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Volume 14, No.2 Pages 97 - 99

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

利用研究課題選定委員会を終えて、分科会主査報告1 −生命科学分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Life Science –

中川 敦史 NAKAGAWA Atsushi

大阪大学 蛋白質研究所 Institute for Protein Research, Osaka University

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 2007B期から2009A期までの1期2年間の利用研究課題選定委員会を終えるにあたり、生命科学分科会での審査状況を報告するとともに、現状の問題点と今後課題を申請するに当たって留意すべき点についてまとめさせていただきます。

 

 

生命科学分科I(L1:蛋白質結晶構造解析)

(1)審査全般について

 L1の課題審査では、蛋白質結晶構造解析のユーザーの多様なニーズに応え、インパクトの高い成果が数多く出てくることを目指した課題選定を進めてきた。L1で扱われる蛋白質結晶構造解析の分野では、サンプル調製・結晶化のステップがボトルネックとなる場合が多く、その一方で良質な結晶が得られれば比較的短時間で(場合によっては1つのデータセットだけで)構造解析に成功することが多い。非常に競争の激しい蛋白質結晶構造解析の分野に対応するためには、ベストなタイミングで必要十分なビームタイムを効率良く配分することが重要である。多様なユーザーのニーズに答えるために、これまでの分科会を通して、分科固有の課題申請書、ビームタイム配分方針、分科会留保ビームタイム、1.5シフト運用などの独自の制度を導入してきており、その成果は、「SPring-8利用者情報」やwebサイトなどに、すぐれた研究成果として数多く紹介されている。

 L1分科では、偏向電磁石ビームラインBL38B1とアンジュレータビームラインBL41XUの2本を対象に課題選定を行っている。この2年間(2007B〜2009A)での採択率の平均は、BL38B1が91%、BL41XUが88.5%と比較的高い値になっている。反対に平均の配分シフト数は2009Aでは、BL38B1が4.7シフト、BL41XUが2.7シフトと、1課題あたりでは短いビームタイムで課題がこなされていることがわかる。高輝度なアンジュレータ光が利用できるBL41XUでは、高速な二次元検出器を導入し、制御系を改良することにより、1データセットの収集に必要な時間が最短5分程度と非常に短くなっている。これまでは3シフト単位で配分していたため、実験によってはデータ収集に必要な時間に対して長い時間配分となってしまう問題があり、ビームタイムを有効に利用することが難しかった。そこで2008A期より、BL41XUに対して1.5シフト単位でビームタイムを配分することを認めていただいた。

 現在の審査システムでは、年2回行われる審査を経てビームタイムが配分されるが、ビームタイムを有効に利用するためには、申請時にある程度の質の結晶が得られていることが求められている。しかし、厳しい競争に対応するためには、結晶が得られたら直ちにデータ収集・解析を行うことが重要であり、前分科会から引き続いて、緊急を要する課題に対して、留保ビームタイムの運用を行った。これは、あらかじめ適当な時間のビームタイムを(ほぼ)定期的に確保しておいて、緊急を要する利用希望に対して、迅速に課題審査・ビームタイム配分を行うことができる制度である。各期あたりBL38B1では30シフト程度を、BL41XUでは10〜15シフト程度を留保ビームタイム枠として確保した。時期によって若干のばらつきはあるが、毎回緊急性の高い申請が数多くあり、有効に機能していると考えている。なお、過去2年間の採択率の平均は65%であった。また、2009A期では、BL38B1に、重点研究課題(領域指定型拡張メディカルバイオ課題)の1課題、6シフトが配分された。

 当然のことであるが偏向電磁石ビームラインBL38B1とアンジュレータビームラインBL41XUでは輝度が大きく異なり、後者では、微小な結晶でも高精度データ収集が可能なだけでなく、データ収集時間も数分の1から10分の1程度で済む。このため、多くのユーザーがBL41XUの利用を希望し、非常にビームタイムがタイトな状態が続いている。以前から指摘されていることではあるが、結晶の大きさや性質によってBL38B1でも十分に精度の高いデータが収集できる場合も多く、また、長時間の実験が必要な場合など実験内容によってはBL38B1の方が使いやすい場合もあるので、2つのビームラインの性質を良く理解して、適切なビームラインを申請することが望まれる。

 

(2)1.5シフト運用について

 BL41XUでは、2008A期から1.5シフトの運用を開始した。従来は3シフトを基本として配分していたが、高速な二次元検出器の導入と制御系の改良により、1データセットの収集に必要な時間が最短約5分、平均して5〜10分程度と非常に短くなったため、ビームタイムを効率良く利用することを目的とし、1日を2回にわけて1.5シフト運用とした。BL41XUでは、1つの実験に対して連続した長時間を利用するより、1.5シフトのビームタイムを複数回利用した方が効果的であると考えられる。そこで1.5シフト以上のビームタイムを配分した、特にインパクトの高い成果が期待できる課題については、多くの場合には1.5シフトのビームタイムを複数回にわけて実施され

 

