Volume 14, No.4 Pages 280 - 282
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
第2期(2006A〜2008B)パワーユーザー事後評価報告
Post-Project Review of Power Users
共用ビームラインの測定技術を熟知し、高度な研究成果が期待できる研究グループによる、先導的利用研究とビームライン整備および高度化、そして利用拡大をめざして2003年にパワーユーザー制度を設けましたが、この度、2006Aから開始した第2期(指定期間:平成18年3月1日から平成21年3月31日まで)パワーユーザーの指定期間が終了したので、事後評価(平成21年7月14日開催)を行いました。第2期までのパワーユーザーは非公募で、パワーユーザー選定委員会(当時)で選定され指名されています。なお、平成20年度からはパワーユーザーは公募制に変更され、応募者についてパワーユーザー審査委員会で審査を行い財団が指定しています。今回の事後評価は、パワーユーザー審査委員会において、予め提出されたパワーユーザー課題終了報告書に基づいたパワーユーザーによる発表と質疑応答により行われました。評価の着目点は、パワーユーザーとしての目標達成度と、実施した先導的利用研究とビームライン整備および高度化、そして利用支援や拡大について、科学技術的価値、科学技術的波及効果、ユーザー開拓及び支援、測定技術開発、および情報発信、です。
以下にパワーユーザー審査委員会がとりまとめた評価結果を示します。
1. 評価対象パワーユーザーの研究および装置整備等テーマ
1-1 小澤芳樹(兵庫県立大学)
ビームライン:BL02B1(単結晶構造解析)
指定期間:平成18年3月1日から平成21年3月31日
研究テーマ:光励起分子および光誘起相の放射光を用いた単結晶構造解析と精密微小単結晶構造解析
装置整備:真空低温回折カメラの整備
利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援
1-2 西堀英治(名古屋大学)
ビームライン:BL02B2(粉末結晶構造解析)、BL02B1(単結晶構造解析)2008B期のみ
指定期間:平成18年3月1日から平成21年3月31日
研究テーマ:粉末法によるabinitio構造決定と精密構造物性の研究
装置整備:粉末結晶回折装置の整備
利用研究支援:粉末結晶回折装置を用いた共同利用研究の支援
1-3 櫻井 浩(群馬大学)
ビームライン:BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
指定期間:平成18年3月1日から平成21年3月31日
研究テーマ:(磁気)コンプトン散乱における汎用解析手法の確立と極端条件下の測定技術の開発
装置整備:コンプトン散乱実験に関する装置開発
利用研究支援:利用研究分野の拡大、解析プログラムの開発と支援
1-4 瀬戸 誠(京都大学)
ビームライン:BL09XU(核共鳴散乱)
指定期間:平成18年3月1日から平成21年3月31日
研究テーマ:先端的放射光核共鳴散乱法の開発研究およびその物質科学への応用
装置整備:核共鳴散乱用多素子APD検出器等測定系の開発および整備
利用研究支援:核共鳴装置を用いた共同利用研究の支援、測定スペクトルの解析ソフトの充実および解析サポート
1-5 廣瀬 敬(海洋研究開発機構)
ビームライン:BL10XU(高圧構造物性)
指定期間:平成18年3月1日から平成21年3月31日
研究テーマ:地球深部物質の構造と弾性の研究
装置整備:レーザー加熱超高圧(DAC)回折装置の開発
利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援
2.評価結果
2-1 小澤芳樹(兵庫県立大学)
本課題は、2つの研究目標を掲げている。第1は、強い回折強度を生かした精密X線回折実験による光励起状態の構造解析であり、第2は、高輝度X線を生かした高いS/Nの測定による極微小単結晶のX線構造解析である。第1の研究目標に関しては、大変難しいテーマにもかかわらず論文を公表し一応の成果を得ている。それにより、SPring-8における放射光による光励起構造物性研究の始まりを作った点において評価に値する。第2の研究目標に関しては、残念ながら第1の研究目標ほどの利用分野の拡大がみられなかったように思われる。ユーザー開拓および支援に関しては、化学結晶学分野での放射光利用実験を促進することには貢献している。総合的に見ると、公表された論文数が多いというわけではないが、新しい分野への挑戦を行ったこと、化学分野のユーザー開拓を行ったことなどを考えると、パワーユーザーとしての役割を十分に果たしたものと評価できる。
2-2 西堀英治(名古屋大学)
本課題は、2006A期より粉末回折ビームラインBL02B2の第2期パワーユーザーとして始まったが、2008A期にパワーユーザーメンバーがその利用を強く望んでいた大型湾曲イメージングプレートカメラがBL02B1に納入されたことに伴い、2008A期はBL02B1でも支援課題を行った。つまり、2008B期はBL02B1のパワーユーザーメンバーとしても参画したというユニークな活動を行った課題である。研究目標も、
1. 粉末法によるab-initio構造決定と精密構造物性の研究
2. 量子状態の直接観測を目指した超精密粉末電子密度研究
3. 多自由度を有する医薬品等分子性結晶の粉末ab-initio構造決定の研究
4. 多孔性材料およびそのガス吸着その場測定システムの高度化
5. 精密構造物性の観点からみた強誘電体材料設計
