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Volume 14, No.4 Pages 332 - 343

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第10回放射光装置技術国際会議(SRI09)報告
The 10th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation (SRI 2009)

田中 義人 TANAKA Yoshihito[1]、上野 剛 UENO Go[1]、高野 史郎 TAKANO Shiro[2]、山崎 裕史 YAMAZAKI Hiroshi[3]、後藤 俊治 GOTO Shunji[3]、鈴木 芳生 SUZUKI Yoshio[4]、鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro[4]、杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa[4]、金 廷恩 KIM Jungeun[4]、安田 伸広 YASUDA Nobuhiro[4]、福山 祥光 FUKUYAMA Yoshimitsu[4]、本間 徹生 HONMA Tetsuo[5]

[1](独)理化学研究所 播磨研究所 Harima Institute, RIKEN、 [2](財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI、[3](財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門 Light Source and Optics Division, JASRI、[4](財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[5] (財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI

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1. はじめに

 2009年9月27日〜10月2日の期間、オーストラリアのMelbourne Convention and Exhibition Centre(写真1)において第10回放射光装置技術国際会議(SRI09)が開催された。参加者は681名(28ヵ国)であり、前回韓国で行われたSRI06の814名(26ヵ国)から減りはしたものの、3年に一度の放射光関連では一番大きな国際会議であり、会場は連日賑わいを見せた。日本からの参加はホスト国オーストラリアの172名に次ぐ116名であり、3番目はアメリカの90名であった。いずれも地の利というには遠いので放射光人口の多さの表れなのだろう。SPring-8からも多くの人が参加し、口頭発表およびポスター発表、他の放射光施設との情報交換などが積極的に行われた。

 

 

写真1 SRI09が開催されたMelbourne Convention and Exhibition Centre

 

 

 分野は前回のSRI06と比べ若干の違いがあり、また項目が増えて以下のようになっている。次世代光源、ビームライン・光学系、放射光利用技術・サイエンスに至るまで多岐にわたる分野を網羅しようとするとこの傾向は避けられないのであろう。Opening/Closing、Plenary talk以外は、連日3ヵ所の会場にてパラレルセッションとして口頭発表が行われた。また、9月29日午後と10月1日午後にはポスターセッションが行われた。

 

(口頭発表)

Next Generation Sources

FEL Science

Storage Ring Sources

Insertion Devices

Beamlines & Optics I, II, III

Workshop on Challenges in X-Ray Optics

Diamond Applications

Nanopositioning

Detectors I, II

Spectroscopy

Infra Red and Terahertz

Microscopy and Micro/Nanoprobes

Imaging and Coherence I, II

Diffraction and Scattering

Inelastic Scattering and Magnetism

Life and Medical Science

Extreme Conditions and Radiation Damage

Time Resolved Applications

Remote Access/Industrial Applications

Hot Topics & Emerging Talents

 

 朝の最初のセッションで以下の7件のPlenary talkがあった。これらのいくつかについては、次節以降に紹介があるのでご覧いただきたい。

 

(Plenary talk)

Plenary I : Hard X-ray Free Electron Lasers Really Work (Jerome Hastings)

Plenary II : Synchrotron X-ray Detectors, Past and Future (Sol Gruner)

Plenary III : Coherence and X-ray Imaging (Keith Nugent)

Plenary IV : Synchrotron X-rays in quest of new horizons in the protein universe (Soichi Wakatsuki)

Plenary V : X-ray synchrotron imaging: a revolution for paleontology (Paul Tafforeau)

Plenary VI : Imaging molecules with X-ray free-electron lasers (Henry Chapman)

Plenary VII : Imaging and Radiotherapy with Synchrotron X-rays in Australia: Preclinical and Clinical Opportunities (Rob Lewis)

 

 また、期間中、Government House Reception、Conference Dinner、Australian Synchrotron Tourなどのイベントも行われた。本会議前後にはいくつかのサテライトミーティングも開催された。大阪大学にて9月22日〜24日に開催されたInternational workshop on X-ray mirror design, fabrication and metrology(IWXM)については別途大橋氏の報告をご覧いただきたい。

 なお、本報告の依頼は出発の直前にあり、プログラムの中からSPring-8からの発表者を探し出し、分野ごとに関係ありそうな人に急遽お願いした。もしも会場にてSPring-8関係者を探して会議報告の依頼をしたとすると、これだけの報告は集められなかったと思う。というわけで、以下の各々の報告に関しては、多少の重複と大きな漏れがあることをお許しいただきたい。

(後藤 俊治)

 

 

2. Plenary I、VI、およびXFEL Science関連

2-1 Plenary I(Jerome Hastings氏)

 SRI09は、SLACのJ. Hastings氏によるHard X-ray Free Electron Lasers Really Workと題する講演で幕を開けた(写真2)。LCLSで成功したX線増幅についての報告である。SLACの後部1 km部分に、光軸外に設置された光陰極型電子銃・入射器から電子ビームを導入して、FEL用14 GeV加速器を実現した。2007年に電子銃および入射器のコミッショニング、2008年に線型加速器・コンプレッサーのコミッショニングが行われた。固定ギャップ、132 m長アンジュレータに最初のビームが導入されたのが2008年12月13日で、2009年4月10日に1.5 Åでの最初のレーザー増幅が、引き続き飽和が4月14日に観測された。パルスごとの強度やプロファイルが動画で示されたが、非常に安定していたことに驚いた。繰り返しは30 Hzで、強度のばらつきは、1時間以上にわたり、10%(rms)以内とのことである。光のパラメータを直接評価するには至っていないが、加速電子のエネルギー損失からパルスあたり2 mJ以上と見積もられ、電子バンチのタイミングジッターも、ストリークカメラと同じ方法により加速器中で評価し、46 fs(rms)だそうだ。現在はAMO(Atomic, Molecular & Optical Science)実験ステーションのコミッショニング中とのことである。最後にLCLS II計画の紹介があった。前回2006年の韓国でのSRI06ではFLASH(DESY)のUV増幅の話で始まったのを思い起こすと、わずか3年で、X線領域で成功した話が聞けることに感銘を受けた。Closing Sessionでもコメントがあったが、次回のSRIでは、XFELの利用研究成果が期待される。

