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Volume 13, No.3 Pages 249 - 251

4. 利用者懇談会研究会報告/RESEARCH GROUP REPORT (SPring-8 USERS SOCIETY)

理論研究会
Theory Group

坂井 徹 SAKAI Toru

(独)日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 Quantum Beam Science Directorate, JAEA

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1.現在の体制
 本稿では利用者懇談会の理論研究会グループの活動について紹介します。
 現在の理論研究会グループは、代表:馬越健次(兵庫県立大学物質理学研究科長)、副代表:坂井徹((独)日本原子力研究開発機構放射光量子シミュレーショングループリーダー)の体制で、主にSPring-8の放射光を利用した表面・界面物性及び強相関電子系の研究を中心にワークショップを開催しています。この組織は、もともと1998年に代表:小谷章雄(当時東京大学物性研究所教授)、副代表:馬越健次の体制で、理論サブグループとして発足し、主に放射光実験を理論的に支援することを目的としたもので、2005年より現在の体制となっています。そこでまず、以前の活動を歴史的に振り返って紹介してから、最近の活動の報告をしようと思います。
 
2.設立の趣旨と以前の活動
 SPring-8の放射光を利用する実験は、必ずしも物質のパラメータを直接測定するものばかりでなく、例えば共鳴非弾性X線散乱のように、放射光が引き起こす素過程の理論的解釈や、物質中で起きている現象の理論的理解を必要とするものが数多くあります。このような放射光科学の研究においては、理論研究者の役割が非常に重要となるわけですが、残念ながらSPring-8内の理論研究グループは、数年前に発足した私の所属する原子力機構の放射光量子シミュレーショングループしかないため、多くの分野をカバーすることができません。そこで、全国の放射光科学の理論研究者を組織してワークショップを開催し、SPring-8の放射光実験を理論的に支援しようという趣旨で発足したのが本グループです。発足当初は、実験研究者と密接に情報交換を行うことを目的として、実験グループの研究会と共催の形で活動することが多くありました。また、発足当時の1998年はまだ研究分野も非常に限られており、磁性体のX線吸収・円偏光磁気二色性・X線発光分光・磁気コンプトン散乱・高圧物理など、直接的に観測技術に結びつく理論研究に絞られていました。
 1990年に磁性関連の実験グループとの共催で研究会を開催し、その後は表面・界面物性と強相関電子系の分野を中心に実験グループとの共催を続け、これらの分野における放射光研究に対する理論的支援の体制ができあがっていきました。

3.国際ワークショップ
 理論研究者の間でも、数値計算手法などについての情報交換の重要性が増し、年に1回くらいのペースで理論研究者が中心となった研究会も開催されました。そのような中、放射光理論研究者の世界的なネットワークであるSynchrotron Radiation Research Theory Network(SRRTネット)の第5回ワークショップとして「理論・計算・実験間のインターフェース」研究会を2002年10月に開催し、日本の放射光理論研究の国際化・グローバル化が進みました。この国際ネットワークのワークショップは、これまでBerkeley(1997)、Argonne(1998)、Frascati(1999)、Berkeley(2001)で開催されており、日本の理論研究会グループはFrascatiのワークショップからメンバー(ディレクター小谷章雄、コーディネーター馬越健次)となっています。