(3)ターゲットタンパク研究プログラムとの連携

 2008年度より文部科学省「ターゲットタンパク研究プログラム」が開始した。ここでは、現在の技術水準では構造解明がきわめて難しいものの学術研究や産業振興に重要な蛋白質をターゲットに選定し、高難度蛋白質の構造・機能解析のための技術開発を行いつつ、ターゲットタンパク質の構造と機能の解明をめざすプロジェクトが進められている。この中の「技術開発研究」として、10 μm以下の微小結晶からの回折強度データ収集を目標とした「高難度タンパク質をターゲットとした放射光X線結晶構造解析技術の開発(代表:若槻壮市)」が進められており、SPring-8でも理化学研究所がマイクロフォーカスビームラインBL32XUを建設している。「ターゲットタンパク研究」では、基本的な生命現象の解明、医学・薬学等への貢献、および食品・環境等の産業応用に向けてターゲットとなる蛋白質群の構造・機能解析を、一つのプロジェクトとして進めているが、そこでは放射光の利用は不可欠であり、文部科学省より予算配分を受け、成果公開優先枠を使ってターゲットタンパク研究プログラムのためのビームタイムが確保されている。2008A期で42シフトが、2008B期で36シフトがこの枠組みで利用された。

 

 

生命科学分科II(L2:生体試料小角散乱)

 L2ではおもに蛋白質や脂質などの非晶質試料(溶液)や筋肉・毛髪などの繊維試料を対象にした申請の審査を行ってきた。筋肉・毛髪などの繊維試料や脂質類に関する申請課題ではSPring-8のマイクロビームを生かした高度な回折実験が活発に行われ、インパクトのある研究成果が得られている印象が強い。一方、蛋白質溶液の小角散乱では、近年になって蛋白質溶液からの散乱強度分布から直接構造モデルが構築できる解析法が開発され、この方法を利用した研究課題が増加しているが、その採択件数は横ばいか減少傾向にある。これは従来のX線小角散乱法による蛋白質の溶液構造解析だけでは学術的な意義が十分に得られないことを意味している。そこには筋肉・毛髪などの繊維試料や脂質類のX線小角散乱にはない蛋白質溶液固有の事情、つまり、これまでX線小角散乱解析の対象となっていた生体超分子複合体や中間体の構造解析が、生化学や結晶化技術の進歩とマイクロフォーカスビームの利用によって原子レベルでのX線結晶構造解析にとって変わられるようになったことがある。

 したがって、今後はひとつの生命システムに着目し、その生命システムに関与する複数の蛋白質のネットワークを構造科学的に明らかにする真の構造生物学を目指した申請を期待したい。そのためには目的とする蛋白質についてX線小角散乱法とX線結晶構造解析法を相補的に利用することが必要である。たとえば、複数のドメインがタンデムに連なったマルチドメイン蛋白質は、ドメイン間の大きなゆらぎによってその全長構造の結晶化は困難であることが予想される。そこで、それぞれのドメインの構造をX線結晶構造解析で決定し、全長構造をX線小角散乱で解析すれば、その結果を合わせることによってマルチドメイン蛋白質の全長構造が原子レベルで決定できるはずである。そのような意味からもこれまでSPring-8を利用して蛋白質のX線結晶構造解析を行ってきたユーザーがX線小角散乱の有効性を理解し、X線小角散乱法とX線結晶構造解析法とを相補的に利用した生命システムの構造生物学的研究を積極的に推し進めていっていただくことを期待したい。

 

 

生命科学分科III(L3:医学利用、バイオメディカルイメージング)

 本分科では、医学利用、バイオメディカルイメージングと銘打って、広い専門分野からの課題申請を扱う。医学利用に関しては、マイクロビームテラピーに関する課題が多くなっている。顕微鏡応用も位相コントラストやトモグラフィによる三次元観察など、そのフロンティアが拡大しつつある。一部のビームラインでは、非常に混んでいるために点数が高いにもかかわらず採択されない例が多く見られ、施設側でも今後検討していただければ幸いである。

 本分科では、放射光技術の専門家からの申請もあるが、放射光から相当離れた分野からの申請も多い。それぞれの専門性と重要性を十分に咀嚼して審査するのが、なかなか難しいところである。

 このことも関係し、JASRIでは、重点研究課題(領域指定型メディカルバイオ・トライアルユース)と重点研究課題(領域指定型拡張メディカルバイオ)を一般課題と重複申請可能として募集している。L3分科がそれに含まれる場合が当然多く、事務的にはそちらとの調整にも苦労があった。ただし、このような機会の確保はユーザーにとって大変有意義なので、申請者に不便と不利のないように今後も続けられるとよい。

 

 

終わりに

 SPring-8の供用開始から10年以上が経過し、生命科学研究において欠くことのできない施設となっていることはいうまでもない。限られたビームタイムを有効に利用し、より多くの成果がより多くのユーザーによってあげられていくために、どのようにしていけば良いか、今後も課題審査の面からも改善が進められていくことを期待しています。

 課題審査を行うにあたり、貴重な時間を割いて評価していただきました多くのレフェリーの先生方、年2回の課題選定や留保ビームタイムへの対応等でお世話になりました熊坂崇先生および利用業務部をはじめとするJASRIの皆様方には多大なる御協力をいただきました。この場をお借りして深く感謝いたします。また、本稿をまとめるにあたりご協力頂きました、横浜市立大学の佐藤衛先生、東京大学の百生敦先生、JASRIの熊坂崇先生に感謝いたします。

 

 

 

中川 敦史 NAKAGAWA Atsushi

大阪大学 蛋白質研究所

〒565-0871 吹田市山田丘3-2

TEL : 06-6879-4313 FAX : 06-6879-4313

e-mail : atsushi@protein.osaka-u.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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