Volume 13, No.1 Pages 56- 62
4. 利用者懇談会研究会報告/RESEARCH GROUP REPORT (SPring-8 USERS SOCIETY)
ナノ組織損傷評価研究会の活動状況と今後の展望
Activity Report and Future Vision of the Research Group of Explication of the Damage Mechanism of Materials in Nano Scale
[1]東北大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Tohoku University、[2]東北大学 理事 Exective Vice President of Tohoku University
1. 研究会設立の趣旨
21世紀の人類社会の維持発展には、地球環境保護対策やクリーンエネルギーシステムの開発、高度情報化通信社会を支える様々なデバイス、機器の開発、あるいは医療福祉、介護支援技術の開発などが不可欠であり、工学の果たすべき役割は一層重要なものになっています。また、新技術の開発に加えて、既存の経年機器の維持運営あるいは延命化も、限りある資源の有効活用という観点からは避けて通れません。したがって、安全や安心な社会基盤を構築するためには、最新鋭の機器開発においては性能やコストと同時に信頼性の創り込み(Built-In Reliability)が重要な課題となりますし、経年機器の維持運営においては、損傷の非破壊評価あるいはモニタリング技術と修復技術の開発が重要になるものと考えられます。様々な構造材料や新機能材料の性能や信頼性は、材料を構成する元素の配列とその安定性で決定されています。したがって工学における材料設計とは、所望の性能や信頼性を実現する元素の配列規則を決定すること、及びその配列規則を乱す欠陥や不純物あるいは環境因子などを定量的に解明し、その制御方法を確立すること、といっても過言ではありません。
そこで本研究会では、図1の概念図にも示しますように、マイクロデバイスから大型機器構造物を含む機械システムの破壊メカニズムや強度発現機構のナノレベルでの解明を通して未来機械産業の基盤を構築すると共に、社会の安全と信頼性向上へ貢献することを目的としています[1][1] 三浦英生:「ナノスケールの材料力学」日本機械学会論文集(A)、第72巻、第717号 (2006) 595-601.。特に、エネルギー機器に使用される構造材料の破壊あるいは損傷過程のクライテリアをナノ組織内部の応力・ひずみ解析と結晶構造あるいは組成のゆらぎ、変動解析を通して解明するとともに、安全で安心な社会構築の基盤である高信頼次世代エネルギーシステム用構造材料の設計指針の確立を目指しています。
図1 ナノスケールでの破壊メカニズムの本質解明に基づくメガシステムの信頼性設計の概念図
ナノ領域における本質的な物理化学事象を単に従来の連続体の力学を基盤とした機械工学的な視点で捉えるのではなく、原子の結合状態の変化とそれを引き起こす電磁気的あるいは化学的相互作用の視点を加えて量子力学的に整理することで、従来からその対応に苦慮してきた個体ばらつきあるいは時空間分布の発現メカニズムを解明し、その制御方法を確立することを目指しています。
本研究会は平成18年度に新たに発足したばかりですので、当面のSPring-8での実施予定研究としましては以下の4テーマを重点テーマと位置付けています。
1)原子力構造材料の応力腐食割れ挙動の解明
高温高圧水環境におけるステンレス鋼あるいはNi基超合金表面におけるき裂の発生と成長をIn-situで連続的に観察する要素技術を開発するとともに、応力・ひずみ状態と環境因子との相互作用に基づく化学反応で生じる酸化物組成分析を行い、損傷過程を支配する化学的因子と力学的因子を定量的に解明することを目指します。特に、き裂先端近傍のナノ領域における分析に集中し、実機想定負荷環境における破壊のクライテリア解明を通し高信頼耐熱合金設計指針の確立を目指します。
2)ガスタービン構造材料の高温熱疲労・クリープ損傷機構の解明
