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Volume 12, No.1 Pages 51 -55

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

ソフト界面科学研究会の現状報告
Activity of the Research Group for Soft Interface Science by SR

荒殿 誠 ARATONO Makoto[1]、飯村 兼一 IIMURA Ken-ichi[2]

[1]九州大学大学院 理学研究院化学部門 Department of Chemistry, Faculty of Science, Kyushu University、[2]宇都宮大学 工学部 Graduate School of Engineering, Utsunomiya University

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1.設立趣旨と活動方針
 界面は上下のバルク相と異なる構造と独特の性質を持ち、厚みが数nm〜数十nm程度のナノ空間の一つである。そこでは適切に設計された分子を用いることにより、ナノサイズ薄膜、2次元コロイド結晶など機能的組織体を形成することもできることから、界面はナノ物質科学とナノ物質創製技術の中核の一つといえる。
 本研究会は、「SPring-8の第3世代シンクロトロン放射X線の吸収・反射・散乱・回折を駆使して、界面系の中でも特にソフトな界面(空気/水界面や油/水界面などを含め一般に流体/流体界面)とそこに形成されるソフトな界面分子膜の構造と挙動を、あるがままの時空間でナノレベルでの計測・分析・解析を可能とする基盤を形成し、さらにそれらを発展させてソフトな界面が関与する系の先端学問分野を創造する」ことを目的として設置された。
 ソフトな界面系の物性は熱力学や分光学研究を通してかなりの程度まで明らかになってはいるものの、分子レベルでの構造、特にそのダイナミクスという視点からは、真の理解には程遠い状況にあるといわざるを得ない。これには大きな三つの理由がある:①ソフトな界面は変形と振動などの重力の影響を受けやすい、常に界面は熱揺らぎ(表面波)状態にある、常に界面⇔バルク間の分子の移動と濃度分布勾配を伴うなど、ハード(固体)界面分子膜とは異なった、実験対象そのものの特性に由来する事柄が、構造解析を困難にしている。②研究会発起人グループのそれぞれの研究は先端でありながらも、別々の実験ステーションで単独で行われているため、折角の先端の手法・知識・技術が分散し、これらの研究者が共通に利用できる強力に統合された手法となっていない。③いずれの手法も測定にある程度の時間が必要であるため、平衡状態に達した膜に対する測定のみが可能であり、あるがままの時空間での測定を必要とするダイナミクスという視点に立って装置が設計されていないことである。
 そこで本研究会では、関連学会や企業等で広く利用者を募り、ソフトな界面系の構造と挙動をあるがままの時空間で、ナノレベルで計測・分析・解析を可能とする基盤形成についての、知識・技術・経験・情報の集中と交換、定期的セミナーなどを開催する。またIntegrated Synchrotron Radiation X-ray Station for Soft Interfaces(ISRaXS:ソフトな界面研究のためのシンクロトロンX線統合ステーション。ソフト界面に適用できる全反射XAFS、GIXD、X-ray Reflectivityなどから構成される)とでもいうべき先端計測基盤をSPring-8に構築できるよう努力し、ソフトな界面が関与する系の先端学問分野の創造と産業面での利用促進を目指している。
 
2.現状と第1回研究会の報告
 本研究会の設立趣旨に賛同する大学および企業の研究者21名がメンバーとなり、早速活動が開始された。上に述べたような種々の困難から、ソフト界面系の分子レベルおよび分子集団レベルの時空階層構造という視点からの研究はまだ途に着いたばかりという状況である。したがってこの分野で放射光を利用して成功している研究者は世界的にみても多くはなく、SPring-8を利用している研究者はわずか数人というのが現状である。本研究会はいわばこの数人のプロフェッショナルを中心に、多くのアマチュアが集まって、ソフト界面系でのSPring-8の利用促進を目指している。このような現状のもとで、第1回研究会を平成18年8月27日午後、坂井信彦SPring-8利用者懇談会会長のご出席のもと、研究会メンバー17人、一般3人の出席を得て、京大会館において開催した。
 研究会代表である荒殿により、ソフト界面科学研究会の設立趣旨・経過等が報告されたあと、次頁のようにメンバーによる研究内容や活動の紹介がなされた。