 

 

写真2 J. Hastings氏(SLAC)による講演の様子

 

 

2-2 Plenary VI(Henry Chapman氏)

 自由電子レーザー利用実験として期待されているコヒーレントX線イメージングについてのplenary講演が、Univ. of Hamburg/DESYのH. Chapman 氏により行われた(写真3)。タイトルは、Imaging molecules with X-ray free-electron-lasersである。コヒーレントイメージングにおいて、目標の分解能を得るために必要なX線照射量と、放射線損傷の関係を表した図を用いて、一般的な限界(約10 nm)を示した。その上で、これを乗り越える方法として、一つは、XFELの超短パルス性により、放射線損傷の閾値を引き上げること、もう一つは、イメージングに必要な照射量を減らすということを挙げた。FELのフェムト秒パルスでは試料は壊れる以前の構造を取得できること、異なる配向の試料からの回折データから再構成していくことにより、これらを達成するようだ。これまでに行われたいくつかのDESY(FLASH)の軟X線FELでのコヒーレントイメージング、アルミ材を対象としたイメージングの時間遅延依存性でその損傷度合いを紹介すると共に、ランダムに配向した試料のデータを多数取得し、それを再構成した例などを示した。また、細胞を自由落下させて、散乱データを取得した実験も紹介された。LCLSでの実験用にも、液滴をつくるための装置や、120 HzのフレームレートをもつCCD検出器開発が進められており、着々と準備が進められている様子であった。

 

 

写真3 H. Chapman氏(Univ. of Hamburg/DESY)の講演の様子

 

 

2-3 FEL Science

 FEL Scienceと題するこのセッションの発表件数は、口頭発表5件、ポスター発表4件であり、FELを進めているいくつかの施設から具体的な報告があった。Elettraでの自由電子レーザーFERMIの進捗状況について、F. Parmigiani氏による報告があった。線型加速器のエネルギーを1.5〜1.8 GeVまで上げることにより波長範囲を1 nm程度まで拡張して、O、N、Cなどの元素をねらうのが目的のようだ。シード型FELで得られる縦のコヒーレンスを利用してTransient Grating Spectroscopy等を行うとのこと。特に時間分解の磁気散乱実験計画の話を中心に報告があった。また、R. Mitzner氏により、FLASHにおける自己相関、時間コヒーレンス評価の報告があった。光遅延はミラーにより−5 psから20 psまで設定可能で、波長24 nmの出力光に対し、相関時間は5.3 fs、Heの二光子イオン化で得られたパルス幅は29±5 fsということである。G. Williams氏による、自由電子レーザーにおける横コヒーレンスの電子密度依存性についての理論計算の興味深い話があった。なんでも、光源にかかわらず最大効率は、1.25 × 10-2 photon/electronなのだそうだ。また、本セッションでは、技術的な報告が多く、以下では、そのいくつかを紹介する。LCLSでのフロントエンド直後に設置する、オフセット用のX線ミラーの開発状況についてR. Soufli氏から報告があった。硬X線、軟X線用に、それぞれ、SiC、B4CコートのSiミラーが採用され、コヒーレンスを保存するよう設計・評価し、既にインストール済みとのことである。S. Friedrich氏からはLCLSでのパルスエネルギー測定用ボロメーターの開発について報告された。また、P. Juranic氏(FLASH)から、希ガスからの価数の異なるイオンの存在比から、励起波長を換算するという、オンラインでの波長モニター装置についての発表があった。

(田中 義人)

 

 

3. 加速器関係

 会議は、米国SLACのJ. Hasting教授による全体講演「Hard X-ray Free Electron lasers Really Work」で幕を開けた。SLACに既設の線型加速器を改造して建設されたLinac Coherent Light Source(LCLS)と呼ばれるX線自由電子レーザー(XFEL)が、今年4月に波長1.5 Åの硬X線領域において世界で初めて増幅と飽和を観測したことが報告された。続く初日午前中のパラレルセッション、Next Generation Sourcesでは、SPring-8サイトで来年度の完成を目指し建設を進めている日本のXFELプロジェクト、ドイツのハンブルグで今年建設が始まったEuropean XFELプロジェクト、日本のKEKで次世代光源として開発が進められているERL(Energy Recovery Linac;エネルギー回収型ライナック)プロジェクトなどの現状報告とともに、XFELやERL等、線型加速器をベースとする次世代光源開発のレビュー講演が行われた。会場の雰囲気からは、XFELやERLなどの次世代光源に寄せられる関心と期待の大きさが感じられた。

 4日目午前中のパラレルセッション、Storage Ring Sourcesでは、今年4月にファーストビームの蓄積に成功したドイツの新しい光源リングPETRA-IIIから目標としたエミッタンス1 nm・radを達成したことなどの現状報告、SPring-8からパルスキッカー電磁石を用いた短パルスX線放射光生成試験の進捗についての報告がなされた。また、ESRFやAPSの将来計画をはじめ、スウェーデンの新しい光源リングMAX-IV(今年4月に計画が公式にスタート)、台湾の新しい光源リングTaiwan Photon Source(2007年に予算承認され間もなく建設開始)、韓国の光源リングPohang Light Soure(PLS)のアップグレードプランであるPLS-IIなど、各国が進めている光源リング計画の現状報告に加えて、究極の低エミッタンスを目指す電子エネルギー7 GeV周長3.1 kmのultimate storage ringの設計案が紹介された。Australian Synchrotronを初めとする新設の光源リングが続々と稼働を始める一方で、既存の光源施設も新規リングの建設あるいは既存リングのアップグレードの計画を進めており、光源性能の向上に鎬を削っている。SPring-8では、10年後の2019年を目処に新たな利用研究を支える硬X線放射光源として生まれ変わるべく、次期計画の検討がまさに始まったところである。3年後にリヨンで開催される次回SRI12では、SPring-8の次期計画が紹介されることであろう。

