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Volume 14, No.1 Pages 13 - 17

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

平成21年度パワーユーザーの指定について
Designation of Power Users Valid from FY2009

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 パワーユーザー制度は平成15年度より導入され、平成20年度より、それまでの指定制(非公募)から全てのユーザーに対しパワーユーザーになり得る機会を設ける公募制に変更しました。

 今回の応募に対して、パワーユーザー審査委員会(平成20年11月12日開催)で審査の結果、次の6名の方が選定され、平成21年4月1日から平成25年度末までの期間、パワーユーザーに指定されることになりました。つきましては、選定の評価コメントなどを以下にご紹介いたします。

 

 

1. 澤 博(国立大学法人名古屋大学)

(1)実施内容

研究テーマ:単結晶高分解能電子密度分布解析による精密構造物性研究

装置整備:大型湾曲IPカメラの整備

利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL02B1

(3)パワーユーザー審査委員会での評価コメント

 物質の物性は、電荷・軌道・スピンの電子系の状態とフォノンなどの格子系の状態の両者によって支配される。本パワーユーザー研究課題は、超電導・巨大磁気抵抗効果・金属絶縁体転移などの物性を示す種々の物質を対象に、物性の起原となる電荷秩序・軌道秩序などの電子系の構造情報と非調和熱振動に代表される格子系の構造情報を極めて高い精度で求め、物性の起源を解明することを目的としている。そのため、大型湾曲IPカメラを用いて、必要な精度に到達するためのデータ測定・処理・解析法の高度化、温度などの外場を制御するためのアクセサリーの整備などを行う。さらに、物性研究者などをターゲットに新規ユーザーの開拓も行い、それらのユーザーに対する実験計画の立案から、実験、成果発表にいたるまでの各プロセスで適切な支援を行い、BL02B1を拠点にした構造物性研究を幅広い分野に展開していくことを目指した課題でもある。具体的な研究計画としては、①分子性単結晶の電荷秩序状態の直接観測、②原子・分子内包フラーレンの結晶構造と電子状態の精密解析、③非調和熱振動ポテンシャルの可視化など多岐にわたっている。対象となる物質群は、極めて多数にのぼる。
 実験環境の高度化としては、①S/N比の高い測定を可能にするHe雰囲気下測定システムの整備、②10 K以下の極低温測定のための冷凍機の設置、③ガス吹き付け型高温炉の設置を計画している。さらに、DACを用いた高圧実験や電場、磁場下での測定、光照射下での測定が行えるような実験環境の整備も視野に入れている。
 申請者は既に、2008A期に導入された大型湾曲IPカメラの立ち上げに参加し、性能評価を行っている。それにより、電荷の僅かな揺らぎに起因する6桁落ちの超格子反射の観測に成功している。このことは、大型湾曲IPカメラが、幅広い物質群に対して、非調和振動までも観測可能な、世界最高精度の単結晶X線回折データを収集出来ることを示したものである。また、立ち上げ実験に参加することにより、既に同装置の使用に熟練している。
 以上のように、申請者の研究課題はSPing-8のBL02B1に設置された大型湾曲IPカメラの能力を最大限引き出す内容で、各種実験環境下でのデータ収集からデータ処理までの統合システム構築を目指しており、パワーユーザー研究課題として極めて適したものと考えられ、大きな成果が期待できるため、本申請者をパワーユーザーに選定した。構造物性研究という多様なユーザーが支援対象となり、実験技術あるいは解析技術に関しても一様ではないと思われるため、ユーザーに応じた柔軟な対応を期待する。

 

 

2. 久保田 佳基(公立大学法人大阪府立大学)

