 この規定を元に、ビームラインで展開してきた最近の物質材料解析の実施例を図1に示す。図から分かるように、NIMSの種々の材料研究に放射光解析が幅広く利用されてきた。

 

 

図1 ビームラインで展開してきた物質材料解析の実施例

 

 

3. 第一期10カ年における主な改良と現状

3-1 ビームライン

 本ビームラインのSi二結晶分光器は、従来はピンポスト水冷方式でかつ回転傾斜配置であったが、冷却能力の不足、ガスケットの放射線損傷などによる様々な問題点が明瞭になってきたため、2008年夏期停止期間に液体窒素冷却方式の平行平板型Si二結晶分光器に改造した。この改造に際して分光器真空槽内に液体窒素のフレキシブル配管を設置するスペースを確保する必要性から、YB66結晶分光器を取り去る必要が生じた。軟X線領域ではYB66結晶分光器は回折格子分光器よりもパフォーマンスが劣り、かつSPring-8には4本の軟X線ビームラインがあるので、これを除去することによる本質的な問題点はないと判断した。一方でSi結晶分光器は111面と311面の2種類の結晶を並進移動により切り替え可能とし、X線回折実験で利点の多い高エネルギー側の利用範囲を伸ばすこととし、改造前のエネルギーの上限値20 keVを36 keVまで拡大した。最終的にSi二結晶分光器は、分光結晶の1次光として2.2〜36 keVの範囲をカバーできることになった[1][1] S. Ueda et al.: Proc. SRI 2009 to be published.

 従来のSi二結晶分光器では、回転傾斜配置と大きいオフセット値(100 mm)に因るX線屈折効果を利用した高次光除去を行っていたが、平行平板型Si二結晶分光器では従来の高次光除去方式が用いられないため、全反射ミラーを使った高次光除去方式に切り替えた。なお、高次光除去のために導入した全反射ミラーをベントさせることによって(高次光除去と同時に)X線回折装置にビームを集光することが可能となり、平板法によるX線回折実験が可能となった。

 上記の改造によって、本ビームラインの最も大きな特徴である広帯域特性のうち2.2 keV以下の低エネルギー側を犠牲にすることになった。それでもなお2.2〜6 keVの領域をカバーするビームラインは、SPring-8にはない。世界的に見るとESRFのID32が同等のエネルギー範囲を持つ。最近ではPETRA III、SOLEIL、DIAMONDなどの新しい放射光施設でこの中間エネルギー範囲をカバーするビームラインが増えてきている。

 

実験ステーション

 本ビームラインには建設当初から粉末構造解析、光電子分光、光電子顕微鏡、二結晶発光分光分析など4つの実験ステーションが導入されていたが、いずれもスループット、使い易さ、安定性などに問題を含んでいた。そこで2006年度以降、本ビームラインがNIMSにおける共用ビームステーションという位置づけがなされた際に、NIMS内の物質・材料研究と共同研究的支援というミッションを遂行するために実験ステーションの選択と新規導入、改良を行ってきた。

 現在、本ビームラインは粉末構造解析および硬X線光電子分光[2,3][2] K. Kobayashi et al.: Appl. Phys. Lett. 83 (2003) 1005.
[3] K. Kobayashi: Nucl. Instr. Methods in Phys. Res. A 601 (2009) 32.
の二つの実験ステーションを主に利用して、結晶構造、電子構造の両面からNIMS内外の物質・材料研究を推進する態勢をとっている。以下にこの二つの実験ステーションの現状をまとめる。

 

(1)硬X線光電子分光(HXPS)ステーション

・軟X線から硬X線までを利用:利用可能なX線エネルギー範囲 2.2〜10 keV

世界で最も広いエネルギー範囲をカバーするX線光電子分光実験ステーション。

物質/試料構造ごとに光イオン化断面積、プローブ深さ、フォノン散乱の影響等に合わせて励起X線のエネルギーを変えることにより、測定を最適化することができる。

・広エネルギー帯域で高エネルギー分解能測定が可能。(Si 220, 311, 440, 333, 444, 555のチャンネルカット結晶を使った後置分光器を利用。AuのFermi端での実測値:60 meV at 5.95 keV。)

・6 keV以下のX線エネルギー領域では円偏光が使えるため、硬X線光電子分光における磁気円二色性の測定が可能

・測定試料温度は20 K〜400 K(開放フロー型Heクライオスタットおよびヒータを装備)

 

