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Volume 13, No.1 Pages 28 - 38

2. ビームライン/BEAMLINES

放射光利用者のための同期型508 MHzカウンターについて
The 508 MHz – Synchronous Counter for Synchrotron Radiation Users

川島 孝 KAWASHIMA Yoshitaka、大橋 裕二 OHASHI Yuji

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI

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1. はじめに

 最近SPring-8のいくつかのビームラインから、SPring-8の基本周波数508.58 MHzと、特に我々がSPring-8の電子ビームを制御するために開発した同期型508 MHzカウンター(508 MHz Synchronous Universal Counter、以後508 MHz SUCと書く)について、問い合わせが増えてきていることもあり、本誌を通して説明をする必要があると考えるようになってきた。SPring-8の蓄積リングの運転が開始されると同時に、蓄積リングの電子ビームの状況について放射光を使って調べてくれたBL09XUの関係者とその周辺の方たち、そして供用開始の初めの頃からSPring-8に所属しているビームライン担当者の方たちを除くと、新しい人たちが毎年のように増加し、新しくビームラインの担当になられた方、さらにビームラインで実験される方々に対して508 MHz SUCに関し理解していただくと同時に、実験のために508 MHz SUCを上手に使っていただくため、基本周波数と508 MHz SUCについて説明をする必要を感じてきた。昨年でSPring-8も利用運転を開始して10年目を迎え、新しいビームラインも数多く増えてきた。我々加速器側から見て感じているのは、各ビームラインの実験が、SPring-8を運転し始めた最初の頃は、電子ビームからの放射光を単に利用する実験であったという状況から、最近では蓄積リングに蓄積中の電子ビームが位置を占めることができる場所(それをRFバケットと呼ぶ)の中の特定の電子集団からの放射光と同期させる実験が増加してきたことを感じる。このように蓄積中の電子ビームに同期した実験をするビームラインはある特定のRFバケットからの放射光に実験装置を常に同期させておくために508 MHz SUCを使うことになる。ここでは、SPring-8において放射光利用者に有効に放射光を利用していただくために、さらに、日本だけにとどまらず世界にある放射光施設ならどこでも放射光実験に利用できるので、我々の開発した508 MHz SUCについて説明を行う。

 

 

2. 基本周波数(508.58 MHz)の分配について

 先ず、SPring-8の加速器全体を動かしている基本周波数[1][1] 川島孝:SPring-8利用者情報 Vol.4, No.3 (1999) 4.を理解していただくことから始める。図1に示したように、蓄積リングの内周側には電子ビームにエネルギーを与える高周波(RFと呼ぶことにする)加速装置を設置しているステーションが4ヶ所あり、それぞれがRFのA、B、C、Dステーションと名前がつけられている。そして基本周波数を発生する場所としてEステーションがある。ここから光ファイバーを用いて蓄積リングのRF各ステーションのB、C、DそしてAステーションの順に基本周波数の信号を送信し、最後に基本周波数を送り出したEステーションに戻る。Eステーションでは基本周波数を送り出した信号とAステーションから戻ってきた信号の位相の差を検出し、この位相差が一定の値を保つようにPLL(Phase-Locked Loop)と呼ばれる装置で一年中位相が安定に保たれている。2000年以前まではAステーションは出来ていなかったので、放射光利用者のために基本周波数を実験ホール側に送るため、508.58 MHzはB、C、DそしてEの各RFステーションから蓄積リングを越えて同軸ケーブルまたは光ファイバーにて実験ホール側に送信してきた。実験ホール側に送信する前の基本周波数の位相は、各RFステーションから送信された段階において非常に安定に保たれている。位相の精度は1°以下であり、それを時間精度にすると約6 ps以内に収まっている。但し、実験ホール側に送信する基本周波数の信号に関しては、その位相を安定に保つためのPLL装置は設置されていない。しかし、基本周波数信号を送信するために使っている同軸ケーブルまたは光ファイバーは、敷設されている環境温度が変化しても位相が動き難いよう作られた特殊な製品で位相補償型と呼ばれるケーブルを用いている。さらに、実験ホール全体が外気と遮断され一年中空調機が働いており、ケーブル周辺の温度は、屋外に設置する場合と異なり、比較的安定した温度の環境下にあるので、実験ホールで基本周波数を使う利用者の要求を満足する水準にあるものと思われる。今後どこかのビームラインで、ある特定のRFバケットに同期した実験を実施したい利用者がさらに増加してくるものと想像されるので、今後そのようなことを考えている利用者の方たちは、基本周波数の信号をどこでもらい使用できるのか各ビームライン担当者に相談し対応していただきたい。

 

 

図1 蓄積リングのRFステーションと実験ホール側の基本周波数基地との位置関係

 

 