(1)実施内容

研究テーマ:構造物性研究の基盤としての粉末回折法の開発

装置整備:粉末結晶回折装置の整備および高度化

利用研究支援:粉末結晶回折装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL02B2

(3)パワーユーザー審査委員会での評価コメント

 申請者の研究課題は、SPring-8を用いて初めて可能となる、多孔性材料へのゲスト分子吸着構造解析、電荷軌道秩序可視化のための超精密構造解析、医薬品等の多自由度をもつ分子性結晶の未知構造解析、非鉛圧電材料の精密構造解析などの先端的な粉末構造物性研究を推進することを目的としている。そのために、物性同時測定をはじめとする測定技術開発や装置の高度化を行うことで、次世代のSPring-8を用いた粉末構造物性研究のグランドデザインを策定し、それを推進していくことを目標としている。
 対象とされる物質は、セラミックス、金属錯体、医薬品有機結晶、金属間化合物、有機導体、炭素化合物など多様であり、粉末回折法は非常に幅広い分野をカバーしている。申請者はこれまでもパワーユーザーグループのメンバーとして参加しており、特に構造解析が専門でない物性研究者をターゲットとして、測定が簡便で統計精度の高いデータが得られるイメージングプレートを用いた大型デバイシェラーカメラの製作・運用にも携わってきた。また、多様化するユーザーの要望に応える形で、高温・低温、光照射下、ガス雰囲気下、薄膜など特殊環境での測定技術開発にも参加している。これらの経験を踏まえ、本申請では、現在の単なる粉末回折装置というくくりだけではなく、化学反応、セラミックス・高温材料などのような、物質や目的に特化したグループ、BLの提案も視野に入れている。申請者らがこれまで進めてきた先端的な精密構造物性研究を継続しながら、構造物性研究の基盤としての粉末回折法という立場から測定技術や装置の開発を推し進めることを目指している研究課題である。
 本申請者は、これまで二期(5年間)にわたり、PU研究課題および支援課題において新規機能材料を中心に、その原子レベルおよび電子密度レベルの結晶構造を明らかにしてきた豊富な経験を有する。それにより、それらの物質の合成法や物性、機能の解明という成果を上げた実績も有している。申請者のグループのこれまでの具体的な成果としては、多孔性金属錯体のガス吸着構造解析、医薬品有機結晶の未知構造解析、誘電性を示すペロブスカイト酸化物の構造相転移の研究などが挙げられる。ゆえに、実績としては申し分がない。
 以上の理由により、本申請者をパワーユーザーに選定した。今回の指定期間においても、これまで同様に共同研究体制をとりながら、マンネリに陥ることなく、精緻な構造データに基づく物性研究・物質科学研究を進めていくことが期待できる。

 

 

3. 瀬戸 誠(国立大学法人京都大学)

(1)実施内容

研究テーマ:放射光核共鳴散乱分光法の確立およびその物質科学研究への展開

装置整備:核共鳴吸収・散乱分光器の開発ならびに整備

利用研究支援:当該分光器を用いた共同利用研究の支援、測定スペクトル解析ソフトの充実および解析サポート

(2)ビームライン:BL09XU

(3)パワーユーザー審査委員会での評価コメント

 放射光核共鳴散乱分光法は、原子核の共鳴励起過程を用いることにより、物質を構成する原子の中でも特定の同位体だけについて、種々の性質、例えば、電子構造、磁性、フォノン状態密度などを調べることが可能である極めてユニークな実験手法である。そのため、バルク状態の平均的な特性に加えて、精密物質科学研究で求められる特定元素や特定サイトの状態に関しての高精度な測定が可能であるという大きな特徴がある。また、そのような測定を超高圧、超高温、超低温、強磁場といった極限環境下で行うことも可能であり、全反射法による表面測定やイメージング測定も可能である。
 申請者は、このような特色を活かした分光法を開発するために、2005年10月に採択されたJSTのCREST課題「物質科学のための放射光核共鳴散乱法の研究」によって、これまでも放射光核共鳴散乱法の研究開発を実施してきた経験を有している。
 その結果、ほぼ全てのメスバウアー核での測定を実現することのできる放射光核共鳴吸収分光法の開発に成功し、これまで困難であった高エネルギー核種における局所的な電子状態測定を行い、その有用性を実証するという実績を上げてきた。さらに、原子核のneVオーダーの線幅の共鳴準位を利用することで、電子系を用いた場合には達成できないneV超高分解能測定が可能となり、既存の方法では不可能であった運動量−エネルギー遷移についての測定が、実用的な時間で可能であることも示した。
 しかしながら、使用した装置は試作もしくはテスト段階であり、本格的に使用可能な装置を開発し、高度化を進める必要がある。また、利用研究の拡大・推進のためには、現在長時間を要している測定時間の短縮化も必須である。このような背景の下、本申請では、CREST課題による装置開発研究と連携をとりながら、放射光核共鳴散乱分光法の確立・高度化および研究領域拡大を指向した先導的な物質科学研究を実施することを目的としている。
 パワーユーザー指定期間である5年間において、放射光核共鳴吸収分光器、neV超高分解能準弾性散乱分光器および高エネルギー領域における核共鳴非弾性散乱分光器の開発と実用化を達成することを目標としている。さらに、これらの装置を用いて先導的な物質科学研究として、高温超伝導、スピントロニクス、ソフトマターにおけるスローダイナミクス、極限環境下物性研究などを目指している。
 申請者は、放射光核共鳴散乱分光法に十分な経験と実績を持っており、上に述べた目標を達成するには、極めて適した申請と判断し、本申請者をパワーユーザーに選定した。研究分野の拡大、新規ユーザーのサポートにも十分留意し、成果を上げることを期待する。