(高野 史郎)

 

 

4. 挿入光源、ビームライン、光学系関連

4-1 Insertion Devices

 挿入光源については、パラレルセッションの組み方によって残念ながらSPring-8からの参加者に報告を依頼することができなかった。そこで、このセッションの口頭発表者の一人でもあり、理研からBNLに移り現在挿入光源の責任者をしている田辺敏也氏に簡単に状況を聞いた。5件の口頭発表の概要は次の通りである。

 J. Chavanne(ESRF)によりCryogenic Permanent Magnet Undulator(以下クライオアンジュレータ)の一般的説明、リングに設置したプロトタイプの測定結果、他施設の活動紹介がなされた。T. Tanabe(NSLA-II)によりPrFeBアンジュレータの液体窒素、液体ヘリウム温度での測定結果、Dy結晶を使用したハイブリッド挿入光源の可能性が示された。S. Casalbuoni(Karlsruhe)により小型超伝導アンジュレータのR&DとANKAにインストールする1.5 mモデルの計画の概要が示された。O. Chubar(NSLS-II)によりNSLS-IIアンジュレータのパラメータの最適化の方法が紹介され、最後にC-S. Hwang(NSRRC, Taiwan)により1 m長超伝導アンジュレータの開発状況について報告があった。

 以上のように、クライオアンジュレータや超伝導アンジュレータの開発が盛んであり、口頭発表の中心をしめている。挿入光源関連のポスター発表は22件あり、その1/3は超伝導アンジュレータやクライオアンンジュレータに関するものである。R&D段階は別として実際に蓄積リングに導入され、うまく稼動するかということに対しては懐疑的な見かたをする挿入光源関係者もいたようであるが、クライオアンジュレータ、超伝導アンジュレータは放射光光源のアップグレードにとって重要な役割を果たすと思われ、今後の進展を期待したい。

 

4-2 Beamlines & Optics I、II、III

 口頭発表は全部で15件あり、内訳はビームラインの紹介10件、光学素子開発3件、その他2件であった。ビームライン紹介では、ビームライン配置に加えて、イメージングデバイスの仕様にも重点が置かれた発表が多かった。

 R. Atwood(Diamond)はDiamondのJEEPビームラインの紹介を行った。このビームラインは全長100 mあり、50から150 keVのラジオグラフィが可能で、1インチ厚の鉄の内部観察も可能である。L. Petaccia(Trieste)はElettraに新設された軟X線ビームラインを紹介し、4.6から40 eVのエネルギー領域でフラックス1011以上、Neの2p3/2 - 2p1/2遷移からエネルギー分解能E/ΔE = 89000と報告した。S. Fiedler(EMBL)は集光機能を持つ2枚の多層膜による分光器を製作し、シリコン111分光器と比べて19から65倍のフラックス密度を得た。そのメリットとして、測定時間の短縮と結晶からの反射スポット数の増大を確認している。N. Kirby(Australia)はAustralian SynchrotronのSAXS/WAXSビームラインの紹介を行った。qの範囲はSAXSで0.0015〜1.1 Å、WAXSで0.5〜10 Åである。M. Fuchs(PSI)はSLSの高分子結晶構造解析ビームラインのディテクターとサンプルチェンジャーのアップグレードについて報告した。

 Y. Cai(BNL)はNSLS-IIのX線非弾性散乱ビームラインの可能性について紹介し、続いて、Y. Shvyd'ko(ANL)がそのビームラインで使用するサブmeVバンド幅の高分解能分光器のデザインを紹介した。A. Macrander(ANL)は多層膜ラウエレンズの発表を行った。材料WSi2/Si、最外ゾーン幅5 nmのレンズで16 nmの集光幅を得た。D. Wermeille(ESRF)はESRFの表面X線散乱ビームラインの改造について報告した。光源から異なる距離の2ヵ所でK-Bミラー等による集光を行い、ナノ粒子のコヒーレント回折イメージングを可能にした。また、触媒研究用のIn-sute反応容器も新設した。M. Rivers(Univ. Chicago)は2Dディテクターの制御プログラムのコンセプトについてと、別の発表で3 GeVリングにおけるマイクロプローブの現状について報告した。

 D. Paterson(Australia)はAustralian Synchrotronの蛍光マイクロスペクトロスコピービームラインの紹介を行った。特に、2D検出器に関して1時間あたりメガピクセルのデータ取得を強調していた。O. Mathon(ESRF)はESRFのアップグレード計画にある時分割、極端条件下X線吸収スペクトロスコピーに要求されるビームライン性能についての検討を行い、安定性の向上、光学配置の最適化、ディテクターの高度化の必要性を報告した。E. Granado(UNICAMP)は、現在は偏向電磁石だけで運用されているBrazilian Synchrotronに超伝導ウィグラーを導入し、あらゆる用途に使用できるビームラインを2011年オープン目指して開発中であることを報告した。C. Rau(Diamond)はDiamondに、3本のブランチを持ち、それぞれでインライン屈折コントラストイメージング、フルフィールドマイクロスコピー、コヒーレント回折実験ができるビームラインを建設中であり、2011年から運用できることを報告した。

 