(2)高輝度粉末X線回折計ステ−ション

・利用するX線エネルギー範囲 6〜36 keV

・955 mmの大半径カメラで世界最高水準の高分解能粉末結晶構造解析

・検出器にはイメージングプレート(IP)を利用して0.003度の分解能での実験が可能。さらに高分解能を必要とするときにはアナライザー結晶付きのシングルチャンネル検出器に置き換え可能

・キャピラリー法に加え平板法での高分解能回折実験手法を開発中

・液体Heおよび液体窒素の吹きつけ型冷凍機を装備

 

 ビームライン分光器を水冷から液体窒素冷却方式に変更したことによって、分光結晶の劣化が解消されビーム発散が抑えられた。これによって硬X線光電子分光ステーションでは試料表面にX線スポットを約50 µm程度に集光することが可能となり、改造前と比較して2倍のハイスループット化を実現した。X線回折実験においてはビームラインのエネルギー上限値の拡大によって、より高エネルギーでの測定が可能となり、試料の自己吸収効果を低減することができ、精度の高い実験が可能となった。また、高次光カットミラーをベントさせて集光ミラーとして使用出来るようになったため、平板法による粉末回折実験が可能となった。

 

 

4.次期10カ年計画

4-1 NIMS における物質・材料研究の展開とビームライン次期計画の方針

 NIMSの第二期中期計画(5年間)は2010年度で終了するため、第三期中期計画の策定が現在行われつつある。本ビームラインの次期10カ年の計画はこの第三期計画に沿った形で立案せねばならない。NIMSの第三期中期計画において想定されているいくつかの重点研究分野の中で、本ビームラインが重要なキー的役割を果たすべき分野として「環境・エネルギー分野」と「ナノ・エレクトロニクス分野」が挙げられる。

 具体的には「環境・エネルギー分野」に関しては、図2に示すような5つのサブ分野に分けて考えられており、それぞれに未踏の高性能機能デバイス開発を必要としている。これらの開発は急務であるものの、従来の材料技術の延長上にはソリューションを想定することは難しく、新しい機能性物質の開発が今後5〜10年の物質・材料研究の重要なターゲットとなるものと予想される。

 

 

図2 NIMSにおけるエネルギ-環境分野の今後の展開

 

 

 「ナノ・エレクトロニクス分野」においてはSi-ULSIのダウンサイジングの行き詰まりが視野に入り出している今日、ULSI開発には3次元集積化の方向とともに、多様化への展開の兆しが見え始めている。すでに要素デバイスとして、メモリーデバイスにおいては酸化物、強誘電体、強磁性体、相変化材料など様々な物質・材料の応用研究が行われ、光デバイスについてもIII-V化合物以外に窒化物、酸化物半導体およびその多元混晶が使われ、センサー、アクチュエーターなどにも多種多様な化合物が利用されるようになってきている。ULSIがこれらの多種多様な要素デバイスを混載したものへと変貌する中で、多様で複雑な新物質群の開発はエレクトロニクス産業復権につながってゆくものと予想される。

 一方で、すべての要素デバイスのサイズはナノ化の方向にあり、これに伴って材料そのもののナノ化がさらに進展していく。またナノ化による物性の変調、新規機能発現を期待した材料開発がますます盛んに行われるだろう。このナノ材料の探索と開発は、「エネルギー・環境分野」、「ナノ・エレクトロニクス分野」の両分野においても、ますます顕著な流れとなっていくものと予想される。

 上記のごとく多様な発展が予想される新規機能性材料の探索・開発を、単純な試行錯誤とセレンディピティだけに頼って行うのではなく、今後は物質デザイン、合成、物性・機能評価が、互いにより密接な関係を持って開発が進められるようになると予想される。図3は、それを模式的に示したもので、理論計算・物質合成・解析評価の三位一体の総合的な物質創製を表現している。本ビームラインは、この物質創製のサイクルの中で「解析評価」を担当し、「理論計算」や「物質合成」に直結した物性情報を提供することを可能にする。

 

 

図3 物質・材料探索の新しい方向

 

 