 

 

4. 廣瀬 敬(国立大学法人東京工業大学)

(1)実施内容

研究テーマ:超高圧高温下における地球惑星深部物質の構造決定と複合同時測定による物性研究

装置整備:レーザー加熱超高圧高温(LHDAC)回折実験に向けた装置開発

利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL10XU

(3)パワーユーザー審査委員会での評価コメント

 本申請者の研究課題は、世界をリードする超高圧高温実験技術をさらに発展させ、地球のマントル深部および金属コア物質の構造決定と物性測定を推進することを目的として提案されている。5年間の技術開発・研究の計画と目標は以下のとおりである。

①地球の中心部に位置する内核の圧力下(330〜364 GPa)で、コア物質(鉄もしくは鉄−軽元素合金)に関する情報を得るために、鉄を試料として、その状態図を決定する。また、鉄−軽元素化合物の構造決定も行う。

②コアの化学組成(軽元素の種類と量)に関する情報を得るために、軽元素(S, O, Si, C, H)を含む鉄化合物につき、コア圧力でのP−VT状態方程式をまず決定する。次に鉄−軽元素化合物の融解実験を行い、固体−液体間の組成差(密度差)を明らかにする。これを内核/外核境界の密度差と比較し、コアに含まれる軽元素をさらに絞り込む。さらに、内核/外核境界の圧力(330 GPa)における融解実験を行うことを目標にする。

③パイロライト、ハルツバーガイト、玄武岩質海洋地殻、花崗岩、アノーソサイトの5種の化学組成につきマントル最下部における状態図を作成し、ポストペロフスカイト相転移およびSiO2相の相転移境界の圧力温度条件を4000 Kまで精密に決定する。それぞれの化学組成での相転移圧力(深さ)と地震波速度不連続面の深さとの対応から、マントルの底の化学組成構造を推定する。

④Alを含む(Mg,Fe)SiO3ペロフスカイト相およびポストペロフスカイト相、(Mg, Fe)Oフェロペリクレース、CaSiO3ペロフスカイト相、SiO2相の5つの代表的な下部マントル鉱物につき、AlやFeの組成と温度を変えつつ弾性波速度を測定し、化学組成依存性および温度依存性を定量化する。さらにX線回折との複合同時測定により、それぞれの鉱物の密度を化学組成と温度の関数として決定する。最終的に地震波速度と密度の不均質構造の観測を用いて、下部マントル内の温度の異常と化学組成の異常を別個に定量化する。

⑤X線回折との複合同時測定により、これらの転移を確認しつつ、下部マントル鉱物の電気伝導度の変化を超高圧高温下で観察する。

 以上、大変具体的かつ意欲的な提案であり、申請者は十分な実績を有しているので、本申請者をパワーユーザーに選定した。

 

 

5. 國枝 秀世(国立大学法人名古屋大学)

(1)実施内容

研究テーマ:X線天文学新展開のための次世代X線望遠鏡システム評価技術の開発

装置整備:X線天体観測装置の評価技術の高度化

利用研究支援:当該装置を用いた利用実験の支援

(2)ビームライン:BL20B2

(3)パワーユーザー審査委員会での評価コメント

 本申請者の研究課題は、BL20B2を利用する新しい利用研究である、既に実施された長期利用課題において開発・確立した実験技術の基盤化および我が国の次期X線天文衛星「ASTRO−H」に搭載予定の硬X線望遠鏡システムの性能評価実験を中心に、SPring-8の当該BLを、我が国のみならず海外も含めた宇宙開発研究のための放射光利用拠点とするために先導的利用研究を展開すること、ならびに、その為のパワーユーザーグループの組織を目的としている。国内外ユーザーに対して、X線天体観測装置開発のための硬X線特性評価試験の支援を行いながら、この分野における新規放射光利用を開拓促進し、新規開拓したユーザーと協力して、評価技術の高度化のための研究開発を行うことを目標としている。
 申請者らは将来に向けた必須技術の開発を、世界で唯一の適合施設であるSPring-8のBL20B2において、既実施長期利用課題で展開してきた。その結果、日本は硬X線望遠鏡開発分野で世界をリードしており、さらに、これを搭載することで次期衛星計画ASTRO−Hの立案が可能になったという実績を挙げている。同時に、ASTRO−H計画ではSPring-8における較正実験を必須技術として想定しており、本申請はSPring-8の独自性、目的に最適化された技術の存在、次期衛星プロジェクト支援として位置付けされる。
 申請者らは、2006年までに本申請の背景となった上述の長期利用課題において、X線望遠鏡システムの性能評価技術の開発・確立を行った。さらに、2007年には望遠鏡開発研究および当該BLにおいて宇宙観測用X線偏光計開発実験を支援した。本申請は、これまでのパワーユーザー研究課題内容を引き継ぎながらも、実施体制をより強固なものにするために新規に申請されている。
 申請者らは、これまでの研究によって、技術利用、利用の拡大、ユーザーサポートを行う体制を整え、既に初期の成果を上げている。実験装置については、大口径望遠鏡測定のための大型鉛直ステージを設置済で、可搬型望遠鏡ステージは常時利用可能とした。宇宙観測用X線検出器評価のための高次光除去ミラーや設置治具等は独自に開発し、利用に供することができる体制を整えた。その他、大面積X線検出器、ビームスリット等の基本装置は当該BL担当者の協力により常時利用可能なように整備されている。
 以上のように、次期X線天文衛星「ASTRO−H」搭載予定の硬X線望遠鏡システムの性能評価という重要な分野からの提案で、申請者らのグループは当該分野において利用実績においても研究成果においても申し分がなく、本申請者をパワーユーザーに選定した。

