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Volume 12, No.5 Pages 398 - 402

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

高分子結晶化と高次構造形成機構の精密解析と制御
Studies on Polymer Crystallization and Higher Order Structure

金谷 利治 KANAYA Toshiji

京都大学 化学研究所 Institute for Chemical Research, Kyoto University

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1. はじめに

 表記タイトルで平成18年度の高分子学会賞を受賞させていただいた。内容は高分子材料の高次構造形成機構とその制御に関するものであるが、それに類する研究は多く行われている。では、なぜ受賞の対象になったかを示すため、はじめに我々の研究の特徴について少し述べさせていただき、その後SPring-8で行われた成果を中心に本研究の内容を紹介する。

 高分子材料は金属材料、セラミック材料とならび三大材料の一つであり、我々の身の回りにはなくてはならない材料である。高分子は大きく結晶性高分子と非晶性高分子に分類でき、ともに材料としてそれぞれの特性があり重要である。結晶性高分子の場合は結晶の構造およびその高次構造が物性に大きく影響を及ぼすことが知られているが、非晶性高分子においても、透明性の制御などでは非晶中の構造が大きな問題となる。これら高分子材料の構造を制御し、高性能・高機能材料を創製することは、高分子科学分野の1つの夢であり、また責務でもある。そのため、高分子構造形成の研究は、構造・物性制御の観点から学問的にも工業的にも多くなされてきたが、結晶性高分子と非晶性高分子についての研究の流れはあまり交わることがなかった。我々は高分子結晶化過程の研究を行うと同時に非晶構造やガラス転移の問題についても同時に研究を進めてきた。その結果、非晶高分子にもある種の構造が存在することを示すと同時に、結晶化過程においても結晶核生成以前において非晶構造中に構造形成があり、それが最終的な高次構造を大きく支配していることを見いだした。これは、「非平衡中間相」を経由する新たな結晶化機構研究領域の開拓につながり、今後の高分子結晶化研究の方向性を示す先駆的な仕事として受賞につながった。受賞の対象になった業績は、大別して非晶高分子中の構造形成、静置場における結晶化誘導期の構造形成、流動場における高分子結晶化機構であるが、特に3つ目の研究はSPring-8の高輝度X線の力を大いに利用させて頂いたものであり、本稿では3つ目の研究「流動場における高分子結晶化機構」を中心にその内容を述べてみたい[1-4][1] Y. Ogino, H. Fukushima, G. Matsuba, N. Takahashi, K. Nishida and T. Kanaya: Polymer, 47 (2006) 5669-5677.
[2] Y. Ogino, H. Fukushima, G. Matsuba, K. Nishida and T. Kanaya: Macromolecules, 39 (2006) 7617-7642..
[3] T. Kanaya, Y. Takayama, Y. Ogino, G. Matsuba and K. Nishida: In Progress of Understanding of Polymer Crystallization, Lecture Notes in Physics, G. Reiter and G. Strobl (eds.), Springer, Berlin, (2006) 91-99..
[4] T. Kanaya, G. Matsuba, Y. Ogino, K. Nishida, H. M. Shimizu, T. Shinohara, T. Oku, J. Suzuki and T. Otomo: Macromolecules, 40 (2007) 3650-3654.

 

 

2. 流動場における高分子結晶化

 流動場で高分子を結晶化させると「シシケバブ」と呼ばれる特異なモルフォロジーが観測されることは、30年以上前から知られている[5][5] A. Keller and J. W. H. Kolnaar: In Processing of Polymers, H. E. H. Meijer (ed.), VCH, New York, (1997) 189-268.。図1に模式的に示すように、伸長鎖からなるシシと折たたみ鎖結晶ラメラからなるケバブからなると考えられている。また、この構造は高強度・高弾性率繊維の構造的起源と考えられており、学問的な見地からだけでなく、実用的な意味からも非常に重要である。そのため、多くの研究がなされ、実際ポリエチレンではある程度の高強度繊維は実用レベルで実現されている。しかし、その構造や生成機構についてすべて解明されておらず、どの高分子でも高弾性率・高強度繊維を実現できるという訳ではない。高弾性率・高強度繊維の実現のためにも、シシケバブ構造の生成機構の解明は重要である。最近、SPring-8に代表される放射光X線が比較的容易に利用できるようになり、またその産業応用も推進されている。この新たな手段を流動場における高分子結晶化過程に適応すれば、高分子が時々刻々と結晶化していく様子を手に取るように観測できることは、誰にでも容易に想像がつく。さて、SPring-8はシシケバブ生成にどのような描象を与えてくれたのであろうか?以下では、少しざっくばらんに、その実験と結果について述べてみよう。