4-3 Workshop on Challenges in X-Ray Optics

 L. AssoufidらAPSの光学系関係者が中心に働きかけて実現したワークショップらしく、4つのテーマが取り上げられ、講演と議論が行われた。

 まず、大阪大学で行われたサテライトミーティング(IWXM)の報告がこのワークショップにおいて取り上げられた。主催者のK. Yamauchi(Osaka Univ.)により、ミラーによる回折限界X線集光は、高精度形状評価技術、加工技術、X線による評価技術のそれぞれの進展により、大きく前進していることが総括された。

 続いてE. Ziegler(ESRF)によるオンラインのミラー表面計測と加工技術についての講演(SRI06の続編)、A. Snigirev(ESRF)によるX線屈折レンズに関する講演が行われ、それぞれについて議論がなされた。最後にR. Conley(NSLS-II)からはNSLS-IIでナノビーム実現に向けてAPSとともに精力的に取り組んでいるMultilayer Laue Lens(MLL)の製作、評価の状況について報告がなされた。

 

4-4 Diamond applications

 こちらもJ. Hartwig(ESRF)の提案によって実現したワークショップであり、前半はJ. Hartwig(ESRF)、S. Goto(SPring-8)、A. Macrander(APS)により、それぞれの施設におけるダイヤモンドの放射光への応用の状況報告がなされた後、5件の口頭発表が続いた。Y. Shvyd'ko(APS)はダイヤモンド単結晶を共振型光源X-FELOの反射ミラーとして利用することを検討しており、実際にミラーとして機能させるには垂直入反射条件で1 mm2当たり90%以上の反射率を有するだけの結晶の完全性が必須であることが示された。

 C. Pradervand(PSI)はCVDダイヤモンド膜を使ったピクセル型イメージセンサの開発とパフォーマンスについて報告した。アンジュレータの小さなビームの強度分布情報を得るのに有効なものとなりそうである。

 ダイヤモンドは放射光利用にとって極めて重要な材料であること、光学素子としてはより大きく、より完全性の高いダイヤモンド結晶が必要であるという点で認識は一致した。

 

4-5 Nanopositioning

 これもD. Shu(APS)らの提案で実現したワークショップらしい。

 X線集光技術の向上により10ナノ程度以下のビーム径が実現できるに至り、高精度なポジショニング技術の重要性は益々高まっている。D. Shu(APS)は特殊形状のヒンジと、レーザードップラーエンコーダーによるポジショニングとアクティブな振動コントロールで、0.1 nmポジショニング、2 mm travel range、4 µrad tilt errorを達成。Y. Chu(NSLS-II)はNSLS-IIの1 nm X線マイクロコピーに向けた取り組みを報告した。そのR&Dでは、D. Shuのポジショニング技術と、A. MacranderがBeamlines & Opticsで報告した多層膜ラウエレンズが中核技術とされている。また、振動等を防ぐための建屋の構造に関する検討も報告された。R. Doehrmann(DESY)はPETRA-IIIのMicro- and Nano-Focus X-Ray Scattering Beamlineについて紹介した。実空間および逆空間からの解析により空間分解能100 nmで構造解析できる。S. Matsuyama(Osaka Univ.)はミラーによる集光光学系の性能を向上させる目的で、楕円面と放物面の組み合わせによる2段階集光光学系を組み、その性能が予測に近いことを報告した。T. MairsはESRFのID24ビームラインにおいて、電子ビームの不安定性とX線集光ビームの強度揺らぎに相関があることを見出した。対策はESRFのアップグレード計画で検討するらしい。

(山崎 裕史、後藤 俊治)

 

 

5. イメージング関連

5-1 Plenary III: Coherence and X-ray Imaging

 3番目のPlenary講演は、メルボルン大学Coherent X-ray Scienceグループを率いるK. Nugent氏によって、“Coherence and X-ray imaging”と題して行われた。位相コントラストイメージングとCoherent Diffraction Imaging(CDI)および位相回復法について簡単に復習した後、彼らのグループが開発したFresnel coherent diffraction imaging(FCDI)法と、集光X線ビームによるCDI実験が紹介された。新手法であるPtychographyとkeyhole approachでは数µm大の広がった試料(孤立試料でなくてもよい)をナノ空間分解能で観察可能であり、今後バイオ試料やナノ材料への応用が期待できることが強調された。なお、この内容は前日のセッションでD. Vine(University of Melbourne)によって詳しく述べられた。CDIにおいて達成可能な空間分解能は試料のX線損傷によって決まり、バイオ試料に対しては10 nm、無機試料については数nmが限界とのことである。CDI関係の他の講演でも、空間分解能とX線損傷の関係は幾度か議論された。本講演では最近数年間のコヒーレント手法の発展が明快にまとめられており、この分野の急速な進歩を改めて実感できた。一方で、装置の詳細や実験上のノウハウには触れられず、少し物足りなさを感じた。同様な印象は、本講演だけでなく今回のSRI全体を通じて感じた。

 

5-2 Imaging & coherence

 Imaging and Coherence のセッションは、会議初日と二日目に分けて行われた。初日は、X線のコヒーレンスを利用した回折顕微法が主なトピックであった。

 I. Robinson(University College London)による招待講演では、コヒーレントブラッグ回折イメージングによるナノ結晶中の歪み場の3次元解析が報告された。直径200 nmのAuナノ結晶に対して、ブラッグ回折に現れるスペックル像を6つの独立な反射面に対して取得する。ロッキングカーブのピークから結晶角度をずらしたときのコヒーレント回折像のアニメーションが示された。それらのデータからHIOアルゴリズムでの解析によって実空間での結晶歪みに再構成し、最終的にはナノ結晶中の歪み場が3次元ベクトルで可視化されていた。実験装置としては、ナノ結晶試料上にX線を集光するKBミラーと光学顕微鏡を共焦点に配置し、光学顕微鏡で結晶位置をモニターすることで、様々な結晶方位での回折測定の精度を保証しているということである。通常の最高精度の回折計でも錯乱球(sphere of confusion)は数10 µmはあり、光学顕微鏡によるアシストが必須とのことであった。とはいえ、とにかく大変な実験という印象で、ナノ結晶に対して6つもの方位でブラッグ反射を探すだけでも気が遠くなる。講演は、Diamond Light Sourceの新ビームラインの計画で締めくくられた。

