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Volume 13, No.5 Pages 377 - 380

2. 利用者懇談会研究会報告/RESEARCH GROUP REPORT (SPring-8 USERS SOCIETY)

「地球惑星科学研究会」活動報告
Recent Activities and Research Topics in Earth and Planetary Science Forum

入舩 徹男 IRIFUNE Tetsuo[1]、廣瀬 敬 HIROSE Kei[2]、𡈽山 明 TSUCHIYAMA Akira[3]、佐多 永吉 SATA Nagayoshi[4]

[1]愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター Geodynamics Research Center, Ehime University、[2]東京工業大学大学院 理工学研究科 Graduate School of Engineering, Tokyo Institute of Technology、[3]大阪大学大学院 理学研究科 Graduate School of Science, Osaka University、[4](独)海洋研究開発機構 IFREE  IFREE, JAMSTEC

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1. 目的と活動状況

 本研究会はその前身である「高圧地球科学SG」を発展させて2006年度に発足したものであり、高圧地球科学分野を中心に、地球外物質科学、地球表層環境科学、岩石鉱物科学など、地球・惑星の様々な放射光を利用したメンバーから構成されています。同名の「研究分野」を構成する唯一の研究会で、2008年3月の段階で90名近い会員数を擁する、利用者懇談会最大の研究会です。
 研究会発足の経緯から、会員の多くは高圧地球科学分野の研究者や学生で、特にBL04B1やBL10XUにおける大型マルチアンビル装置とダイヤモンドアンビル装置を重要な手段として研究をすすめています。またこれ以外にも様々なビームラインにおいて、回折・イメージングや各種分光学的手法を用いた地球の中心部から太陽系物質に至る物質科学的研究を推進しています。
 SPring-8の高輝度かつ指向性が高く小さく絞れる放射光X線は、試料の周囲が圧力媒体や加熱材料など様々な物質で囲まれた高温高圧実験において理想的な光源です。本研究会の前身である高圧地球科学SGは、先行ビームラインの1つとしてSPring-8建設時から活動を行っており、そのメンバーは全体で最初の施設利用成果を1998年にScience誌に発表するなど[1][1] T. Irifune, N. Nishiyama and K. Kuroda et al.: Science 279 (1998) 1698-1700.、活発な研究活動を展開しています。
 中でも特筆に値するのは「ポストペロブスカイト相」の発見が、本研究会のメンバーにより2004年になされたことです[2][2] M. Murakami, K. Hirose and K. Kawamura et al.: Science 304 (2004) 855-858.。この成果もScience誌に発表されその表紙を飾るとともに、地球内部科学の様々な分野の大きな注目を浴び、地球科学における今世紀最大の発見の1つになるであろうとみなされています。
 本研究会では高圧物質科学研究会と共催で、毎年1月初めに研究成果発表会を100名近い規模で行っています。この発表会においてはそれぞれの研究会の総会とともに、高圧実験や放射光実験の新しい技術開発に関する報告や、トピックス的な研究成果、またそれぞれのグループの年間を通じた成果報告が行われます。高圧実験分野の研究者のみならず、地球惑星科学の他分野の研究者や理論分野の研究者にも講演をお願いし、様々な手法を活用した新しいサイエンスの展開や技術交流をすすめています。
 一方で組織が大きすぎるため、前述の年一度の発表会以外になかなか会員が集まる機会が持てないのが悩みです。このため会員によるメーリングリストを整備し、普段の様々な連絡事項や情報はこれを通じて連絡をしています。2008年からは高圧関係のビームライン高度化に向けたワーキンググループが組織され、独自の活動が開始されつつありますが、このようなグループが研究会として立ち上がり、それらが「地球惑星科学分野」のもとに組織化されるというのが本来の研究会のあるべき姿かもしれません。この点に関しては、2008年度から始まる第2期の研究会の重要な課題の1つです。

 

 

2. 最近の研究から

 本研究会では新しい手法や装置の開発を背景に、世界を先導する研究が行われています。そのすべてを紹介することは困難であり、ここではここ数年の特筆すべき技術開発や研究の成果について2、3の例をあげるにとどめます。

 