①XAFS関連
 谷田 肇(JASRI)
  溶液表面の偏光全反射蛍光XAFS法の開発について
 渡辺 巌(大阪府立大学)
  水溶液表面に存在する臭化物イオンの溶媒和構造
 原田 誠(東京工業大学)
  水溶液表面、液/液界面での全反射XAFS
 荒殿 誠(九州大学)
  陽イオン性界面活性剤の全反射XAFS法による表面過剰濃度の定量と吸着膜状態
②反射・散乱・回折関連
 飯村兼一(宇都宮大学)
  GIXDを用いた展開単分子膜における分子充填とモルフォロジー/物性に関する研究
 加藤徳剛(明治大学)
  斜入射X線回折法による両親媒性メロシアニン色素の水面上単分子膜の観察
 宇留賀朋哉(JASRI)
  溶液界面反射率計の開発と現状
 瀧上隆智(九州大学)
  シンクロトロンX線反射による油/水界面吸着膜状態の研究
 矢野(藤原)陽子(立命館大学)
  実験室における液体表面X線反射率測定装置の開発と応用
 松岡秀樹(京都大学)
  水面高分子電解質ブラシのナノ構造と転移
③提案研究
 池田宜弘(福岡女子大学)
  泡黒膜における2分子膜構造変化のX線反射率分析
 松原弘樹(九州大学)
  流体界面での濡れ−非濡れ転移
 垣内 隆(京都大学)
  イオン液体/溶液界面 新しい電気化学界面
 今井茂雄(INAX)
  重金属の抗菌活性とそのメカニズム
 坂井隆也(花王)
  弱酸性条件下におけるモノドデシルリン酸K塩の吸着膜構造
 山田真爾(花王)
  液体超薄膜のナノトライボロジー


 ①XAFS関連および②反射・散乱・回折関連の発表は、SPring-8、KEKのPF、米国NSLS、立命館大SLLSCのシンクロトロン光および実験室設置のX線発生装置を利用した研究成果や装置開発に関するものであった。また③提案研究は、これまで放射光を利用してはいないがこれから利用する計画をもっている、あるいは放射光を利用すればテーマの遂行上重要な情報がえられるかどうかを知りたいなど、これから新しくSPring-8での実験に参画したいという考えを持った方々の発表であった。①〜③のいずれの講演に関しても、メンバーのそれぞれの専門分野からの質問、コメント、提案があり、活発な議論が展開された。
 その後、第2回の研究会を年度内に飯村副代表のお世話で開催することや、共同研究の提案などを含めた全体討論を行い、約5時間にわたる研究会を閉じた。
 
3.研究例の報告
 気−水界面や水−油界面などのソフトな界面に両親媒性分子によって形成されるソフトな分子膜は、両親媒性分子の基本的存在状態の一つとして学術的に重要であるのみならず、生体分子膜モデルとして、あるいは機能性超薄分子膜材料として注目を集めている。それらの分子組織膜研究において、放射光を用いた界面の構造解析は、最もパワフルな手法の一つである。代表的な測定法としては、斜入射回折法(GIXD)、反射率測定法(XR)、全反射XAFS法等が挙げられる。(1)でGIXDとXR、(2)全反射XAFS法でそれぞれの現状と展望について概説し、いくつかの研究成果を説明する。


(1)ソフト界面における分子組織膜のX線反射率とGIXD測定
 廣沢、加藤、飯村らは、水面上に形成される結晶性単分子膜の面内構造の精密解析を目的として、図1のような水溶液表面用のGIXDをSPring-8のBL46XUに立ち上げた。現時点では、分子配向の評価までには至っていないが、メロシアニン誘導体(加藤ら)や長鎖脂肪酸金属塩、長鎖ウレア誘導体(飯村ら)の単分子膜の分子配列について研究が行われてきた。一例として、図2に、n-アルキル脂肪酸(Cn: nは分子あたりの全炭素数)と全フッ素化ポリエーテル酸(PFPE)の混合単分子膜において形成されるミクロ相分離構造と分子充填構造の関係に関する研究成果を示す。CnとPFPEは、クロロホルムを溶媒とした溶液から水面上に展開すると、Cnの凝縮相ドメインとPFPEの膨張相に完全相分離する。それらのモルフォロジーは、Cnの鎖長と水面温度に応じて線状ドメインの枝分かれ構造(領域Ⅰ)から円形構造(領域Ⅲ)へと系統的に変化する。水面上のCn単分子膜における分子充填構造についてBL46XUでGIXDによって調べたところ、モルフォロジーの変化に対応して、分子の充填構造もCS相(領域Ⅰ)、S相(領域Ⅱ)、LS相(領域Ⅲ)へと系統的に変化していることが明らかになった。Cnの凝縮相ドメインは、線エネルギーを最小にするために水面上で線から円へと変形するが、CSのような極めて分子密度が高い相では分子の運動性が低下し線状構造がそのまま凍結されてしまうものと考えられる。