 A. Snigirev(ESRF)からは、2つのSi屈折レンズを平行配置した新しいタイプの干渉計が報告された。ESRFのID06で開発され、エネルギー10〜20 keVで使用可能である。Near fieldの干渉縞とTaグリッドとのモアレ縞を利用することで、5 nmの精度で干渉縞ピッチ変化を検出可能とのことである。アプリケーションとしては、Phase contrast image、Fourier holography、Standing wave technique への適用の可能性、あるいは光源コヒーレンスの評価への利用についても言及された。

 S. Boutet(LCLS)は、今年、世界初のXFEL発振に成功したLCLSで建設中のコヒーレントイメージング装置について述べた。蛋白粒子などのバイオ試料の単粒子イメージングを目指しており、XFELの超短パルスによって、試料が壊れる前に回折パターンを取得する戦略である。“beyond the classical radiation damage limit”と称していた。JTEC製の1 µm- KBミラーと、0.1 µm KBミラーの二段集光によって、1 µm以下の大きさの試料に対して、サブnm分解能での観察を目指している。高ダイナミックレンジの2次元検出器の開発についても述べられた。

 二日目のセッションでは、位相コントラストCT等のイメージングアプリケーションやビームライン開発の話題が提供された。

 P. Pianetta(SLAC)は、SSRLビームライン6.2でのfull-filed硬X線イメージングについて講演した。直径200 µm、最外輪帯幅30 nmのFZPを用いて、空間分解能50 nmでの吸収および位相コントラストイメージングを行っている。主なアプリケーションは、マウス等の生体CTである。質問ではセットアップに要する時間を尋ねられ、ユーザーがビームラインに来てから2時間後にはデータを取り始められると自慢していた。

 P. CloetensとT. Weitkamp(ともにESRF)の講演では、それぞれ、高エネルギー領域のナノイメージングと、大面積full-fieldイメージングの現状について話された。ともに講演の最後では、ESRFのアップグレード計画(2008〜2017)について触れ、イメージング法に特化した新ビームラインや新ブランチの建設の計画が述べられた。

(鈴木 基寛)

 

5-3 軟X線顕微鏡

 ALSのWater window(517 eV)軟X線結像顕微CTでは、2次元分解能は50〜20 nmが得られている。焦点深度を考えるとこの分解能で測定できるのは数µm以下のサイズであろう。キャピラリー封入試料を77 KのHeガス冷却によるクライオ条件で測定しており、細胞一個の内部構造の計測が出来ている。

 TriesteのTwinMicでは軟X線領域での蛍光X線検出による微量元素マッピングを始めた。励起エネルギーは例えば2.19 keV、蛍光X線検出はSDDを使用。検出感度は、通常の硬X線領域の蛍光X線分析に比べるとかなり悪いが、10 ppm程度が得られている。ただし、この時のビームサイズは1 µm程度である。

 PSI-SLSの軟X線顕微鏡からの報告中で、C K-吸収端領域ではFZP光学系でもカーボンコンタミネーションが問題となっていることが示された。このため小型のUV-オゾンアッシング装置を自作して、頻繁にクリーニングしている。

 LBL CXROからは最外線幅12 nmのFZPの発表があった。10.4 nmさらに9.8 nm線幅も開発中である。

 

5-4 硬X線顕微鏡

 SLSのTOMCATから高速CTの発表では、多層膜分光器でHigh Fluxビームを得てPCOの高速CMOSカメラを用い、投影型CTで2秒スキャンを実現した。もっとも生の投影像をデータではスペックルとビーム不安定性のために正確なFlat-field補正は出来ていないと思われ、これが問題となっている。

 ESRFのID17とID19では投影イメージングとCTを中心とした応用実験が多数行われていることが報告された。Talbot干渉計による位相コントラスト等も行われている。ID17での医学利用は既に終わっており、替わりに考古学、古生物学等への応用例が示されていた。同じESRFの別のビームライン(ID22)からは多層膜集光鏡によるマイクロビーム(100〜70 nm分解能)の発表があった。球面波による拡大投影による高分解能イメージングも可能である。

 

5-5 オーストラリアシンクロトロンでのイメージング

 現在硬X線マイクロビーム・走査型顕微鏡のビームラインが稼働しており、イメージング用に中尺ビームラインが建設中である。

 硬X線マイクロビームは、2008年4月からコミッショニング、2009年1月からユーザー利用を開始している。X線エネルギー領域4〜25 keV、全反射非球面KB鏡で約1 µmのビームサイズ、FZPを用いた場合の最高分解能で60 nmである。この性能自体は標準的であるが、興味深いことは光学素子がすべて水平偏向になっていることである。光源は水平偏光であるため、結晶分光器まで水平偏向にするのは本来間違っているが、これは光学素子の振動による垂直方向のエミッタンス増大を出来る限り避けるという考え方である。水平方向は元々エミッタンスが大きいため光学素子の振動による劣化はほとんど無いために、これによって輝度を良く保存したビーム輸送が可能になるということである。

 中尺ビームラインは医学利用(動物実験と臨床応用)を目的とした大視野イメージングのためのウィグラー光源ビームラインである。光学ハッチやリング棟から離れた別棟の実験棟の建設が終わった段階であった。

