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Volume 14, No.1 Page 2

理事長の目線

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 理事長 Director of JASRI

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 ガウスはその膨大な研究のかなりの部分を公表せず、若い人が新しい結果を持って批評を乞いに行くと、たいてい答えを知っていて相手をがっかりさせたという。またチャールス・ダーウィンは進化論の考えを20年くらい温めていて、他の人が同じ考えに到達して発表しそうになって、やっと「種の起源」を書いたのは周知のとおりである。日本でも、このような前例に便乗して論文を書かない例が結構あったが、今は成果主義が主流になって、こういうライフスタイルを維持するのが難しくなった。

 

 しかしSPring-8は最近までそれが可能な場所であった。2003年から2005年までの3年間に30シフト以上の利用者で、論文を発表していない人(代表者)が15人いたという統計がある。論文数の方は本人の報告に基づいているので、報告を怠っているという可能性はある。また、2003Aから、課題審査において過去の発表実績が加味されるような制度が導入されたので、おそらく事態は変りつつあると思う。

 

 研究成果の評価において、論文数というのはもっとも分かりやすい指標である。これが少ないと、施設としては低い評価を受けてしまい、将来の発展はおろか当面の運営にまで支障をきたしかねない。したがって、SPring-8のような施設を使う以上は、真理の追求に専念するという高等にして優雅な楽しみを少し犠牲にしても、成果発表に気を配っていただきたいと思う。実は上に挙げた論文を書かない例は、過去に実績があって、課題審査において多くのシフトの配分を認められているような方々なのである。そのような高い評価を受けた課題の成果が、論文として発表されていないのは、施設の利用成果の質の観点からも大きな損失である。

 

 これまではSPring-8に対する社会の関心は産業利用に集中して、学術利用についてはお構いなしの状態であった。別のいい方をすれば、利用全体の2割の部分が社会の風を受けて立っていた。これからは本来の主流である学術の利用成果が問われることになる。その時の模範解答は、「質、量ともに、世界一の施設にふさわしい成果をあげている」であろう。施設の質については、昨年11月に行われたピア・レビュー(SPARC)の報告書に“SPring-8 has a high degree of capability to meet scientific needs once they become clear and well defined. This is impressive and highly commendable.”(「問題の設定がきちんとされた場合には、施設は高い適応能力をもつ」)と書かれているが、良い課題が設定されれば、という条件が付いているところが要注意である。量についていえば、SPring-8の論文数は、具体的な記述は控えるが、世界の一流の施設と比較して決して威張れる状態ではない。某先生のいうように、「日本一国でヨーロッパと対等に成果を出すのは大変」なのかも知れないが、社会に対してこんな言い訳はできない。私は集中利用によって成果が向上することを期待していたが、前に述べた代表選手方の結果を見て、多少困惑しているところである。課題の選定に問題があるのであろうか。

 

 論文の質、量の向上はSPring-8の学術利用に関しては緊急の課題である。以前、論文数の議論が起きたときに、条件が違う施設間の数を単純に比較すべきではない、というような議論が出てそれっきりになってしまった。しかし、入り口で不備な点についての問題を指摘して議論を葬り、本質から目をそらすのは賢明ではない。外部から指摘される前に問題に対処しておくことは、自分たちが良いと考える改善策を実行する最善の方法であり、しかもその際の労力を大幅に節約できるのである。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794