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Volume 12, No.2 Pages 131 - 137

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

2005A期、2005B期、2006A期、2006B期実施開始の長期利用課題の紹介
Outline of Long-term Proposals Starting from 2005A, 2005B, 2006A and 2006B

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 2005A期に1件、2005B期に3件、2006A期に1件、2006B期に2件の長期利用課題として7課題が採択されました。
  各課題の研究概要を以下に掲載します。なお、研究概要の利用者情報掲載が大幅に遅れたことをお詫び申し上げます。

(1)2005A採択課題

〔課題名〕 Measurements of SuperRENS Optical MemoryMaterial Properties
〔実験責任者〕 Paul Fons((独)産業技術総合研究所)
〔採択時課題番号〕 2005A0004-LX-np(BL01B1)、2006A0011(BL39XU)
〔ビームライン〕 BL01B1(2005A~)、BL39XU(2006A~)
〔3年間の要求シフト〕 108シフト

〔研究概要〕
 大規模記憶光ディスクは、データ蓄積のメカニズムがよく解明されないまま、実用面で急速な進歩を遂げてきている。本研究は、新しいタイプの光ディスク材料であるSuper-RENSの結晶構造変化及び記録機構を、SPring-8放射光を使って明らかにし、合せて材料開発の最適化を狙うものである。今後の大容量化とR/W速度の改善のためには、Super-RENSディスクの利用が有利である。市販のDVDと異なり、Super-RENSでは、記録領域も非記録領域もともに結晶相であると考えられている。レーザ照射によりマスクとなるPtOx層内で小さなPt金属ナノ粒子が形成され、記録層に影響するとされているが、その詳細はわかっていない。研究では、Super-RENSの静的XAFS解析と動的XAFS解析を中心に行う。最初は、Ag-In-Sb-Te光学記憶素子及びGe2Sb2Te5合金の構造を研究する。次のステージでは、Super-RENSディスク内のPt金属ナノ粒子のマイクロビームXAFS解析を行う。更に、Super-RENSディスクの記録作用メカニズムを明らかにするため、ナノ秒オーダーでの動的XAFS測定を試みる。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、課題申請者らにより開発された記憶ディスク用材料について、自らが提唱する読み書きに伴う構造変化の機構を検証するための基礎研究と、それに基づく材料設計の最適化を目指したものであり、科学技術的な面で大きな成果が期待できる。微小かつ高エネルギーX線を利用した動的XAFS実験は、SPring-8でのテーマとして相応しい。
 研究手段がXAFS中心であるため、明快な結論が得られるかどうかに一抹の不安が残るが、現状では他に有効な評価方法がないと思われる。放射光光学系についての経験が必ずしも豊富ではないが、実現可能な測定を徐々に積み重ねる手法で、最終的には時分割実験にまで到達することを目指している。その意味での目的と戦略は極めて明確である。測定スポット2ミクロンでの時分割XANES測定は、かなり挑戦的なテーマであり、早期の完成が望まれる。
 以上、本提案は、研究目的、実験計画、導き出される成果に対して明確な戦略を示しており、産業的かつ科学的意義が十分高いことから、長期利用研究課題として採択する。なお、申請書にあるBL13XUを利用した反射率測定の部分は、申請代表者により本研究課題から削除されたと認識する。また、BL37XUの利用部分はBL39XUと読み替えて認める。


(2)2005B採択課題-1

〔課題名〕 Phase-contrast imaging of lungs
〔実験責任者〕 Rob Lewis(Monash University)
〔採択時課題番号〕 2005B0002
〔ビームライン〕 BL20B2
〔3年間の要求シフト〕 108シフト(ただし2005Bのビームタイム配分は0シフト)

