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Volume 13, No.3 Pages 234 - 238

2. ビームライン/BEAMLINES

安定なビームを得るためのMOSTABのリニューアルについて
Renewal of MOSTAB for Stable SR Beam

工藤 統吾 KUDO Togo、広野 等子 HIRONO Toko

(財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Controls and Computing Division, JASRI

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1. はじめに

 MOSTAB(Monochromator stabilization)[1][1] 工藤統吾、西野吉則、鈴木基寛、谷田肇、古川行人、広野等子、石川哲也:“MOSTABによる放射光X線ビームの安定化”、放射光 Vol.16 No.3 (2003) 173-177.は、分光器の出射ビームの位置や強度を測定し、それらが一定になるように二結晶分光器の第一結晶の角度をフィードバック制御するものである。非常に単純な一軸制御のフィードバックシステムであるが、これを用いると分光器の出射ビーム位置や強度が効果的に安定化する。現在SPring-8の9本のビームラインでこのシステムが導入されている。最近、このシステムの制御回路の中核を担うDSP(注1)(注1)DSP:Digital Signal Processor特定の演算処理を高速に行うことを目的に作られたデジタル信号処理に特化したマイクロプロセッサ。が製造中止となった。そのため今後本システムのビームラインへの新規導入や、故障の際の対処が困難となる。そこで将来にわたりMOSTABが円滑に利用できるように、市販の再構成可能なFPGA(注2)(注2)FPGA:Field Programmable Gate ArrayプログラミングすることができるLSI(大規模集積回路)。搭載型DAQボード(注3)(注3)DAQ:Data Acquisition Systemデータ収集システム。/span>にMOSTABの機能を実装した。新しいMOSTABには、従来のビーム位置や強度の安定化に加え、位相敏感検出方式による回折強度の極大化のモードが付加され、これら多くのモードが従来のシステムよりも少ない配線量で実現できる。更にパソコンのPCI(注4)(注4)PCI:Peripheral Component Interconnectコンピュータのプロセッサと周辺機器との間の通信を行うためのバスアーキテクチャの一つ。スロットを用いるため従来のMOSTABにあった機器間通信エラーに伴う動作不良が解消される。またFPGAの内容を書き換えることで、将来の機能拡充にも対応できるといった利点が数々ある。本稿では、よく質問されるMOSTABの原理について再考したうえで、最後に新しいボード型のMOSTABにつき述べる。

 

 

2. 分光器のはたらきの簡単な説明とMOSTABの意味

 二結晶分光器は単色光を得るための重要なビームラインコンポーネントであり、SPring-8のほとんどの硬X線ビームラインに設置されている[2][2] M. Yabashi, H. Yamazaki, K. Tamasaku, S. Goto, K. Takeshita, T. Mochizuki, Y. Yoneda, Y. Furukawa and T.Ishikawa: Proceedings of SPIE, “SPring-8 standard x-ray monochromators” Vol.3773 (1999) 2-13.。結晶分光器は単結晶のブラッグ反射を利用してX線を単色化する。図1に示すように角度θBで入射したX線の中で波長λが、

 

 

を満たすものだけがブラッグ反射され、X線は単色化される。ここでdは格子面間隔、nは整数である。結晶としてはSiやダイヤモンドの単結晶が用いられている。また二結晶分光器では、平行二結晶配置が用いられる(図2)。二枚の結晶表面が完全平行であれば、最初の結晶でブラッグ条件を満たしたX線は、第二の結晶でもブラッグ条件を満足する。このため単色化されたX線ビームは方向を変えずに二枚目の結晶から出射する。さらに分光波長を変更するためにθBを変えても一定の出射方向に維持するために複雑なステージ駆動機構が考案され実現されている。

 

 

図1 Bragg反射における入射波・回折波及び結晶格子面の配置。

 

 

 

図2 平行二結晶配置

 

 