2-1. 圧力領域の拡大

 地球の内部の高温高圧状態を再現する装置にはBL04B1などに設置されているマルチアンビル型高圧装置(MA)と、BL10XUなどのレーザー加熱ダイヤモンドアンビル装置(LHDAC)があり、それぞれの特徴に応じた利用がなされています。本研究会のメンバーはこれらの装置や手法の開発を行い、いずれも世界最高水準の技術力を背景に地球深部科学の最先端研究をすすめています。
 MAにおいては通常用いられる超硬合金に比べ、はるかに高い硬度を有する焼結ダイヤモンド(SD)をアンビル材として用いることにより、前者による圧力限界(〜30 GPa)を大幅に超える圧力発生が可能になっています[3][3] E. Ito : in Treatise on Geophysics, Elsevier, 2 (2007) 197-230.。特にここ2〜3年の圧力領域の拡大は特筆すべき進歩であり、100 GPaの発生も目前の感があります。このようなSDを用いたMAにおける超高圧発生は世界的にみても本研究会のメンバーの独断場であり、今後この技術を用いた下部マントルの相転移や状態方程式の研究が格段にすすむものと期待されます。
 一方で、LHDACにおいてもアンビル形状の変更や試料部構成の改良により、圧力・温度発生領域の拡大が行われており、300 GPaを超える地球の中心部にほぼ匹敵する圧力下での高温高圧相転移実験も可能になりつつあります。この点でも本研究会のメンバーは世界の最先端の位置におり、その技術を用いて、最下部マントル領域でのポストペロブスカイト相の発見や、コア圧力下におけるSiO2の新しい高圧相[4][4] Y. Kuwayama, K. Hirose, N. Sata and Y. Ohishi : Science 309 (2005) 923-925.、FeSのB2構造相[5][5] N. Sata, H. Ohjuji and K. Hirose et al.: Am. Mineral. 93 (2008) 492-494.などの合成に世界で初めて成功するなど、高いインパクトの研究成果をあげています。さらにごく最近では、高圧高温下におけるX線回折と電気伝導度の同時測定の結果(図1参照)、ポストペロブスカイト相への相転移に伴い電気伝導度が3桁以上上昇することが明らかにされました[6][6] K. Ohta, S. Onoda and K. Hirose et al.: Science 320 (2008) 89-91.。マントル最下部の高い電気伝導層の存在により、地球の自転速度が変化している可能性が高いことが示唆されます。また最近では同メンバーらにより開発された超高硬度ナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)を利用した、高温高圧発生試験も行われています。

 

 

図1 ダイヤモンドアンビルセルの中での、電気伝導度測定の様子。

 

 

2-2. 高圧下弾性波速度測定

 X線その場回折実験により高圧相のP-V-T関係が得られ、その密度変化が高い精度で決定できるようになりました。しかし地球内部の密度変化は、地震波伝播速度を一次データとして様々な仮定のもとに推定されており、その不確かさは実験による決定精度(<1%)に比べてかなり大きくなることが避けられません。
 地球内部で最も精度よく決定されているのは地震波速度の半径方向の変化Vp(r)、Vs(r)であり、深さにもよりますがその決定精度は〜1%程度と考えられています。地震波速度に対応する弾性波速度を実験室で測定する一つの方法は、超音波を試料にあてて試料を通過する時間を測る超音波法です。ところが密度とは逆に、高温高圧下でこのような弾性波速度を精度よく測定することは極めて難しく、これまでは上部マントルに対応する13 GP、1300 K程度の条件に限られていました。
 本研究会のメンバーらは超音波測定技術をSPring-8の大型MAに導入することにより、このような限界を大きく超える20 GPa、1800 K程度のマントル遷移層領域にまで拡大しました(図2)。このような技術を用いてマントル遷移層の主要高圧相鉱物や、沈み込むプレートを構成する物質の弾性波速度を精密に決定しつつあります。この結果、地震波観測データと実験室で得られたデータの直接対比が可能になり、マントル遷移層の化学組成と物質構成に関して強い制約を与えることが可能になり、その成果は最近Nature誌などにより発表されました[7][7] T. Irifune, Y. Higo and T. Inoue et al.: Nature 451 (2008) 814-817, doi:10.1038/nature06551.。また、この技術を用いて高温高圧下で使える新しい圧力スケールの開発もすすめられています。

 

 

図2 マントル遷移層最下部に相当する高温高圧条件下での超音波エコーの様子。

 

 