〔研究概要〕
 屈折コントラストX線イメージングの技術を用いて、肺の微細構造を観察することにより、哺乳動物の出生時の肺への空気の導入過程を知る。また、イメージング技術そのものの改良も行う。具体的には、帝王切開により生まれたウサギ新生児の肺を出生直後からリアルタイムで観察し、肺に空気が進入する過程を観察する。出生時には肺はサーファクタントと呼ばれる液体により満たされており、それが空気で置換されることは新生児の生存にとって不可欠である。この過程を詳細に観察することにより、新生児における肺呼吸の開始に伴うさまざまな問題を検討する。技術的には、アナライザー結晶を用いて屈折X線ビームと透過ビームを分離し、かつ同時に観察する方法を確立する。この方法の開発には、発生の早い段階で出産されるワラビーの新生児の肺を試料として用いる。生後数週間の肺の急激な形態変化により、肺に特徴的に見られるスペックル様の模様がどのように変化するかを異なった方法で観察し、画像情報の処理方法を検討する。
 期待される成果として、屈折コントラスト法により、肺の中の空気の分布を従来のレントゲン法に比べてはるかに明瞭かつ詳細に観察することが可能で、細気管支までのレベルの気道を観察できる。また、コントラストの向上により、従来法に比べて低い照射線量で観察が可能であることが期待される。新生児の体位(あおむけ、うつぶせ等)や自発呼吸と肺への空気の進入過程との関係を知ることは、出生時の呼吸障害の理解につながる。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、位相コントラスト法を用いて、小動物の肺を精細に撮影する撮像技術を発展させること及び肺の構造研究を通じて、新たな位相コントラスト研究の可能性を追求することを目指したものである。特に、出生時、初めて肺が呼吸し始める吸気のメカニズムをイメージングで追求しようとする点において独創的である。
 研究目標、研究計画は明確であり、技術面での基礎実験も十分行われていると判断できる。また、propagation-based(PB)とanalyser-based(AB)という2つの位相コントラスト法のそれぞれの利点を活かしながら、種々の生体イメージングの解析法を構築していくことにより、新たな画像診断法を確立できる可能性がある。吸収法と違い、特に柔らかい生理組織の像に対し、多大の改善が望める。本研究は単に撮像を求めるだけではなく、空気の体積や肺胞の大きさ分布などを計算することにより、対象部位のモデル構築を目指している。したがって、解析法の発展に伴い、より定量的な診断へと繋がるものと期待する。
 以上のように、本提案は、研究目的、実験計画、導出される成果について明確な戦略を示している。SPring-8の医学利用として格段に優れた画像が得られると期待できる上に、医学的にも必要性が高い研究と考えられ、長期利用研究課題として相応しい。なお、最終目標である肺の吸気開始のメカニズムにどこまで迫れるかは、時間分解及び情報処理法などに解決すべき問題も多く、若干不安は残るが、3年間で有意義な結論が出ることに期待したい。


(3)2005B採択課題-2

〔課題名〕 時分割二次元極小角・小角X線散乱法によるゴム中のフィラー凝集構造の研究
〔実験責任者〕 雨宮慶幸(東京大学)
〔採択時課題番号〕 2005B0003(BL20XU)、2005B0004(BL40B2)
〔3年間の要求シフト〕 146シフト(BL20XU)、72シフト(BL40B2)