ガスタービンやジェットエンジンには高温耐熱材料としてNi基超合金が活用されています。特に発電用ガスタービンにおいては、地球環境保護という視点から炭酸ガスの排出量を削減するため、燃焼ガス温度の高温化が求められており、現在運転されているプラントでの最高温度は1,500℃に達しています。しかし、本合金が高温環境で負荷を受けると、ナノスケールで微細分散強化された金属組織が、負荷応力の主軸に直交する方向に粗大化、層状化して急激に強度が低下することが明らかとなり、最悪の場合はタービン翼が瞬時にして破壊してしまうことが懸念されています。この組織変化は、負荷応力に依存した異相境界近傍における構成原子の異方的拡散挙動によるものである可能性が高いことから、In-situで主要構成元素の拡散挙動を追跡分析し、損傷のクライテリアを定量的に解明するとともに、高耐熱合金設計指針を確立することを目指しています。
3)燃料電池システム用高信頼電極材料の開発
化石燃料の燃焼をベースとした発電システムに替わる次世代エネルギーシステムとして固体酸化物型燃料電池が注目されています。この燃料電池システムでは、空気中の酸素を効率よく電気化学的に還元させる高性能電極の開発と、その長寿命化が重要課題となっています。燃料電池を運転すると、電気化学反応の進行に伴って電極内部の局所的な酸素活量や電子状態が変化します。これが、構成イオンの拡散や内部応力の発生、あるいは微細構造の変化など、電極の性能と寿命を決める因子に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきました。そこで、電極表面や電極/電解質界面近傍における構成金属イオンの電子状態をIn-situ観察する技術を開発することで、電極内部で生じる様々な現象を明らかにし、長期間の動作を保証する高信頼性電極材料の設計に貢献することを目指します。
4)次世代半導体向け高誘電率絶縁材料電磁物性の時空間ゆらぎの解明
次世代半導体向け絶縁材料の多くはペロブスカイト結晶構造を有し、局所的バンドギャップが結晶組成ゆらぎや結晶ひずみ分布に依存して大きく変動することが分子動力学解析から明らかになっています。そこで結晶組成揺らぎ状態を制御した材料を試作し、極微領域の結晶組成と応力・ひずみ状態及び電荷密度分布を並行して分析し、材料物性支配因子を定量的に解明するとともに、その揺らぎ制御指針を確立することを目指しています。
以上の研究により「ものづくり」を科学的な合理性を持って実現でき、結果として分布広がりを極小化することが可能になるものと考えています。また、従来大型構造物の設計において当然のように使用されてきた安全率を安心して1.0に向け極小化することで社会的な安全と安心を経済的な負担を軽減しながら実現することが可能になるものと考えています。
本研究会の統一テーマとして「機械科学に基づく機能的インターフェースの創成と制御:Interface Integrity」を掲げ、材料設計、構造設計あるいは製造プロセスの設計に適用できるナノの世界の現象の本質を把握した学問体系を構築するとともに、材料設計手法を確立し具体的に提案することを推進していきたいと考えています。
2. 研究会の活動状況
2-1. 原子力材料のマイクロ領域残留応力評価
原子力材料の強度信頼性評価においては、応力腐食割れという環境助長型の破壊メカニズム解明が重要な研究課題となっています。この破壊現象は、高温高圧水環境中におけるステンレス鋼材料の腐食反応が鋼中の残留応力と環境水中の不純物との相互作用で局所的に加速され、成長した強度の低い酸化膜が破壊し、その先端近傍に形成される応力やひずみの集中場でさらに酸化膜の成長が助長され、き裂の発生や進展が継続的に進行するというものです。この化学反応と残留応力の相互作用を定量的に解明することを目的に、図2に示しましたビームライン(BL24XU)を活用し、鋼内部のマイクロ領域における残留応力分布測定を進めています。本実験では、試験片表面に引張ひずみが作用するように負荷冶具を試作し、ビーム径を2 µmに絞り、多結晶材料内部の残留ひずみ(応力)測定を試みました。その結果、従来から応力腐食割れの起点になっていると考えられていたランダム粒界近傍の残留応力が、結晶粒内の平均残留応力と比較して約25%も大きな値となっていることを実証することができました。今後各種結晶粒界近傍の残留応力計測を推進し、応力腐食割れ発生メカニズムの定量的な解明を実現したいと考えています。