3. 508 MHz SUCについて

3-1. 歴史的背景

 最初に歴史的な開発経過を簡単に説明しようと思う。SPring-8の建設計画当初、我々は埼玉県和光市にある理化学研究所(以下「理研」)で蓄積リングに関する設計製作のR&D作業を開始した。そして我々は電子ビームにエネルギーを与えるための加速器本体の一部である高周波加速装置全体の試験開発を始めたのが1991年の1月であった。高周波加速器を実際、動作させ問題点を洗い出し、その問題が実機で発生しないよう日夜研究に励んでいた。そのような時、SPring-8の加速器全体を見ていただけると解るように、SPring-8全体は線型加速器、ブースターシンクロトロン(以上が現、日本原子力研究開発機構が担当)、そして蓄積リング(理研担当)から構成され世界一大きい放射光専用施設だけあって、電子ビームを発生する線型加速器を始め、加速器全体を安定に制御するためにはどのように基本周波数を分配したらよいか、また電子ビームを安定に制御するにはどうしたらよいか我々RFグループ内で日夜議論をしていた。そのような時、SPring-8利用者懇談会から提出された報告書を読むと、放射光利用者は単バンチ運転からマルチバンチ運転を含むさまざまな蓄積リングのビームフィリングパターンを要求していることが解った。加速器全体の安定化と放射光利用者の要求を全て満足させるため、我々は電子ビームを制御するため高周波加速システムの設計製作と同時にタイミングシステムを構築しなければならないと思うようになり、日本原子力研究開発機構側の方たちと協議しながら理研側で我々が設計することにした。精密なビーム制御を実行するにはタイミングシステムの時間精度を厳しく要求するいくつかの装置を新たに開発しなければならないことが明らかになった。それらの新しく開発した装置の一つが508 MHzを直接同期して数えることができるカウンターであった。当時508 MHzという高周波を直接、それも同期してカウントできるICはガリウムとヒ素の化合物からできたものしかなく(注意:当時単なる分周器なるICは手に入れることはできた。しかしこれでは同期することができない)、この化合物を用いた製品を特別我々のために企業に製造依頼することは非現実的なことであった。そんな時、和光理研の近くにあった自動車会社ホンダの研究所でF1のエンジンが開発されており、そのエンジン制御用電子機器を納入していたモトローラ株式会社の営業の方が筆者の一人を知っていて理研に立ち寄り、モトローラが開発した市販の超高速で動作するICを紹介してくれたお陰で508 MHzを直接同期して数えることが可能となった。それが、いわゆる508 MHz SUCを開発することができるきっかけとなった。そしてモトローラ社製のICを用いて、最初16ビットのプロトタイプカウンターを開発し実際508.58 MHzを数え落としなく動作するか、考えられる数々の実験を繰り返した。その初めのプロトタイプ16ビット508 MHz SUCの前面の写真を図2に示す。各種試験を合格したので、この成功に気を良くした我々は本番用の30ビットタイプ508 MHz SUCを開発することにした。

 

 

図2 1992年に最初に作ったプロトタイプの16ビットで構成された508 MHz SUC

 

 

3-2. 508 MHz SUCの基本的動作について

 この508 MHz SUCを世界中の電子蓄積リングで利用できるよう我々は最初から世界共通規格とすることを考え、世界共通規格のNIMモジュールとした。さらに世界中の電子蓄積リングで使用されている基本周波数は、我々の知る限りにおいて、多分SPring-8の508.58 MHzが最も高い周波数である。ちなみに隣のNew SUBARUは500 MHzである。従って、508 MHz以下の周波数なら世界中どこでも使用できるということである。

 それでは508 MHz SUCの基本動作についてひとつずつ説明していこう。

 

 

図3 30ビットタイプ508 MHz SUCの実際の回路。全RFバケット数Nを設定する場所は示したようにディップスイッチで2進数を用いて設定することになる。

 

 

(ステップ1)RFバケット数の設定

 加速器の場合、基本周波数を数えて、正確な時間間隔を作ることが最も大切なことであるし、さらに基本周波数を数えるカウンターを放射光利用者及びビームモニターとして使う時、彼らが最も基本として必要とする情報は周回周波数である。先ず、蓄積リングの全RFバケット数、これをNと定義すると、SPring-8の蓄積リングの場合はN = 2436個ある。別の例として、隣にあるNewSUBARUの蓄積リングの場合はN = 198個ある。508 MHz SUCは最初Nの値をセットする必要がある。予めこの値を固定していない理由は、上記したように世界中の電子ビーム蓄積リングならどこでも利用できるよう、508 MHz SUC利用者が電子蓄積リングの全RFバケット数に応じて変更できるようにするためである。その方法は図3(注意:これは次に述べる30ビットタイプの実際の内部である)に示すように、NIMモジュールの横のアルミ製板をネジで止めているのでこれを外してディップスイッチを使ってNの値を設定しなければならない。なお、Nの値は10進数ではなく2進数で設定しなければならない。