 

 

図1 シシケバブ構造の模式図

 

 

 まず、どのビームラインを選んだらよいか、というところから実験は始まった。高分子のような大きな空間スケールの構造を扱うには小角散乱が必要である。そのため、小角ビームラインということで、BL40B2およびBL45XUを選んだ。さらに、高分子のような何段階にもわたる階層的構造を生成する物質では、非常に広い空間スケールにおける観察も重要な観点となる。実際シシケバブ構造生成機構解明には、結晶格子、ケバブ(ラメラ)構造、シシ(伸長鎖結晶)構造、さらにはそれらが作る高次構造を観察する必要がある。本実験に関しては、小角散乱のみならず広角散乱も測定できるBL40B2を主に使わせて頂くことにした(図2参照)。それぞれの測定において波長は0.1 nmを用い、カメラ長は2 mおよび10 cm程度とした。さて、実験的な観点から、もう一つの視点があった。それは、外場(流動場)を与えて散乱を観察する必要がある本実験のような場合には、外場印加装置の設置が可能であることも重要な条件であった。流動印加装置は、この分野ではスタンダードになった感のあるリンカム社製加熱流動セルCSS−450を用い、架台を自作し実験可能となった。当然のことながら、結晶化過程を時間分割測定することが主な実験となるので、検出器は測定時間の早いCCDを用いることとなった。流動場における高分子結晶化過程の実験という観点からは、どのような流動条件、温度条件を設定するかは大きな問題であり、実験家のセンスが試される。基本方針は、シシケバブ生成機構を支配する因子を個々に解明することを目指すため、パルス的せん断流動印加というマイルドな流動条件を選び、また結晶化温度も融点近傍の比較的緩やかな結晶化条件を選んだ。高分子の種類としては、多く試しているが、最終的にはポリエチレン、ポリプロピレンと言う汎用オレフィン系での実験が主体となった。産業応用としては、植物由来のポリ乳酸に関する実験等も行っているが、これについてはまたの機会に紹介する。

 

 

図2 流動セルを設置したBL40B2の広角散乱用セットアップ

 

 

2-1. 小角X線散乱−ケバブの生成過程

 結晶化温度132°Cにおいて、パルスせん断流動を印加した後における2次元(2D)小角X線散乱(SAXS)パターンの時間発展を図3に示す。結晶化速度が加速されるとともに、流動に平行な方向にまずストリーク状の散乱が現れ、2スポットパターンへ変化する。この2スポットパターンは明らかに、シシ構造に沿って並んだラメラ晶(ケバブ)の間隔(長周期)によると考えられる。結晶化速度の加速と散乱パターンの異方性にせん断速度依存性があり、それぞれに臨界のせん断速度(および)が存在した。図4(中)に異方性比のせん断速度依存性を示した。ケバブの異方性に対する臨界のせん断速度は3.3 s-1となった。これは、分子鎖がせん断流動によって配向するためには、熱運動による配向緩和に打ち勝たねばならず、そのため臨界のせん断速度が存在すると考えられる。また、ケバブ間隔(長周期)の時間発展についても調べた。図5に静置場および流動場結晶化過程における長周期の時間発展を示した。流動を印加するとかなり初期より周期の大きなケバブ間隔が観察されケバブの生成が促進されていることがうかがえるが、しかし最終的には長周期間隔は静置場結晶化でも流動場結晶化でも約31 nmとなり、流動の影響を受けない。これは、ケバブ生成がシシ上にエピタキシー的に生成し、その間隔は流動により決まっていないことを意味している。すなわち、シシケバブ生成はシシ生成により支配されていることを示唆している。しかし、残念なことに、本実験の条件ではケバブ生成のみが観察され、シシは観察されなかった。