 一方、このような超音波法で下部マントル深部領域での弾性波速度を測定することは、現在のところ困難です。しかし、透光性の高圧相試料の弾性波速度は、ブリルアン散乱法により測定が可能です。本研究会のメンバーらはDACとブリルアン散乱法を組み合わせることにより、100 GPaを超えるマントル全域の圧力に対応する弾性波速度測定法を開発しました(図3)。この手法を用いてMgSiO3ペロブスカイトや、急冷回収が困難なポストペロブスカイトの弾性波速度の決定がこのような圧力領域まで可能になり、大きな注目を集めています。

 

 

図3 BL10XUに設置されたブリルアン散乱装置。ダイヤモンドアンビルセルを用いた高温高圧下で、弾性波速度と体積を同時に観察することができる。

 

 

2-3. マイクロトモグラフィー

 SPring-8の高輝度かつ指向性が高い放射光X線は、高空間分解能でのCT(マイクロトモグラフィー)にもきわめて有効です。これにより、吸収を用いたCTでは、定量的な線吸収係数の3次元空間分布(3次元構造)が非破壊で得られることになります。通常の投影CTを用いると[8][8] K. Uesugi, Y. Suzuki and N. Yagi et al.: Nucl. Instr. and Meth A 467-468 (2001) 853-856.、BL20B2では数mm〜数cm程度のサンプルが数〜数10 µm程度の画素サイズで、BL47XUやBL20XUでは数100 µm〜1 mm程度のサンプルが数100 nm〜10 µm程度の画素サイズでCT撮影できます。また、ゾーンプレートを用いたX線結像光学系を用いた結像CTも最近実用化され、BL47XUでは1 µm程度のサイズのサンプルが50 nm程度の画素サイズで撮影可能となりました[9][9] K. Uesugi, A. Takeuchi and Y. Suzuki : Proc. SPIE 6318 (2006).
 これらのマイクロ(あるいはナノ)トモグラフィーを用いて、火成岩、変成岩、堆積岩(堆積物)や隕石、宇宙塵など多くの地球惑星物質の3次元構造の研究がなされています。ここでは、NASAの無人宇宙探査機による「スターダスト」計画によって2006年に地球に持ち帰られたWild-2彗星サンプルの研究成果について述べます。彗星は太陽系形成時にその外縁部で生成された天体であり、H2OやCOなどの氷や始原的な珪酸塩に加えて有機物を含み、太陽系の起源物質としての特徴を持ち続けていると考えられています。国際チームによる初期分析により、この人類が初めて手にした彗星塵サンプルには期待された始原的な物質だけでなく高温で生成された物質が見出されるなど、彗星の描像が問い直されつつあります[10][10] D. Brownlee, P. Tsou and J. Aléon et al.: Science 314 (2006) 1711-1716。彗星塵(〜1−100 µm)は超音速(6.1 km/sec)で探査機にやってきて、エアロジェルと呼ばれる超低密度(5〜50 mg/cc)多孔質SiO2ガラスにより捕獲され、多くの破片に分かれながら衝突トラックと呼ばれる細長い空隙(長さ:〜0.1−10 mm、最大幅:〜0.01−1 mm)を作っています。衝突トラックについては、投影CTと蛍光X線分析(元素分析とその空間分布)を用いた研究が[11][11] A. Tsuchiyama, T. Nakamura and T. Okazaki et al.: Meteor. Planet. Sci. 43 (2008) 247-259.、またトラックから抽出した破片粒子(〜1−10 µm)については、結像CTとX線回折(鉱物組成)を用いた研究がなされ[12][12] T. Nakamura, A. Tsuchiyama and T. Akaki et al.: Meteor. Planet. Sci. in press.、初期分析にも貢献しました。その後の詳細分析フェーズにおいてこれらの研究はさらに発展され、衝突によって破壊された彗星塵粒子の原構造推定が初めて可能となりつつあります(図4)[13][13] A. Tsuchiyama, T. Nakamura and T. Okazaki et al.: Lunar Planet. Sci. (2007) XXXVIII, CD-ROM#1247.。また、放射光を用いた非破壊分析の後に行われた電子顕微鏡観察や酸素同位体分析により、彗星塵中にコンドリュールの破片が発見されました(図5)[14][14] T. Nakamura, A. Tsuchiyama and T. Akaki et al.: Lunar Planet. Sci. 321 (2008) 1664-1667.。コンドリュールは太陽系形成が始まってから数100万年後に高温で形成されたもので、今回の発見は今後の太陽系形成論に大きな制約を与えることになると考えられます。

 

 

