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Volume 14, No.4 Pages 278 - 279

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

2006A、2006B期実施開始の長期利用課題の事後評価について
Post-Project Review of Long-term Proposals Starting in 2006A and 2006B

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 長期利用課題として2006A期または2006B期に採択され、2008B期または2009A期に終了した3課題について、利用研究課題審査委員会の長期利用分科会により事後評価が行われました。事後評価は、平成21年度のSPring-8シンポジウム(平成21年9月3〜4日開催)の「SessionVII:長期利用課題報告」において各実験責任者が行った講演のヒアリングと非公開で個別に行った質疑応答により行われました。評価結果を以下に示します。

 

 

1. 課題名:共存する電荷秩序が作る機能と構造:電荷秩序ゆらぎの時間・空間分解X線回折

実験責任者

寺崎 一郎(早稲田大学)

採択時課題番号

2006A0010

ビームライン

BL02B1(2006A-2008B)

配分総シフト

213シフト

 

〔評価〕

 本長期利用課題は、実験責任者(寺崎)が有機サイリスタとして見出したθ−(BEDT−TTF)2CsM’(SCN)4,θ−(BEDT−TTF)2RbM’(SCN)4の巨大な非線形効果と直流-交流変換効果の起源解明を目標として、単結晶構造解析ビームラインBL02B1において、時分割計測を含む単結晶構造物性の研究を、長期利用研究として展開したものである。

 中間評価におけるテーマの変更および絞り込みを的確に実行し、最終報告においては、所定の目標を達成したと評価する。特に電荷秩序起源の回折反射の強度の温度依存性などの計測を、試料周辺の実験装置の工夫を重ねながら行い、電荷秩序の電流による抑制が非線形伝導の起源であり、非平衡現象であることを実験的に立証したことは、大きな成果である。また、本研究成果の理論的検証や顕微的手法による赤外物性ビームラインBL43IRを用いたナノ構造物性研究への展開も始めており、SPring-8長期利用課題として当初の期待を上回る役割を果たしている。情報の発信についても、質の高い論文発表が行われている。まだ、投稿されていない論文については、ユーザーへの情報発信の観点から、できるだけ速やかに発表されることを期待する。

 本長期利用課題の研究は、SPring-8における強相関電子系の構造物性研究における新しい施設利用の方向性を示した。昨年、BL02B1の単結晶回折装置も高度化されたことと併せて、この課題を起点に、更なる成果の増大と、利用の先端性の開拓が進展することを期待したい。

 

 

2. 課題名:遺伝子導入剤とDNAが形成するリポプレックス超分子複合体の高次構造解析とその形成過程のダイナミクス

実験責任者

櫻井 和朗(北九州市立大学)

採択時課題番号

2006B0012

ビームライン

BL40B2(2006B-2009A)

配分総シフト

102シフト

 

〔評価〕

 本長期利用課題は、新規カチオン性脂質を用いたDDS(Drug Delivery System)の開発を目指すものである。遺伝子治療を目標に置いた社会的ニーズの多い研究内容であるとともに、新規ソフトマテリアル材料における構造と機能の関係の解明を目ざす意欲的な研究である。

 実験技術面においては、小角散乱実験における真空セルの開発や、混合系の時分割測定など、技術的な工夫が見られる。多くの興味深い実験結果が得られているが、例えばカチオン性脂質中のDNAの局在などの重要な問題については、定量的評価が不十分で結論が得られていない。濃度と機能の関係についても同様である。複合体形成過程のダイナミクスの測定は、今後の発展が期待できるものである。研究が十分に完結していないこともあり、論文発表は十分とは言えないが、社会的要請の高い研究内容であり、研究内容と成果を広く知らしめ関心を高めることの意義は大きいであろう。

 本課題は今後の医薬品開発につながる波及効果の高い研究であり、価値ある成果が得られている。また、ソフトマターの高次構造形成過程のダイナミクスを研究するための、放射光科学の起点となっている点は高く評価できる。この研究はJST-CREST課題に採択されており、ソフトマテリアル開発専用ビームラインの建設も進んでいるので、今後の発展が大いに期待できる。

 

 

3. 課題名:膜輸送体作動メカニズムの結晶学的解明

実験責任者

豊島 近(東京大学)

採択時課題番号

2006B0013

ビームライン

BL41XU(2006B-2009A)

配分総シフト

186シフト

 

〔評価〕

 本長期利用課題では、膜輸送体によるイオンや薬剤の輸送機構の解明を目指し、豊島グループがP型イオンポンプの、村上グループが多剤排出トランスポーターの構造研究を発展させることを目標とした。

 豊島グループはCa2+−ATPaseについては、E1P・2Ca2+以外のほとんど全ての中間体の構造決定に成功し、それらの立体構造の違いからそのポンプ機構をほぼ解明した。また、コントラスト変法を適用することにより、タンパク質部分の構造変化に同期して脂質部分が構造変化することを見いだした。さらに、世界中の研究者が注目していたNa+K+−ATPaseの結晶構造解析にも成功し、2009年にNatureをはじめとする主要な学術雑誌に報告した。一方、村上グループも、大腸菌の多剤排出トランスポーターArcの結晶構造の高分解能化に成功し、また、臨床医学的に重要とされる、そのホモログの解析にも成功した。

 以上のように、本課題においては長期利用課題申請時の研究目的はほぼ達成されている。また、豊島グループにおいては、Na+K+−oATPaseの結晶構造解析など細胞内で非常に重要な役割を演じる膜輸送システムの全容解明に向けて大きな成果を挙げつつある。これは、世界中の当分野の研究者が解析一番乗りを目指して競争していた研究テーマであり、本長期利用課題の利点が最も効果的に現れた結果と言える。さらに、膜タンパク質の脂質部分の構造変化をとらえた成果についても、時間をかけて丁寧に回折実験をすることによりコントラスト変調法が有効であることを示したものである。これも潤沢なビームタイムを最大限に有効利用した結果である。本長期利用課題により当グループにより得られた結果は、当該分野の研究に大きなインパクトを与えるものであり、世界的に高く評価されている。膜タンパク質の結晶解析は、試料調製および結晶化の困難さから考えて、短期間のビームタイムでは成果を挙げにくい研究テーマである。これらを総合すれば、本申請課題は長期利用課題の目的に非常によく合致したものであり、しかもその利点を十分に活用して成果を挙げた成功例であると結論できる。また、今後のさらなる発展が期待できる。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794