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Volume 13, No.5 Pages 389 - 392

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第12回SPring-8シンポジウム報告
Report of The 12th SPring-8 Symposium

熊坂 崇 KUMASAKA Takashi

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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1. はじめに

 第12回SPring-8シンポジウムは、2008年10月30日(木)から11月1日(土)の3日間の日程で開催された。これまではSPring-8キャンパスにおいて2日間の日程で実施されてきたが、今回は東京の日本科学未来館での開催となった。

 今回、場所を移して新たな形式でこの会を催した理由をまず述べておきたい。これまでの本シンポジウムでは、利用者の団体である利用者懇談会からの意見を俎上に、施設者側と議論を進めてより良い施設を作っていくことに目的があった。SPring-8供用開始10周年にあたった昨年は、さまざまな総括的議論がなされてきたが、本シンポジウムについても例外ではない。そのなかで、シンポジウムの形骸化を危惧する声もあり、建設フェーズから利用フェーズにシフトした現状に即した企画として実施すべきとの意見が寄せられていた。

 もちろん今の利用者と施設者が一体となって建設・高度化・研究を推進することは依然として重要である。しかし、現状を踏まえ、さらなるSPring-8の活性化のために、新たな利用の拡大と促進する場としてシンポジウムを位置づけるとの方針が固まっていった。

 そこで、これまで2日間で行われてきた会合を、3日間に延ばし、それぞれフォーマル(施設報告)、アカデミック(研究)、パブリック(広報)の日と設定して実施することとした。特に最終日のパブリックの日は半日の予定で、一般の関心を高めていくために、高校生の参加までをも想定してわかりやすく、興味深い講演を選ぶことにした。前者の2件は、それぞれ施設からの報告、利用者懇談会の研究会や長期課題などからの研究報告に対応する従来の様式に沿ったものであるが、ここでもこれまでとは違い、新たな利用者に向けてのメッセージや異分野間の交流を促進するために講演内容を、わかりやすく、そして外向きのものにしていただくようにお願いした。ポスターを含む演者の方々にはこのような工夫をしてもらうことをお願いして当日を迎えた。

 

 

写真1 文部科学省 磯田研究振興局長のご挨拶

 

 

2. 会議内容

 初日は午後からの開会で、理研播磨の藤嶋所長とJASRI吉良理事長から今回の開催にあたっての経緯の説明があった。また、文部科学省研究振興局の磯田局長からは、新たな試みに対する励ましの言葉をいただいた。

 それに続いて施設側の報告がなされた。まずJASRI大野専務理事から最近の施設の状況と活動についての報告があり、産業利用研究ばかりでなく学術研究も活発であり、着実に実績を挙げていることが強調された。JASRIの高田利用研究促進部門長は、ビームラインの利用状況を示すとともに、各分野で得られた最新の研究成果を紹介した。大熊加速器部門長からは、加速器や蓄積リング等の安定した運転の実績や今後の展開について説明があった。続いて、理研の矢橋氏は鋭意建設が進められているX線自由電子レーザーの順調な施設建設の現状について報告し、今後は利用に関する研究の活発化が重要であることが述べられた。利用研究課題審査委員会の飯田委員長から研究課題の募集や応募状況、ならびに審査選定のプロセスについて説明があった。

 施設報告の後は、休憩を挟んで、今回の目玉の一つである海外招待講演がなされた。オランダ・Delft Univ.Tech.のDik氏は、ゴッホの絵画について放射光を用いた蛍光X線分析法による顔料の成分分析を行って、隠れた肖像画をあざやかに再現した研究を紹介した。氏はレンブラントなど他の作品についても研究を始めている。芸術と放射光の融合という新たな分野の紹介となる講演は、今回の企画にふさわしく興味深いものであった。

 引き続いては、利用者懇談会の活動報告として会長の坂井氏より、利用に関する今後の展望が述べられた。放射光研究の今を簡潔に表現するキーワードとして3つのS(Sharp, Small, Speed)を挙げ、放射光を用いた研究が以前より高度化し、利用者の要望が多様化してきている現状を踏まえ、課題の申請や採択についても柔軟な方法が望まれるとの期待を述べた。続いて九大の高原氏には研究会の活動を総括していただいた。研究会の組織や運営の見直しを行った結果、活動が活発化し、競争的資金の獲得や異分野間の交流が促進され、施設側にもビームライン担当者の増員や新ビームラインの建設などの波及効果があったことを示された。

 初日最後の2つの講演ではSPring-8の放射光を生かした研究が報告された。京大の伊藤氏は食品を含むさまざまな試料の微量元素の蛍光分析の成果について報告し、2結晶分光器や共鳴発光の有効性について紹介があった。理研の橋爪氏は短波長のX線を用いた結晶回折実験によって高精度のデータを得、特異な結合に関わる電子を検出した例を示した。その後、同じ階のレストランで開かれた懇親会では、利用者懇談会の坂井会長とJASRIの平野拓也副会長に挨拶を、乾杯の音頭は文部科学省の倉持隆雄大臣官房審議官にお願いし、多くの参加者を迎えて盛況のうちに終わった。