 具体的な例としてSPring-8のRFバケット数について説明する。RFバケット数2436は10進数であるが、デジタルを扱う場合、2進数で扱わなければならない。その場合、2進数の0(zero)から始まるのでRFバケット設定値は2436ではなく、2435という数字となる。これを2進数で表現すると

 243510 = 1001、1000、00112   (3-1)

となる。このように2進数で表現すると2435という数字を表現するために12ビット必要となる。後に16進数も必要となるので簡単のため4ビット毎にカンマを入れた。10進数の2435は16進数で表現すると

 243510 = 98316  (3-2)

となる。Nの値を設定し終わると、アルミのフタを閉じて次にNIMビンに差し込んで電源を入れ、電子蓄積リングの基本周波数信号を入力する。

 

(ステップ2)基本周波数の入力

 高周波を扱う場合BNCコネクターのような、ネジ止めできないものは使用すべきではない。ケーブルが風などによる振動のため、信号の位相が動く。つまり時間が不正確になる(タイムジッターとして現れる)等の問題が発生する。それらを極力抑えるため、高周波専用のSMAコネクターを用いて基本周波数を入力できるようにした。入出力のケーブルは全てSMAコネクターで取り合うようになっている。SMAコネクターの取り付けは専用のトルクレンチで取り付けなければならない。入力レベルは2から3 dBmあれば十分である。dBmの単位に慣れていない方は、入力の信号を、オシロスコープを用いて入力インピーダンスを50 Ωに設定して信号を見た時、信号レベルが±100 mVから500 mVあれば十分である。これで基本的に動き始める。

 

(ステップ3)入出力について

 30ビットタイプの508 MHz SUCの場合を例として図4に示すようにモジュール前面パネルには入力2個、出力2個がある。そして四角い形の16進数で表示したロータリースイッチを用いて利用者が手動で任意のRFバケット数(ここではMとする、以降任意のRFバケットの番号を、Mを用いて表現する)を設定できる。さらに背面にはリモート、ローカルのスイッチと前面パネルにあったのと同じ任意のRFバケット番号Mを設定するためのDサブコネクター入力がある。さらに、M-OUTの出力が一回のみか、連続か選択するスイッチがある。これについては後でさらに説明をする。利用者が任意のRFバケット番号に同期した信号を欲しい場合、リモートに設定すると外部媒体、SPring-8の場合であればVMEを通して背面パネルにあるDサブコネクター入力部から任意のRFバケット番号を設定できるし、ローカルにすれば前面パネルからロータリースイッチを用いて設定できる。但し、蓄積リングのRFバケット番号Mの値が、全RFバケット数の合計した値であるNを越えた値を入力すると、次に述べるM-OUTの出力から信号は出てこないので注意しなければならない。

 前面パネル入力部のRESET入力信号、出力部の1/N-OUT,M-OUTそれぞれの出力信号はこれも国際的規格のNIMレベルとしている。この定義はゼロボルトからマイナス0.8ボルトの負の信号である。特に出力は50 Ω終端で初めて信号が判明する。背面にあるRFバケット番号入力部のレベルはSPring-8の制御グループが指定したVMEを用いて入力することを考えてTTLレベルのオープンコレクターとした。

 最後に背面パネルには、M-OUT出力が連続的に出るか、RESET信号が再び入力されない限り一回だけしか出ないかを選択するスイッチがある。これは508 MHz SUCを時間遅延器として利用するときの便宜を考慮して取り付けてある。詳しくは後ほど説明する。

 

 

図4 30ビットタイプ508 MHz SUCモジュールの前面のパネルと背面のパネル

 

 

(ステップ4)内部回路の動作について

 30ビットタイプの508 MHz SUC内部回路の動作については簡単なブロック図を図5に示した。同期型のカウンターは簡単な構成から出来ている。その説明をすると、先ずステップ1で設定した蓄積リングの全RFバケット数Nの値を、ディップスイッチを用いて2進数で設定する。そして基本周波数信号を入力するところがあり、サイン波は矩形波に変換され分配器を通して数を数えるICの中に入る。このカウンター部は普通の動作と逆の、設定したNの値から小さい数字の方にカウントダウンする。このカウンター部が最も重要な部分である。それはこのカウンター部が基本周波数に完全に同期して動作することが出来なかったからである。SPring-8の場合508.58 MHzを基本周波数として使っており、1クロックの時間間隔は約1.97 nsである。さらにこのカウンター部は、例えばSPring-8の全RFバケット数2435(注意:2進数を考慮して2436としなかった)からカウントダウンして0(zero)になると1/N-OUT(注意:1/Nとした理由は基本周波数を分周するという意味から採用した)から信号が一発出力されるやいなや、再びN = 2435から自動的にカウントダウンが始まる。これを繰り返し行う。この繰り返しの周期は加速器の言葉で表現すると「周回周波数」と呼ばれ、電子一個がある位置から出発し蓄積リングを一周して戻ってきた時間が周回周波数の一周期に等しくなる。SPring-8の場合、一周期は正確に