〔研究概要〕
 カーボンブラックやシリカなどのフィラーをゴムに充填すると、粘弾性特性や強度などが向上する「補強効果」が知られている。この起源については100年近く数多くの研究が行われているにも関わらず、未だ解明されていない。近年になってゴム中でフィラーが形成する凝集構造が補強効果に大きく寄与しているというモデルが提案されているが、TEMなどの従来測定では、特に試料変形時の構造の動的変化を測定することができない。そこで、ナノからミクロンオーダーの構造変化を動的に観察することのできる時分割二次元極小角X線散乱法(2D-USAXS)、時分割二次元X線小角散乱法(2DSAXS)を用いて、延伸下のゴム中でのフィラー凝集構造を観察することで、フィラー凝集構造が補強効果に及ぼす影響を解明することを目的とする。
 フィラー凝集構造と粘弾性特性との関連が解明されれば、レオロジー分野の発展だけでなく、材料シミュレーション技術の発展による高機能・高性能材料設計が可能となる。これによりたとえばタイヤなどでは低燃費性能につながり、環境やエネルギー問題の解決につながると考えられる。
 2D-USAXSはこれまで研究例がほとんどないために、特にフィラー充填ゴムのように複雑な階層構造をもつ物質からの散乱像に対する解析法などが未開拓である。本研究を通じて2D-USAXSの解析法などが整備されることで、今後、様々なソフトマテリアルの構造解析に2D-USAXSが用いられることが期待される。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、ナノメートルからマイクロメートルの広範囲な領域において、ゴム中のフィラー凝集構造をX線小角散乱法で解明しようとするもので、SPring-8での系統的な高分子小角散乱解析法を確立する実験技術として、非常に重要である。
 装置の改良・開発には最低でも2~3年の期間を要すると考えられる。特に、検出器開発や実験精度の向上を求めるには、半年課題では系統的な手法開発は困難であり、長期課題実行を希望する必要性は認められる。一方で、応用研究の面から判断すれば、長期課題とする必要性はあまり大きくないとも考えられるが、2次元異方性構造を解くためには、シミュレーションの併用による解析も重要になってくる。本研究を長期利用研究課題とすることで、測定・解析の両面において、信頼性の高い技術を早期に開発できると考えられる。すなわち、SPring-8を積極的に利用して、本分野のアクティビティをすばやく世界に発信するよう期待する。
 以上のように、本提案によって、高分子構造を系統的に研究する点で評価でき、ナノメートルからマイクロメートルの物質構造を小角散乱で決定できれば、その波及効果は大きい。小角散乱の技術的限界が指摘されている現状ではあるが、新しくSPring-8を利用することで、格段に優れたデータが得られると期待できる環境にあり、長期利用研究課題として採択したい。なお、解析法についての考察は不十分であり、より具体的な戦略を立てて実行するよう要求する。


(4)2005B採択課題-3

〔課題名〕 ポストスケーリング技術に向けた硬X線光電子分光法による次世代ナノスケールデバイスの精密評価
〔実験責任者〕 財満鎭明(名古屋大学)
〔採択時課題番号〕 2005B0005
〔ビームライン〕 BL47XU
〔3年間の要求シフト〕 144シフト

〔研究概要〕
 超大規模集積回路の基本素子であるMOS型電界効果トランジスタの更なる高性能化の為に、金属ゲート電極、高誘電率金属酸化物等の従来敬遠されてきた新材料の導入が検討されている。今後は、これら材料固有の物性の本質的な理解と制御に基づき、微細化だけに頼らない“ポストスケーリング技術”としてのプロセス技術、デバイス構造構築が必須となる。即ち、多様な材料から成る多層構造及びその界面遷移領域における、化学結合状態の精密な分析評価技術が希求されている。この課題に対し、高輝度硬X線を用いた多層構造を通した深い位置からの光電子検出は極めて有効であり、実際のデバイス構造において非破壊でリアルな状態の化学結合評価が実現できる。
 本課題では、ポストスケーリング技術に向けた金属/High-k膜/IV族系半導体から成るMOS構造を主な研究対象とし、硬X線光電子分光法によるデバイス構造の精密評価、及びその手法開発を目的とする。また、金属/半導体界面、極浅接合等の微細構造全般に対する硬X線光電子分光法の応用可能性についても検討する。
 本研究を通して、Ni、Pt等のシリサイド系、ジャーマナイド系金属とHfSiON、PrSiO、La2O3等のHigh-k膜との界面遷移層の評価、比較を行うことで、化学結合状態の観点からの安定均一なMOS構造の提案が期待できる。また、界面化学結合状態と金属電極の仕事関数との相関性評価から、フェルミレベルピニングの主要因を解明し、仕事関数制御に対する知見を得る。更に、金属電極の深さ及び面内組成揺らぎの精密評価により、均一性の高い電極構造作製プロセスの指針確立に貢献できる。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、SPring-8で初めて開発された硬X線光電子分光法を用いて、次世代半導体デバイスの電子構造及び化学結合状態を、非破壊で分析し、デバイスの高密度・高性能化を目指すものである。硬X線ESCAとも言えるこの手法による材料物性評価技術の確立と、非Siベースの次世代LSI材料の物性を解明しようとするものであり、電子産業における基盤技術への大きな貢献が期待される。
 本研究は、硬X線の大きな試料侵入深さを利用し、LSIにおける高誘電率絶縁膜などのSi 1sスペクトルを測定し、層厚方向(深さ10nm程度)の電子状態を非破壊で測定できることに特徴がある。このような光電子分光の測定結果がMOSFETデバイス開発に反映されれば、科学技術的な側面のみならず、我が国の基幹産業の優位性を確保する観点からも有意義である。更に次世代デバイス開発に向け、MOS構造以外の多層構造や顕微X線光電子分光マッピングによる微細領域化学結合状態を評価する必要があるが、そのためには、長期的な視点で系統的な研究を推進することが不可欠である。このような研究には、SPring-8のX線アンジュレータを利用することが不可欠であり、その使用によって、独創的な成果が得られると期待される。
 以上のように、本提案は、研究目的、実験計画が明確であり、材料探索という次世代LSIデバイス材料探索という戦略も確立しており、産業利用の将来性からみても特に重要であり、長期利用が相応しい。ただし、長期課題であっても、研究の性格上、短期的な目標をいくつか設定し、常にフィードバックをかけることに努めていただきたい。本分光法は、マイクロビームX線の利用による3次元マッピングへの発展も期待され、その実現にも努力されたい。