 


図1 GIXD測定系の模式図(BL46XU)


 


図2 (a)Siウエハ上に移行したCn/PFPE(2/8)単分子膜のAFMイメージ、(b)画像解析によって得られたフラクタル次元のCn鎖長および温度による変化、(c)GIXDで得られたCn単分子膜における面間隔と分子充填構造の変化。


 一方、宇留賀、谷田、池田、瀧上、飯村らは、気−液界面のみならず、液−液界面の構造解析も対象とした溶液界面XR測定装置の開発・立ち上げを、SPring-8のBL37XUで進めている(図3)。XRでは、膜の結晶性を問わず面外方向の層構造を評価することができるので、面内の結晶構造解析を得意とするGIXDとは相補的な関係にある。研究会では、これらの装置・手法の更なる整備、高効率化、高精度化を図ることを目指して研究を進めている。



図3 溶液界面XR模式図(BL37XU)


(2)ソフト界面における分子組織膜のXAFS測定
 谷田、永谷、渡辺らは、ソフトな界面(空気/水溶液界面)に両親媒性分子によって形成される単分子膜の親水基あるいはその近傍のイオンの局所構造情報を、あるがままの時空間でナノレベルで得ることを目的とし、水溶液表面用の全反射X-ray Absorption Fine Structure(XAFS)法をSPring-8のBL39XUおよびBL37XUで開発した(図4)。この測定法では、エバネッセント波の界面領域敏感性を利用して、水面から数nmの深さのみの情報を得ることができる。さらに、ダイヤモンド移相子を導入して得られる任意の偏光を利用することで、界面における分子の配向を知ることもできるという特徴を持つ。本法を用いて、水溶液表面上の亜鉛ポルフィリン錯体単分子膜や銅イミダゾール錯体単分子膜の分子配向に関する研究が進められている。亜鉛ポルフィリン錯体単分子膜では、ポルフィリン分子の官能基や表面圧に依存した亜鉛平面錯体の配向の変化を系統的かつ定量的に評価することに成功している。また銅イミダゾール単分子膜では、硝酸銅水溶液上での長鎖イミダゾール分子の錯体形成を伴った自己組織化構造に関する知見が得られている。図5は、平面4配位である亜鉛ポルフィリン錯体を水溶液表面に単分子量展開したもののスペクトルである。9663eV付近のピークは1s→4pz遷移に帰属され、z軸に配位原子がないことを意味する。(b)が極めて強くこのピークを示すのは、この垂直偏光の振動電場ベクトルが4pz軌道と重なり、しかもこの軸配座に配位原子を持たないからである。一方、このピークが(a)に現れないのは、錯体中のZn-ポルフィリン環面内の結合方向に水平方向の振動電場ベクトルが向いているためである。(c)は酢酸エチルに溶解したバルク溶液のスペクトルで、平面錯体の上下の配位座に溶媒分子が結合していることを示唆し、溶媒分子を持たない乾燥粉末の透過法によるスペクトル(d)には、このピークが観測される。このように、s→pz遷移を観察すれば極めて容易に平面錯体の配向を知ることができる。今後も、本法を活用することにより、さまざまなソフト界面に関するより高度な構造評価・解析が進められてゆくものと期待される。



図4 溶液表面用全反射XAFS装置(BL39XU/BL37XU)


 


図5 水性液表面における亜鉛ポルフィリン錯体
(5,10,15,20-tetrakis(4-carboxylphenyl)-porphyrinato zinc(Ⅱ))のXANESスペクトル

荒殿  誠 ARATONO Makoto
九州大学大学院 理学研究院化学部門 界面物理化学研究室
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TEL・FAX : 092-642-2577
e-mail : m.arascc@mbox.nc.kyushu-u.ac.jp


飯村 兼一 IIMURA Ken-ichi
宇都宮大学 工学部 応用化学科
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TEL : 028-689-6172 FAX: 028-689-6179
e-mail : kiimura@cc.utsunomiya-u.ac.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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