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Volume 14, No.1 Pages 40 - 43

2. ビームライン/BEAMLINES

BL33XU豊田ビームラインの概要
Outline of the TOYOTA Beamline (BL33XU)

広瀬 美治、荒木 暢、野中 敬正、野崎 洋、山口 聡、林 雄二郎、長井 康貴、森 康郎、都築 征和、堂前 和彦、妹尾 与志木

(株)豊田中央研究所  Toyota Central R&D Labs., Inc.

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 SPring-8に(株)豊田中央研究所(以下、豊田中研)の専用ビームラインを(独)理化学研究所(以下、理化学研究所)と(財)高輝度光科学研究所(以下、JASRI)の協力を得ながら建設中である。完成は2009年4月初旬の2009A期スタートにおけるコミッショニングを目指している。そのビームラインの概要と建設状況について報告する。

 

 

1. 豊田ビームライン構想

 トヨタグループの将来の材料研究のニーズに応えるために、現在の放射光施設では実現されていない、次の2つの装置が必要と考えた。

 第1は、エンジンベンチと直結した時分割XAFS測定系である。触媒のその場観察では、モデル試料、モデルガスを使った実験の限界が明らかになってきた。エンジンの可視化技術がエンジン内の燃焼シミュレーション技術の確立に役だったように、実際の排気ガス雰囲気下での触媒コンバータの可視化が、究極の触媒システムを完成するために必要不可欠であると考える。そのために、モデルガスを用いた基礎的反応解析システムと共に、実用自動車エンジンの排気ガスを用いた実際の触媒システムを導入し、時分割XAFSを行いたい。

 第2は、3次元X線顕微鏡である。世の中では、放射光を用いた3次元X線顕微鏡がいくつか提案されていて、外場や熱などが加えられた状況下で、内部の組織変化を明らかにする方法として有望であると考えている。EBSP(Electron Back Scattering Pattern)で可能となった2次元組織観察を放射光を用いて3次元に拡張できれば、金属・セラミックス材料の研究において、新たな研究スタイルを提案することが期待できる。できる限り大きな作動距離を有する3次元X線顕微鏡は、材料が機能を発現する状況下で、表面に限らず内部で何が起こり、どのように機能が発現するかを明らかにできる、これまでにないツールを提供し、材料研究の進展に大きく貢献することが期待できる。

 前述の狙いを実現するビームラインに必要な要件は、以下の通りである。

 

(1)リング棟の外に実験棟を有する中尺ビームライン

(2)ビームラインにエンジンベンチが設置可能

(3)テーパ付きアンジュレータを用いた時分割XAFS測定系(Quick-XAFS、Dispersive-XAFS)

(4)80 keVで数100 nmの空間分解能を持つマイクロビーム光学系

(5)SPring-8で開発された、ダイヤモンド移相子を用いた円偏光作製装置と磁場発生装置を組合せた、磁区構造観察装置

 

 

2. 建設開始までの経緯

 2006年の7月に前述の構想の実現可能性に関して、検討を開始した。表1に建設開始までの主な出来事を記す。先ず、SPring-8にテーパアンジュレータを導入することは問題ないことがわかった。それは既にオーストラリアの放射光施設向けに技術開発を終えていた。

 2006年12月にSPring-8で行われた「豊田ビームライン構想」に関するワークショップを契機として、ビームラインの具体化が大きく前進した。先ず、構想には余りにも多くの技術が含まれているので、優先順位を明確にして実現すべきであるとの助言を受けた。次に、時分割XAFSの手法として、Super Quick-XAFS法が提案された。

 Super Quick-XAFS法の光学系は通常のXAFS法と同様であるが、小型の分光器を高速に周期振動させることによって高速にXAFSスペクトルを取得可能としたものである。この手法はSPring-8で技術開発されたもので、すでに50 msecでのスペクトル測定の実績がある。

 その後、JASRIへ研究員を派遣し、実行計画書の検討、設備予算案の作成、実験棟建設のための土地の検討、安全面の確認などの課題解決を、同時平行的に進めた。

 結局、設備費の制限と、80 keVの高エネルギー領域のマイクロビームの実現に、技術開発が必要であることから、構想を分割して、2009年4月のコミッショニングに向けて実時間X線分析の実現を図ることが決まった。

 

 