 さて二結晶分光器では結晶は精密に平行に配置されねばならない。一方の結晶がもう一方の結晶に対しわずかに傾いただけでも、出射ビームの強度や位置が変化してしまう。この傾き誤差の許容角度は分光エネルギーや用いる結晶面に依存する。例えばSi111結晶で分光エネルギー12.4 keVを得る場合の回折巾は4 arcsec(20 µrad)であり、これより充分に小さい角度で結晶格子面が安定である必要がある。ところがこの角度は、間接熱負荷によるステージ類の変形、冷却系配管の圧力変動などの様々な理由で不安定になることがある。また分光器のエネルギースキャン時には、駆動機構の精度の問題で完全平行を保つのが難しい。

 図3は光線追跡プログラムSHADOW[3][3] B. Lai and F.Cerrina: “SHADOW : A synchrotron radiation ray tracing program”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A, Volume 246, Issue 1-3 (1986) 337-341.で、第一結晶の微少角の回転が試料点のビームに与える影響を計算したものである。ビームラインのレイアウトは図4のSPring-8標準型アンジュレータビームラインとする。また回転軸は図5に示すX軸とY軸とする。結晶格子面のあらゆる傾きは、このXとYの回りの回転の合成と考えられる。(もう一つの回転軸として格子面の面内回転の軸があるが、これはブラッグの条件を変化させない。)図3からわかるとおり、分光結晶がX軸周りに回転する場合、ビーム強度は回折強度曲線に従って大きく変動する。一方Y軸周りに回転する場合にはビーム強度はほとんど変化しない。ビーム位置について見ると、X軸周りの回転は垂直方向にビーム位置を変動させ、Y軸周りの回転は水平方向にビーム位置を変動させる。しかしその程度はX軸周りの回転において顕著である。ビームエネルギーに着目すると、X軸周りの回転はエネルギーを変化させるが、Y軸周り回転ではほとんどエネルギーを変化させない。このように結晶が平行配置からずれる場合、出射ビームへの影響において着目すべきはX軸周りの回転であり、Y軸周りの回転は影響が少ないことがわかる。更に図3(a)(b)から読み取れるもう一つの特筆すべき点は、結晶がX軸周りに回転した場合にはビーム位置とビーム強度が大きく同時に変動することである。もしも二結晶分光器の下流でビーム位置と強度変動に相関が顕著に見られれば、結晶のX軸周りの角度不安定がビーム不安定の主原因ということになる。またその場合、ビーム位置か強度のどちらか一方を安定化するように、ピエゾアクチュエータ等で結晶平行度を調整してやれば、これら両方が安定化することが予想される。尚、ここで第一結晶が平行配置からずれる場合を例としたが、第二結晶が平行配置からずれる場合をシミュレーションしてもほぼ同様の結果となる。但し、エネルギー変化については第二結晶を平行配置からずらした場合は第一結晶の場合の3分の1の変化量となる。つまりX軸周りの回転に対して第二結晶のエネルギー安定度が高い。従って第二結晶をエネルギーの基準とし、これに対して第一結晶の角度を調整して平行にするのが合理的である。

 

 

図3 第一結晶をX軸の周りに回転させた場合の試料点でのビーム位置変化(a)、ビームエネルギー及び強度変化(b)。Y軸の周りに第一結晶を回転させた場合の試料点でのビーム位置変化(c)、ビームエネルギー及び強度変化(d)。

 

 

 

図4 モデルビームライン。光源はSPring-8標準型真空封止アンジュレータ。光源アンジュレータ1次光ピークエネルギーは12.4 keV。分光結晶はSi(111)の平板型結晶としE = 12.4 keV。フロントエンドスリットサイズは0.5 mm × 0.5 mmである。

 

 

 

図5 第一結晶の微小角回転の方向ブラッグの条件を変える向きの回転軸をX、Xに垂直でかつ結晶面に沿う回転軸をYとする。

 

 