 2日目の午前中は4件の長期利用課題の報告が行われた。東大の篠原氏は環境対応が求められているタイヤのフィラー充填されたゴムの構造解析を報告し、続く産総研のFons氏はDVDなどの相変化記録膜の構造変化を時分割測定により解明した研究を示した。名大の財満氏は集積回路のさらなる高性能化・高機能化に必要な精密評価法を硬X線光電子分光法で確立した研究を報告した。最後にオーストラリアMonash Univ.のLewis氏は位相コントラストX線イメージング技術を用い、ウサギの誕生時の肺の通気メカニズムを動画撮影した事例を報告した。この手法の医療分野への大きな波及効果を予感させた。

 午後は研究会の報告に戻り、地球惑星科学研究会の岡大・桂氏からは、高温高圧条件下での地球内部の鉱物の構造解折や彗星塵の成分分析の研究報告があった。続く小角散乱研究会の横浜市大・苙口氏はタンパク質の溶液散乱によって得られたモデルを分子動力学計算と組み合わせて構造変化を予測する手法の成果を述べた。高分子研究会の豊田工大・田代氏は新ビームラインを紹介し、高分解能のX線回折に中性子回折を組み合わせ、充填様式の解明に必要な水素原子を可視化した例を報告した。休憩を挟んで理論研究会で原子力機構の坂井氏は研究会のメンバーが行っている理論計算やシミュレーションの手法を詳解し、放射光を利用する研究者とのコラボレーションを呼びかけた。続く広大の乾氏は、多岐にわたる不規則系物質の構造研究について、さまざまな放射光の特性と手法を駆使した研究の現状を報告した。その後、会場を移して、ポスターセッションが行われた。研究会から34件、共用ビームライン・施設20件、理研・専用施設18件、パワーユーザー6件、長期利用課題5件、その他1件と合計84件のポスター発表に対して、活発な議論が行われた。

 

 

写真2 Dik氏による海外招待講演

 

 

 3日目は一般向けにわかりやすくSPring-8の研究を紹介する講演を5件行った。まず、JASRI吉良理事長が大学の学部学生に向けてSPring-8の目的や施設の現状をやさしく解説した。つぎにJASRIの杉浦氏は氏の参画した産業界との共同研究の事例として、自動車の排気ガスを清浄化する触媒の開発について、触媒の構造と機能についての丁寧な説明を加えながら放射光の分析が果たした役割を述べた。JASRIの岩本氏は、昆虫が飛ぶために必要な筋肉の構造を独自に開発した装置によって明らかにし、異なる筋肉の構造と昆虫の飛び方、そして進化に関する興味深い話を紹介した。休憩を挟んで青学大の長谷川氏は、自らが開発した偏光発光する分子集合体を実演も交えて示し、その有用性と今後の応用について述べた。原子力機構の藤井氏は、構造研究において放射光と相補的な役割を担う中性子について、マンガも用いてわかりやすく解説し、両者のシナジー効果が大切であると締めくくった。どの講演もよく練られた聴衆を飽きさせない講演で、時間いっぱいまで一般参加者からの質問が寄せられた。

 最後に、池田実行委員長がこの新たな試みの成果と今後の継続の意義について挨拶を述べ、3日間のシンポジウムを終了した。

 

 

写真3 ポスター発表

 

 

3. おわりに

 今回のシンポジウムについては、演者の方々にお願いしたことで、わかりやすい講演が多いという印象がある。昨年度の反省にもあったが、このシンポジウムは放射光という研究手段の共通性によって催されており、専門外の講演に対してとっつきにくさがあった。しかし、今回のシンポジウムではこれまでの形式を変え、利用者と施設が一体となって新たな利用を掘り起こすという方向性で行ったが、研究会でもすでに進められている異分野の交流や新たな分野の開拓というありかたをシンポジウムの場でも示すことについては効果があったのではないかと考えられる。このわかりやすさは、従来からの研究者間においても情報交流に一役買ったといえるのではないだろうか。
 参加者は昨年度を70名程度上回る326名となった。SPring-8から離れた場所での開催のため、施設内部の参加者が60名程度と昨年度に比べて半減したことを考慮すると、外部参加者が大幅に増加しており、東京開催による一定の成果を上げることができた。とはいえ、参加者の顔ぶれがいままでと大差ないという指摘もある通り、期待していたSPring-8になじみの薄い一般からの参加が少なかったことが悔やまれる。これには新しい企画についての周知が十分ではなかったことが一因だと考えられる。これらは今後の反省点とし、この企画の方向性が回を追うごとに定着して目的が達成されることを願う。
 最後に、企画から実施に当りご尽力いただいた池田実行委員長をはじめとする委員の方々と坂井利用者懇談会会長、事務局の方々、さらにご参加いただいた方々に感謝の意を表します。ありがとうございました。

 