 1.96625 ns × 2436 = 4.7898 μs   (3-3)

となる。そして1/N-OUTからパルス的に出力される信号はまさに周回周波数そのものであり、周波数にすると約208.776 kHzに相当する。

 次に図5に戻って、ある特定のRFバケットに入っている電子ビームからの放射光のみ利用したいという放射光利用者がいるとする。その任意のRFバケット番号を外部または図4に示したロータリースイッチを用いて入力する。その値をMとしてセットする。そうするとNの値からカウントダウンしているカウンター部の値がMの値に一致した時、図5の「比較する回路」部から信号が一発出力される。ここで、ステップ3で述べたことが理解される。それはセットしたMの値がNの値より大きければ「比較する回路」部においてお互いの値が一致することが全くないので出力信号が出ないことが理解されると思う。繰り返すと、この出力信号は外部RESETが入力されるまで一回だけ出すようにするかどうかを背面パネルの選択スイッチで決定することができる。さらに放射光利用者はロータリースイッチを用いて利用したい特定の電子ビームからの放射光のみ現場で選択することができる。但し、このロータリースイッチ部は16進数で設定できるようになっているので初心者には厄介である。これらのことを考慮してできるだけ10進数で設定ができるよう後で述べるように最新の16ビットタイプの508MHz SUCの開発へとつながる。16ビットタイプの前に、30ビットタイプの開発について次に述べる。

 

 

図5 30ビットタイプ508 MHz SUCの動作原理を説明するためのブロック図

 

 

4. 30ビットタイプ508 MHz SUCの開発

 SPring-8で加速器として電子ビーム制御とビームモニター、そして放射光利用者が自由に使えるよう、開発予算の範囲内で全てに適用可能とするために16ビットから30ビットに増やしたものをこの段階で最終的に設計した。30ビットとした最大の理由は、線型加速器を経由しブースターシンクロトロンで8 GeVに加速された電子ビームを蓄積リングへ入射する頻度が約1秒に一回、つまり1 Hzで実行されることが決まっていたので508.58 MHzを1秒以上同期して数え正確な時間を制御するためには30ビットが必要であった。これだけのビットがあれば基本周波数を用いて最大2秒以上まで正確な時間間隔を任意に作ることができるようになる。ビームモニター用と放射光利用者に対しては、蓄積リングを電子が一周するのにかかる時間は(3-3)式から約4.8 μsなので16ビットあれば十分である。前述したように508 MHz SUCを使う利用者を満足させ、かつ少ない開発費で全部の機能を盛り込むためには30ビットあれば十分なので最終的な設計はそれで進めることにした。プロトタイプの16ビットタイプの508 MHz SUC開発は1992年、続いて30ビットの一号機が完成したのが1994年であった。当初、基本周波数の508.58 MHzを入力し、その信号を矩形波に変換する最初のコンパレーターのICが高速で動作するため熱により故障が発生した。この部分は通常のコンパレーターから故障の少ない高速のラインレシーバーに変更し、故障が少なくなった。さらに30ビットの同期型のカウンター部のICも発熱のため故障した。故障の予防として、発熱を逃がすためにICの上に空冷のオートバイのエンジン部が表面積を増やして冷却効率を良くするためにフィンを取り付けているように、これと同じ原理のフィンをICに直接取り付け冷却効率を上げるよう改造した。このように508.58 MHzを同期して数えるためには超高速で動作するICを多数使用しなければならない。そのためには電流を多く流さなければならない。この30ビットタイプ508 MHz SUCの最大の弱点は「熱」である。この30ビットタイプ508 MHz SUCを使う利用者はできるだけ冷却用空冷ファンを回しながら使用していただくようお願いしたい。

 それでは30ビットタイプ508 MHz SUCの使い道について説明する[2][2] H. Suzuki, H. Ego, M. Hara, T. Hori, Y. Kawashima, Y. Ohashi, T. Ohshima, N. Tani and H. Yonehara: Nucl. Instrum. and Methods Phys. Res. A 431 (1999) 294-305.