4.最近の活動
 最近の活動について報告します。
 SPring-8ができてから10年が経ち、実験技術の進歩とともに、非常に多彩な先端科学研究に放射光が利用されるようになりました。それとともに、詳細に実験結果を解析したり、解釈を与えたりするための理論研究の支援もますます重要性を増しています。理論研究会グループでも幅広い分野をカバーするようになり、最近では、表面・界面・強相関系の電子状態解明による伝導性・磁性の研究にとどまらず、ナノスケール系も含めた超伝導・軌道秩序・スピン秩序・巨大磁気抵抗現象など、さまざまな先端基礎研究へと活動範囲を広げています。
 一番最近の活動としては、2007年10月28日に理論研究会グループ主催のワークショップを開きましたので、その成果について報告したいと思います。SPring-8シンポジウムの前日に開催したため、多くの実験研究者にも参加していただき、有益な討論ができました。時間的な制約もあって、今回は主に強相関電子系の理論研究に絞って講演をお願いしました。この分野の世代交代期ということも反映して、若手の講演もいくつかあり、午後6時過ぎまで活発な討論が行われました。このワークショップの講演内容をそれぞれ簡単に紹介します。
(1)銅酸化物の共鳴非弾性X線散乱スペクトル(日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門:筒井健二)
 銅酸化物高温超伝導体や銅酸化物スピンラダー系の共鳴非弾性X線散乱スペクトルについて、強相関電子系の理論模型であるハバードモデルの数値的厳密対角化により、理論的に再現することに成功しています。また、実験グループとの共同研究により、ホール・ドープ系と電子ドープ系の違いや、スピンラダー系の一次元性に起因したスピン電荷分離現象の発見にも貢献しています。
(2)強相関電子系における電子格子相互作用と光学応答(京都大学基礎物理学研究所:遠山貴己) 
  擬一次元強相関電子系の光学応答で観測された準粒子励起のスペクトルについて、ハバードモデルにフォノンの自由度を取り入れた理論模型に密度行列繰り込み群を適用した理論計算により、実験で観測されているピークのブロードニングが電子格子相互作用に起因したものであることを示しました。
(3)強相関電子系の共鳴非弾性X線散乱における偏光依存性(東北大学大学院理学研究科:石原純夫) 
  遷移金属酸化物に対する共鳴非弾性X線散乱による研究において、偏光による角度依存性を測定することにより、軌道秩序やそこからの励起であるオービトンなどの新奇な現象が観測できることを理論的に示しました。
(4)f電子系における多極子秩序と共鳴X線散乱(愛媛大学理学部:楠瀬博明) 
  重い電子系などのf電子系で最近注目されている多極子秩序について、これを仮定したスペクトルの理論計算により、SPring-8の放射光を用いた共鳴X線散乱により観測できる可能性を示しました。
(5)NCA-DMFT法のd-電子系への応用(中央大学理工学部:佐古田光・石井靖) 
  遷移金属酸化物などの強相関d-電子系に対する放射光を用いたX線散乱スペクトルを理論的に計算する新しい手法として、動的平均場近似を改良した方法を考案し、いくつかの系に適用して、その有効性を実証しました。
(6)非マルコフ・非負定値経路積分型光電子スペクトル理論(高エネルギー物理学研究所・産業技術総合研究所:西岡圭太・那須奎一郎) 
  強相関電子系に対する放射光を用いた光電子分光スペクトルを理論的数値的に計算する新しいシミュレーション法として、非マルコフ・非負定値経路積分を応用した手法を考案し、いくつかの系に適用して、数値的厳密対角化などの計算結果と比較し、その有効性を確認しています。
(7)Cu酸化物におけるCu-O間クーロン相互作用と内殻分光(岡山大学理学部:岡田耕三) 
  銅酸化物におけるCu-O間クーロン相互作用を見積もる実験方法として、放射光を用いた共鳴非弾性X線散乱が有効であることを理論的に示しました。
(8)3d遷移金属酸化物の硬X線内殻光電子分光(理化学研究所・播磨研究所:田口宗孝) 
  強相関電子系である3d遷移金属酸化物に対するSPring-8のハードX線を利用した光電子分光のスペクトルについて、酸素の軌道の自由度も取り入れた理論模型の大規模数値シミュレーションにより詳細に再現することに成功しました。
(9)擬一次元分子性導体における電荷−格子自由度の協調秩序現象(日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門:妹尾仁嗣) 
  擬一次元有機導体・分子性導体について、電子間の長距離クーロン相互作用を取り入れた拡張ハバードモデルに対し、格子ひずみの自由度も取り入れた理論模型を提唱し、これに最近開発された新しい量子モンテカルロシミュレーションを適用することにより、これまで電荷の自由度だけでは説明できなかった新しい電荷秩序相の形成を理論的に示すことに成功しました。この成果は、これまでに有機導体や分子性導体について実験的に得られていた多彩な相図を、定性的によく説明しています。
(10)遷移金属化合物における共鳴非弾性X線散乱の理論(日本原子力研究開発機構・量子ビーム応用研究部門:野村拓司)
  ­銅酸化物高温超伝導体に対する共鳴非弾性X線散乱実験について、面内酸素の軌道も取り入れた詳細な理論模型を提唱し、これに動的平均場近似を適用して理論的なスペクトルを計算し、実験で得られているスペクトルの分散関係などを詳細に再現することに成功しました。

5.今後の活動について
 最後に理論研究会グループの今後の活動について抱負を述べます。
 これまで同様、SPring-8の放射光を利用した実験を理論的に支援するため、実験グループとの情報交換・意見交換を目的として、いくつかの実験グループと共催のワークショップを年に1、2回のペースで開催する予定です。理論の支援を希望される実験グループは是非ご協力ください。理論研究会グループでは、前述したような強相関電子系の理論計算ばかりでなく、表面・界面の物性研究やナノサイエンスも含めた多彩なスキルを持ったメンバーから構成されています。理論的支援が可能かどうか、まずは私、あるいは馬越代表にご相談ください。内容に応じて、ワークショップに招聘するメンバー構成について検討いたします。
 また最近では、理論計算にも多種多彩な数値シミュレーション技術が導入されています。第一原理電子状態計算、分子動力学シミュレーション、数値的厳密対角化、量子モンテカルロシミュレーション、密度行列繰り込み群など、最新のスーパーコンピューター技術を駆使した大規模数値シミュレーションが次々と開発されています。このような状況においては、理論研究者同士でも、計算技術についての密接な情報交換が重要なため、計算手法や理論解析についてのワークショップも年に1、2回主催していきたいと思います。国策の次世代スーパーコンピューターが神戸に設置される予定となっており、そちらにSPring-8の放射光実験の大規模数値解析を重点課題として申請していくためにも、同じ兵庫県でワークショップを開催することには重要な意義があります。
 今後も、SPring-8の放射光による先端科学研究を基礎から支援する目的から、また多くの研究者の情報交換の場所として、理論研究会グループは多くのワークショップを組織していきたいと思っていますので、みなさんどうぞご協力ください。

坂井 徹 SAKAI  Toru
(独)日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門
放射光科学研究ユニット 放射光量子シミュレーショングループ
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2623 FAX:0791-58-0311
e-mail : sakai@spring8.or.jp


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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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