 

 

図3 種々のせん断速度の流動印加後のiPPの2次元小角X線散乱パターンの時間発展。結晶化温度:132°C、せん断ひずみ:7000%。

 

 

 

図4 iPPの結晶化過程における偏光解消光散乱(DPLS)、小角X線散乱(SAXS)、広角X線散乱(WAXS)の2Dパターンの異方性比のせん断速度依存性。せん断ひずみ7000%。

 

 

 

図5 静置場および流動場におけるiPP結晶化過程における長周期の時間発展

 

 

2-2. 広角X線散乱−結晶格子の生成過程

 広角X線散乱(WAXS)によりiPP結晶格子の生成を、前述のSAXS測定と同じ結晶化温度と流動条件のもとで追跡した。図6にiPPの結晶化過程における2D WAXSパターンの時間発展を示した。量的な関係を考慮すると、ここで観察される結晶からの回折強度はほとんどケバブ由来であると考えられる。SAXSと同様に、結晶化速度の加速と異方性出現に臨界のせん断速度が存在し、異方性出現に対してはその値はSAXSとほぼ同じ3.3 s-1となった(図4(下))。これは、SAXSと同様にケバブの生成がシシにより支配されていることを示唆している。

 

 

図6 種々のせん断速度の流動印加後のiPPの2次元広角X線散乱パターンの時間発展。結晶化温度:132°C、せん断ひずみ:7000%。

 

 

2-3. 偏光解消光散乱—シシ的構造の生成過程

 SAXS測定では、シシが観測されなかったので、より大きな距離スケールを観察するため、散乱体の配向状態をマイクロメートルスケールで観察することができる偏光解消光散乱(DPLS)測定を同一の結晶化条件で行った。図7に2D偏光解消光散乱(DPLS)パターンの時間発展を示す。せん断を印加すると流動に垂直な方向にストリーク状の散乱が観察される。すなわち、流動に平行に配向したシシ的な構造が生成していることが分かる。通常、伸張鎖結晶と考えられるシシはその太さが約10 nm程度[5][5] A. Keller and J. W. H. Kolnaar: In Processing of Polymers, H. E. H. Meijer (ed.), VCH, New York, (1997) 189-268.であるが、ここで観察される配向構造はそのサイズがかなり大きい。多分、シシ前駆体であると考えられ、シシケバブの階層的構造を示唆する。このミクロンスケールの配向構造をここでは「シシ前駆体」と呼ぶ。詳細は省くが、本前駆体は高分子の絡み合いにより生成し、その後のシシケバブ生成を大きく支配していることが明らかになり、本研究の大きな成果の一つとなった。このシシ前駆体示す異方性比のせん断速度依存性を図4(上)に示した。臨界せん断速度は3.1 s-1とほぼSAXSおよびWAXSのそれと等しくなった。

 

 

図7 種々のせん断速度の流動印加後のiPPの2次元偏光解消光散乱パターンの時間発展。結晶化温度:132°C、せん断ひずみ:7000%。

 

 

 実際、DPLS、SAXS、WAXSの散乱強度の時間発展を同一の結晶化条件で調べてみると、図8に示すような挙動を示す。すなわち、まずシシ前駆体に対応するDPLS強度が立ち上がり、続いてケバブに対応するSAXS強度が出現する。その後、結晶格子生成を示すWAXS強度が立ち上がってくる。この結果を、先に述べた「異方性を示す臨界のせん断速度がシシおよびケバブでほぼ同一である」ことを考慮に入れて解釈すると次のようになる。すなわち、まずシシ前駆体がせん断流動による配向に誘起されて生成し、その上にケバブ構造(ラメラ晶前駆体)がエピタキシー的に生成する。ケバブの異方性はシシが存在するかどうかによって決まるため、異方性に対する臨界のせん断速度は同じになる。その後、ケバブが明確な結晶格子を生成し、回折ピークを与えるものと考えられる。この様子を模式的に、図9に示した。