 

4-1. 分周器として使用

 基本周波数がSPring-8の508.58 MHzより小さい周波数を用いる場合、508 MHz SUCはどこにおいても利用可能である。それでは分周器として使うための方法を具体的に説明することにする。SPring-8の場合、放射光利用者がよく用いるのは周回周波数である。これは前述したように、蓄積リングの全RFバケット数をNとすると、SPring-8の場合N = 2436個あるし、隣のNew SUBARUの場合では198個ある。3-2節のステップ1で述べたように、これらNの値を2進数として処理しセットする。N = 2435(注意:何度も書くが2進数なので0から数え始めるので一つ少ない数字となる)をセットすると基本周波数の508.58 MHzを分周することに等しくなる。具体的には508.58 MHz/2436 = 0.208776 MHz = 208.776 kHzとなる。これがSPring-8の周回周波数であり、30ビットタイプの508 MHz SUCの1/N-OUTから出力信号がNIMレベル(国際規格で50 Ωに終端しないと信号は見えない)である。出力にあえて1/N-OUTとしているのは分周の意味を込めるためである。

 SPring-8ではレーザー装置を加速器の基本周波数に同期する人たちが増加してきた。彼らは基本周波数を16分周したいとか、奇数の数字の1/7分周にしたいとか質問に来られる。レーザーの専門の方は奇数の分周は出来ないと思い込んでいる人がいて我々の方が驚いたことがある。上記したように奇数であろうが偶数であろうが508 MHz SUCを用いれば簡単に分周器として動作させることができる。Nの値はとにかく1より大きい整数であればよい。

 

4-2. 基本周波数に同期した正確な遅延時間製造機として使用

 これは加速器側で最も必要とする使用方法である。SPring-8では電子ビームの入射は1 Hzということを述べた。長い遅延時間を必要とする利用者は、先ず図3において、全RFバケット数Nの設定方法で説明したように30ビットの最大のビットを立てるとよい。これで少なくとも基本周波数に同期して1秒以上の遅延時間(注意:500 MHz帯を使った場合)を設定することができる。そしてローカルに前面パネルのロータリースイッチまたはVMEを通して遠隔で、Mの値を設定する。RESET信号が入力されてから正確に基本周波数の1周期の時間間隔をtとすると、それのM倍した時間T(T = t × M)がM-OUTから出力される。その信号が繰り返し出力されるか(注意:この意味は、t × Nの時間間隔で繰り返して出力されるということ)、次のRESETが入力されるまでM-OUTから出力されるかどうかは利用者が背面パネルのスイッチで決定することができることは既に述べたところである。特に加速器を制御する目的なら、RESET信号も基本周波数に同期した信号を使うことを勧める。但し、このRESETの信号のタイミングは基本周波数に同期しているので非常に微妙な位相調整が必要である。これについては我々が書いた専門の論文[2][2] H. Suzuki, H. Ego, M. Hara, T. Hori, Y. Kawashima, Y. Ohashi, T. Ohshima, N. Tani and H. Yonehara: Nucl. Instrum. and Methods Phys. Res. A 431 (1999) 294-305.を読んでいただくことを推奨するにとどめる。

 

4-3. 任意のRFバケット番号Mに蓄積している電子ビームからの放射光を利用する目的で使用

 これは蓄積中の電子ビームをモニターするために使うことと同じである。放射光利用者は3-2節のステップ1で説明した方法に従って508 MHz SUCのディップスイッチを用いて、蓄積リングの全RFバケット数Nを設定する。SPring-8の場合は2435(= 2436-1)とする。別の例としてNew SUBARUの場合N = 197(= 198-1)を設定する。そして、放射光利用者は望みの特定のRFバケットからの放射光に照準を絞るためにMの値を任意に選択し実験装置をそのバンチに同期して運転することができるようになる。

 

 以上の説明で、ほとんどの放射光利用者には問題なく利用できるものと思われる。ところが特定のRFバケットに入っている電子ビームからの放射光とレーザーとの同期を要望する利用者があり、30ビットタイプの508 MHz SUCでは不備な点も見つかってきたので、それらの問題点を解決した新しい16ビットタイプの508 MHz SUCを開発した。これからの放射光利用者は、以下に述べる16ビットタイプを利用することを勧める。

 

 

5. 新16ビットタイプ508 MHz SUCの開発

 プロトタイプとして1992年に16ビットタイプを開発したことを述べた。ここでは30ビットタイプの問題点を列挙すると同時に、放射光利用者には16ビットタイプで十分なので新しい改良を施すことになった。図6に示す新16ビットタイプの508 MHz SUCについて紹介する。

 以下、30ビットタイプの使用経験から問題点を揚げ、それら問題点を解決するために実施したことを列挙する。

 

 

図6 新しく数々の改良を施した16ビットタイプ508 MHz SUCの前面パネルの写真、RFバケット数(Mの値)の表示が10進数で表されている。

 

 