図2 BL24XUにおけるマイクロ領域残留応力計測
2-2. ガスタービン用耐熱遮蔽コーティング皮膜の残留応力評価
地球環境保護という観点から炭酸ガスの放出量を削減するため、ガスタービンシステムでは燃焼ガス温度の高温化が望まれています。現在、世界最高温度となる1,500°C級ガスタービンが東北電力㈱の東新潟発電所で稼動しており、さらに1,700°C級システムの開発が進められています。このような高温に耐えるタービン翼用耐熱合金は存在しないため、合金表面にセラミック製の耐熱コーティング皮膜を形成することでシステム全体の高温化が図られています。しかし、セラミック材料と金属材料間では線膨張係数差に起因した熱応力の発生が避けられないこと、セラミック材料が酸素を透過するため合金との界面近傍では合金の酸化反応が進行すること、などが原因でコーティング皮膜内部の残留応力が増加し、皮膜の割れやはく離が生じるという問題が顕在化しつつあります。また、皮膜形成時に膜中に残留する応力の変動も無視できないことが明らかになりつつあります。そこで、ビームラインBL02B1の高温X線残留応力測定技術を活用し、残留応力変動の少ない皮膜形成方法の開発を推進しています。
従来はプラズマ溶射という方法で皮膜を形成していましたが、大掛かりな設備が必要なことと、残留応力が熱履歴に依存して複雑に変化することが知られており、システムの安定性が懸念されています。そこで新たに、コールドスプレー法と呼ばれる数10 µm径の粒子を常温近傍で高速流体を用いて付着させる方法の採用を提案しています。熱遮蔽セラミック膜とNi基耐熱合金間の接合金属層を両成膜方法で形成し、残留応力の熱履歴依存性を評価した事例を図3に示します。実際のガスタービン稼動熱履歴を模擬しながら高温X線回折を連続的に実施したところ、従来の成膜方法では残留応力が熱履歴に依存して大きく変動するのに対し、新提案方法では初期から熱履歴には依存しない安定した変化を示すことを実証することができました。本知見を活用し、今後高信頼・高性能材料及びその製造方法の最適化研究を推進していきたいと考えています。
図3 ガスタービン翼用耐熱コーティング皮膜残留応力の熱履歴依存性の製造方法依存評価事例
2-3. ガスタービン用耐熱合金の高温損傷評価
高信頼・高性能ガスタービンシステムの開発においては、耐熱遮蔽コーティングの信頼性向上に加えて翼用合金の耐熱性向上も並行して検討することが不可欠です。従来ジェットエンジンも含め耐熱合金としてNi基超合金が使用されています。この合金は、図4に示すように結晶粒内に共晶組織であるNi3Al層を微細析出させることで高温強度を向上させています。しかし近年、900°C以上の高温で長期間遠心力に起因した一軸負荷が作用すると、微細分散した組織が図中に示したように負荷と直交方向に粗大化、層状化してしまい、この分散強化機構が破壊されることで急速に亀裂が発生進展し破断に至る現象が存在することが明らかになっています。この現象は、高温環境のみでは生じないことが確認されており、明らかに合金元素の応力起因の異方的な拡散現象に基づくものです[2][2] M. Rai, K. Amezawa, Y. Uchimoto, Y. Tomii, T. Kawada and J. Mizusaki: “Electronic and Local Structures of La1-xSrxCoO3 Studied by X-Ray Absorption Spectroscopy” 210th Electrochemical Society Meeting, A1- #12 (2007).。したがって、本合金の耐熱特性向上には、この異常拡散メカニズムの解明と、その抑止技術の確立が不可欠となっています。
図4 高温損傷に伴うNi基超合金の微視組織変化
