Volume 12, No.1 Pages 29 - 32
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
「2003A期、2003B期実施開始の長期利用課題の事後評価」について
Post-Project Review of 2003A and 2003B Long-term Proposals
2003Aに1件、2003B期に2件、特定利用課題(2003B期からは長期利用課題)として採択した3課題は、2005B及び2006A期に長期利用課題として終了しましたので以下のとおり事後評価を行いました。
今回の事後評価手順は、長期利用分科会委員に2名の有識者を加えた事後評価委員がSPring-8シンポジウム(平成18年11月1~2日開催)において発表された3件の長期利用課題の終了報告で審査を行い、利用研究課題審査委員会で評価結果を取りまとめました。以下に評価対象の長期利用3課題の評価結果と成果リストを示します。各課題の研究内容につきましては、各実験責任者が執筆して「最近の研究から」に掲載します。
1.100万気圧以上における高温その場観察実験の開発と地球惑星内部物質の相転移の研究
〔実験責任者〕巽 好幸((独)海洋研究開発機構)
〔採択時課題番号〕2003A0013-LD2-np
〔ビームライン〕BL10XU(2003A-2005B)
〔配分総シフト〕201シフト
〔評価〕
本課題は、レーザー加熱ダイヤモンドアンビル法により高温高圧を同時発生させた状態で放射光X線粉末回折実験を行うための技術開発と、そのin-situ実験から地球惑星深部での相転移を研究することを目的とした。
高温高圧発生技術の開発や高度化により、3000K、135万気圧、あるいは2000K、300万気圧に達する温度圧力で、X線回折実験に成功している。本課題では、この高圧技術により、地球マントル最下部に相当する温度圧力領域でMgSiO3のポストペロブスカイト相を発見し、その相がマントル最下部D”層の地震波速度異常を説明することを示した。また、地球の中心核を構成するであろう金属鉄の結晶構造が六方最密充填構造と考えられること、天王星・海王星の中心核を形成するであろうSiO2高温高圧相の結晶構造がパイライト型立方晶構造と考えられることを報告した。以上のことから、高温高圧発生技術の開発に大きく貢献するとともに、その技術を利用した研究についても着実に成果を出していると判断できる。
本実験グループの高温高圧発生技術は世界最高水準にあり、当該分野を先導していると高く評価する。D”層の解明は地球科学的に大きな意義をもたらし、国際会議でポストペロブスカイトセッションが設けられるなど、当該分野の科学に多大な影響を与えていると判断する。このように科学技術的な波及効果を期待でき、情報発信も充分になされていることから、長期利用課題として極めて成功した例と位置付づける。一方、データ解析については、その信頼性が充分であるとは言い難い部分が存在する。今後、構造解析など信頼性の高い評価方法を選択して検証を進めることで、成果に対する信頼性を高めていくことを推奨する。また、本実験グループは現在到達している以上の高温高圧領域に踏み込める能力を充分有していると考えられるため、今後の更なる技術開発とその成果の輩出について強く期待している。
〔成果リスト〕
(査読有)
〈最初の4桁の番号は、SPring-8論文登録番号〉
1) 6361 M.Murakami,K.Hirose,K.Kawamura,N.Sata and Y.Ohishi:Post-perovskite phase transitionin MgSiO3, Science,304(2004)855-858.
2) 6519 T.Iitaka,K.Hirose,K.Kawamura and M.Murakami:The elasticity of MgSiO3 post- perovskite phase at the Earth’s lowermost mantle,Nature,430(2004)442-445.
3) 6517 A.R.Oganov and S.Ono:Theoretical and experimental evidence for a post-perovskite phase of MgSiO3 in Earth’s D”layer,Nature,430(2004)445-448.
4) 6362 T.Kurashina,K.Hirose,S.Ono,N.Sata,Y.Ohishi:Phase transition in Al-bearing CaSiO3-rich perovskite: implications for seismic discontinuities in the lower mantle, Physics of the Earth and Planetary Interiors, 145 (2004)67-74.
5) 6338 J.F.Lin,O.Degtyareva,C.T.Prewitt,P.Dera,N.Sata,E.Gregoryanz,H.-k.Mao and R. J.Hemley:Crystal structure of a high pressure-temperature phase of alumina by in situ X-ray diffraction,Nature Materials,3(2004)389-393.
6) 7601 K.Hirose,K.Kawamura,S.Tateno,N.Sata and Y.Ohishi:Stability and equation of state of MgGeO3 post- perovskite phase,American Mienralogist,90(2005)262-265.
7) 7603 M.Murakami,K.Hirose,N.Sata and Y.Ohishi:Post-perovskite phase transition and crystal chemistry in the pyrolitic lowermost mantle,Geophysical Research Letters,32(2005)L03304,doi:10.1029/2004GL021956.
8) 9029 K.Hirose,N.Takafuji,N.Sata and Y.Ohishi:Phase transition and density of subducted MORB crust in the lower mantle,Earth and Planetary Science Letters,237 (2005)239-251.