 最近はXradia等の民間企業が放射光のX線顕微鏡装置を丸ごと受注する例が増えている。台湾のNSLSやPLS、SSRLの結像顕微鏡などがそうであるが、Australian Synchrotronの走査型顕微鏡もビームラインを含めた装置全体を完全外注で建設している。日本ではまだこのような例を見ないが、これから出てくるのかもしれない。

(鈴木 芳生)

 

 

6. Diffraction and Scattering

 「Diffraction and Scattering」のセッションは、9月30日(水)に開かれ、8件の口頭発表があった。粉末、単結晶、薄膜、高分子、歪みなど回折・散乱に関係する様々な分野からの講演では、“Ultra Precise”、“Ultra Small”、“Ultra Fast”と言う一つの共通キーワード“Ultra”が強調され、これまで放射光で行われてきた実験にさらに磨きをかけた挑戦的な研究についての報告がなされた。その内容をまとめると以下のようになる。

 

【Ultra Precise】

 X線回折と物性測定を同時に行う最新の同時測定技術が、“Ultra Precise”の一つのビジョンとして提案された。通常、実験室で測定した物性の知見に基づいてX線回折実験が行われる。しかしながら、この様な方法では、X線回折実験時の環境と物性測定時の条件を完全に一致させることが難しく、得られた結果に曖昧さを残すことが少なくない。特に、この曖昧さは電子密度分布レベルでの構造物性研究では解析結果に影響を与えることがあり、解決すべき問題として残されていた。このような曖昧さを解決するため、今回、提案された最新の同時測定技術では、X線回折実験と物性との相関をより精密、且つより正確なものするために必要な技術である。これまでX線回折実験により可視化してきた分子内および分子間の相互作用を物性測定と組み合わせることにより物質を「より精密」、「より正確」に探求していくことが可能となるだろう。

 

【Ultra Small】

 高輝度X線ビームを用いたマイクロ(ナノ)ビーム形成技術は今回のSRIの共通のテーマであった。大きさが数百µm以上の結晶構造解析では、基本的にX線の吸収効果や消衰効果の補正が必要となる。しかし、結晶の大きさが数µm以下の微小結晶を用いることにより吸収や消衰効果を軽減することができ、より精度の高い解析結果を導くことができる。このような実験では、X線の照射面積をX線ミラーやゾーンプレートを用いて結晶のサイズと同程度まで集光することにより光子密度を高め、S/Nの良いデータを収集することができる。高輝度放射線の特性を生かしたマイクロビームの技術は、微小単結晶を用いたナノスケールの解析だけではなく、局所的な構造情報を正確に観測するのに必須の技術である。今後、マイクロ(ナノ)ビームを用いた実験は、構造と物性の相関研究を進めていく上でも、さらに深い議論が可能になると思われる。

 

【Ultra Fast】

 パルス光源による時間分解実験技術の報告では、パルスX線とレーザーとを同期させる技術が大勢を占めていた。特に、SPring-8の時間分解の技術は、高輝度パルスX線ビームの特性を持つマイクロビームと組み合わせることにより、DVDのような実用材料の動的な構造研究を可能としている。このような技術を用いて放射光でしか見えない世界を探求していくことによりマテリアルサイエンスをリードしていくことが期待される。

 発表者の中にはギターを持ち出して研究への思いを込めた自作の歌を披露する場面もあり盛り上がりを見せた(写真4)。JASRIからは高田昌樹部門長、坂田修身主幹研究員、安田伸広研究員が、現在SPring-8で行われている最先端の回折・散乱に関する研究について報告を行った。発表の内容は、キーワードの“Ultra”を軸にした研究であり、新材料を用いた物性制御測定技術の開発に関するものであった。手前味噌かもしれないが、SPring-8は他の放射線施設に比べ先端技術開発に情熱を注いでいると感じた。今後の展開が期待される。

(杉本 邦久、金 廷恩)

 

 

写真4 「Mapping Structure and Defects in 3D with Polychromatic Microdiffraction」の内容の歌を歌うGene Ice氏。

 

 

7. 生物・極限環境・放射線損傷

7-1 招待講演IV(Plenary IV Synchrotron X-rays in quest of new horizons in the protein universe)

 Plenary IVセッションでは、KEKのS. Wakatsukiにより放射光を利用した構造生物学研究を中心に、生命科学研究の最前線と将来展望についての講演が行われた。研究の推進に重要な役割を果たす手法として、数ミクロン以下の微小な蛋白質結晶からの結晶構造解析、溶液散乱による蛋白質複合体の低分解能構造解析やダイナミクス研究、ナノスケールの細胞イメージングをキーワードとして掲げ、生体内に普遍的に存在する蛋白質ユビキチンの研究を具体例として紹介した。ユビキチンは他の分子との複合体を形成することにより、蛋白質分解や細胞内のシグナル伝達等あらゆる生命活動に関っており、免疫反応のスイッチ機能においても重要な役割を担うなど、その反応経路の異常が様々な疾病の原因ともなり得る重要な蛋白質である。蛋白質分子単体から細胞全体に渡る複雑な生命現象をより深く理解するためには、上記に掲げた複数の実験手法のさらなる進展と相補的な利用が不可欠であり、その研究成果が医学や創薬の進歩と直接結びつく可能性を印象付けた。また現在日本国内で進行中のターゲットタンパク研究プログラム等、最新の生命科学研究プロジェクトの具体的な実施状況が報告された。

 

7-2 極限環境・放射線損傷(Extreme conditions and radiation damage)