 例えば、「理論計算」に直結した情報を与える放射光利用として、物質の化学結合や電子構造を決定している価電子の空間情報およびエネルギー情報を得ることが挙げられる。既にSPring-8のBL02B2で多くの試みがなされているように、粉末X線回折データの解析から価電子の電荷密度分布を求めることができる。一方で、本ビームラインでは硬X線光電子分光によって価電子帯の状態密度に関する情報が求まる。これらは価電子を別の視点で見たものであり、いずれも第一原理計算で求められる物性の基本情報である。本ビームラインでは同一試料の粉末回折と硬X線光電子分光実験が可能で、その結果を第一原理計算と照らし合わせることにより新規物質の電子構造-物性の予測精度を向上させることが出来るだろう。この結果を試料合成グループにフィードバックすれば、機能性物質の探索・開発を効率よく進めることが可能になるだろう。現時点ではこれは単なる理想に過ぎないが、計算科学や合成手法のめざましい進歩は、いずれこのようなスキームに従った新機能物質の探索と合成が現実のものとなっていくと考えられる。NIMSの物質・材料合成、評価および計算科学の諸グループとの協力連携により、本ビームラインの次期10カ年の中で追求すべき重要なターゲットとしてこのような研究の方向性を作り出して行くことを考えている。

 上記のNIMSの将来計画に想定されている「環境・エネルギー」、「ナノエレクトロニクス」は放射光利用を必要とする重要分野である。「有機・バイオ」その他の分野についても放射光は重要な評価手段として必要になってくると考えている。これら重点的研究分野のすべての物質・材料群の開発研究において、「微小領域観察」「深さ方向分析」「in-situ観察」の重要性は今後ますます増大する。本ビームラインにおいても必要に応じてこれらの手法を取り入れるべく実験ステーションの改良を進めて行かねばならない。

 

4-2 BL15XUにおける施設・設備計画

 NIMSは日本の物質・材料研究のナショナルセンターとして非常に多種多様にわたる物質・材料研究を行っている研究機関であり、10年先の将来にわたってその研究分野の発展を明瞭に見通すことは不可能である。したがって本ビームラインでは上記に述べた基本的な考えを元に、常に物質・材料の研究動向を見極め、研究・開発の発展のメインストリームを常にキャッチアップできるようにビームラインおよび実験ステーションの先端化を図っていくことを次期計画の基本として施設・設備の高度化を進めてゆく考えである。以下に各実験ステーションにおいて将来的に必要と予想される高度化案についてまとめる。

 

4-3 硬X線光電子分光ステーション

(1)自動化・省力化

 2010年に硬X線光電子分光用の集光ミラーを、より集光能力の高いものに変更することで、更なるハイスループット化を図る。これによってハイスループット化が達成されれば、通常のユーザー利用のための設備改善の第一段階は完了する。省力化、ユーザーフレンドリー性の改善には試料導入や測定条件設定、データ取得読み出しの自動化が望まれ、その必要度は非常に高い。特に放射光ビームラインにおける超高真空システムへの試料導入の自動化は技術的に難しい点があるため、中長期的に解決すべき問題として検討を進めていく。

 

(2)深さ方向解析

 硬X線光電子分光は検出深さが大きい。本ビームラインでは2.2〜10 keVの範囲で励起X線のエネルギーを任意に選択できるので、検出深さを広い範囲で変えることが可能である。この特徴を生かして、ナノスケール薄膜試料の電子構造、化学結合状態の解析を進めていく。なお励起X線のエネルギー可変性に加えて、光電子の脱出角度依存性を利用した測定を行うことにより、化学状態の深さ方向分布に関するより詳細な情報が得られる。

 

(3)デバイス動作のその場観察

 検出深さが大きいため、デバイス構造を持った試料の動作時の光電子分光が可能である[4][4] Y. Yamashita et al.: e-Journal of Surface Science and Nanotechnology (2010) to be published.。具体的な例として、Si-CMOS構造の試料において、印加したゲート電圧を変化させた際の内殻準位のエネルギーシフトから、界面状態密度の分布を求めたり各層内の電場分布を求めたりすることが可能となる。この手法は、固体電解質/電極界面やR-RAM、原子スイッチなどにも適用可能な応用範囲が広い手法であると共に、電気的手法等では明らかにできない物性、動作メカニズム解明が可能となる手法である。本ビ−ムラインの特徴的な実験手法として発展させていきたい。

 