9) 8714 S.Tateno,K.Hirose,N.Sata and Y.Ohishi:Phase relations in Mg3Al2Si3O12 to 180GPa:Effect of Al on post-perovskite phase transition,Geophysical Research Letters, 32(2005)L15306,doi:10.1029/2005GL023309.
10) 8176 Y.Kuwayama,K.Hirose,N.Sata and Y.Ohishi:The pyrite-type high-pressure form of silica, Science, 309 (2005)923-925.
11) 7091 S.Ono,K.Funakoshi,Y.Ohishi and E.Takahashi:In situ X-ray observation of phase transition between hematite-perovskite structures in Fe2O3,J.Phys.Condens. Matter,17(2005)269-276.
12) 7158 S.Ono,T.Kikegawa and Y.Ohishi:A high-pressure and high-temperature synthesis of platinum carbide,Solid State Commun.,133(2005)55-59.
13) 7622 S.Ono,M.Shirasaka,T.Kikegawa and Y.Ohishi:A new high-pressure phase of strontium carbonate, Phys. Chem.Mineral.,32(2005)8-12.
14) 8157 A.R.Oganov and S.Ono:The high pressure phase of alumina and implications for Earth’s D”layer, Proc. Natl.Acad.Sci.,102(2005)10828-10831.
15) 8448 S.Ono and A.R.Oganov:In situ observations of phase transition between perovskite and CaIrO3-type phase in MgSiO3 and pyrolitic mantle composition,Earth Planet.Sci.Lett.,236(2005)914-932.
16) 8774 S.Ono and Y.Ohishi:Phase transformation of perovskite structure in Fe2O3 at high pressures and high temperatures,J.Phys.Chem.Solid,66(2005)1714-1720.
17) 7863 H.Yusa,M.Akaogi,N.Sata,H.Kojitani,Y.Kato and Y.Ohishi:Unquenchable hexagonal perovskite in hith pressure polymorphs of strontium silicates,American Mineralogist, 90(2005) 1017-1020.
18) 8845 S.Tateno,K.Hirose,N.Sata and Y.Ohishi:High-pressure behavior of MnGeO3 and CdGeO3 and the post-perovskite phase transition,Physics and Chemistry of Minerals,32 (2006)721-725.
19) 9030 K.Hirose,R.Sinmyo,N.Sata and Y.Ohishi:Determination of post-perovskite phase transition boundary in MgSiO3 using Au and MgO internal pressure standards, Geophysical Research Letters, 33(2006) L01310, doi: 10. 1029/2005GL024468.
20) 9031 S.Shieh,T.Duffy,A.Kubo,G.Shen,V.Prakapenka,N.Sata,K.Hirose and Y. Ohishi:Equation of state of the post-perovskite phase synthesized from a natural (Mg,Fe)SiO3 orthopyroxene,Proceedings of the National Academy of Sciences,10(2006) 1073/pnas.0506811103.
21) 8857 S.Ono,T.Kikegawa and Y.Ohishi:Structural properties of CaIrO3-type MgSiO3 up to 144 GPa, Am.Mineral., 91(2006)475-478.
22) 8967 S.Ono,T.Kikegawa and Y.Ohishi:Structural property of CsCl-type sodium chloride under pressure,Solid State Commun.,137(2006)517-522.
2.Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy(NRVS)of Hydrogen and Oxygen Activation by Biological Systems
〔実験責任者〕Stephen Cramer(University of California Davis)
〔採択時課題番号〕2002B0003-LD1-np
〔ビームライン〕BL09XU(2003B-2006A)
〔配分総シフト〕165シフト
〔評価〕
本課題は、生体高分子内の水素や酸素の活性化を核共鳴振動分光法(NRVS法)で観測し、金属原子固有の振動から酵素などの生体触媒の活性作用を解明することを目的とした。
核共鳴非弾性散乱による振動分光法を開発し、実際にモデル物質やタンパク質試料で振動スペクトルを測定解析しており、第一段階の目標を概ね達成していると考えられる。分光器の分解能は、実験当初の3.5meVから有意義なスペクトルを得るのに最低限必要と思われる1.1meVにまで改善されている。しかし、装置の高分解能化に時間がかかり、改良後の本課題に対する実験時間が短かったことは考慮すべきである。手法の有効性を示すとともに、Ferredoxins、FeMocoニトロゲナーゼ、FeFe、NiFeヒドロゲナーゼなどの金属タンパク質を扱い、活性中心の金属原子についての振動モードの測定とスペクトル解析を行い、生体化学分野への応用を試みている。スペクトル解析の計算法も進展し、測定結果の解析に充分対応できるレベルにまで開発が進んだことは特筆に値する。本手法がタンパク質や高分子物質などに展開できること、また、ラマン散乱と相補的な知見が得られることについては充分評価すべきである。実測スペクトルのピークが、中間評価ヒアリングの時のデータに比べ飛躍的にシャープになり、その分解能の向上には驚愕している。しかし、得られたデータから有意義な議論をするにはまだ充分とは言えず、今後のモノクロメータの分解能向上がどうしても不可欠である。0.5meV程度の分解能の達成が可能かどうかについて、ビームライン担当者と充分に検討することを勧める。
核共鳴非弾性散乱は金属酵素の反応機構を理解するうえで重要なデータを与えるため、使い勝手を含めた技術開発が進めば、タンパク質の機能解析に一石を投じると期待される。そのためには、本課題をパイオニア研究と位置づけ、もう少し長期的な目で成果を見守ることが重要であると思われる。委員会としては、分野や研究組織の拡大を試みた上で長期利用課題に再度申請するような検討が行われ、本課題で得られた測定解析法がうまく継承されることに期待する。また、情報発信の重要性から、現状の成果については早急に論文化することを要望する。
〔成果リスト〕
(論文等)
1) 9400 Y.M.Xiao,H.X.Wang,S.J.George,M.C.Smith and M.W.W.Adams:Normal mode analysis of Pyrococcus furiosus rubredoxin via nuclear resonance vibrational spectroscopy(NRVS) and resonance Raman spectroscopy; F.E. Jenney, W.Sturhahn,E.E.Alp,J.O.Zhao,Y. Yoda,A.Dey,E.I.Solomon and S.P.Cramer:Journal of the American Chemical Society, 127 (2005)14596-14606.