(1)任意のRFバケット番号Mの設定においてローカルモードの場合、前面パネルに設置したロータリースイッチを用いて16進数で設定するのは不慣れで困る。

解決策:前面パネルにおいて、Mの値を10進数にてデジタルで表示させ、だれでも簡単にMの値を設定できるようにした。ついでに、全RFバケット数Nの値もスイッチ一つで表示できるようにした。こうすることにより、使用中の508 MHz SUCがどの加速器に対応しているのか直ちに判明する。もし自分の使用中の508 MHz SUCが例えばSPring-8ならば、設定値N = 2435としなければならない。方法は、モジュールの横のパネルを開けてディップスイッチで従来通り設定することにした。Nの値の設定を簡単にすると利用者が間違ってNの値をパネル上で変更し問題が発生することを予想し、あえて簡単にNの変更ができないようにした。

 

(2)リモート・ローカルのスイッチとM-OUTの出力の連続、不連続のスイッチが背面パネルにあり取り扱いがめんどうである。

解決策:前面パネルに移動した。背面パネルはMの値をVMEで設定するためのDサブのコネクタだけとした。

 

(3)ICの熱の問題

解決策:これが我々にとって一番大きい問題であった。加速器側の要求と放射光利用者と区別して考えることとし、使用電力を減らすためにICの数を減らした。そして30ビットから16ビットタイプを開発することとした。新しい16ビットタイプの508 MHz SUC1号機のプロトタイプを製造し、実験室で調査した後、BL09XUで1年間使っていただき全く故障することなく問題は発生しなかった。

 

(4)M-OUT及び1/N-OUT出力信号の時間幅が約20 nsと長い場合、問題が発生する。具体的に実際発生した問題点を述べる。SPring-8のあるビームラインで放射光とレーザーを同期するための装置を製作していた時発生した。先ず、基本周波数508.58 MHzの16分周した値、約84.76 MHzの信号を30ビットタイプの508 MHz SUCで作り、この分周した信号でレーザーシステムを働かそうとした。ところがM-OUTからの出力信号が変化しないのである。その理由は直ぐ判明した。それは84.76 MHzという信号の繰り返しの時間間隔は約11.8 nsと非常に短い。ところがこの30ビットタイプの508 MHz SUCの1/N-OUT及びM-OUTの出力信号の時間幅は約20 nsと固定型に作っていたので当然出力が変化しないのである。

解決策:1/N-OUT及びM-OUTの出力信号の時間幅をトリマーで利用者が自由に時間幅を設定できるようにし、最少の出力時間幅は数nsから扱えるようになった。

 

(5)Mの値に応じて出力に時間差が発生する問題 問題を詳しくのべると、図5に示した30ビットタイプの508 MHz SUC動作原理においてM-OUTの出力信号は508.58 MHzをカウントダウンしているカウンター値とMの値が一致した時、信号が発生することは既に説明した。つまり、508.58 MHzをカウントダウンしている部分は、どのようなカウント値でも比較回路に出す信号は全て508.58 MHzに同期して出力される。ところが、比較回路は全く508.58 MHzに同期していないのでMの値に対応し、ほんのわずかではあるが(100 ps以内の値)時間のズレが発生していた。これが問題になる実験屋さんもいるかもしれない。もっと定量的に説明すると、Mの値を、例えば50と設定したとする。そしてSPring-8の場合ではなく、時間間隔のキリのよい500 MHzを基本周波数とすると、そのクロック間の時間間隔は2.0 nsである。従って期待する時間差は50 × 2.0 ns = 100.0 nsとなる。ところが、時間精度としてpsで時間間隔を測定できるサンプリングオシロスコープを用いた場合、100.05 nsなどという値が実際出てくる。この時間差、0.05 ns(= 50 ps)という値は前記したように比較回路の中の時間の遅れ、あるいは進みで発生するものである。しかもその値は、Mの値に応じて変化する。これはどのような高速の媒体を用いても発生するものである。

 解決策:M-OUTの出力部において、Mの値が変更されても、それらの出力部で時間差がまったく消え去るようにするため図7に示したようにM-OUTおよび1/N-OUTの出力部に同期回路を設置し、どのようなMの値であってもその出力部において時間差が発生しないようにした。具体的に述べるとMとして上記のM = 100をセットすると、M-OUTからの出力時間幅は100 × 2.0 ns = 200.000 nsという値となる。これでどのようなMの値に対しても端数が発生することがなくなった。

 

 