(4)磁気円二色性、スピン分解光硬X線電子分光

 磁性材料の研究にはスピンに関する電子状態の情報が重要である。スピン分解光電子分光法は最も基本的な手法であるが、硬X線領域でのスピン分解光電子分光(Spin-HXPS)には開発すべき機器要素が多くある。本ビームラインのマンパワーを考えると、本グループだけで機器開発をすることは出来ない(DFG-JSTプロジェクトの枠でJ. G. Univ. Mainzグループと共同してBL47XUにおける長期課題のためのSpin-HXPS装置開発を行っている)。一方、光電子スペクトルにおける磁気円二色性(MCD)については、円偏光X線が利用できれば硬X線領域でも比較的容易に実験を行うことができる。すでにBL39XUのスタッフとの共同研究でBL39XUにおいて、Fe3O4などを試料に世界で初めてMCD-HXPS実験を行い、その有用性を示すことが出来た[5][5] S. Ueda et al.: Applied Physics Express 1 (2008) 077003.。その後、本ビームラインの円偏光アンジュレーターを利用してフェライト試料におけるMCD-HXPSテスト実験を行ったところ、良い結果を得ることができた。この手法をより広範囲の物質・材料に適用できるように、本ビームラインに円偏光の位相制御のためのダイヤモンド移相子の導入を検討する。

 

(5)光電子回折、定在波光電子分光の応用

 検出深さが大きい利点を生かす別の応用としてX線定在波法と光電子回折-ホログラムが考えられる。X線定在波法は、試料へのX線入射角を調節してターゲット原子位置での定在波振幅を制御し、その原子からの光電子スペクトル強度の変化を測定することにより局所敏感な光電子分光を行う方法である。光電子回折はターゲット原子からの光電子スペクトル強度の角度依存性に現れる回折による強度変調からターゲット原子周辺の局所構造を明らかにすることが可能である。ホログラム解析を行えば実空間構造を再構築することも可能である。従来は表面敏感な軟X線光電子分光で行われてきたため、どちらの手法も表面解析の手段として利用されてきた。HXPSにおいては埋もれた層、界面やバルクに適用できるため、その応用範囲は広いと考える。

 さらに界面局所に対する感度をエンハンスする手法の開発も始めている。本ビームラインと共同研究関係を持つLBNL/UC-DavisのC. S. Fadleyグループは、基板上に繰り返し多層膜を形成しこれをX線定在波発生部位とし、その上に光電子分光測定をしたい層を形成し、その層内の界面を調べる手法を開発している。具体的には、この定在波発生部位の上にウェッジ形状を持つ層を形成し、ウェッジの厚さが変化する方向にX線励起の位置を変えると層内の界面における(実際には試料をその方向に動かす)定在波の振幅が変化するので,それに応じて光電子放出強度が変化することを利用した手法である。この手法の有効性は、既に本ビームラインで確認され、有望な結果を得ている。同グループとの共同研究を通じてこの手法の応用を更に広げていく。

 光電子回折や定在波法を導入するためには、試料マニピュレーターの改良(多軸回転、高温用など)、アナライザーとマニピュレーターの自動制御プログラムの開発などが必要になってくる。これらに本質的な技術的困難はなく、将来導入する方向で準備を進める。

 

(6)角度分解硬X線光電子分光によるバンド分散の測定

 硬X線領域における角度分解光電子分光によってバンドマッピングを行うという世界初めての試みをこれまでに行ってきた。すでにWおよびGaAsにおけるバンド分散の観測に成功している[6][6] C. S. Fadley, S. Ueda and K. Kobayashi: SPring-8 Research Frontiers to be published.。この手法は表面の影響の少ない真にバルク的なバンド分散を得ることができる点で非常に意味があるものと考え、発展させていきたい。

 

(7)大気圧硬X線光電子分光

 近年、大気圧下での軟X線光電子分光装置の開発が世界的に進められている。これを硬X線光電子分光に適用することは、NIMS内のエネルギー・環境関連テーマに対応する上で有意義であると思われる。ただし、これには未知の開発要素が多く含まれるため、現時点では紙上検討の段階に留まっている。

 

4-4 粉末X線回折ステーション

(1)自動化・省力化

 結晶構造解析は、本ビームラインがNIMS内での物質・材料研究に重要な寄与ができる評価法である。このステーションのスループットを制限しているのは、X線露光時間ではなく、試料の位置合わせ、IPの交換、データ読み出し、データチェックなどがボトルネックになっている。単独でこれらの作業を行えるユーザーは、残念なことにきわめて限られている。従って、これらの作業にはスタッフが介在せざるを得ず、これがスタッフに対する大きな負荷になっている。

 この問題を解決するために、2010年に実験ステーションの自動化のための装置改良を行う。これによってスタッフが主体的に行う研究の余裕を確保し、先端的物質・材料研究への寄与を高めていく。