2) 9525 Y.Xiao,K.Fischer,M.C.Smith,W.Newton,D.A.Case,S.J.George,H.Wang,W.Sturhahn,E. E.Alp,J.Zhao,Y.Yoda and S.P.Cramer:How Nitrogenase Shakes-Initial Information about P-Cluster and FeMo-Cofactor Normal Modes from Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy (NRVS).Journal of the American Chemical Society,128(2006)7608-7612.
3.多剤排出蛋白質群のX線結晶構造解析
〔実験責任者〕村上 聡(大阪大学産業科学研究所)
〔採択時課題番号〕2003B0036-LL1-np
〔ビームライン〕BL41XU(2003B-2006A)
〔配分総シフト〕69シフト
〔評価〕
本課題は、薬剤耐性化問題の主因と考えられる多剤排出タンパク質の立体構造を詳細に解析することで、その多剤認識メカニズムを始めとする薬剤排出機構を明らかにすることを目的とした。
院内感染などの医療に深く関わり、薬剤などの分子の輸送に重要な膜輸送タンパク質の研究は、結晶化が困難なため構造解析の報告が皆無であった。本課題の実施により、プロトン駆動型トランスポーターAcrB等の立体構造解析、および、多剤排出タンパク質AcrBと薬剤複合体とを合わせた構造解析にも成功している。また、薬剤排出については、回転触媒機構を中心としたトランスポーターの基質輸送メカニズムを提唱するに至っている。膜タンパク質の多数の複合体結晶を合成し解析技術を熟成することにより、本課題が多剤排出タンパク質の機能解明という最大の目標を達成したことに対し、高く評価する。その結果として、薬剤排出タンパク質が細胞内の毒性代謝物を吐き捨てる本来の生理的な役割を持ち、現象としての薬剤排出が2次的なものであるという生命機能の本質的な解明にまで踏み込んでいる。
以上のことから、本課題は基礎科学の発展に大きく寄与しているとともに、薬剤耐性化問題の克服に向けた創薬開発にも多大なヒントを与えていると評価する。学術的にも社会的にも充分な情報を発信しており、創薬分野を中心に波及効果は極めて高い。継続的に類似の研究課題を遂行していくことにより、今後の研究展開についても、複合体結晶の構造解析の分野で世界を先導していくものと大いに期待する。
〔成果リスト〕
(論文等)
1) 9956 S.Murakami,R.Nakashima,E.Yamashita,T.Matsumoto and A.Yamaguchi: Crystal Structures of a Multidrug Transporter Reveal a Functionally Rotating Mechanism. Nature,443(2006)173-179.
2) 9964 N.Tamura,S.Murakami,Y.Oyama,M.Ishiguro and A.Yamaguchi:Direct Interaction of Multidrug Efflux Transporter AcrB and Outer Membrane Channel TolC Detected via Site-Directed Disulfide Cross-Linking. Biochemistry,44(2005)11115-11121.
3) 9963 S.Murakami,N.Tamura,A.Saito,T.Hirata and A.Yamaguchi:Extramembrane Central Pore of Multidrug Exporter AcrB in Escherichia coli Plays an Important Role in Drug Transport.The Journal of Biological Chemistry, 279(2004)3743-3748.
4) 5243 S.Murakami and A.Yamaguchi:Multidrug-Exporting Secondary Transporters Current Opinion in Structure Biology.13(2003)443-452.
5) 3186 S.Murakami,R.Nakashima,E.Yamashita and A.Yamaguchi:Crystal Structure of Bacterial Multidrug Efflux Transporter AcrB Nature,419(2002)587-593.