6. 新しい16ビットカウンター開発段階で発生した問題点

 新しい16ビットタイプの508 MHz SUCは前述5節で説明した問題点を解決するように追加回路を施して、一号機が納品されたのが2001年の3月である。実際、30ビットタイプの508 MHz SUCを開発する時、和光理研から引き継いで兵庫県の西播磨に来て、苦労したので今度は簡単にできると思っていた。ところが基本周波数の508.58 MHzを測定に用いるサンプリングオシロスコープのトリガー信号としてM-OUTの信号のタイムジッターを測定してみると、約35 ps離れた2山の分布図が得られた。このようなことは30ビットタイプの508 MHz SUCでは全く見られなかった現象であった。ちなみに30ビットタイプの508 MHz SUCを用いたタイムジッターの測定における標準偏差値は2 ps以内であり、この値はサンプリングオシロスコープの測定限界の値である。ここからが、この問題解決の長い道のりの始まりであった。新しい機器を世界最初に開発してゆくには色々な困難がありどのように解決していったのか、これから新しい機器を開発する若い人たちの参考になればと思い、この場を借りて述べることにする。

 新しく作った16ビットタイプの508 MHz SUCにおいて追加した回路は出力段階における同期回路(フリップ・フロップ回路)である。従って、この追加した部分の同期回路がタイムジッターを発生しているという仮定の下に、この部分だけ単独に別の回路として組み立てタイムジッターが発生するか調査した。ところがこれは白であった。しかし、この同期回路の調査を進めてゆくと、よい勉強になったことがある。それはコンピューターのCPU開発メーカーにおいてCPUのパッケイジの中は全てCPUが持つ時計(インテルの速いCPUでは2 GHz以上ある)に同期して回路を働かさなくてはならない。しかし、回路の中を信号が伝達する時に発生する遅延が、2 GHzを越す高速クロックに同期する際、不定になる問題が発生し、現場の開発で最大の問題点の一つになっていることが判明した。これは大きな収穫であった。

 次に問題にしたことは、508 MHz SUCは高周波である508.58 MHzに同期して動作しているので通常の回路基盤では全く動作しない。回路基盤は全て計算機で自動的に計算し、全ての回路基板間を結ぶ線はマイクロストリップラインと呼ばれ、インピーダンスが全て50 Ωとなっている。この50 Ωが成立していない場合、信号伝達において反射が発生しタイムジッターを測定した時の分布図が2山になっても不思議ではない。このことを、基盤を組み立てた製造会社に確認してもらったが問題はないという返事であった(注意:マイクロストリップラインの回路パターンを設計できるのは日本でも非常に限られた会社しか出来ないそうである)。

 最終的に、30ビットタイプのものと16ビットタイプの508 MHz SUCとの違いは使用しているICの製造会社が異なっている点であった。そしてとうとう解ったことは、図7において、508.58 MHzを受け入れ、それを分配している分配器と書いたICのメーカーが今回はモトローラ社製とは異なる別のメーカーを用いていた。この部品を30ビットタイプの508 MHz SUCではモトローラ社の製品としていた。新規に開発した16ビットタイプの場合、モトローラ社以外の製品を用いていた。そのICを別メーカーからモトローラ社製に変更したら、なんと驚いたことにタイムジッターとして見える分布図の2山は完全に消えてしまい正常になった。それが解ったのは2003年の末であった。我々を悩ませ続けた問題の解決までに、実に3年近くかかった。このように通常のオシロスコープではpsの時間領域は見えないのでICの製造会社側も全く問題ないと判断し製品として出荷したのであろうか。ところが試験する我々が見ると、何時も20 ps前後のタイムジッターの分布図に2山が見えていた。原因の元となったICメーカーも製造はしたが、IC内部で問題が発生していることに全く気付いていないように思える。このように全く新しい装置を開発する場合、たった一個のICでも問題が発生すると全く使い物にならなくなる。ICを製造するメーカーの問題にまで発展してしまった今回の騒動ではあるが、実は似たような問題が1991年頃発生したのでその例を述べる。実際我々が経験した問題として、SPring-8の加速空胴の開発をしている時、空胴内を真空に引くために使ったイオンポンプが、メーカーの性能値に達していないことを我々が発見した。この製品の製造会社は和光理研の我々の実験場所に来て、我々に対して、「あなた方の測定の仕方が間違っているのではないか」という質問をするので、我々は、その会社の方に、「我々の行った作業工程はこのLog Bookに書いていますのでそれを全部参照してよいので、メーカーさんの好きなように再調査してはいかがでしょうか?」と提案すると、そのメーカーは我々の実験場所で、1週間かけて調査を実施した。その結果はというと、我々の測定方法は完全に正しく、メーカーさんの製品に述べている性能が全く出ていないことを認めた。こうしてこのイオンポンプの製造会社は2から3年間製造ラインを停止し、調査したとのことである。現在そのメーカーのイオンポンプは非常によい製品となっている。ところでその問題のICを製造したメーカーがその後、どうなったか我々は知らない。

 

