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Volume 14, No.2 Pages 94 - 96

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

平成20年度(2008B期、2009A期)の課題選定および長期利用課題分科会を終えて
Report on FY2008 Proposal Review by PRC Chair/Long-term Proposal Subcommittee Chair

飯田 厚夫 IIDA Atsuo

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 Institute of Materials Structure Science, KEK

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1. はじめに

 平成20年度は当委員会の2年度目に当たり、昨年度の方針を維持し課題選定を進めました。昨年度の課題選定についてはSPring-8利用者情報Vol.13, No.3 (2008) 208をご覧ください。本稿では、平成20年度に開催された2回の利用研究課題審査委員会(2008B期、2009A期)について報告いたします。また長期利用分科会における課題の事前・中間・事後評価についても併せて報告いたします。

 

 

2. 2008B期の課題募集と審査

 2008B期の課題選定の経過と結果は、本情報誌に詳細が掲載されています(SPring-8利用者情報Vol.13, No.5 (2008) 330)ので、要点のみまとめます。2008B期の運転は平成20年10月から平成21年3月までで、この間に予定される放射光利用ビームタイムは237シフトでした。課題募集案内は5月から行われ、6月までに募集が締め切られました。この期には長期利用課題の申請はありませんでした。成果専有課題と成果公開・優先利用課題を除く一般課題および重点研究課題(重点ナノテクノロジー支援課題、重点産業利用課題、重点メディカルバイオ・トライアルユース課題、重点拡張メディカルバイオ課題)の分科会による審査は8月4日に行われ、引き続き8月5日に第5回利用研究課題審査委員会が開催されました。総応募件数は992件であり、総選定件数は556件となり、全体としては56%程度の採択率となりました。応募総数がやや通常よりも多く、逆に放射光利用シフト数がやや少なかったことから、採択率が低くなりました。なお重点産業利用課題分野の2期に分けた課題募集や、生命科学分野の留保ビームタイム制、緊急課題などの受付が後日行われていますので、半期終了後の統計では、応募・選定件数とも増加するものと思われます。またビームタイムを利用した過去の成果を課題審査にフィードバックする試みは2005A期から始まっていますが、今回も同様な方法で行っています。研究成果の把握はSPring-8のような施設では特に重要ですので、該当される方は登録を忘れないようにお願いします。

 ビームライン毎の配分結果をみますと、BL47XU(光電子分光・マイクロCT)はいつも競争率の高いビームラインですが、今回も採択率が約22%という極めて低い値になりました。またBL25SU(軟X線固体分光。採択率32%)およびBL37XU(分光分析。採択率31%)も高い競争率(低い選定率)になっています。BL02B1(単結晶構造解析。採択率33%)はBL装置の高度化作業に伴う現象と理解されます。その他委員会では、緊急課題の選定基準についての議論がありました。このカテゴリーにおける「緊急性」は、個人レベルの都合ではなく、社会的必要性や客観性のあるもので、最長半年先になる次期課題募集が待てない理由を持つものとの結論になりました。今後、この点を明記してもらうように緊急課題の申請書の様式を変更することになりました。また一部の申請者から外国人レフリーを採用してもらいたい旨の要望が出されたことを受けた議論が行われました。国際化の視点からは興味ある対応でありますが、外国人レフリーにどのように依頼するか(日本人レフリーと区別なく依頼するか、英語で申請された課題のみを依頼するかなど)により技術的な問題点もあることが指摘され、継続検討課題としました。2年目に入り選定作業に慣れてきたことやシステムも大変利用しやすくなったことなどから選定作業全体がスムースに進むようになり、分科会での選定は概ね半日で終了するようになりました。

 

 

