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Volume 19, No.2 Pages 102 - 105

2. ビームライン/BEAMLINES

元素戦略に基づく材料開発のための軟X線ナノビームラインBL25SU基盤整備
Infrastructure Development of the Soft X-ray Nano-beam Line at BL25SU for Materials Science Promoted by Elements Strategy Initiative Project

中村 哲也 NAKAMURA Tetsuya[1]、小谷 佳範 KOTANI Yoshinori[1]、高田 昌樹 TAKATA Masaki[1]、仙波 泰徳 SENBA Yasunori[2]、大橋 治彦 OHASHI Haruhiko[2]、後藤 俊治 GOTO Shunji[2]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門 Light Source and Optics Division, JASRI

Abstract
 BL25SUは、ツインヘリカルアンジュレーターを光源とする共用の円偏光軟X線ビームラインである。これまで固体物性分野を中心に成果を挙げてきた。今回、文部科学省・元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)<磁性材料研究拠点>において、軟X線ナノビームによる磁気解析が必須の利用とされたことをはじめ、より先端的な利用研究ニーズに応えるため、ナノビーム、および、マイクロビームの利用基盤を整備したので紹介する。改造後のビームラインは、ビーム径φ100 nm以下の集光ビームを利用するナノビームブランチと、ビーム径数μ~数100 μmを利用するマイクロビームブランチで構成される。各ブランチの利用は、前置鏡の切り替えによる排他選択方式となる。マイクロビームブランチは、光電子分光実験に対応するために旧ビームラインの分光特性(高いエネルギー分解能:E / ΔE > 10,000、エネルギー範囲、フラックス)を維持する。また、ナノビームブランチでは、明るいナノビームの利用を目的として、フラックスを重視した光学設計とした。2014B期以降は、従来の実験装置について総合的なパフォーマンスを向上させた形で継続するほか、パートナーユーザー(PU)等と協同で新設装置の開発を進めていく。
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1. はじめに
 BL25SUの改造は、2012年度からスタートした文部科学省の元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)からの要請に応えるために実施された共用ビームラインの高度化と位置づけられる。元素戦略プロジェクトでは、SPring-8、SACLA、京、J-PARCなどの大型研究施設が社会要請に基づく課題を解決に導く役割が明示されている。特に、BL25SUでは、磁性材料研究拠点からの要請と協力により、希少元素を用いない高性能永久磁石材料の開発に向け、ナノビームXMCD(X-ray Magnetic Circular Dichroism)によって磁石組織を区別したナノ磁気解析を予定している。また、SPring-8は供用開始から16年が経過し、その間の放射光利用技術の発展と、放射光施設の建設ラッシュを背景に、先端的利用研究に求められるビームへの要請は建設当時の状況から変化している。物性や構造を、局所的に捉えて可視化する、というハイエンドの放射光実験技術を提供するため、既存ビームラインの高度化改造が進められている[1][1] 鈴木基寛、寺田靖子他,グリーン・ナノテク研究支援のための放射光分析基盤の整備(BL37XU、BL39XU),利用者情報誌16 No.3, 201-209 (2011).。以上を主な背景として、その他、1)実験装置がデッキ上の高所に設置されていることに原因する振動問題の解消、2)ビームラインの老朽化対策、3)次期計画(SPring-8 II)への対応など、諸状況を勘案した検討の結果、大規模な改造が必要であるとの判断に至り、各方面の理解と支援・協力を得て本計画がスタートした。
 本改造においては、ナノビームとマイクロビームの相補利用によるマルチスケール解析を可能にするため、ナノビームブランチとマイクロビームブランチの計2本のブランチを建設した(写真1)。物質科学においては、ナノスケールからミリスケールの間に物質機能の階層構造が互いに関連をもって幾重にも存在することが注目されており、2本のブランチの相補利用により、物性や材料の本質に迫ることが期待される。ビームラインの光学調整、ナノ集光開発、実験装置の据え付け調整などを2014A期に実施し、2014B期からの供用開始を予定している。

19-2-2014_p102_pic1

写真1 ナノビームブランチ(左)とマイクロビームブランチ(右)を有する改造後のBL25SUの様子。左下が上流に相当し、写真中央に位置する2台の装置は各ブランチ用の回折格子型分光器。