 

図7 新しい16ビットタイプの508 MHz SUC回路のブロック図。出力回路部に同期回路を追加し、さらに出力信号の時間幅を変更できるようにした。

 

 

7. 実験ホールで508 MHz SUCを使う時の問題点

 これから508 MHz SUCを用いた実験装置を考えている人達の参考になると思うので、SPring-8の実験ホールにおいて実験に使用中発生した問題について述べる。

 30ビットタイプと16ビットタイプの508 MHz SUCに共通して発生した問題として、BL33LEPで発生した具体的問題について述べる。508.58 MHzを数える時、まれに基本周波数の1クロックの時間幅である約1.97 nsの整数倍で時間が飛ぶという問題である。オシロスコープでは特に異常は見られず、全ての信号のアイソレーションや(注意:DC的にアースを切り離すこと)508.58 MHzの入力部にバンドパスフィルターを挿入し、数々の処置をしたが問題解決には至らなかった。ところで、実験ホール側の放射光利用者が使うAC100 V電源には、かなりのリップルが乗っていることを皆さんご存知だろうか?KEKでもそうであるが、加速器施設において加速器装置全体が大きなノイズ発生源であることを知るべきである。特にアナログ信号を扱う実験屋さんは、自らの実験装置をノイズから保護するため交流100 V電源のリップルをできるだけ取り除き安定な電圧を供給する装置であるAVR(自動電圧調整器:Automatic Voltage Regulator)を導入する必要が非常に大切であるということを唱え、最初に実験装置のために導入したのが筆者達の知る限りにおいて、今は無くなった東京大学原子核研究所の研究者達であった。その伝統がKEKに引き継がれ高エネルギーの実験ホールに配置され、それぞれの実験装置にとって必需品としてAVRは空気のように常識的な装置として使用されている。筆者達の担当部門である加速器の高周波制御装置を設置している場所は、当然AVRが導入されており、さらに装置全体のアースは一点アースとなっている。さてビームライン33番に戻ると、簡単には問題が解決しないので、試しにAVRを設置した。その途端、全く問題が発生しなくなった。このようにAVRを導入する、しないでノイズベースが顕著に変化する場合は単純であるが、オシロスコープで信号を見て、たとえ正常のように見えても時間的に時々発生するノイズはオシロスコープでは発見できるものではない。例えビームラインで508 MHz SUCを用いた実験をしない場合でも、実験装置が正常に運転できかつ正常なデータ取得をするためにはAVRを導入すべきであることを筆者達は推奨する。

 

 

8. 謝辞

 和光理研において加速器運転の電子ビーム制御、ビームモニターそして放射光利用者にとって絶対必要となる508 MHz SUCの開発を我々が始めたのが1991年であった。そのような高速の電子回路を安価で製造してくれるメーカーを教えくれ、かつ使用するICについても教えてくれたのが、高エネルギー物理分野の実験屋として新しい装置を日夜開発し続けているKEKの谷口敬さんである。何時も彼は困った時には著者達の相談にのってくれてはよい考えを提案してくれお世話になっている。そして彼に紹介され、実際回路を製造してくれたのが株式会社デジテックス研究所であり、担当者が石原康男さんである。彼には最初、和光理研に御足労願い、我々の設計思想を理解していただきプロトタイプの製造を始めて1号機が完成したのが約半年以上経過した時である。プロトタイプの製品を和光理研に彼が直接持参してくれた。その時、筆者の一人が彼に、「これが完成すると、将来世界中の電子蓄積リングで使われるようになりますよ」といったことがある。事実、この508 MHz SUCは海外の放射光施設でも需要が増してきている。それから彼とは10年以上の付き合いになる。特に新しい16ビットタイプの508 MHz SUC開発では、作ってはことごとく失敗し、本当にお互い苦労した。それでもひるまず完成することができたのは石原康男さんのお陰であり心から感謝しています。

 SPring-8の実験ホール側において、いち早く508 MHz SUCを使って実験してくれたのが依田芳卓さんである。さらにレーザーと放射光との同期をとるため508 MHz SUCを使って実際実施したのが田中隆次さんである。彼らから色々と使用上でのコメントをいただき新しいタイプの16ビットカウンター開発に活かすことができ感謝しています。

 

 

 

参考文献

[1] 川島孝:SPring-8利用者情報 Vol.4, No.3 (1999) 4.

[2] H. Suzuki, H. Ego, M. Hara, T. Hori, Y. Kawashima, Y. Ohashi, T. Ohshima, N. Tani and H. Yonehara: Nucl. Instrum. and Methods Phys. Res. A 431 (1999) 294-305.

 

 

 

川島 孝 KAWASHIMA Yoshitaka

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門

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大橋 裕二 OHASHI Yuji

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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