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Volume 12, No.4 Page 298

理事長の目線

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 理事長 Director General of JASRI

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 少し旧聞になるが2006年のノーベル化学賞は「真核生物の転写についての研究」に対して、StanfordのRodger Kornbergに与えられた。それを受けて、Stanford大学とその放射光施設であるSLACは早速声明を出し、その受賞におけるSLACの放射光の貢献を強調した。その中でKornbergは「この特別な施設が無かったなら、賞の対象となった問題は解けなかったであろう。この施設はかけがえの無いものであった。」と述べている。ノーベル財団の公式な発表には、X線結晶学やX線散乱という言葉が2、3回出てくる程度で、放射光という言葉はない。John E. Walkerが1997年にATPの合成メカニズムに関する蛋白の構造決定でノーベル賞を授与されたときに、その実験が行われたSRS(Daresbur y Laboratory)とIUCr(国際結晶学連合)は放射光の有用性をここぞとばかり世間に訴えたが、この時は少なくとも英国内ではそれなりの効果があったようである。ただ、この場合にも、ノーベル財団のプレス発表は放射光にもDaresburyにも触れていない。

 これらの例では、放射光施設が関係したノーベル賞は、科学の研究における優れた成果に対して与えられ、放射光は重要で不可欠でありながら縁の下の力持ちの役を演じている。放射光施設というのは、そもそも放射光を利用するために作られているのであるから、施設の側から見ると物足りなくとも、これがあるべき姿なのであろう。放射光を利用するための科学と技術が、それ単独にノーベル賞の対象になる成果となるのはかなり困難であろう。実験装置の開発に対するノーベル賞というのは例えばサイクロトロンの開発などのレベルの話なのである。ただ、レーザーの高速化を進めて高速反応を研究したことに与えられた例(Zewail, 1999)のように、測定技術の改良による研究の発展が認められることもあるので、SPring-8においても、これからやろうとしているナノビームや時間分解の新しい測定が学術研究において大きな成果に貢献した場合には、放射光がもっと表に出た形のノーベル賞というのがあるかもしれない。あるいは、それは次の段階のXFELの光に 託すべき夢なのかもしれない。

 円熟期における放射光施設において、優れた学術的な利用成果は、高度な放射光実験機器が、優れた研究課題と結合して達成されるものであろう。ビームの質の良さを生かして標準試料を対象にしてチャンピオンデータを取るというところで終わることなく、それを重要な科学的成果のために生かす努力が、SPring-8ではもっと必要ではなかろうか。優れた研究者が施設を利用しに来てくれるためには、ある分野の優れた研究者が、放射光の専門家でないというだけで利用しにくいとか、既存の利用者コミュニティーと縁が薄いというだけで施設に近づきにくい、などということが無いようにする必要がある。この点、蛋白質の構造解析は、放射光社会の中で素人の利用に関しては先進領域であり、この事実はこの分野が放射光関係で唯一ノーベル賞を取っていることと無関係ではないかもしれない。SPring-8においては、放射光の非専門家の利用を支援する制度の整備は、産業利用においてはかなりのところまで達成されたが、学術研究においてはこれからの課題である。

 私は、SLACはKornbergに対してどのようなビームタイムの与え方をしたのだろうか、ということに興味があった。SPring-8は、ノーベル賞に近いと目される利用研究があったときに、時間配分等においてそれを強く支援するような方策が取れるであろうか、などと考えたのである。これまで、SPring-8の利用に関しては、産業利用が火急の問題であったが、それが一段落した今、学術利用における、ノーベル賞も視野に入れた成果向上のための態勢作りにむけて、利用者コミュニティーと施設の努力が求められていると思う。



 
Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794