 専門分野の枠を越えて、ビームラインにおける試料環境制御の装置開発や極限環境下での実験、さらにはX線照射による放射線損傷について、バラエティーに富んだ議論を行う本セッションでは、口頭発表5件の講演が行われ、関連するポスターセッション(Sample Environment−Extreme Condition)では10件の発表が行われた。Harbin工大のH. Liuはダイアモンドアンビルによる高圧条件下でのX線トモグラフィーにより、アモルファスセレンやCe-Al系の金属ガラス他、アモルファス材料の構造相転移やポリアモルフィズムの圧力依存性について報告した。ESRFのP. Van Der Lindenは可搬型のパルス磁場発生装置の開発と複数のビームラインでの使用例(核共鳴散乱、X線磁気円二色性吸収実験)について紹介した。GKSSのM. Müllerは湿度制御された環境下において生体組織の繊維試料を伸張制御する装置の開発と、数µmサイズの高輝度ビームとの組み合わせによるX線小角散乱実験の成果について報告した。ESRFのM. Mattenetは反射率測定による多孔質材料へのガス吸着過程観察にむけた高温高圧セル開発について報告した。またANL(APS)のR. Fischettiは蛋白質結晶構造解析における試料の放射線損傷について講演を行った。試料へのX線照射で発生する光電子の挙動により引き起こされる放射線損傷は、入射ビームの偏光特性に伴う異方性や照射位置からの距離依存性等が理論的に予測されている。それに対し1 µmの集光ビームを用いた実証試験を行った結果、放射線損傷の異方性を確認したことを報告した。この結果は結晶化が困難でかつ放射線損傷を受け易い膜蛋白質や蛋白質複合体等の微小結晶に対し、試料セッティングやデータ測定手法の工夫により損傷を抑制出来る可能性を示したものであり、高難度な微結晶構造解析への応用が期待される。

 ポスターセッションではESRFからさらに3件の発表があり、小型のAFM装置や液体ヘリウム連続流を冷媒とした試料低温装置、金属硫化物ナノ粒子の成長過程をその場観測できる試料高温セル等、様々な試料環境装置が複数のビームラインでの汎用的な利用を念頭に開発されていたのが印象深かった。またDiamondのA. Wagnerは本セッションでのポスターおよび最終日のHot topics & Emerging talentsセッションにおいて、現在計画中のイオウ等軽元素の異常分散効果を利用して位相付けを行う長波長X線蛋白質結晶構造解析ビームラインについて、放射線損傷軽減および試料周辺からのバックグランド散乱低減に向けた、試料低温チャンバやエンドステーション開発について発表した。

(上野 剛)

 

 

8. Plenary IIおよびTime Resolved Applications

8-1 Plenary II

 2日目(9月29日)のPlenaryセッションは「Synchrotron X-ray Detectors, Past and Future」と題したSol M. Gruner氏(Cornell Univ.)による講演であった(写真5)。この講演では、現在の積分型検出器から、より次世代光源に適した“Intelligent”な半導体検出器(特にピクセルアレイ型検出器)へと集積回路技術の発達によって進化しつつあるという内容で、開発された3つの検出器の例が紹介された。

 

 

写真5 Sol M. Gruner氏(Cornell Univ.)の講演の様子

 

 

8-2 Time Resolved Applications

 本セッションは4日目(10月1日)に行われ、午前中に8人の講演者による口頭発表、午後にはポスターセッションが行われた。

 口頭発表では、まず招待講演としてBESSY IIのAlexei Erko氏により、蓄積リング中の電子バンチにフェムト秒レーザーを導入して得られる0.1 ps短パルスX線を利用した実験についての報告が行われ、さらに、集光光学系を組み合わせた装置セットアップについても紹介された。次にEric Dufresne氏からAPS 7IDビームラインにおける時間分解測定についての報告があり、フェムト秒レーザーとピラタス、または、ストリークカメラとを組み合わせた実験結果についての報告がなされた。SOLEILのFranÇois Polack氏からは、2008年から利用が始まったTime Resolved Experiments on Materials with Photoelectron Spectroscopy(TEMPO)ビームラインの紹介がなされた。

 小休止をはさみ、JASRIの福山祥光氏により、BL40XUビームラインで開発された不可逆反応を伴う試料を測定するための回転試料台についての講演が行われた。ALSのMarcus Hertlein氏からは、フェムト秒レーザーを用いてX線と物質の相互作用を直接コントロールした実験についての報告が行われた(写真6)。具体的には、ネオンのΛ型3準位系にフェムト秒レーザーを照射することによりドレスト状態を形成し、EIT(Electromagnetically Induced Transparency)と呼ばれる量子干渉効果を用いてX線とネオンの相互作用を直接制御するという実験の報告であった。これは、“レーザーポンプ−X線プローブ”という従来の時間分解測定の大きな流れから一線を画した新たな手法の実践であった。また、ESRFのAleksei Bytchkov氏からは、酸化物を浮上、レーザー加熱による溶融状態からのガラス転移の過程をミリ秒の時間分解測定によって追跡した結果について報告がなされた。FLASHのWilliam Schlotter氏からは、XUVビームをミラーによって分割し、遅延をつけて再結合させるシステムが紹介された。最後の講演者のWilfred Fullagar氏(Monash University)からは、短波長ビームとコヒーレントビームにより、光学的に位相問題を解決する手法について紹介された。

 

 

写真6 Marcus Hertlein氏(ALS)の講演の様子

 

 

 講演で報告された手法はさまざまで、バンチスライスによるフェムト秒ビームを利用する方法から、高速な検出器を組み合わせる方法、量子干渉効果を用いてX線と物質の相互作用を直接制御する方法、または外場との遅延時間を作るための装置開発と、各施設が光源・検出器・周辺機器などの分野にわたり、あらゆるアプローチによって時間分解測定を行っていることが強く印象に残ったセッションであった。

(安田 伸広、福山 祥光)

 

 