通常のX線回折装置では共晶系からなるナノスケールの微細分散組織が混在した結晶の回折ピークを分離検出することは極めて困難です。そこでBL02B2ラインのX線回折技術を活用し、二相分離しているNi3Al相のみの回折ピークを分離検出し、高温損傷過程における結晶構造変化を観察した事例を図5に示します。図中の右端に示した数値は高温損傷の進行度合いを示しています。損傷初期には回折ピークは低角側にシフトしており、これは主として結晶中の引張残留応力の増加によるものと考えています。さらに損傷が進行すると、残留応力は緩和されますが、急速に結晶性が低下し、損傷の進行度合いが80%を超えると、明確な回折ピークが消失し、結晶性が著しく低下することが明らかとなりました。損傷初期は原子の拡散距離も短いために相変態時の原子供給は十分になされ、微細組織変化(層状化)時でも結晶性は維持されるものと考えられます。しかし、損傷の進行に伴う拡散距離の増加に伴い、各構成元素の拡散速度の相違に基づき、相変態に必要な組成の維持が困難になり、結晶性が低下、相分離の破壊という視点では材料の均質化が進行するものと考えています。構成元素の中では最も融点が低く、かつ分散相の主要構成元素でもあるAlの拡散がこの損傷を支配しているものと考えており、このAlの異方的拡散メカニズムを解明することで、合金の耐熱特性向上設計指針が得られるものと期待しています。
図5 高温損傷進行過程におけるNi基超合金内分散強化相(Ni3Al相)結晶構造の変化
2-4. 燃料電池用電極材料の信頼性評価
化石燃料資源の枯渇が懸念される中、次世代の新たな発電システムの開発が世界的にも重要な課題となっています。ご存知のように燃料電池は、小規模なシステムでも高い効率で電気と熱を供給できるジェネレーションシステムの最有力候補として開発が進められています。この燃料電池システムの中で、最も高い効率が期待されているのが固体酸化物形燃料電池(SOFC)です。SOFCでは、空気極に遷移金属酸化物が用いられており、その性能と耐久性を向上させることが重要な開発課題の一つとなっています。これらの酸化物層の表面では酸素が吸着、イオン化(酸素還元反応)し、さらに内部や表面を拡散して電解質に達します。この反応過程の駆動力は、電極の微細構造の内部に発生した酸素活量の勾配です。このため、電極構成材料中の遷移金属イオンは、電極内部の場所や電流の変化に応じて、異なる酸化状態をとり、内部応力の発生や拡散の原因となることから、長期的な耐久性や信頼性を向上させるため、電極内部の酸素活量分布の評価方法の確立が重要課題となっています。しかし、燃料電池における電極材料の状態を正しく評価するためには、制御された環境(酸化性ガス雰囲気)かつ800°C前後での反応分析を行わなければならず、従来の実験手法では電極の情報を直接観察することが不可能でした。
そこで、図6に示す、制御された雰囲気下において、マイクロメーターレベルの位置分解能で、透過・蛍光XAFS分析を可能にする試料ホルダーを独自に開発し、BL01B1、BL37XUを活用して、空気極における電極状態のIn-situ観察(分析)に成功しました[2][2] M. Rai, K. Amezawa, Y. Uchimoto, Y. Tomii, T.K awada and J. Mizusaki: “Electronic and Local Structures of La1-xSrxCoO3 Studied by X-Ray Absorption Spectroscopy” 210th Electrochemical Society Meeting, A1- #12 (2007).。その結果、温度や雰囲気変化、あるいは通電により、燃料電池空気極材料の電子構造や局所結晶構造が変化することを初めて明らかにすることができました。また、異種相を積層させた構造を持つ新規な空気極における特定原子の異常原子価状態の発生を明らかにし、これを利用した、酸素交換反応を飛躍的に促進させる高性能電極も考案しています。これらの分析から、燃料電池の高信頼化(材質劣化の抑制)と高性能化(酸素交換反応効率の向上)を両立する次世代材料システムの設計指針が確立できたものと考えています。
図6 燃料電池反応電極表面近傍の化学反応進行過程In-situ分析
2-5. 次世代半導体デバイス用高誘電率薄膜の信頼性評価