 図6はBL29XUで測定された分光器下流10 mでのビーム位置(垂直方向)と強度の時間変動である。明確な相関が見られる。つまりここに観察されるビーム位置と強度の変動原因は、ともに結晶の平行配置からのずれであることを示している。そこで、今ここでビーム位置が一定になるように、図7のようなフィードバックシステムで第一結晶の角度を補正する。このフィードバックシステムはPSIC(位置敏感電離箱)で測定したビームの垂直方向の位置変動を抑制すべく分光器の第一結晶のX軸方向(図3に定義した)周りの回転角度を微調整している。図6でビーム位置と強度の間に見られた相関は図8で右上から左下に分布する黒点となる。ビーム位置のフィードバックにより、ビーム強度とビーム位置の変動がともに抑制されていることがわかる(図8青点)。我々は図7のMOSTABと記して囲った部分に付加機能を加えてNIM2巾の回路モジュールで実現して2002年ごろから普及してきた[4][4] Y. Nishino, T. Kudo, M. Suzuki and T. Ishikawa: “Stability issues in the use of coherent x-rays” Proceedings of SPIE, Vol.5195 (2003) 94.。この回路モジュールは図7に示したようなビーム位置安定化のモード以外に、ビーム強度の安定化などを含めた全4モードを選択して用いることができる。

 

 

図6 BL29XUにおいて測定されたビーム位置と強度の時間変動。アンジュレータ1次光ピークエネルギーは10 keV、Si111分光器のエネルギー設定はE = 10 keVである。測定されたビーム強度変動はσ = 8.8 × 10-3、ビーム位置変動はσ = 1.74 µmである。但しビーム強度変動を強調するために分光器第一結晶を平行配置からずらして回折強度を極大の半値として測定した。

 

 

 

図7 MOSTABによるビーム位置の安定化。PSICのU(上側電極)及びD(下側電極)から得た信号からビーム垂直方向の相対位置を計算し、これがTarget Valueに等しくなるように第一結晶をピエゾアクチュエータで調整する。

 

 

 

図8 ビーム位置変動と強度変動の相関。図6において観測されたビーム強度とビーム位置の相関を黒点で示す。分光結晶を平行に調整した状態でのビーム位置フィードバックによりビーム強度σ = 2.0 × 10-3、ビーム位置σ = 0.14 µm(青)に抑制された。(BL29XU。アンジュレータ1次光ピークエネルギー10 keV。分光器設定エネルギーE = 10 keV, Si111。)

 

 

3. 新しいMOSTABについて

 最近開発した新しいMOSTABにつき述べる。従来用いられてきたNIMモジュール型のMOSTAB用制御装置では数値演算処理は150 MHz clock動作の浮動小数点32-bit DSP(TMS320C6711, Texas Instruments Co.Ltd.)で行われていた。最近TMS320C6711のメーカーによる製造が中止となった。従ってMOSTAB用の制御回路モジュールを別のDSPにより再度開発しなくてはならなくなった。このようなことが何年かに一度繰り返されると、将来にわたって本システムを維持してゆく上での障害となる。そこで、ナショナルインスツルメンツ社から販売されている再構成可能な汎用DAQボードNI PCI7833Rを用いて、これまでSPring-8で開発したMOSTABの全手法の利用が可能なモジュールを実装した制御装置を開発した。世界中で多数のユーザーが利用するナショナルインスツルメンツ社の汎用DAQボードの場合、ボード上の回路素子が製造中止となってもユーザーがLabviewで開発したソフトウェア資産がそのまま利用可能な後継機種ボードが長期にわたり継続販売されるであろう(と筆者は期待している)。また将来、より高度な制御手法を考案した場合にも、新しい機能としてソフトウェア的に付加できる。更に、PCIボードを用いることで、これまで回路モジュールとPCの間をネットワークでつないで制御していたがその必要が無くなり、通信エラーによる動作不良も防ぐことができる。図9は新しいMOSTABのシステム図である。従来のMOSTABにあったビーム強度や位置の安定化に加え、位相敏感検出回路を用いて回折強度の最大化を行うモードを付け加えた。従来このモードでの運転を行う場合は、外付けの位相敏感検出回路が必要であり、配線量もそれに伴い増加していた[5][5] T.Kudo and H.Tanida: “A feedback system for improving the performance of EXAFS measurements”, Review of Scientific Instruments, Vol.78 (2007) 033104 (1-4).。今回のリニューアルでこの機能も取り込むことで、単純なシステムでより多くのモードの運転ができるようになった。この新しいシステムは既にSPring-8において1本のビームラインで用いられている。表1にこの新しいシステムを含む2008年現在のビームラインにおけるMOSTABの利用状況を示す。