 

 

6. 岡村 英一(国立大学法人神戸大学)

(1)実施内容

研究テーマ:赤外放射光の次世代利用研究推進:高圧・低温での強相関電子構造研究および赤外近接場イメージング分光法の開発

装置整備:BL43IRの高圧赤外分光装置の整備・高度化、近接場分光装置の開発・整備

利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL43IR

(3)パワーユーザー審査委員会での評価コメント

 本申請者の研究課題は、SPring-8における赤外SR利用研究を更に強力に進歩させるために、高圧・低温での赤外分光による強相関物質のフェルミ端電子構造研究および100 nm程度の空間分解能と広いスペクトル領域を持つ赤外近接場イメージング分光の開発を推進することを目的とした提案である。5年間の技術開発・研究の計画は以下に示す2点である。

①「高圧・低温での赤外分光による強相関電子構造の研究」

 高圧力の印加は原子間距離やイオン半径を等方的に縮めることにより、物質の様々な特性を連続的に制御できる有用な方法として知られている。特に強相関電子系では圧力が劇的かつ特異な物性変化を誘起する場合が多いため、その起源が強い関心を集めている。特異物性の起源となるフェルミ準位近傍の電子構造(バンド構造、状態密度)の変化は、電気抵抗や磁化率などのマクロ物性測定では求まらないため、赤外分光、光電子やトンネル分光などの手法が必要である。しかし光電子、トンネル分光は高圧実験が原理的に不可能であり、赤外分光についても高圧発生装置ダイヤモンドアンビルセル(DAC)では0.1 mm程度の微小試料しか使えないため、従来の低輝度な赤外光源(黒体輻射光源)では困難であった。
 申請者らはSPring-8の高輝度な赤外SRを用いることにより、高圧赤外分光を行えることを明らかにした。申請者の研究課題では、この手法をさらに発展させ高圧・低温下での赤外分光を推進することを目標としている。
 研究対象としては、高圧・低温で異常物性を示す強相関電子系のモデルシステムとしてCeRhIn5などの希土類f電子系やCa2RuO4などの遷移金属d電子系物質を選び、異常物性の起源となる電子構造の研究およびそのための装置開発を行う。

②「赤外近接場イメージング分光法の開発」

 顕微赤外分光法(顕微FT-IR)は広い振動数範囲にわたる分子の指紋振動数を同時測定することができ、かつ空間分解でマッピング測定ができるため、特に有機デバイスの強力な分析法として基礎科学・産業界で広く普及している。しかし、その空間分解能は波動光学の回折限界により波長程度の約10ミクロンに限られていた。一方、近接場光学(NSOM)技術を用いれば回折限界を超える空間分解能が可能になるが、NSOM信号は微弱なため、強力だが単色なレーザー光源が必要になり、FT-IRのような広いスペクトル領域が得られない問題があった。本パワーユーザー研究課題では以上の問題を解決するため、高輝度な赤外SRと散乱型配置のNSOMおよびFT-IRを用いることで、回折限界を超えて2桁高い100 nm程度の空間分解能と広いスペクトル領域の両方を兼ね備えた赤外近接場イメージング分光法を開発する。そして有機ナノデバイスや生体物質、固体の電子相分離現象など、顕微赤外分光による新規分野開拓を目指している。

 以上のように、本申請者の研究課題はSPring-8の一つの特徴を活かした課題であり、申請者らの実績、経験、成果も十分と判断し、本申請者を選定した。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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