2. ビームライン光学系
 図1にビームラインレイアウトを示す。光源であるツインヘリカルアンジュレーター[2][2] T. Hara, K. Shirasawa, M. Takeuchi, T. Seike, Y. Saitoh, T. Muro and H. Kitamura, Nucl. Instr. and Meth. A 498, 496 (2003).とフロントエンド部はそのまま活用し、実験ホール外周側にマイクロビームブランチ(Aブランチ)、内周側にナノビームブランチ(Bブランチ)を新設する。光学ハッチの最上流には、ビームの縦方向を入射スリット上に集光するミラー(M0a,M0b)を設置し、ミラーステージを上下に移動してA,B各ブランチの切り替えを行う。したがって、A,Bブランチは排他選択利用となる。メカニカルベントミラー(M1a,M1b)により、出射スリット上にビームの横方向を集光する。M0ミラーを水平偏向のサジタル集光ミラーとしたことで、改造前の状況(前置鏡によるビーム跳ね上げ)が解消され、ビームは、光源から分光器チャンバー内の球面鏡に至るまで、水平に維持される。分光器はこれまでと同様に[3][3] Y. Saitoh, H. Kimura, Y. Suzuki, T. Nakatani, T. Matsushita, T. Muro, T. Miyahara, M. Fujisawa, K. Soda, S. Ueda, H. Harada, M. Kotsugi, A. Sekiyama and S. Suga, Rev. Sci. Instrum. 71, 3254 (2000).、球面鏡(M21,M22)と不等間隔刻線回折格子(G)の組み合わせを採用した。各ブランチに設置した回折格子と球面鏡の組み合わせによるエネルギー範囲を表1に示す。

19-2-2014_p102_fig1

図1 改造後のBL25SUレイアウト。Mはミラー、Gは回折格子、Sはスリットを表す。各光学コンポーネントに添えた記号a,bは、ぞれぞれ、A,Bブランチ用のコンポーネントであることを示す。

 

 

Branch Spherical
Mirror
Grating
(L/mm)
Energy range (eV)
(Estimated)
A M21a 600 400 - 900
1000 700 - 1500
M22a 300 120 - 200
600 200 - 400
B M21b 600 700 - 1400
1200 1400 - 2000
M22b 600 200 - 400
1200 400 - 800

表1 回折格子と球面鏡の組み合わせによるエネルギー帯域(120~2000 eV)。低エネルギー端は最大回転角の70%時のエネルギー値とし、高エネルギー端は低エネルギーの2倍としている。実際に利用する際には、ビーム強度とエネルギー分解能を考慮して選択することになる。

 

 

 Aブランチでは、次の境界条件のもとで光学設計を行った。すなわち(1)回折格子の入手性を考慮し旧ビームラインの光学素子をできるだけ再利用しつつエネルギー分解能E / ΔE > 10,000を目指すこと、(2)旧ビームラインで問題となっていた振動の影響を受けやすい実験デッキ(高さ1.9 m)を廃止し、かつ既存の実験装置を実験ホール床面に設置できる光学配置とすることである。
 一方、Bブランチでは、明るい100 nm集光ビームを実現するために、次のような方針で光学設計を行った。分光器内で出射スリット(S2b)に向けてビームを緩やかに集光することで、実験ステーションに発散の小さい単色軟X線を導く構成とした。集光素子としてFresnel Zone Plate(FZP)を用いる際に、十分な縮小比を確保しつつ、入射光量を向上させ、明るいナノビームの形成を可能とする。分光性能はE / ΔE > 3,000で高いエネルギー分解能を追求しない代わりに、フラックス重視とした。
 A,Bブランチの実験装置はいずれも床面に設置可能となり、各実験装置でのビーム高さは、それぞれ1,532 mm,1,344 mmである。

 

 

3. 実験ステーション
 図1に示したとおり、Aブランチには、上流から順に、二次元表示型光電子アナライザー(2D-PES)、光電子顕微鏡(PEEM)、光電子分光(PES)装置を配置した。各実験装置上流には専用の後置集光鏡(M3x-M4x)を設け、2D-PES,PEEM,PES各装置の試料位置では、S2a上でのビームサイズを、それぞれ、1/4,1/8,1/11の縮小比に集光した軟X線スポットサイズとなる。例えば、PES装置の試料位置でおよそ縦10 μm × 横40 μmを目標とする(表2)。各後置集光鏡は、下流装置の利用時には、ミラーの退避を行い、軟X線ビームを下流に通過させる。

 