 新しいMOSTABは従来のものと同じ応答速度を持つ。FPGAボードにより計算速度は従来よりも高速となるが、システム全体の応答速度は分光器の結晶を動かしているピエゾアクチュエータの応答速度に制限される。これにより実用的な応答速度は0.1秒程度(10 Hz)となる。MOSTABによる分光器の安定化は10 Hz以下の範囲内で有効である。

 図9の赤で囲んだ部分がNI PCI7833RのFPGAに書き込まれた部分であり、この部分は将来必要があれば変更自在である。現状保有しているファームウェアは、筆者らまで電子メールなどで連絡を下されば頒布することができる。マニュアル類の整備が遅れているが、できる限りの技術的支援を行いたいと考えている。

 

 

図9 NI PCI7833Rに実装した新しいMOSTABのブロック図(赤線で囲った部分)。図7に示したビーム位置の安定化(1)以外に、(2)PSD(位相敏感検出)演算を用いた回折強度の最大化、(3)ビーム強度の安定化、(4)蓄積リング電流値(RC)で規格化したビーム強度の安定化、(5)任意のアナログ値(X)で規格化したビーム強度の安定化の5モードが選択できる。

 

 

表1 2008年現在、SPring-8においてMOSTABを用いているビームライン

ビームライン 主な研究分野 フィードバックの目的
BL10XU 高圧構造物性 ビーム強度安定化
BL11XU 量子ダイナミクス ビーム位置強度安定化併用
BL13XU 表面界面構造解析 ビーム位置安定化
BL19LXU コヒーレントX線光学 ビーム強度安定化
BL22XU 量子構造物性 ビーム強度位置安定化併用
BL37XU 分光分析 ビーム位置安定化
BL46XU R&D ビーム位置安定化
BL08B2 兵庫県 ビーム強度最大化
BL16B2 産業界 ビーム強度最大化
BL14B2 産業界 ビーム強度最大化

 

 

参考文献

[1] 工藤統吾、西野吉則、鈴木基寛、谷田肇、古川行人、広野等子、石川哲也:“MOSTABによる放射光X線ビームの安定化”、放射光 Vol.16 No.3 (2003) 173-177.

[2] M. Yabashi, H. Yamazaki, K. Tamasaku, S. Goto, K. Takeshita, T. Mochizuki, Y. Yoneda, Y. Furukawa and T.Ishikawa: Proceedings of SPIE, “SPring-8 standard x-ray monochromators” Vol.3773 (1999) 2-13.

[3] B. Lai and F.Cerrina: “SHADOW : A synchrotron radiation ray tracing program”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A, Volume 246, Issue 1-3 (1986) 337-341.

[4] Y. Nishino, T. Kudo, M. Suzuki and T. Ishikawa: “Stability issues in the use of coherent x-rays” Proceedings of SPIE, Vol.5195 (2003) 94.

[5] T.Kudo and H.Tanida: “A feedback system for improving the performance of EXAFS measurements”, Review of Scientific Instruments, Vol.78 (2007) 033104 (1-4).

 

 

(注1)DSP:Digital Signal Processor特定の演算処理を高速に行うことを目的に作られたデジタル信号処理に特化したマイクロプロセッサ。

(注2)FPGA:Field Programmable Gate ArrayプログラミングすることができるLSI(大規模集積回路)。

(注3)DAQ:Data Acquisition Systemデータ収集システム。

(注4)PCI:Peripheral Component Interconnectコンピュータのプロセッサと周辺機器との間の通信を行うためのバスアーキテクチャの一つ。

 

 

 

工藤 統吾 KUDO Togo

(財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0980 FAX:0791-58-0984

e-mail : kudo@spring8.or.jp

 

広野 等子 HIRONO Toko

(財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門

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e-mail : hirono@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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