3. BL33XUの構成

3-1 全体構成

 図1に現在、建設中の豊田ビームラインの全体図を示す。収納部にテーパアンジュレータとフロントエンドを設置する。リング棟内に光学ハッチ(図2)を設置する。リング棟の外に専用実験棟(豊田ビームライン実験棟)を建設する。実験棟内に実験ハッチ1、2(図3)を設置する。光学ハッチと実験ハッチは、輸送パイプで連結される。実験棟内に化学準備室及び測定準備室を設置する。実験棟は、測定準備室を除いて、放射線管理区域とする。ガスボンベ庫を実験棟の南側壁面に設置する。

 

表1 豊田ビームライン計画

実時間X線分析 マイクロX線分析
特長 時間分解-XAFS
時間分解能 数10 msec
(現状 数sec)

その場、状態・反応解析
3次元X線解折顕微鏡
空間分解能 数100 nm
(現状 数μm)

その場、内部組織解析
研究テーマ ・触媒反応解析
・化学反応
・金属材料の塑性変形
・材料の内部応力分布
・磁石材料の磁区構造

 

 

表2 建設開始までの経緯

2006 / 7 専用ビームラインの検討を開始
/ 12 「豊田ビームライン構想」に関するワークショップ開催
2007 / 2 「専用ビームライン設置計画趣意書」を提出
ビームライン名称を「豊田ビームライン」とする
/ 3 設置計画趣意書承認
/ 6 専用ビームライン設置場所がBL33INと決定される/td>
/ 8 「専用ビームライン設置実行計画書」を提出
/ 11 設置実行計画書承認
/ 11 アンジュレータ発注
2008 / 1 実験棟建設予備工事着手

 

 

図1 全体構成

 

 

図2 光学ハッチの構成

 

 

図3 実験ハッチの構成

 

 

3-2 光源

 X線の発生源には前述のようにテーパ付き真空封入型アンジュレータを用いる。表3にその主な諸元を示す。

 

表3 アンジュレータの諸元

出力 13.7 kW
磁場周期長 32 mm
周期数 141
永久磁石列長 4512 mm
磁石列ギャップ可変域 6〜50 mm
最大ギャップテーパ 2 mm/4.5 m
磁場強度 0.87 T

 

 

3-3 フロントエンド

 収納部内のフロントエンド機器は、SPring-8標準仕様に準じたものである。

 

3-4 コンパクト分光器

 4.0〜46 keV(Ti〜CeのK吸収端)のエネルギー範囲をカバーするために、2つのSiチャンネルカット結晶を用いる。(111)面で4.0〜28 keV、(220)面で6.5〜46 keVをカバーする。有限要素法プログラムANSYSを用い冷却方法を検討し、液体窒素冷却が必要であることがわかった。液体窒素循環冷却装置を用いた場合の角度誤差は約4〜5 µradと見積られた(分光器に60.7 Wの熱が入ると仮定)。実際の角度誤差は、結晶ホルダーを注意深く設計すればその数倍以内に収まると予想された。チャンネルカット結晶を用いるため、エネルギースキャン時は厳密には定位置出射とはならない。しかし稼動部分が一つだけであるので、機構が単純化され、高速エネルギースキャンが可能である。2008年4月にBL28B2の白色光源を用いて大気中でオンライン実験を行った(図4)。結晶の回転には、サーボモータを用いた。20 HzでXAFSスペクトルが得られることを確認している。

 

 

図4 コンパクト分光器の試作

 

 

3-5 光学系

 最初にSuper Quick−XAFSのための光学系を説明する。光学ハッチにはいずれも横振りの2つのミラー(M1、M2)を置く。入射角1.5 mrad固定で、約45 keV以下のX線を全反射し、高エネルギーX線をカットするとともに、第2ミラーを湾曲させることで水平方向の集光機能を有する。第1実験ハッチに、コンパクト分光器を設置する。コンパクト分光器の後ろに、2つの縦振りミラー(M3、M4)を設置する。コンパクト分光器で単色化されたX線は縦振りミラーにより高次光カットと縦集光をされ、第2実験ハッチ内の試料に向かう。

 将来、D-XAFSを行うときには、光はコンパクト分光器をスルーして、第2実験ハッチに設置する予定のポリクロメータに導かれる。また、高エネルギーマイクロビームを用いた回折実験を行うときは、光学ハッチに標準2結晶分光器を設置してそれを実現する。その際には、光はM1、M2、さらに、コンパクト分光器、M3、M4をスルーして第2実験ハッチに導かれる。

 ミラーの冷却に関しても、有限要素法を用いたシミュレーションを実施し、水冷を行うこととした。表4に4つのミラーの仕様を記す。

 

 