 この方向の装置自動化において、電気的読み出しが可能な高分解能検出器がもっとも重要なキーになる。X線用CCD、ピラタス検出器などさまざまな方式のものが開発されているが、重量、分解能等の点で本ビームラインの粉末回折計に最適な検出器は現時点では見当たらない。その中で我々が必要とする大半の測定には対応できるMYTHEN 1次元検出器アレイを導入して、早期に全自動化システムを導入し、夜間の測定に当てることで労働環境の改善を図りたい。2010年度中にはこの自動測定のプラットフォームを完成させる。これにより生じた余力を使って、より高度な研究を行うために必要な改造を行っていく。

 

(2)平板法

 これまで粉末X線回折はキャピラリー法によって行ってきた。しかしながら、この手法は自己吸収の強い物質については限界がある。そこで自己吸収の影響が原理的にキャンセルされる平板法の併用が考えられる。この手法の導入が成功すれば、本ビームラインが広いエネルギー範囲をカバー出来る利点を生かし、物質の吸収端における異常分散効果を利用した結晶構造解析が可能となる。

 

(3)in-situ測定と試料環境条件の多様化

 光照射や気相-固相反応による結晶構造の変化の観察などへの展開を考えて開発を進める。実験によっては平板法が適していると考えられる。ユーザーとの共同研究の進捗にあわせ、低温プローブの改良、高温プローブの導入、磁場や電場の印加、化学反応のその場観察など、必要な高度化および改良を行っていく。

 上述の高度化項目のすべてを実現することは、限られた人的資源では難しく、また限られたビームタイム資源を考えても不合理であることは明瞭である。先に述べた様にNIMSは重点的研究分野を策定しつつも、実際に行われる研究は将来にわたって変遷しながら発展していくものと予想される。このような研究・開発の動向に沿って、現在予想できる高度化項目の中から必要性の高いものを選んで順次実現していく方針である。

 

 

5.最後に

 第一期10年間の本ビームラインにおける利用研究と装置改良を基礎として次期10年間の計画を立て、実行を開始している。2011年度にはNIMSの第二期中期計画が始まるので、新しい10カ年の前半はNIMSの第三期5カ年計画に沿った形で進めることになる。物質・材料研究がますます多様化する中、結晶構造−電子構造の解析を軸とした放射光による研究を行って行きたい。将来の物質・材料研究はもちろんより多様な実験手段を必要とし、放射光利用についても多様な手法の組み合わせが要求されるようになるものと予想している。本ビームラインだけで対応できる範囲は限られているので、JASRI、RIKEN、JAEAなどSPring-8における他の機関との協力関係を維持しつつ、SPring-8を物質・材料研究の研究手段として十二分に活用するようにしたいと考えている。

 

 

謝辞

 本ビームラインの高度化ならびに研究の遂行にあたって、広島大学放射光科学研究センター(HiSOR)、(独)日本原子力研究開発機構(JAEA)、(独)理化学研究所(RIKEN)、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、SPring-8兵庫県ビームラインの皆様方に多大なお世話になりましたことに深く感謝致します。

 

 

 

参考文献

[1] S. Ueda et al.: Proc. SRI 2009 to be published.

[2] K. Kobayashi et al.: Appl. Phys. Lett. 83 (2003) 1005.

[3] K. Kobayashi: Nucl. Instr. Methods in Phys. Res. A 601 (2009) 32.

[4] Y. Yamashita et al.: e-Journal of Surface Science and Nanotechnology (2010) to be published.

[5] S. Ueda et al.: Applied Physics Express 1 (2008) 077003.

[6] C. S. Fadley, S. Ueda and K. Kobayashi: SPring-8 Research Frontiers to be published.

 

 

 

小林 啓介 KOBAYASHI Keisuke

(独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : koba_kei@spring8.or.jp

 

 

吉川 英樹 YOSHIKAWA Hideki

(独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : hyoshi@spring8.or.jp

 

 

上田 茂典 UEDA Shigenori

(独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : uedas@spring8.or.jp

 

 

田中 雅彦 TANAKA Masahiko

(独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : masahiko@spring8.or.jp

 

 

山下 良之 YAMASHITA Yoshiyuki

(独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : YAMASHITA.Yoshiyuki@nims.go.jp

 

 

松下 能孝 MATSUSHITA Yoshitaka

(独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : MATSUSHITA.Yoshitaka@nims.go.jp

 

 

勝矢 良雄 KATSUYA Yoshio

スプリングエイトサービス(株)共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : katsuya@spring8.or.jp

 

 

石丸 哲 ISHIMARU Satoshi

スプリングエイトサービス(株)共用ビームステーション

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0223 FAX:0791-58-0223

e-mail : ishimaru@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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