6. 単結晶試料による精密構造物性の研究
7. 単結晶試料の電子密度分布の可視化
と極めて多岐にわたった高度な目標を掲げている。成果リストを見ると、査読のある論文数が、56報、プロシーディングス、解説等が8報に昇り、上記目標を十分達成している。その他、招待講演10件以上、受賞2件、特許1件と十分な成果をあげている。本課題は、基礎から応用まで価値が高い研究を遂行し、幅広い分野に科学技術的波及効果を及ぼし、ユーザー開拓および支援においても期待以上の成果をあげている。さらに、測定技術開発においても実験法、解析法の両方で数多くなされた。情報発信においてもプレス発表がなされるなど広く貢献している。以上見るように、パワーユーザーとして極めて成功した課題である。
2-3 櫻井 浩(群馬大学)
本課題は、(磁気)コンプトン散乱による汎用解析法の確立を目的として「磁性薄膜など磁気デバイス材料の新しい評価法および解析手法の確立」と「3次元電子運動量密度再構成手法の開発と確立」を目標とした課題である。最初の目標に対しては、高飽和磁化GHz帯高透磁率FeCo/Co薄膜の磁気コンプトンプロファイルの異方性を観測するなど、目標を達成している。2番目の研究は、単結晶試料において複数の方位で(磁気)コンプトンプロファイルを測定し、3次元の(スピン)運動量密度分布を得ることを目的としており、コーマック法による再構成プログラムを作成しNiに対してシミュレーションによる評価と実際の実験も行っている。実験に関しては、多分にデモンストレーションの側面が強いものと思われる。ユーザー支援に関しては、直接的支援は6件、間接的支援は9件行っている。測定技術開発に関しては、高圧力下の磁気コンプトン散乱測定技術の開発と高エネルギーX線用複合屈折レンズの開発を行い、最終的なつめに欠けているように思えるものの、一応の成果をあげている。また、科学技術的波及効果は、限定的であると考えられる。以上を総合的に見ると、本課題は、情報発信については論文数が少ないなど、やや物足りない感があるものの、概ね目標は達成されたと考えられる。
2-4 瀬戸 誠(京都大学)
本課題は、放射光核共鳴散乱法の特徴である元素およびサイトの特定という概念を軸にして、1. これまで困難であった高エネルギー領域における核共鳴散乱・吸収研究を可能とする方法を開発すること、および2. 原子核の励起準位が有するneVオーダーの線幅という特徴を最大限に活かした超高分解能分光法を確立することを目標としている。また、3. 物質科学研究に先端的放射光核共鳴散乱法を展開していくことも目標としている。1. に関しては、適当な放射性同位体線源が存在しないためこれまで測定が大変困難であったGe(Ge-73、第3励起状態68.752 keV)の放射光メスバウアー吸収スペクトル測定に世界で初めて成功するなどの例が示すように、目標を達成している。2. に関しては、イオン液体(BmimI)の準弾性散乱測定を行い、基準となる前方散乱時間スペクトルに対し、過冷却状態におけるイオンのスローダイナミクスを反映した準弾性散乱の温度変化を観測していること、3. に関しても、鉄系高温超伝導体の放射光核共鳴散乱法による研究を行うなど、やはり目標を達成している。測定技術開発に関しては、高度な要素技術の開発を行っており評価できる。総合的にみると、SPring-8の高エネルギーX線を有効に利用した研究として大変評価できるが、その解析手法の持っているポテンシャルに鑑みて応用研究の開拓が更に必要なものと考えられる。それにより、幅広い物性分野、化学分野の研究者への情報発信をすることが出来るようになり、更には、SPring-8の基幹的成果に結びつけることが可能なものと思われる。
2-5 廣瀬 敬(東京工業大学)
本課題は、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いた、1. 超高圧高温下におけるX線回折実験に基づいた地球深部(下部マントル・中心核)物質の結晶構造解析と、2. 高圧高温下でのX線回折とブリルアン散乱の同時測定によるマントル物質の弾性波速度の決定、の2つを主な目的としている。1. に関しては、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いたX線回折測定を300万気圧2000ケルビン、あるいは、200万気圧3800ケルビンに至る超高圧高温下で行い、ポストペロフスカイト相や鉄化合物の相転移に関してさまざまな成果を得ている。また、2. に関しては、X線回折と電気抵抗、もしくはブリルアン散乱の同時測定を行い、マントル鉱物の高圧高温下における伝導度や弾性をあきらかにしている。得られた成果の質と量において、極めて優れている。SPring-8での特徴である高エネルギーX線を有効に利用した研究として、SPring-8を代表する研究分野に成長させたことは、大いに評価できる。測定技術開発では世界最高の技術開発を達成しており、多くの学術的、社会的インパクトの高い論文を輩出し情報発信も十分に行われている。総合的に見て、極めて高く評価できる課題である。
3. 第2期パワーユーザー総合評価
第2期のパワーユーザーについての総合評価は以下のとおりである。
1)パワーユーザーのユーザー支援活動はJASRIに大きく貢献したことが確認された。
2)パワーユーザーの成果論文の発表数についてばらつきがあるが、装置・技術開発も含めて十分な成果をあげた。
3)パワーユーザー課題の成果の中から、SPring-8学術評価委員会において、SPring-8を代表する研究として評価される研究成果が出たことは、パワーユーザー学術面においても貢献していることの証であり特筆に値する。