Volume 12, No.3 Pages 256 - 262
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
先端大型研究施設戦略活用プログラム実施報告
Report of the Program for Strategic Use of Advanced Large-scale Research Facilities
1.はじめに
2005年度に開始された先端大型研究施設戦略活用プログラムは、2006年度で多くの成果を残し、終了した。課題等の具体的内容は2005B、2006A、2006B利用期毎の報告書(1)を参照して頂くことにして、ここでは実施状況と産業界動向、施策意義と波及効果、今後の課題と発展について、全体を通して総括したい。
2.プログラム骨子
● 所掌:文部科学省研究基盤・産業連携課
● 共同利用施設:SPring-8と地球シミュレータ
● 目的:産業界を中心とした新規利用者、新規分野の開拓による産業界の利用促進
● 期間:2005年~2006年
● 施策
◆ビームタイムを確保、公募により戦略的に配分
◆支援要員を配備して支援を充実し、新規利用者にも使い易く
◆戦略的領域設定
◇新領域(例示):コンクリート等建築資材関連、ヘルスケア関連、医薬品原薬関連、高エネルギーESCA(光電子分光法)によるデバイス開発、環境負荷物質分析、腐食、記録装置など
◇重点領域:燃料電池、次世代半導体、フラットパネルディスプレイ(FPD)
◆課題募集・選定
◇課題募集:2005年下期(2005B)、2006年上下期(2006A、2006B)にわたる半年毎の定期募集および緊急実施型課題の随時募集
◇課題選定:新たに設けた「SPring-8戦略活用プログラム課題選定委員会」が実施。産業利用・学術利用分科会を併設
◇課題配分:産業界が全体の9割程度(学官が1割程度)
◇優先順位:新規利用者>新領域>重点領域
◇SPring-8利用課題と地球シミュレータとの併用課題(数件)
◇緊急実施型課題:産業界の利用が多いビームラインに若干のビームタイムを留保し、2回/年の募集以外の緊急利用に対応
◆支援要員増による充実した支援(4名/ビームライン、コーディネータ5名により事前相談から実施、解析に至る技術支援)
◆成果公開
◇報告書として公開
◇公開日延期制度:事業実施、特許取得などの理由により最大2年間、報告書の公開延期が可能
3.結果
産業界の利用促進の観点から実績を施策に沿って分析し、その意義を明らかにした後、今後の課題と発展のための有効な施策について検討した。
1)全体の規模
緊急実施型課題を含む応募・採択課題の全集計結果を表1に示す。応募状況は、年度のシフト枠が下期に偏った初回(2005B)も含めて活発で、採択率は大体70%程度で一定に推移した。産、学官の区分では、産業界への重点配分という趣旨に比べて学官が比較的高い応募状況であった。その結果、採択状況も学官が20~30%を占めた。なお、産業界課題の不採択理由は、「著しく曖昧な内容」と「通常手段で実験可能」が最大で、新規応募者に多く、やむをえない状況であった。曖昧な課題は、コーディネータが受け持ち、次の申請につなげるよう働きかけた。
表1 緊急実施型課題を含む応募・採択課題数
緊急実施型課題の集計が通常利用期と異なり、年度集計
産業界利用全体に占める施策の影響を図1に示す。戦略活用プログラムにより2005年~2006年に産業界利用が激増した。先行したトライアルユースも含め非専有・専有の一般課題が減らないで、施策に応じた課題が上乗せされていることが分かる。トライアルユース、講習会・研修会、各種講演会・成果報告会など、産業利用推進室の活動が産業界の関心を喚起していた状況が背景にあるものと考えている。この結果、共用課題に占める産業界の割合は、2004年の10数%から2006年に20%強とほぼ倍増した(図2)。
図1 一般・重点課題の推移
企業の実験責任者が実施した共用課題の一般・重点分類
図2 企業が実施した課題件数および割合の推移
共用課題における企業の実験責任者が実施した課題数とその割合
2)新規利用者動向
目的は、産業界の新規利用者開拓による産業利用促進である。結果を端的に現すデータとして、実験責任者として共用課題を実施した企業数の推移を図3に示す。戦略活用プログラムにより2005Bに利用企業数が倍増している。その最大の要因が新規企業の参加によることは明らかである。2006A、2006Bでは、わずかに減少しているが、その理由は、2005Aの共用課題の公募・採択が施策実施以前に終了していたため、2005年度分が2005Bの一回で実施されたことの影響による。いずれにしろ、戦略活用プログラムが新規企業の利用を大きく促進し、産業利用拡大という目的を充分に達成したといえる。これまでの活動で未利用企業にも関心が高まっていた潜在ニーズが、一気に顕在化したものと理解している。
