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Volume 14, No.3 Pages 228 - 231

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

SPring-8次期計画シンポジウム報告
Report of Symposium on SPring-8 Upgrade Plan

渡部 貴宏 WATANABE Takahiro[1]、矢橋 牧名 YABASHI Makina[2]、鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro[3]

[1](財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI、[2](独)理化学研究所 播磨研究所 Harima Institute, RIKEN、[3](財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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1. はじめに

 今年で供用開始12年目となるSPring-8では、放射光を利用する幅広い研究分野の発展を鑑み、10年後の2019年を目処に新たな利用研究を支える硬X線放射光源として生まれ変わるべく、SPring-8の次期計画検討を開始しました。SPring-8次期計画の目的は、10年先からの光科学の展開に応えることであり、そのために施設の大規模アップグレードによる飛躍的な光源性能向上を実施します。加えて、現在建設が進む次世代光源・XFELとの相乗利用を可能とすることも大きな特色です。

 この次期計画には1つの特徴があります。それは、施設側での計画検討のために、次代を担う独立行政法人理化学研究所(理研)・財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の若手研究者を中心としたワーキンググループを結成したことです。次期計画自体は2007年4月、SPring-8高度化計画検討委員会の下でスタートを切りましたが、2008年10月にSPring-8高度化計画検討委員会の呼びかけのもと、自ら参加を希望した約40名の若手研究者が集まり、ワーキンググループが始動しました。それ以来、次期計画の方向性および達成手段、すなわち、10年後のSPring-8で展開すべき新たなサイエンスおよびそれを実現するための加速器の基本設計が繰り返し議論され、SPring-8高度化計画検討委員会の意見を踏まえながら、現段階での見解をまとめてきました。

 「SPring-8次期計画2019シンポジウム〜光科学の明日〜」は、本次期計画を対外的に紹介する初めての会合です。次期計画の始動を示すとともに、ワーキンググループで検討された結果に対し利用者等、外部からの意見を広く伺うことが第一の目的です。また、10年後に展開すべき新たなサイエンスの可能性について、研究者からの斬新な提言をいただくことも重要な目的の1つです。

 

 

2. シンポジウム開催結果

 6月19日、夏を思わせる蒸し暑い中、東京駅日本橋口の東京ステーションコンファレンスにて、記念すべき第1回目の次期計画シンポジウム「SPring-8次期計画2019シンポジウム〜光科学の明日〜」が開催されました。

 当初の予想を大幅に上回る事前申込みがあり、急遽、会場のイスの数を増やすという嬉しい事態となりました。シンポジウム開始時には、準備されたイスのほとんどを出席者が埋め尽くしました。午後には更に参加者が増え、最終的には計182名の参加があり、SPring-8の次期計画に対する関心の高さがうかがえました。

 シンポジウムは、石川哲也SPring-8高度化計画検討委員会委員長による開会挨拶で始まりました。本次期計画の概念および決意、また、若手主体のワーキンググループ結成の主旨が説明され、このシンポジウムにより、次期計画に対する広い理解と忌憚のない意見をいただきたいと述べられました。

 続いて、文部科学省研究振興局基礎基盤研究課の大竹暁課長より、ご挨拶をいただきました。大竹課長は、SPring-8がこれまでもたらした業績として、12年間の順調な「成長」について言及されました。また、今後のSPring-8を考える上での指針として、ESRFのアップグレード計画を参考に示しながら「高度化のための高度化ではいけない」「国内80万人の研究コミュニティの支持をどこまで得られるか」「日本発のオリジナルな科学は何か?」といった点について意見を述べられました。最後に、今後の「道のり」への助言として、

・今後、十分に議論を重ねること

・科学コミュニティ全般・社会の要請に耐えうる議論を、透明性の高いプロセスで行うこと

・高い実現可能性を確保すること

・公的な議論の場を用意すること

といったことを指摘されました。

 大竹課長からの挨拶の後、次期計画ワーキンググループから、「次期計画の概要」「サイエンスの展望」「加速器計画の展望」「ビームライン光学系の展望」の4件が発表されました。

 ワーキンググループ世話人の一人である矢橋からは「SPring-8次期計画の概要」が紹介されました。SPring-8は、これまで高輝度硬X線を用いたサイエンスを大きく開拓してきましたが、一方で施設のリソースは限定されており、利用者からの広汎な要望に応えることが難しくなってきています。この状況を打破し、将来も多彩なサイエンスを切り拓き続けるために、次期計画は、加速器・光源・ビームラインを含む抜本的なアップグレードを行い、実効的なビームタイムを数桁増大させることを目標にしています。

 

 

 

 「サイエンスの展望」は鈴木世話人から発表されました。これまでSPring-8で得られた成果を踏まえた上で、次期計画では単位格子とバルクの中間領域の現象を観測することがひとつの目標として示されました。この目的にかなう分子サイズX線プローブを実現するには、より多くのフラックス(光量)ではなく、より高い輝度(指向性も考慮した光量。放射光の質をあらわす指標の一つ)を持った放射光源が必要だということが強調されました。同時に、高輝度化が実現すれば現在先端測定とされている1 µmビームによる観測が次期計画では汎用測定となり、現在開発段階の10 nmビーム観測が先端計測法として利用されること、そして究極的には1 nmビームを用いた超先端測定へ向かう方向性が示されました。発表の後半では、次期計画によって期待されるサイエンスとして、物質科学でのX線ナノプローブの利用、高輝度・高エネルギーX線による極端条件科学の探求および現在SPring-8と隣接して建設中であるXFELとの相乗利用の可能性が提案されました。