(5)2006A採択課題

〔課題名〕 共存する電荷秩序が作る機能と構造:電荷秩序ゆらぎの時間・空間分解X線回折
〔実験責任者〕 寺崎一郎(早稲田大学)
〔採択時課題番号〕 2006A0010
〔ビームライン〕 BL02B1
〔3年間の要求シフト〕 228シフト

〔研究概要〕
 有機伝導体θ-(BEDT-TTF)2CsM’(SCN)4(M’=Co,Zn)は、3桁におよぶ巨大な非線形伝導と、サイリスタ素子と同じ電流-電圧特性を示すため、我々は有機サイリスタ(organic thyristor)と呼んでいる。この非線形伝導は、伝導電子が作り出す電荷秩序状態が電流で融解することによって生じている。本研究の目的は、この物質の巨大非線形伝導と電荷秩序の局所構造との関係を精密構造解析によって明らかにすることである。特に電流をパルス通電し、その応答を時間分解しつつ構造を捉えること、圧力下・電流通電下における構造解析により電荷秩序の非平衡状態での状態方程式を実験的に決定することを目指す。
 本研究の成果はこれまで予想もしなかった方向でデバイスへ応用し得る。たとえば、θ(-BEDT-TTF)2CsM,(SCN)4の電荷秩序の空間的広がりは数10nm程度であるので、デバイスとしては100nm×100nm程度まで微細化が可能である。またこの系では、10mA/cm2程度の電流密度で負性抵抗領域を得ることができ、その際100nmサイズの電荷秩序領域で生じる電圧降下はわずか30μVである。したがって従来の半導体にくらべて桁違いに消費電力を小さくできる可能性がある。
 本研究で取り扱う有機伝導体の巨大非線形応答はその動作温度が20K以下と低いが、その発現機構が明らかになれば、室温動作する有機導体を設計できる期待がある。また、予備的ながらイリジウム酸化物BaIrO3単結晶においても、この系とよく似た電流-電圧特性を観測しており、酸化物エレクトロニクスへの発展もすでに視野に入れている。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、有機サイリスタと呼ばれる有機伝導体を中心に、その電荷秩序局所構造と伝導物性がもたらす機能との相関を放射光X線精密構造解析で明らかにしようとするものである。最近注目されている分野の重要な研究テーマの1つであり、新規な現象やそれから導かれる機能を結晶構造から理解しようとする点で優れている。特に、非線形伝導現象に関わる電流発振現象を、電流通電による構造ダイナミクスとして解明する点で挑戦的な研究と考えられる。
 研究目的は明確であり、SPring-8を利用すれば、施設から時間分解実験の技術面でのサポートも十分得られると判断できる。また、ビームラインの冷凍機が老朽化しているようであるが、確実に動くことを施設側が担保している。本課題で提案されている電流-電圧下での非平衡状態の研究は、SPring-8をはじめとする世界の放射光施設で盛んに行われている光励起とは一線を画す光励起の研究であり、その面での新奇性は高い。SPring-8で蓄積されている測定技術と融合させることで新しい展開が期待できる。一方で、本課題の計画性には不明確な点がある。たとえば、圧力実験や空間マッピングに関する実験計画が不明瞭である。また、BL40XUのピンポイント構造計測装置は建設中であり公開されていないため、一般的なユーザー利用に担保できない。その計測装置の利用が時間・空間分解イメージング実験の前提となっており、3年目の研究計画の該当部分を練り直す必要がある。最初の段階では、色々と提案されている物質中で有機サイリスタに焦点を絞り、BL02B1での時間分解散漫散乱実験として展開すべきである。その時には実験効率の改善や次への展開を視野に入れた計画立案が重要である。
 以上のように本提案は、実験計画の一部に修正が必要ではあるが、SPring-8の特徴である時間・空間分解に適した研究課題であり、系統的な研究から基礎分野への貢献も十分に期待できるため、長期利用研究課題として採択する。長期利用を通じ、大きなインパクトを与える成果が再び出ることを期待する。