図3 企業の実験責任者が共用課題を実施した企業数推移
企業数および新規企業数(内数)は各利用期の純数(複数課題実施企業は一社として、新規企業は初めての利用期のみに集計)
3)新領域・重点領域
新規利用者が申請しやすいように新領域を例示するとともに、日本の重要な産業分野で高輝度放射光が有効な領域を重点として指定した。その領域別の採択状況を図4に示す。なお、応募状況もほぼ同じ傾向であった。最初の2005Bでは、その他分野が予想以上に多かったため、2006A以降新領域分野を増やして例示した。新領域では、ヘルスケアに化粧品、日用品関連の新規企業が参入し、狙い通りであったが、医薬品原薬および建築資材関連企業の利用は進まなかった。一方、重点領域では燃料電池とフラットパネルディスプレー(FPD)で、部材メーカの新規利用が多くあった。材料に強い日本産業の特徴を考慮すると、最先端の分析・解析技術を提供するSPring-8にとっても、大きな収穫であったと考えている。共用課題に占める産業界全体の影響を図5に示す。全産業領域の課題数が激増したが、製薬・日常品の増加はヘルスケア関連課題の増加による。欧米では、製薬業界による蛋白結晶構造解析が産業利用の最も大きな分野となっているが、日本の製薬業界は、創薬企業コンソーシアムを結成して専用ビームラインを所有し、その利用に集中しており、共用課題に占める割合は非常に小さい。また、環境・エネルギーでは燃料電池部材と触媒関係が増加の大きな要因である。エレクトロニクス用素材も増加したが、デバイスに直結する課題はエレクトロニクスに、基盤材料は素材に集計されている。
地球シミュレータとの併用課題も数件実施された。技術の異なる他の共用施設を同時に使う企業が現れるか、当初不安であったが、予想以上の申請があり、複数企業が実施し、成果も得られている。実験とシミュレーションの併用は、産業界に特徴的な多数の因子を含む複雑な現象となる実際の課題解決に有効であることは充分理解される。ただ、異なった仕組みで運営されていることから、さらに活発な利用に際しては制度の改善が必要である。
図4 産業界採択課題の新領域・重点領域別課題数(半年毎の定期募集時)
図5 民間企業による産業分野別実施課題数推移(企業が実験責任者の課題共用課題)
4)利用成果(報告書公開延期制度の利用状況から)
当該施策は利用成果の報告書による公開を前提としているが、提出された報告書の公表を最大2年延期できる制度を新たに設けた。産業界に要望の大きかった特許取得や事業適用のための期間確保に応えたものである。従来は実施後60日以内の報告書提出が義務付けられ、実際の報告書公開は事務作業上ある程度遅れるが、提出後は基本的に公開文書であり、特許取得は時間的に不可能であった。この制度の利用状況を表2に示す。産業界実施課題の2~3割がこの制度を利用しており、特許取得が最も大きな理由である。さらに、わずかではあるが事業適用検討のための延期申請もある。これらの課題は、企業が直接事業上の成果を得たと判断したとみなせる。新規利用者が多いにもかかわらず、また、一回の利用で実質的な成果を得ていることは驚異的ともいえる。これまでの活動で、産業利用推進室が産業界の課題を相当に把握していた上、当該施策でコーディネータと支援要員が充実され、多くの課題毎に課題解決型の対応が出来てきたことによると考えている。
表2 公開延期課題
知財取得、事業適用、その他の各理由は述べ数(複数の理由を挙げた課題がある)
5)支援に対する利用者の評価
放射光利用に未習熟な新規利用者に備えて、コーディネータと現場スタッフが大幅に拡充された。産業界を理解する人材の確保に苦心したが、非常に有効であった。2005年度終了後に実施された文科省のアンケートから支援に対する利用者の評価を図6に示す。アンケートは実施時と実施前後について、支援に対する適否を質問しているが、いずれにおいても高い評価が得られており、人材の充実が適切かつ重要であったことがわかる。施策目的のソフト面として標榜した「利用のバリアーフリー化」は充分に達成されている。これはまた、前述した直接事業上の成果につながったことの大きな理由の一つと理解している。
図6 利用者の満足度(文科省の課題責任者へのアンケート調査による)
4.今後の課題と発展のために