9. Remote Access/Industrial Applications

 Remote Access/Industrial Applicationsのセッションでは、7件の口頭発表があった。その内の2件が招待講演であった。ここでは、産業利用において、特に企業ユーザーの利用で重要な要素である利用制度と自動化に関連した招待講演2件について紹介する。

 最初の招待講演としてCanadian Light Source(CLS)・Industrial Science teamのDirectorであるJeff Cutler氏が、CLSの産業利用における取り組みについて紹介した。この講演で最も興味深かったことは、有料利用の場合の利用料金の紹介であった。1時間当たりの利用料金は、ビーム使用料として500ドル、また、スタッフタイムとして150ドルと紹介していた。スタッフタイムには、試料調整、解析、報告書作成が含まれ、スタッフタイムを有料にすることで、企業ユーザーが利用しやすい制度になっているという印象を持った。カナダにおける産業利用ニーズの調査から、Industrial Science teamは、3つの基本的なセクター(1)Mining and Environment、(2)Pharmaceuticals、(3)Materialsによって構成されている。幅広い分野に対応しつつ、世界中の放射光施設で取り組まれている製薬関係にも対応しているが、カナダの地域性によると思われる鉱物資源や環境物質に含まれる不純物などの分析が重点的に行われているように感じられた。

 2件目の招待講演は、スタンフォード大学のAina Cohen氏が、Stanford Synchrotron Radiation Lightsource(SSRL)のProtein crystallography beam linesにおけるフルリモートアクセスについて紹介した。ここでフルリモートアクセスとは、研究者自身の研究室から専用のソフトウェアを利用することによってビームラインをネットワーク制御し、測定試料のセッティングから測定、解析、データの保存までをオンサイトと同様に行うことである。このシステムの中心は、自動的に試料を回折計にマウントするStanford Auto Mounting(SAM)systemであり、このシステムは世界中で多くの放射光施設において使用されていることが紹介された。ここでも聴衆の注目を集めた話題の一つとして費用の話があった。オンサイトにおいて3人で実験を行う場合は約2700ドルであるが、リモートでは約200ドルとコストパフォーマンスの素晴らしさが強調されていた。また、最近はリモートアクセスの利用が95%以上という非常に高い利用率になっていることも紹介された。リモートアクセスは、タンパク質の結晶構造解析のように手順が確立した分析における究極の利用形態ではないかとの印象を受けた。

 本セッションでは、自動化に関する講演として、他にもPETRA IIIのBW7bにおける高分子結晶構造解析のための自動試料マウントロボットと、SPring-8産業利用ビームラインBL19B2における粉末回折計の自動試料マウンティングシステムとBL14B2における自動XAFS測定システムについての紹介があった。放射光による高強度なX線とXAFS測定におけるQuick-XAFSなどの高速測定が測定の高効率化をもたらし、その結果として様々な自動化が進められている。これらの技術革新が、更なる産業利用の発展をもたらすことを期待したい。

(本間 徹生)

 

 

10. おわりに

 6日間にわたったSRI09も、あっという間に、また、成功裏に幕を閉じたという印象である。Closing sessionでのAustralian Synchrotronの施設長Robert Lambの挨拶はご愛嬌として、R. Garrettから今回の会議の簡単かつ的確な総括が行われた。「今回はLCLSでのXFELのfirst lasingがあり、新しい時代の幕開けとなった。蓄積リング型の光源も大きな進展を見せている。ビームライン・光学系の分野はSRIの主要な柱であり、3つのワークショップを含み今回の全発表の1/3をしめた。検出器はピクセルアレイ型二次元検出器の進歩はあったものの、XFELでの利用を考えるとまだまだ十分ではなく、資金投入のところから努力していく必要がある。放射光利用技術はより速く、より小さく、より高分解能の方向に進んでいる。特に、コヒーレント回折イメージングなどイメージングの分野の進展が著しい。次のSRIではFELサイエンスと“Normal SR”サイエンスのいずれにおいてもさらなる進展が期待できるだろう。」といった内容で締めくくられた。

 さて、次回は2012年にフランスのリヨンにてSOLEIL、ESRF連合により開催されることが決まった。XFEL、中型の第3.5世代リングなどから今後どのような新しい放射光技術とサイエンスがもたらされているだろうか。SPring-8からもさらなる情報発信が望まれる。

(後藤 俊治)

 

 

 

田中 義人 TANAKA Yoshihito

(独)理化学研究所 播磨研究所 物質系放射光利用システム開発ユニット

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上野 剛 UENO Go

(独)理化学研究所 播磨研究所 生命系放射光利用システム開発ユニット

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2839 FAX:0791-58-2834

e-mail:ueno@spring8.or.jp

 

高野 史郎 TAKANO Shiro

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850

e-mail:takano@spring8.or.jp

 

山崎 裕史 YAMAZAKI Hiroshi

(財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2723 FAX:0791-58-0830

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後藤 俊治 GOTO Shunji

(財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0877 FAX:0791-58-0878

e-mail:sgoto@spring8.or.jp

 

鈴木 芳生 SUZUKI Yoshio

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 バイオソフトマテリアルグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

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鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 分光物性Iグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830

e-mail:m-suzuki@spring8.or.jp

 

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 構造物性Iグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830

e-mail:ksugimoto@spring8.or.jp

 

金 廷恩 KIM Jungeun

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 構造物性Iグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830

e-mail:kimj@spring8.or.jp

 

安田 伸広 YASUDA Nobuhiro

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 構造物性Iグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830

e-mail:nyasuda@spring8.or.jp

 

福山 祥光 FUKUYAMA Yoshimitsu

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 ナノテクノロジー利用研究推進グループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0803 FAX:0791-58-0830

e-mail:yfukuya@spring8.or.jp

 

本間 徹生 HONMA Tetsuo

(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0924 FAX:0791-58-0988

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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