図4 トラックに存在するFeの質量から推定した突入粒子径(CI組成を仮定)、Dp, とトラックの入口径、De, との関係[13][13] A. Tsuchiyama, T. Nakamura and T. Okazaki et al.: Lunar Planet. Sci. (2007) XXXVIII, CD-ROM#1247.。Type-Aは carrot-type、type-Cはbulb typeのトラック。実際の突入粒子は点線で示されたにDp-Deの関係から推定できる。このDp-Deの関係からのずれは、実際の突入粒子のFeの濃度がCIと異なるものによると考えられる。

 

 

 

図5 彗星塵C2054, 0, 35, 6(結晶質タイプ)のX線回折パターンと、CTによるスライス像。Micro-poikilitic組織を示し、olivine微結晶が少量のガラスとともにCa-poor pyroxene結晶中に存在している。この組織と、FeOに乏しいolivineおよびpyroxeneの化学組成から、この粒子はかつて1550°C程度の高温に加熱されたことがわかる。2次イオン質量分析計によって測定された酸素同位体は、この粒子が炭素質コンドライト中のコンドリュールの破片であることを強く示唆している[14][14] T. Nakamura, A. Tsuchiyama and T. Akaki et al.: Lunar Planet. Sci. 321 (2008) 1664-1667.

 

 

 「スターダスト」では、彗星塵だけでなく、星間空間から太陽系に落下してくるより始原的な星間塵も回収されています。星間塵は彗星塵よりもさらに小さく(<〜1 µm)より高速で衝突しており、その分析は困難で今年(2008年)春からようやく非破壊での初期分析が始まっています。SPring-8では、現在更なる高空間分解能でのCT装置が開発されつつあり、その成果が期待されます。

 

 

 

参考文献

[1]T. Irifune, N. Nishiyama and K. Kuroda et al.: Science 279 (1998) 1698-1700.

[2]M. Murakami, K. Hirose and K. Kawamura et al.: Science 304 (2004) 855-858.

[3]E. Ito : in Treatise on Geophysics, Elsevier, 2 (2007) 197-230.

[4]Y. Kuwayama, K. Hirose, N. Sata and Y. Ohishi : Science 309 (2005) 923-925.

[5]N. Sata, H. Ohjuji and K. Hirose et al.: Am. Mineral. 93 (2008) 492-494.

[6]K. Ohta, S. Onoda and K. Hirose et al.: Science 320 (2008) 89-91.

[7]T. Irifune, Y. Higo and T. Inoue et al.: Nature 451 (2008) 814-817, doi:10.1038/nature06551.

[8]K. Uesugi, Y. Suzuki and N. Yagi et al.: Nucl. Instr. and Meth A 467-468 (2001) 853-856.

[9]K. Uesugi, A. Takeuchi and Y. Suzuki : Proc. SPIE 6318 (2006).
[10]D. Brownlee, P. Tsou and J. Aléon et al.: Science 314 (2006) 1711-1716.

[11]A. Tsuchiyama, T. Nakamura and T. Okazaki et al.: Meteor. Planet. Sci. 43 (2008) 247-259.

[12]T. Nakamura, A. Tsuchiyama and T. Akaki et al.: Meteor. Planet. Sci. in press.

[13]A. Tsuchiyama, T. Nakamura and T. Okazaki et al.: Lunar Planet. Sci. (2007) XXXVIII, CD-ROM#1247.

[14]T. Nakamura, A. Tsuchiyama and T. Akaki et al.: Lunar Planet. Sci. 321 (2008) 1664-1667.

 

 

 

入舩 徹男 IRIFUNE Tetsuo

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター

790-8577 松山市文京町2-5

TEL:089-927-9645 FAX:089-927-8167

e-mail : irifune@dpc.ehime-u.ac.jp

 

廣瀬 敬 HIROSE Kei

東京工業大学大学院 理工学研究科 地球惑星科学専攻

〒152-8551 東京都目黒区大岡山2-12-1

TEL:03-5734-2618  FAX:03-5734-3538

e-mail : kei@geo.titech.ac.jp

 

𡈽山 明 TSUCHIYAMA Akira

大阪大学大学院 理学研究科 宇宙地球科学専攻

〒560-0043 大阪府豊中市待兼山町1-1

TEL:06-6850-5800 FAX:06-6850-5480

e-mail : akira@ess.sci.osaka-u.ac.jp

 

佐多 永吉 SATA Nagayoshi

(独)海洋研究開発機構 IFREE

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830

e-mail : sata@jamstec.go.jp

 

 

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