3. 2009A期の課題募集と審査

 引き続き2009A期の課題選定の経過と結果の要点をまとめます。詳しい統計は、本号60ページに掲載されています。2009A期の運転は平成21年4月から平成21年7月までが予定されています。そのうち放射光利用ビームタイムは243シフトであり、共用に供されるビームタイムはその8割の194シフトが目安とされました。募集案内は10月から行われ、課題の種類に応じて11月末から12月初めにかけて募集が締め切られました。長期利用課題(申請課題数3件)の面接審査は12月16日に開催されました。一方成果専有課題と成果公開・優先利用課題を除く一般課題及び重点研究課題の分科会による審査は1月29日(一部の分科はそれ以前に開催されました)に行われ、翌1月30日に第6回利用研究課題審査委員会が開催されました。総応募件数は847件であり、総採択件数は541件となり、全体としては64%程度の採択率となり、2008B期よりは多少上昇しています。ビームライン毎の配分結果をみますと、BL47XU(光電子分光・マイクロCT。採択率22%)が相変わらず最も競争率が高く、BL20B2(医学・イメージングI。同36%)、BL25SU(軟X線固体分光。同36%)、BL27SU(軟X線光化学。28%)などが高い競争率になっています。

 前回の利用研究課題審査委員会で検討された外国人レフリー制導入の是非は、その後選定委員会でも検討され、施設側で平成21年度の方針を検討している旨の報告がありました。

 

 

4. 長期利用課題の事前評価について

 長期利用課題は2009A期に向けて3件の応募がありました。

 まず小野寺課題(実験責任者:小野寺宏、国立病院機構西多賀病院、課題名:脳組織位相差CTによる可視化〜神経可塑性の可視化、脳疾患病態解明および神経脳細胞移植への応用)は、X線干渉計を用いた位相差CTの、脳組織イメージングへの応用を目的とするものです。神経科学研究に不可欠な3次元脳地図作成、疾患モデル動物における病変の解析と神経細胞移植にかかわる神経可塑性の画像化、そして脳卒中や神経難病の病脳巣の解析を具体的な研究目標としています。これまでの重点研究課題などの結果に基づいた提案で、目的とされる研究テーマも医学的に重要かつ先端性に富んでいると評価されました。また本課題はすでに採択されているCREST採択課題の中核を成しており、研究計画も明確なものでした。

 Lewis課題(実験責任者:Robert LEWIS、Monash University, Australia、課題名:Phase contrast X-ray imaging of the lung)は直前の第12回SPring-8シンポジウムで長期利用課題報告および事後評価が行われた課題の継続課題であり、外国からの応募であることもあり、面接は省略し、分科会委員からの事前の質問に対する回答書も含めた形で書類審査を行いました。Lewis課題は、肺のX線位相コントラスト・イメージングにより、早産時のエアレーションの最適化および成人の肺線維症や肺気腫などの病態生理学的解析を行うことを目的としているもので、技術的には、当該分野に必要な位相コントラスト・イメージングの定量的解析法の開発を行うとしています。この課題は位相コントラスト・イメージングのもっとも興味深い応用研究の一つであると評価されました。前課題での優れた実績から見て本課題での成果も大いに期待できると思います。

 審議の結果、小野寺課題とLewis課題は極めて質の高い課題と判断され、選定といたしました。もう1件の提案は非常に興味ある研究対象を扱おうとする内容でしたが、現状の計画では長期利用課題の要件である「科学技術的妥当性」、「長期の研究目標や研究計画の妥当性」などを判断するのが困難であり、長期利用分科会における審議の結果、残念ながら不選定としました。以上2課題の採択により、2009年度当初に有効な長期利用課題は、2006B期採択の2課題(櫻井課題、豊島課題)、2007A期の2課題(安田課題、Cramer課題)、2008A期の2課題(Felser課題、Yan課題)と合わせて計8課題です。

 

 

5. 長期利用課題の中間・事後評価について

 長期利用課題の事後評価をSPring-8シンポジウムでの発表に合わせて2008年10月31日に行いました。対象となったのは2005A期採択の1課題(Fons課題)と2005B期採択3課題(Lewis課題、雨宮課題、財満課題)です。