半導体デバイスの高集積化(微細化)と高性能化を継続するためには、トランジスタやコンデンサ用絶縁膜の膜厚を薄膜化することが不可欠であり、従来使用してきたSiO2薄膜では膜厚を1nm以下にしなければなりません。しかし、このような厚さ領域ではトンネル電流の増加を抑制できないため、高誘電率材料の研究開発が進められています。多くの候補材料の中でHfO2が有力材料として注目されているのですが、Si基板やトランジスタ電極との界面制御など多くの課題があり、必ずしも満足した性能や信頼性は得られていません。
このHfO2薄膜形成には有機ガスを使用することが多く、膜内部には必然的に炭素が混入します。また、下地材料の表面酸化などの影響で化学量論的な組成(Hf:O = 1:2)から酸素欠損が生じやすく、理想的な膜組成を得ることは極めて困難な状況です。また、Si結晶を積極的にひずませることで、電子や正孔の移動度を向上できることが明らかになり、トランジスタ電極や絶縁薄膜を内部応力の高い状態で堆積したひずみSiトランジスタなども実用化され始めています。このため、トランジスタ絶縁膜にも結果として高い応力(ひずみ)が残留することになります。このような薄膜内部の点欠陥や応力・ひずみの発生は、HfO2薄膜内部の結晶構造をひずませるため、材料のバンド構造すなわちバンドギャップにも変化を生じさせ、結果として実効的な誘電率も変化させることが懸念されます。そこで量子分子動力学解析を応用し、このような点欠陥や応力・ひずみがHfO2薄膜のバンドギャップに及ぼす影響を定量的に解析した結果、酸素欠損や格子間炭素はバンドギャップ内に不純物準位となるドナー準位を局在的に形成し、その領域のバンドギャップを著しく低下させること、引張ひずみの作用もバンドギャップを低下させること、などを明らかにしました[3][3] K. Suzuki, Y. Ito and H. Miura: “Influence of Oxygen Composition and Carbon Impurity on Electronic Reliability of HfO2” IEEE Simulation of Semiconductor Processes and Devices, vol.12 (2007) 165-168.。したがって、HfO2薄膜の絶縁特性は点欠陥密度や残留応力(ひずみ)状態で大きく変化する可能性があります。そこで、酸素欠損や格子間炭素濃度が異なるHfO2薄膜を準備し、BL15XUの光電子分光法を応用して薄膜内部におけるハフニウムや酸素の化学結合状態を分析するとともに、Fermi準位端近傍のバンド構造変化の有無を測定しました。
結晶欠陥として、酸素欠損濃度と格子間炭素濃度の異なる試料を準備し、この二種類の試料内部における各元素の化学結合状態とFermi端近傍の価電子帯構造を詳細に分析しました。図7にハフニウムの4f軌道電子の科学結合エネルギー状態の変化を観察した例を示します。結晶欠陥濃度が高い試料において、スペクトルのピーク位置が低結合エネルギー側にシフトしていることが明らかになりました。同様な変化は酸素スペクトルでも認められ、試料内部での原子結合状態が相対的に不安定になっている状況を明らかにすることができました。この原子結合状態の変化に起因して、Fermi準位近傍の価電子帯構造にも変化が生じることが図8に示しますように明らかになりました。結晶欠陥密度が高い試料のバンド幅、すなわちバンドギャップが、結晶欠陥密度の低い試料のそれよりも約1 eV減少していることを実証できました。この結果は量子分子動力学解析で予測したものと定性的に一致しています。したがって、HfO2薄膜の応用には、膜の組成制御(結晶欠陥制御)も極めて重要であることが明らかとなりました。
図7 結晶欠陥起因のHf-4f軌道電子の結合エネルギー変化測定例
図8 結晶欠陥起因のFermi端近傍バンド構造変化の測定例
3. 今後の放射光活用高度化計画