 続いて、早乙女光一氏より「加速器計画の展望」と題し、新たなサイエンスを実現するための加速器の基本設計について概略が述べられました。ほとんどの参加者が放射光を利用する側の研究者であり、いわば加速器の詳細は専門外である中、早乙女氏は、光源加速器の基本的な構成および利用側にとって重要な「輝度」と加速器との関係を丁寧に説明しました。また、現時点でワーキンググループが最有力案とするマルチベンド・ラティスと呼ばれる加速器構成について、これまで行ってきた詳細な計算結果を示し、平均輝度100倍までは既にスコープ内であり、更なる向上のための検討が継続される旨、説明されました。

 

 

 

 午前中最後の発表は、山崎裕史氏による「ビームライン光学系の展望」でした。利用者に高品質な光を提供するためには、加速器・光源・ビームラインの3つが一体となって検討を進めることが非常に重要です。山崎氏は、この観点から、ビームラインの改良を加速器・光源の改良(早乙女氏発表内容)と関連づけて説明しました。

 山崎氏の発表後、会場の出席者からは上記4件の発表に対する質問が相次ぎました。「高時間分解能を達成するための手段についてはどのようなことを検討しているか?」「必ずしもナノ集光を必要としないユーザーにとって、次期計画によってどの程度のゲインがあるのか?」「検出器に関する改良案はあるか?」など積極的な質疑があり、それぞれ発表者から回答が得られました。

 午後の部では、SPring-8外の研究者から、10年後あるいはそれ以降の放射光サイエンスを見据えた招待講演が4件行われました。

 国立遺伝学研究所の前島一博氏からは、「放射光によるバイオイメージング:その可能性と未来」が発表されました。前島氏は、すでにSPring-8の放射光を用いた静的なX線生体イメージングに業績を残されています。今回の講演では、生命現象を理解するためには、様々なスケールで生体のダイナミクスをイメージング観察することが非常に重要であり、次期計画に強く期待するというメッセージをいただきました。

 兵庫県立大学の松井真二氏による「最先端ナノテクノロジーと放射光の関わり」では、松井氏が開発しているナノマシンによる極小空間における加工・操作技術と、将来の高輝度X線ナノプローブを組み合わせることで、革新的なサイエンスが誕生するだろうという展望が述べられました。

 東京大学の所裕子氏は「光応答物質における相転移ダイナミクス」について発表されました。所氏が研究を行っている光誘起相転移ダイナミクスに関して、次期計画での放射光によってナノスケール特有の相転移現象の解明へと展開できる可能性が示されました。

 午後の最後の講演は、大阪大学の藤岡慎介氏による「SPring-8次期計画によって開かれる高エネルギー密度科学の展望」でした。高強度レーザーをSPring-8サイトに導入し、次期計画の放射光と組み合わせることで、世界に類を見ない高エネルギー密度科学の拠点をつくるという大胆な提案がなされました。

 

 

 

 4件の講演で示されたのは、必ずしも現状の放射光科学に直結したトピックではなく、10年後、あるいはさらに将来を見越した視野の広い話題でした。その意味で非常に興味深く、各講演後には会場の出席者から様々な質問が出ました。

 午前中から続いた8件の講演後は、フリーディスカッションの場が設けられました。ここで改めて会場から質問・コメントが寄せられました。「放射光エネルギー(波長)などのパラメータの選択はどのように行われるのか?」「2019年の改造では、運転が全て停止するのか?部分的なのか?」といった質問に対し、石川委員長からユーザーの意見を聞きながら議論が進む旨、説明がありました。また、文部科学省の大竹課長より石川委員長へ託された「Prompt questions」の紹介があり、それに対する石川委員長からの「Prompt answers」も併せて示されました。また、上坪宏道JASRI副会長/理研特任顧問から、若手ワーキンググループへの激励とともに、これからの加速器施設は省エネを実施しなければならないとコメントがあり、石川委員長からそれを念頭に検討していく所存と回答がありました。

 最後に、閉会の挨拶が後藤俊治SPring-8高度化計画検討委員よりありました。将来のSPring-8について真剣に議論をはじめたこと、これからの10年間は決して長くはないが多くの議論を重ねることと多くの研究開発が必要であることが述べられました。そして、講演者、ワーキンググループメンバー、事務局等関係者への感謝の言葉で締めくくられました。

 約180名の聴衆はシンポジウム閉会までほとんど会場を埋め尽くしました。また、シンポジウム後に行われた懇親会には予定を大きく上回る59名が参加し、盛大な会となりました。

 

 

 

3. おわりに

 冒頭でも述べたとおり、本シンポジウムの主目的の1つは、SPring-8において将来の方向性・具体案の議論がスタートしたことを対外的に示すことでした。その意味で、今回のシンポジウムは多くの方々にSPring-8の決意が伝わったように見て取れました。

 この議論は始まったばかりであり、これから内外の声を反映させ、次期計画を練り上げていくことになります。石川委員長および後藤委員の言葉にもあったとおり、今後繰り返し議論の場を設け、Web等で情報の公開を積極的に行いながら、議論を成熟させていきたいと考えています。

 本シンポジウムの開催にあたり、招待講演を快諾してくださった講演者の方々、シンポジウム全般にわたりアドバイスくださったSPring-8高度化計画検討委員会、会場準備など様々な側面で協力いただいた事務局の方々、またご参加いただいた皆様に感謝致します。

 

 

 

渡部 貴宏 WATANABE Takahiro

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 加速器第IIグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0856 FAX:0791-58-0850

e-mail : twatanabe@spring8.or.jp

 

矢橋 牧名 YABASHI Makina

(独)理化学研究所 播磨研究所 X線自由電子レーザー計画推進本部 ビームライン建設チーム

〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58- 2861 FAX:0791-58-2862

e-mail : yabashi@spring8.or.jp

 

鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 分光物性Iグループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830

e-mail : m-suzuki@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794