(6)2006B採択課題-1

〔課題名〕 遺伝子導入剤とDNAが形成するリポプレックス超分子複合体の高次構造解析とその形成過程のダイナミクス
〔実験責任者〕 櫻井和朗(北九州市立大学)
〔採択時課題番号〕 2006B0012
〔ビームライン〕 BL40B2
〔3年間の要求シフト〕 80シフト

〔研究概要〕
 現在、遺伝子治療として大量生産可能で安全な合成遺伝子ベクターに関心が集まっている。1977年、SofinaらがSAXSにより、DNAは極めて規則正しい構造で折り畳まれていることを明らかにしたのを契機に、リポプレックス(DNAと脂質の複合体)内でDNAが取る構造と機能の関係が極めて強い関心を集めたが、彼らのデータには致命的な問題点がある。それはSAXS測定濃度が実際に遺伝子導入で使用する濃度に比較して高いため、彼らが提唱している構造が、実際に遺伝子導入時に脂質が取っている構造とは言えないこと、また実際に遺伝子導入で使用している脂質ではなく、単純化したモデル系での測定であることである。
 そこで我々は新規に開発したアミジン基をヘッドグループに持つ系について、実際に遺伝子導入に使っている濃度に近いところでSAXS測定を行い、脂質分子とリポプレックス構造の関係の把握、リポプレックス構造と遺伝子発現効率の関係の把握、脂質とDNAを混合したときのリポプレックス形成のダイナミクスの観察、リポプレックスと細胞表層の相互作用の観察を行うことを目的としている。
 本研究が順調に遂行されたならば、遺伝子導入剤・DNAの作る構造と遺伝子導入効率の関係が、脂質の化学構造と組成比、脂質の濃度効果から総体的に明らかになる。また、動的測定を行うことで、リポプレックスの成長と失活過程と構造の関係とリポプレックスからのDNA放出過程に関する知見が得られる。これらの知見により、ウイルスに匹敵する高い性能の遺伝子導入率をもつ化合物の開発が期待される。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、リポプレックス内でDNAがとる構造と遺伝子発現効率などの機能との関係を、超分子複合体の高次構造とその形成過程の動的観察から解析するもので、社会的にインパクトの高い独創性に溢れた研究課題である。DDS(Drag Delivery System)を通して、遺伝子治療にかかわる合成遺伝子ベクターの設計開発に重要な先端的研究と位置付けられる。本課題は、対象とする試料の形態において、X線小角散乱研究として他で実施されている長期課題とは明瞭に区別できる。
 超希薄溶液の小角散乱測定が極めて困難であることは理解できるので、出来る限り優れた散乱データを集める努力に期待したい。希薄性と高分解能とにかかわる散乱強度の問題は、試料セルやスリットサイズなどの改良で実現できそうである。しかしながら、データ精度の格段の向上は、そのような改良だけでは困難であり、超小角散乱測定に最適化したビームライン建設などの可能性まで模索して欲しい。もっと重要な問題は、得られた散乱データから、どこまで詳細なリポプレックス内のDNAの構造情報が得られるかにある。知りたいのはリボゾームの存在状態よりDNA構造そのものであり、遺伝子導入時のDNAの構造変化を見る構造解析の進め方について丁寧に検討すべきである。特に、DNAの折り畳みなど詳細な構造情報を抽出する解析法の開発が要求されている。是非とも徹底した解析を希望する。
 一方、ダイナミクス測定については、本研究では遅い反応過程を見ているため、技術的には実現可能と考える。測定器系や検出器系の構築を含む具体的な実験計画を、ビームライン担当者との間で早急に練るべきである。また、対流効果を防いだ上で、1mm/min程度の遅い流速を安定に実現するフローセルの開発を要望する。
 本研究は、DDSにつながるナノバイオの産業基盤技術のみならず、研究成果が臨床応用にまで到達する可能性を持っており、遺伝子治療に寄与するものと期待できる。SPring-8の長期利用研究を利用することで、優れたデータが得られる環境にあり、時期を逸しないよう早急に推進すべきであると考える。長期課題として実施する中で、上述の問題点を一歩ずつ解決するよう要望する。