これまで述べてきましたように、本研究会では 様々な構造材料の性能発現メカニズムと破壊あるいは損傷過程をナノスケールで分析し、各材料の性能向上あるいは劣化の支配因子を解明するとともに、その制御方法を開発することで、安全で安心な社会を構築する基盤技術の確立を目指しています。この約1.5年間の活動で、原子力容器用ステンレス鋼や次世代半導体用高誘電率薄膜における材料、構造の製造プロセスにおける材質(性能、信頼性)ゆらぎ因子の解明研究や、ガスタービン用耐熱コーティング皮膜と耐熱合金あるいは燃料電池用電極材料などの実使用環境における材質劣化メカニズムの解明研究が大きく進展したものと考えています。これらの研究成果は、確実に次世代安全・安心社会インフラ用高信頼・高性能材料、構造の開発に貢献できるものです。本報告でも紹介させて頂いた研究成果は、従来の工学研究手法では困難であった物理化学現象の発現メカニズムを、放射光を活用して初めて明らかにできたもので、改めて放射光活用研究の意義を認識することができました。これまでの研究成果を踏まえ、さらなる分析技術の高度化に挑戦していきたいと考えています。
具体的には、まず高温、高圧、雰囲気制御(酸化、還元、腐食、流体、ガス)過酷環境下における材料劣化過程のIn-situ観察技術の開発があります。特に力学的負荷と環境制御を両立させる試料ホルダーの開発に挑戦したいと考えています。高濃度ガスや高圧水などを透過させながら信号品質を損なわない計測システムの開発が最重要課題と考えています。また、材質のナノ、アトミックスケール空間分布解析(空間分解能:数100 µm ⇒ 数10〜数100 nm)技術、すなわち測定ビーム径の微細化技術も重要な開発課題です。これにより分析の対象もバルク多結晶から結晶粒界、界面/表面近傍の極微領域に拡大され、組成や結晶欠陥分布(ゆらぎ)と様々な物理化学的性質の相関性解明研究が加速できるものと期待しています。コンピュータトモグラフィー技術を活用した不純物や析出物のナノスケールでの可視化も可能になるはずで、き裂の初生過程の観察が可能になるものと期待しています。また、化学反応の本質解明という視点では、計測の時間分解能の向上も必須課題です。パルス波のパルス幅縮小とビーム強度の向上により化学反応のIn-situ観察や経時変化分析などを実現したいと考えています。
4. おわりに
科学技術基本政策でも重要な研究課題と位置づけられている、安全で安心な社会基盤を構築するために本研究会活動をさらに活性化させ、材料機能発現機構と製造、使用環境下劣化機構の科学的合理性を持った本質解明を目指し、放射光を応用した、過酷環境下でのナノスケール時空間分解In-situ分析の確立を推進していきたいと考えています。
参考文献
[1] 三浦英生:「ナノスケールの材料力学」日本機械学会論文集(A)、第72巻、第717号 (2006) 595-601.
[2] M. Rai, K. Amezawa, Y. Uchimoto, Y. Tomii, T. Kawada and J. Mizusaki: “Electronic and Local Structures of La1-xSrxCoO3 Studied by X-Ray Absorption Spectroscopy” 210th Electrochemical Society Meeting, A1- #12 (2007).
[3] K. Suzuki, Y. Ito and H. Miura: “Influence of Oxygen Composition and Carbon Impurity on Electronic Reliability of HfO2” IEEE Simulation of Semiconductor Processes and Devices, vol.12 (2007) 165-168.
三浦 英生 MIURA Hideo
東北大学大学院 工学研究科
附属エネルギー安全科学国際研究センター
〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-11-712
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庄子 哲雄 SHOJI Tetsuo
東北大学 理事
〒980-8577 仙台市青葉区片平二丁目1-1
TEL&FAX:022-217-4852(4854)
e-mail : tshoji@rift.mech.tohoku.ac.jp