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Volume 14, No.3 Page 183

新理事長挨拶

白川 哲久 SHIRAKAWA Tetsuhisa

(財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 6月18日から吉良前理事長の後を受けましてJASRIの理事長に就任いたしました、白川と申します。これから、「SPring-8利用者情報」にはその時々に理事長として考え、感じたことをご披露させていただきたいと思っていますので、よろしくお付き合いのほどお願いいたします。

 

 今回は第一回ですので、まず私の自己紹介から始めさせていただきますが、実はJASRIは私にとってこれが二度目の勤務ということになります。

 

 古くからの「利用者情報」の読者の中にはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、一回目は平成5年3月から平成7年6月まで、2年3ヶ月ほど旧科学技術庁からJASRIへ出向しておりました。当時JASRIはまだ設立間もない草創期で、事務所も播磨科学公園都市ではなくて神戸のポートアイランドの神戸国際会議場の一角にありました。

 

 当時企画調査部長を拝命していた私は、JASRIの将来あるべき姿を思い描きながら、SPring-8の建設を進めていた理研・原研の共同チームや大型共用施設の利用促進のための法律に基づく指定機関を検討中であった科学技術庁のご担当の方々と、JASRIの制度設計について連日喧々諤々と議論をしていたことを思い出します。JASRIはSPring-8の運転開始後は、その運用管理と利用者支援を担うことになっておりましたが、なにしろわが国でも例のない組織とシステムを組み上げるわけですから、お国や共同チームはもとより、当のJASRI自身が手探り状態であったことは否めません。そんな中で、8 GeVの放射光施設が日本国内で稼動する日を心待ちにしていらっしゃる放射光利用研究者の方々とどのように連携し、その要望をくみ上げ、それを施設建設や利用制度の中にいかに反映させていくかは、設立当初からのJASRIの最も大切な仕事のひとつでありました。利用者懇談会の先生方からご意見を伺い、上坪リーダーをはじめとする共同チームのメンバーの方々と議論し、お役所のご担当と打ち合わせを行い、少しずつですがJASRIの役割が形作られて行きました。

 

 その当時から、この「利用者情報」のような利用者向けの情報誌の必要性は皆に認識されておりましたので、JASRIの利用者支援のための努力の嚆矢として、平成8年3月にその創刊号が発行されました。当時担当されていた、原研から出向されていた鈴木伸武さんから、科学技術庁に帰っていた私のところに創刊号が送られてきたときのことを感慨深く思い出します。

 

 神戸時代のJASRIについて忘れられないのは、阪神・淡路大震災です。あれは平成7年の1月ですから、当時のJASRIのスタッフの多くはあの震災を神戸で経験しました。私も、当時単身赴任していた兵庫区のマンションで震度7を経験したわけですが、誠に幸いなことに怪我ひとつすることなく生き延びることが出来ました。しかし、ポートアイランドにあった事務所は大きな被害を受けて使用に耐えなくなってしまいましたので、これを奇貨としてJASRIの事務所を播磨科学公園都市に移すことに決めたのでした。

 

 あれからもう14年が経ちました。14年振りにJASRIへ帰ってきてまず大変嬉しく思いましたのは、SPring-8、なかんずくJASRIの業務が順調に拡大しており(もちろん、あらゆる組織の常として、多くの取り組むべき課題もあるわけですが)、その活動が高く評価されて来ている、ということです。諸施設の建設も順調に進み、14年前とは比べ物にならないほどに新たな研究施設が整備されている様子を見るにつけ、これまでのご関係の方々のご努力に頭の下がる思いがいたしますとともに、その後を受け継ぐ理事長として責務の重大さを改めて感じております。

 

 今後は理事長として、JASRI業務の進展とわが国放射光利用研究の発展のために微力を尽くす所存でございますので、「利用者情報」の読者の方々にも、一段のご支援、ご協力をお願いしまして、初回のご挨拶に替えさせていただきます。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794