当該施策の骨子は、ハード面では大幅なビームタイム確保、ソフト面では利便性の高い利用制度と支援要員の充実である。まず、ビームタイム確保では、課題数や企業数の激増として確かに多大な効果を上げた。しかしながら、現行の共用ビームライン構成(手法)と産業界利用技術との間に大きな乖離があり、特定のビームラインで一般課題も含め極端な競争となった。戦略活用プログラムで実施されたビームライン毎の応募・採択状況を図7に示す。課題が集中したビームラインは、上から光電子分光・マイクロCT、R&D(薄膜構造解析)、高フラックス(毛髪・皮膚の小角散乱)、産業利用(XAFS、粉末X線回折、薄膜構造解析、イメージング)、XAFSのビームラインである。また、課題数こそ少ないが課題当りのビームタイムが多い軟X線、MCD関連のビームラインでも競争が激化している。産業界の利用は、XAFSが最も多く、次に高エネルギー光電子分光、X線CTおよびイメージング、薄膜構造解析、X線小角散乱、粉末X線回折が並び、これらで粗く8割程度を占める。さらに、不採択課題を含む産業界課題数の推移を図8に示す。当該施策による採択課題の激増にもかかわらず、不採択課題は減少どころか、むしろ増加しており、産業界になお充分なニーズが存在する。また、当該利用技術の多くは学官でも利用が多い。従って、更なる発展にむけて、これらの技術分野のビームライン増強が早急に望まれる。現在、第二産業利用ビームライン(XAFS)が、財団の資金援助も得て建設されつつあり、産業界の期待も大きい。
図7 産業界課題の利用BL動向
図8 民間企業による産業分野別実施課題数推移
(企業が実験責任者の課題共用課題、不採択課題を含む)
利用制度では、重要な課題選定に係る課題選定委員会を、産業利用と学術利用の分科会ともども新たに設けた。産業利用では、産業界の状況を理解し、かつビッグユーザでない方に、施策趣旨を説明して課題選定をお願いした。施策意図に即して適切な選定が行われたと理解している。また、公開延期および緊急実施型と二つの制度を新たに実施した。公開延期制度は産業界のニーズに応え、好評であった。さらに、産業利用成果として最も重要な特許取得や事業寄与などの状況が把握できることから、施設側にとっても有効である。一方、緊急実施型制度は必要に応じて常時使いたいという産業界の希望を考慮して試行したが、多数を占める従来制度との調整が非常に大変であった。従来課題の半年分のビームタイムを一括で配分する中に空きを設けることで対応したが、課題実施機関の応募・採択、細切れの空き時間への配分、短期の準備など、予想以上に多大な労力を要した。従って、産業利用ビームライン以外では運用が難しい。
支援要員の充実は、明らかに有効で、かつ実績から示されたと考えている。産業界の多くは、製品開発のために最先端の分析・解析手段を求めている。放射光利用技術の専門家を擁する企業はわずかであり、将来的に育成できる企業もほんの一握りであろう。従って、支援といってもただ受身的に測定装置を準備して、使い方を教えて、どうぞということでは成果が上がりにくい。一方、日本産業の特徴の一つは、材料の開発、製造技術に優れていることである。企業は新規材料、制御された良質な材料を有し、最先端分析・解析技術がまさに活かされる利用者といえる。従って、利用者とのパートナーシップに基づいた課題解決型の対応が重要であり、コーディネータと専門スタッフが一体となった活動が力を発揮する。さらに、年間150社を超える企業の利用は膨大で、対応する産業利用推進室に膨大な情報が蓄積されつつあり、それが課題解決能力の増加につながるという発展型のスパイラルに入りつつある。その原動力は人材と組織活動の継続である。
5.まとめ
戦略活用プログラムにより産業界のSPring-8利用は劇的に促進した。これは、ハード・ソフト両面での支援策とタイミングが非常に適切であり、施設側スタッフの真剣な取り組みと利用者の多大な努力があいまって得られた結果であろう。さらに、新規利用者も含め知財取得など産業に直結する成果も得られつつあるが、利用の拡大に伴い、利用者のスキルや目的、分野も以前と比べ非常に多様化してきている。しかしながら、産業利用の出口は製品開発など事業への直接的な寄与であり、論文が主たる成果指標になる学術利用との相違も顕在化してきている。産業利用の進展に伴い、利用サイクルの短期化や即時利用、共同研究・研究委託、分析サービスなど要望も多岐にわたり、実現にはなお多くの課題が横たわっている。しかしながら、戦略活用プログラムでSPring-8の最先端分析解析技術が産業界に有効であることの認識が格段に高まっており、この期待に応えることがSPring-8の社会還元に対する大きな責務の一つである。
最後に、当該施策の実施を担当した文部科学省研究基盤・産業連携課、産業利用推進室を初めとするSPring-8関係者、課題選定委員会委員やSPring-8利用推進協議会等外部の関係者の多大なご協力、ご援 助によるものであり、深く感謝するものであります。
(1)産業利用推進室HP
http://support.spring8.or.jp/
古宮 聰 KOMIYA Satoshi
(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 コーディネータ
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0935 FAX:0791-58-0988
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