Apparatus Branch Beam height
(mm)
Distance from S2
(mm)
Demagnification
(Targeted Beam size (μm))
2D-PES A 1532 5000 1/4
( 25V × 100H )
PEEM 9000 1/8
( 13V × 50H )
PES 12000 1/11
( 10V × 40H )
Pulse-Mag.-XMCD B 1344 2500 No focus
( 200V × 600H )
Electromag.-XMCD 7000 1/6
( 20V × 100H )
Nano-XMCD 10000 1/1000
( 0.1V × 0.1H )

表2 各実験装置の設置ブランチ、ビーム高さ、後置集光鏡(または、FZP)による縮小比と、S2スリットの縦開口幅を100 μmとした場合の集光ビームサイズの目標値。

 

 

 一方、Bブランチには、上流から順に、パルス強磁場・軟X線磁気円二色性(MCD)測定装置、電磁石式・軟X線MCD測定装置、軟X線ナノビーム・MCD測定装置を配置する。このうち、新設の軟X線ナノビーム・MCD測定装置ではFZPによりビームサイズをφ100 nm(FWHM)以下に集光したナノビームを利用する。当面は、ナノ集光、および、XMCD測定ソフトの開発と並行した利用を予定している。なお、A,Bブランチともに、ビーム品質に直接影響する分光器には徹底した振動対策が施されている。実験装置用の真空ポンプについても、低振動スクロールポンプ、および、振幅1 nm以下を保証した低振動ターボ分子ポンプへの換装を進めている。


4. 今後の予定・計画
 2014A期を光学調整と実験装置設置のためのコミッショニングとし、2014B期からの共用を予定している。2014B期に向けては、まず、既存装置を利用した実験が実施できるように調整し、その後、各装置でのマイクロビーム化を順次進めていく。一方、ナノXMCD測定については、PUグループ(2014A0079)との協力の下で利用技術の開発を急ぐ予定である。


謝辞
 BL25SU改造は、理化学研究所、高輝度光科学研究センターによるビームライン高度化事業、および、文部科学省「元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)<研究磁性材料研究拠点>」の支援を得て実施されました。本高度化は、理化学研究所・放射光科学総合研究センター・石川哲也センター長はじめ、以下の方々との共同開発により行われました(五十音順)。石澤康秀氏、大河内拓雄氏、岸本輝氏、木下豊彦氏、木村洋昭氏、高橋直氏、竹下邦和氏、田中政行氏、辻成希氏、成山展照氏、東山将弘氏、古川行人氏、松下智裕氏、三浦孝紀氏、室隆桂之氏。また、壽榮松宏仁先生(東京大学名誉教授)、髙尾正敏先生(大阪大学教授)、菅滋正先生(大阪大学名誉教授)、斎藤祐児先生(日本原子力研究開発機構副主任研究員)には、本高度化の推進に大変貴重な御助言を賜りました。また、元素戦略プロジェクトの推進およびビームラインの高度化において、JASRIの藤原明比古氏(利用研究促進部門副部門長)、鈴木基寛氏、為則雄祐氏には、多くの助言・ご協力を賜りました。ここに感謝の意を表します。

 

 

 

参考文献
[1] 鈴木基寛、寺田靖子他,グリーン・ナノテク研究支援のための放射光分析基盤の整備(BL37XU、BL39XU),利用者情報誌16 No.3, 201-209 (2011).
[2] T. Hara, K. Shirasawa, M. Takeuchi, T. Seike, Y. Saitoh, T. Muro and H. Kitamura, Nucl. Instr. and Meth. A 498, 496 (2003).
[3] Y. Saitoh, H. Kimura, Y. Suzuki, T. Nakatani, T. Matsushita, T. Muro, T. Miyahara, M. Fujisawa, K. Soda, S. Ueda, H. Harada, M. Kotsugi, A. Sekiyama and S. Suga, Rev. Sci. Instrum. 71, 3254 (2000).

 

 

 

中村 哲也 NAKAMURA Tetsuya
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2750
e-mail : naka@spring8.or.jp

 

小谷 佳範 KOTANI Yoshinori
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2750
e-mail : ykotani@spring8.or.jp

 

仙波 泰徳 SENBA Yasunori
(公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0831
e-mail : ysenba@spring8.or.jp

 

大橋 治彦 OHASHI Haruhiko
(公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0831
e-mail : hohashi@spring8.or.jp

 

高田 昌樹 TAKATA Masaki
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2750
e-mail : takatama@spring8.or.jp

 

後藤 俊治 GOTO Shunji
(公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0831
e-mail : sgoto@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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