(7)2006B採択課題-2
〔課題名〕 膜輸送体作動メカニズムの結晶学的解明
〔実験責任者〕 豊島 近(東京大学)
〔採択時課題番号〕 2006B0013
〔ビームライン〕 BL41XU
〔3年間の要求シフト〕 180シフト

〔研究概要〕
 膜輸送体は細胞の恒常性維持の為に不可欠であり、その作動機構の解明は科学的にはもとより種々の疾患の治療という観点からも極めて重要な課題である。この目的のためには、原子モデルに基づく構造変化の理解が必須である。東大・豊島グループはカルシウムポンプの反応サイクル全体をカバーする6つの中間体の立体構造を決定し、能動輸送機構の構造的理解に成功した。阪大・村上グループは多剤排出トランスポーターAcrBの立体構造を決定し、基質結合時の構造から魅力的な反応モデルを提出するに到っている。本課題ではそれをさらに発展させ、豊島は薬剤との複合体、高等動物培養細胞を利用した変異体の構造解析、他のポンプの構造決定等を目指す。村上はAcrBのホモログ等で薬剤選択性が異なるものを詳細に解析し、多剤認識機構の解明を目指す。また、ABCトランスポーター等も解析の対象とする。期待される結果は、学問的に画期的であるばかりでなく、臨床応用への展開も期待できるものである。
 膜蛋白質の場合、結晶ハンドリングや、回折実験なども水溶性蛋白質と比べると困難を伴うことが多い。本課題では、膜蛋白質構造解析で実績を挙げている二つのグループが連携し、結晶ハンドリングから回折実験、構造解析に至る技術の共有のほか、ビームタイムについても共有しあう枠組みを作ることによって、より効率よく膜輸送体の構造・機能解析を推し進める。

〔分科会での評価コメント〕
 本研究は、構造生物学分野の重要課題として注目される膜タンパク質の結晶構造解析を提案している。細胞膜の輸送機能中の反応中間状態を結晶構造解析することにより、機能メカニズムの解明を目指す点で重要である。
 2種類の膜タンパク質が提案されているが、そのうちのカルシウムポンプは生物学的に重要なカルシウムの恒常性を維持する上で重要であり、一方の多剤排出トランスポーターは薬剤耐性の上で重要であり、共に科学的普遍性があるテーマである。両方の膜タンパク質とも、その基本構造は申請者らによって決定されたものであり、各々の分野でブレイクスルーを与えている。これらのタンパク質の機能を詳細かつ具体的に理解するという研究目標は明確であり、研究計画についても明確な問題意識のもとに現実的である。ただし、膜タンパク質は一般に分解能が悪く、格子定数や散乱能の点でSPring-8の利用が必要不可欠であることに留まらず、克服すべき技術的課題が山積している。良質な膜タンパク質結晶データの収集には未確定な手法の開発や最適条件の絞込みが重要であり、この点で、独立2グループによる共同研究の提案は、相乗効果が期待できる。ビームタイムの有効利用のみならず技術開発や情報の共有を行うことで、この分野をリードして欲しい。
 以上のように、本提案は、研究目的、実験計画について明確であり、大きな成果が導出される先導的研究として位置付けられる。反応途上の構造が解析できれば、どのような薬が有効かを判断して創薬をターゲットできるため、医学・薬学上の意義も大きい。SPring-8が世界に発信できる重要な研究成果の1つになると期待できる上、膜タンパク質分野が加速的に発展する状況にあると考えられ、長期利用研究課題として相応しい。



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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