第12回SPring-8シンポジウム実行委員
実行委員長: 池田  直 岡山大学
副委員長 : 熊坂  崇 JASRI
委   員: 小澤 芳樹 兵庫県立大
佐々木 聡 東京工業大学
坂井 信彦 JASRI
鈴木 基寛 JASRI
山崎 裕史 JASRI
大端  通 JASRI
田村 和宏 JASRI
梶原堅太郎 JASRI
大隅 寛幸 理化学研究所
引間 孝明 理化学研究所
反町 耕記 理化学研究所
黒柳 拓男 理化学研究所
鈴木 昌世 JASRI
平野 志津 JASRI
二宮 照巳 JASRI
垣口 伸二 JASRI
射延  文 JASRI

 

プログラム
10月30日(木)
Session I:開会に際して
13:00-13:05 主催者挨拶
藤嶋 信夫(理化学研究所播磨研究所 所長)
13:05-13:10 主催者挨拶
吉良 爽(高輝度光科学研究センター 理事長)
13:10-13:20 ご来賓挨拶
磯田 文雄(文部科学省 研究振興局長)
 
Session II:SPring-8の今
13:20-13:40 円熟期を迎えるSPring-8
大野 英雄(高輝度光科学研究センター)
13:40-14:00 SPring-8が創出する利用研究
高田 昌樹(理化学研究所/高輝度光科学研究センター)
14:00-14:20 先端光源加速器SPring-8のこれまでの歩みと今後
大熊 春夫(高輝度光科学研究センター)
14:20-14:40 始動するXFEL:実機建設とプロトタイプ機の利用
矢橋 牧名(理化学研究所/高輝度光科学研究センター)
14:40-15:00 SPring-8共用施設の利用研究課題の応募と選定について
飯田 厚夫(高エネルギー加速器研究機構)
 
Session III:海外招待講演
15:20-16:00 放射光により解明されたゴッホの幻の名画
ジョリス・ディック(デルフト工科大学)
 
Session IV:利用者懇談会研究会の活動発表I
16:00-16:20 近未来の利用研究の展望
坂井 信彦(SPring-8利用者懇談会会長/高輝度光科学研究センター)
16:20-16:40 第1期研究会活動総括
高原 淳(九州大学)
16:40-17:10 高分解能2結晶分光器による状態分析
伊藤 嘉昭(京都大学)
17:10-17:40 高エネルギー放射光を用いた単結晶精密電子密度分布解析
橋爪 大輔(理化学研究所)
 
18:00-20:00 懇親会
 
10月31日(金)
Session V:長期利用課題報告
9:30-10:05 時分割二次元極小角・小角X線散乱法によるフィラー凝集構造の研究
雨宮 慶幸、篠原 佑也(東京大学)
10:05-10:40 Direct Observation of Sub-nanosecond
ポール・フォンス(産業技術総合研究所)
11:00-11:35 ポストスケーリング技術に向けた硬X線光電子分光法による次世代ナノスケールデバイスの精密評価
財満 鎭明(名古屋大学)
11:35-12:10 Phase Contrast X-ray Imaging of the Lungs at Birth
ロブ・ルイス(モナッシュ大学)
 
Session VI:利用者懇談会研究会の活動発表II
13:30-14:00 地球惑星科学研究会の最近の研究成果
桂 智男(岡山大学)
14:00-14:30 分子動力学シミュレーションとX線溶液散乱を用いたタンパク質ダイナミックスの研究
苙口 友隆(横浜市立大学)
14:30-15:00 高分子構造物性相関科学の放射光利用に基づく新展開
田代 孝二(豊田工業大学)
 
Session VII:利用者懇談会研究会の活動発表III
15:20-15:50 SPring-8周辺における理論研究
坂井 徹(日本原子力研究開発機構)
15:50-16:20 放射光を用いた不規則系物質科学の最前線
乾 雅祝(広島大学)
 
16:30-18:00 ポスター発表
 
18:00-21:00 利用者懇談会研究会
 
11月1日(土)
Session VIII:招待講演I
9:30-10:00 SPring-8とは
吉良 爽(高輝度光科学研究センター理事長)
10:00-10:30 市民の科学としての放射光-指輪と車と空気
杉浦 正洽(高輝度光科学研究センター)
10:30-11:00 放射光で探る昆虫の筋肉の構造進化
岩本 裕之(高輝度光科学研究センター)
 
Session IX:招待講演II
11:20-11:50 光る分子をきちっと並べたら?偏光の魅力とその科学的探究
長谷川 美貴(青山学院大学)
11:50-12:20 放射光と中性子が観る世界の表裏
藤井 保彦(日本原子力研究開発機構)
 
12:20-12:30 閉会の挨拶
池田 直(第12回SPring-8シンポジウム実行委員長/岡山大学)
 
13:30-15:30 利用者懇談会研究会

 

 

 

熊坂 崇 KUMASAKA  Takashi

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0833 FAX:0791-58-0830

e-mail : kumasaka@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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