 

 

図8 iPPの結晶化過程における偏光解消光散乱(DPLS)、小角X線散乱(SAXS)、広角X線散乱(WAXS)強度の時間発展。結晶化温度132°C。せん断速度70 s-1。せん断ひずみ7000%。

 

 

 

図9 シシケバブ生成機構の模式図。(a):せん断速度が結晶化加速の臨界専断速度より小さい場合()、(b):せん断速度が結晶化加速の臨界専断速度より大きく、異方性出現のそれより小さい場合()、(c):せん断速度が異方性出現の臨界せん断速度より大きい場合()。

 

 

2-4. 小角中性子散乱測定—シシケバブ生成における超高分子量の効果

 以前よりシシケバブ生成には高分子量成分が重要な役割を果たすこと、およびシシは高分子量成分からできていると予想されてきた。ここでは、放射光X線散乱と中性子散乱の相補利用により、シシもしくはシシ前駆体が超高分子量成分により生成していることを直接示した実験について紹介する。中性子散乱法では、化学的にはほとんど等価な水素(H)と重水素(D)の間に大きな散乱能の違いがあることが知られている。よって、重水素化PE(Mw = 198,000、Mw/Mn = 5〜6)に超高分子量PEを2.8 wt%添加したものを融点直下で6倍延伸した試料を準備し、小角中性子散乱(SANS)および小角X線散乱(SAXS)を行った。図10にSANSおよびSAXSの結果を示す。SAXSでは延伸方向に垂直な方向にケバブ構造由来の2スポットパターンのみが観測されたが、SANSでは2スポットパターンに加え、垂直方向にシシ構造由来のストリーク状の散乱が明確に観察された。この結果から、小角X線散乱測定において、シシ構造が観測されないからといって、シシ構造が存在しない訳ではないと結論される。また、水素化超高分子量PEがシシ的構造を生成していることが証明された。

 

 

図10 重水素化PE(Mw = 200,000)に超高分子量軽水素化PE(Mw = 2,000,000)を2.8 wt%添加した6倍延伸ブレンド試料の2D小角中性子散乱および小角X線散乱パターン。

 

 

3. おわりに

 ここで述べたように放射光X線散乱技術の進歩により、シシケバブ構造生成過程の観測がかなり定量的になされ、また議論できるようになってきている。まだまだ、不明な点も多いが、今後数年間は、放射光X線、中性子線などいわゆる量子ビーム技術の進展を考えると、シシケバブ構造生成機構の解明に大きな進展があると期待が高まる。

 

 

 

参考文献

[1] Y. Ogino, H. Fukushima, G. Matsuba, N. Takahashi, K. Nishida and T. Kanaya: Polymer, 47 (2006) 5669-5677.

[2] Y. Ogino, H. Fukushima, G. Matsuba, K. Nishida and T. Kanaya: Macromolecules, 39 (2006) 7617-7642.

[3] T. Kanaya, Y. Takayama, Y. Ogino, G. Matsuba and K. Nishida: In Progress of Understanding of Polymer Crystallization, Lecture Notes in Physics, G. Reiter and G. Strobl (eds.), Springer, Berlin, (2006) 91-99.

[4] T. Kanaya, G. Matsuba, Y. Ogino, K. Nishida, H. M. Shimizu, T. Shinohara, T. Oku, J. Suzuki and T. Otomo: Macromolecules, 40 (2007) 3650-3654.

[5] A. Keller and J. W. H. Kolnaar: In Processing of Polymers, H. E. H. Meijer (ed.), VCH, New York, (1997) 189-268.

 

 

 

金谷 利治 KANAYA Toshiji

京都大学 化学研究所

〒611-0011 宇治市五ヶ庄

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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