 Fons課題(実験責任者:Paul FONS、課題名:Measurements of SuperRENS Optical Memory Material Properties)は、静的・動的XAFSにより光相変化物質のレーザー照射による構造変化の測定を行い、その機構の解明を行ったもので、初期の目標をほぼ達成していると評価されました。特に時間分解マイクロビームXAFS計測という極めて高度な手法を開発し、高速光相転移を局所レベルで明らかにしつつある点は注目されるところです。 Lewis課題(実験責任者:Robert LEWIS、課題名:Phase-contrast imaging of the lungs)はX線位相コントラスト法を肺の画像診断に応用し、出生児の呼吸開始時のin vivo画像の取得とその定量的解析を始めとして医学的に重要な対象についての応用研究を行ったものです。その成果は初期の目標を超えており、社会的なインパクトも大きく、高く評価できます。上記に報告したようにこの課題は2009A期からの長期利用課題として発展的に継続されます。雨宮課題(実験責任者:雨宮慶幸、課題名:時分割二次元極小角・小角散乱法によるゴム中のフィラー凝集構造の研究)では二次元極小角・小角散乱システムの高度化を完成させており、高輝度光源を用いた小角散乱測定解析法の確立に大きな成果を上げたと評価されました。また本システムは今後多くの高分子材料研究に利用されると思われ、産業界も含めた波及効果も大きいと期待されます。財満課題(実験責任者:財満鎭明、課題名:ポストスケーリング技術に向けた硬X線光電子分光法による次世代ナノスケールデバイスの精密評価)では、硬X線光電子分光法が‘ポストスケーリング技術’における界面や多層構造の化学状態や電子状態などの情報を与えることを明快に示し、その優れた成果は応用物理学の学術的価値にとどまらず産業界への影響も大きいものがあり、今後この分野の一層の発展を期待させるものと評価されました。

 また2007A期採択の2課題(安田課題、Cramer課題)の中間評価を10月10日に行いました。安田課題(実験責任者:安田秀幸、課題名:高時間・空間分解能X線イメージングを用いた凝固・結晶成長過程における金属材料組織形成機構の解明)では、これまでに高温炉・試料セルなどの改良を行ってきており、その新しく開発した合金材料の凝固・結晶過程の観察法を基に最終年において初期の目的の一つである2元型合金の2次元濃度分布を評価する定量的観察手法を確立することが期待されます。またCramer課題(実験責任者:Stephen CRAMER、課題名:Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy (NRVS) of Iron-Sulfur Enzymes for Hydrogen Metabolism, Nitrogen Fixation and Photosynthesis)では、これまでにNRVS法の特長を他の実験手法との比較検討を行うことにより実証し、また分子シミュレーション法をニトロゲナーゼの解析に応用し、その精度の評価も行っています。前長期課題を含めて6年間の研究の集大成の最終年には、NRVS情報の正確性の一層の向上と生体高分子評価法の確立か期待されます。

 

 平成21年3月をもって、平成19年度、20年度の2年間の利用研究課題審査員会が終了し、新しい委員会に引き継がれました。この2年間には大きく制度が変わるようなことはありませんでしたが、課題審査システムの効率化など着実な進歩を遂げているようにみえます。SPring-8は優れた成果を上げることが常に求められておりまたその責任もありますが、そのために利用研究課題審査・選定の役割は大きく、常によりよいシステムの構築が必要と思います。そのためにこの間多くの努力とエネルギーを注がれた課題審査委員会委員、分科会委員、またレフリーの皆さま、また実質的な作業を担っていただいた利用業務部の皆様に深く感謝いたします。

 

 

 

飯田 厚夫 IIDA Atsuo

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所

放射光科学第2研究系(放射光研究施設)

〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1

TEL : 029-864-5595 FAX : 029-864-2801

e-mail : astuo.iida@kek.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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