表4 ミラーの諸元

M1 M2 M3 M4
ミラー寸法
(mm)
1000
70
70
1000
70
50
700
85
50
700
85
50
コーティング Pt/Rh Pt/Rh Pt/Rh Pt/Rh
Θ調整範囲
(mrad)
-1~3
横振り
-1~3
横振り
-1~8
縦振り
-1~8
縦振り
X調整範囲(mm) ±10 ±12 ±15 ±15
Z調整範囲(mm) ±10 ±15 ±15 ±20
ベント なし あり あり あり
冷却 水冷 水冷 水冷 水冷

 

 

 45 keV以下の準白色X線が第1実験ハッチまで導入される。従って、光学ハッチ、第1実験ハッチには、水冷スクリーンモニタ、XYスリット、マスク、コリメータなどが設置されている。なお、第1実験ハッチは、光学ハッチの性格を有しているが、γストッパーの後ろのハッチを実験ハッチと呼ぶとのことで、そのように命名した。

 

3-6 制御・インターロック

 制御・インターロックは、SPring-8標準に従う。光学ハッチ内のパルスモータだけでなく、実験ハッチ内のパルスモータもMADOCAシステムを用い制御する。

 

3-7 XAFS測定系

 透過XAFS(検出器:イオンチェンバー)、蛍光XAFS(検出器:ライトル及びシンチレーションカウンター)、転換電子収量法XAFSを可能とする。Super Quick-XAFS用に、最高100 kS/sの16ビットAD変換器を用いる。時分割XAFSとしては、数10 msecで1スペクトルを測定し、連続1000スペクトルを取得することができる。

 in situ XAFS実験用にモデルガスを用いた高速ガス反応解析システムを設置する。ダイナミックな反応解析に適用できるように、独立した3系統のガス供給系と高速ガス切替器を有したガス供給システム及び数種類のガス種を50 msec間隔で分析することを可能とするガス分析系から構成されている。

 

 

4.建設状況と今後の予定

 ビームラインの建設に当たり、リング棟内での大きな工事はビームラインの停止期間中に行われる。2008年度夏期長期運転停止期間に、フロントエンド機器の大部分の設置、光学ハッチの建設を行った。秋の運転停止期間中に輸送パイプを設置した。2008年9月に組立調整棟に搬入されたアンジュレータは、調整を終え、冬期長期運転停止期間に、収納部に移設を終えた。一方、実験棟は5月に着工し、10月に竣工した(図5)。実験棟内の実験ハッチは11月に建設を終えた。現在、光学ハッチ、実験ハッチ内に光学系を設置している最中である。順調に進めば、2009A期の最初にコミッショニングを終える予定である。

 その後、光を使いながら、コンパクト分光器の調整、XAFS実験測定系の整備を進める。遅くとも2009B期には、計画通りの実験を行いたい。

 豊田ビームラインは、企業が単独でSPring-8に専用ビームラインを建設する初めてのケースである。ビームラインの設計は、理化学研究所とJASRIの多大な協力を得ながら進められている。ANSYSによるシミュレーションもJASRIによるものである。設備の発注は豊田中研の責任で行っているが、SPring-8で開発済みで標準仕様となっているものをそのまま使わせていただくケースが多くあるほか、装置の購入や据付に際しても多くのご指導をいただいており、理化学研究所とJASRIの方々なしでは本計画は成立しなかったことは明らかである。ここに数々のご協力に対して厚くお礼を申し上げる。今後ともこれまでと変わらないご協力をお願いしたい。

 

 

図5 豊田ビームライン実験棟の竣工写真

 

 

 

広瀬 美治 HIROSE Yoshiharu

(株)豊田中央研究所 分析・計測部

〒480-1192 愛知県愛知郡長久手町大字長湫字横道41の1

TEL : 0561-63-4300 FAX : 0561-63-6448

email : e0432@mosk.tytlabs.co.jp

 

荒木 暢 ARAKI Tohru

(株)豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室

 

野中 敬正 NONAKA Takamasa

(株)豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室

 

野崎 洋 NOZAKI Hiroshi

(株)豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室

 

山口 聡 YAMAGUCHI Satoshi

(株)豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室

 

林 雄二郎 HAYASHI Yujiro

(株)豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室

 

長井 康貴 NAGAI Yasutaka

(株)豊田中央研究所 環境材料研究部 触媒研究室

 

森 康郎 MORI Yasuro

(株)豊田中央研究所 総務部 総務室 施設G

 

都築 征和 TSUZUKI Masakazu

(株)豊田中央研究所 総務部 総務室 安全衛生G

 

堂前 和彦 DOHMAE Kazuhiko

(株)豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室

 

妹尾 与志木 SENO Yoshiki

(株)豊田中央研究所 分析・計測部

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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