Volume 11, No.4 Pages 189 - 190
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
第1期(2003A〜2005B)パワーユーザー課題事後評価報告
Review of the First Batch of Power User Proposals
共用ビームラインの測定技術を熟知し、高度な研究成果が期待できる研究グループによる、先導的利用研究とビームライン整備および高度化、そして利用拡大をめざし2003年に設置されたパワーユーザー課題について、事後評価報告会(平成18年3月17日開催)を行いました。
事後評価手順は、各課題につき、予め提出されたパワーユーザー課題終了報告書を資料とし、代表者、もしくは副代表者による20分間の発表と10分間の質疑応答のあと、パワーユーザー選定委員会委員により次の審査項目に基づき評価を行いました。
1)研究成果目標達成度
2) a)科学技術的価値
b)科学技術的波及効果
c)ユーザー開拓及び支援
d)測定技術開発
e)情報発信
以下にパワーユーザー選定委員会がとりまとめましたパワーユーザー5課題の評価結果を示します。各課題の研究内容につきましては、各実験責任者が執筆して「最近の研究から」に掲載しています。
対象となったのは第1期パワーユーザー課題の以下の5課題です。
①「光励起分子および光誘起現象の放射光構造解析、有機-無機複合化合物の精密構造解析」
BL02B1 代表者 鳥海幸四郎(兵庫県立大学)
②「粉末結晶による精密構造物性の研究」
BL02B2 代表者 黒岩芳弘(広島大学)
③「コンプトン散乱法を用いた研究の範囲拡張に関わる実験的技術の整備及び開発」
BL08W 代表者 小泉昭久(兵庫県立大学)
④「核共鳴散乱法の高度化研究とそれを用いた局所電子構造・振動状態の研究」
BL09XU 代表者 瀬戸 誠(京都大学)
⑤「地球深部物質の構造解析」
BL10XU 代表者 巽 好幸(海洋研究開発機構)
[各課題評価結果]
①「光励起分子および光誘起現象の放射光構造解析、有機-無機複合化合物の精密構造解析」
BL02B1 代表者鳥海幸四郎(兵庫県立大学)
真空低温回折カメラの整備を行い、様々な測定法の工夫により低バックグランドで分子の光励起状態でのX線回折実験を行うことができるようにしたことで目標を十分に達成した。ただし、測定系の検出系の精度向上、試料ダメージの克服、装置のスループットについて、更なる検討を要する。論文数は多くはないが、質の高いオリジナル論文を輩出し、化学系ユーザーの利用拡大にも大きく貢献している。光励起下の構造解析という新しいサイエンスへの挑戦を行い、他のユーザーへの利用展開をしており、パワーユーザー課題としての役割を十分に果たした。
②「粉末結晶による精密構造物性の研究」
BL02B2 代表者 黒岩芳弘(広島大学)
発表者 西堀英治(名古屋大学)
「粉末結晶による精密構造物性」という新しい研究分野を開拓して、先導的で社会的にインパクトの高い研究成果を上げたことは高く評価できる。MEMによる構造解析により、物質の機能と構造の相関に関する高度な情報が得られるようになっており、粉末構造解析という古典的手法を精密構造物性の研究法へ変革させた成果は、多くの研究分野に波及効果を与えている。原著論文50報以上と論文の生産性は著しく高く、質も極めて優れている。また、潜在的なユーザーのSPring-8の誘導、サポート、さらには共同研究成果の創成といった、積極的でオープンなユーザー開拓がなされ、着実にパワーユーザー支援課題を増加させている。測定技術開発においても、測定用ソフトの整備のみならず、ガス吸着その場観測システムの開発や未知試料による粉末構造決定など、興味深い成果を挙げている。国際会議、国内会議への発表も多数であり、2件の学会賞、2件の論文賞、新聞報道など、広く情報発信にも貢献している。総合的にどの面においても優れており、成果を目標としたパワーユーザーとして最も成功した例である。
③「コンプトン散乱法を用いた研究の範囲拡張に関わる実験的技術の整備及び開発」
BL08W 代表者 小泉昭久(兵庫県立大学)
コンプトン散乱法を用いた研究は高エネルギーX線の物性研究への利用という点でSPring-8にとって科学技術的価値の高い研究である。その研究手法を、DAC導入による圧力下での測定を可能にし、磁気コンプトンプロファイル(MCP)の測定による磁性薄膜へ適用した点は評価できる。特に垂直磁気異方性と波動関数異方性の相関を観測する技術を開発した成果は価値が高い。一方、得られた情報の解釈が難しく他の研究手法に比べてコンプトン散乱の優位性が発揮できる対象を探索することが、科学技術的波及効果の広がりにつながるものと思われる。薄膜電子材料評価への展開はひとつの方向性であろう。ただ、本装置及び測定技術の他のユーザー利用への展開はやや不明確であり更なる努力を求めるものである。また測定技術開発については、Ni屈折レンズの早期の実用化が期待される。情報発信については論文数など、やや物足りない感がある。総合的には、パワーユーザー課題として概ね目標は達成されたと考えられるが、ユーザー拡大の更なる努力を必要とする。
④「核共鳴散乱法の高度化研究とそれを用いた局所電子構造・振動状態の研究」
BL09XU 代表者 瀬戸 誠(京都大学)
研究目標については実験手法の基盤整備を行い、中高エネルギー領域における核共鳴散乱法の可能性を拡大した点で、また同位体の種類による電子、振動状態に関連する核共鳴散乱実験をYb同位体により成功した点で一応は達成されている。高エネルギー領域の核共鳴前方散乱の時間スペクトルを測定できるようにし、測定の自由度を広げた点は、科学技術的価値は高い。また、波及効果として、超高圧、パルス磁場印加、光照射下などでの核共鳴散乱により、他分野への研究展開が可能である。ユーザー開拓については、非専門家の利用に向けての努力はなされているが、現時点では比較的限定されている。非弾性散乱実験が可能となったこともあり、今後の新規ユーザーの開拓が期待される。測定技術開発については、時間スペクトルの表示ソフト、ノイズ除去システム、新クライオスタットシステムの導入など新しい試みが行われている。発表論文数がやや少ないのが気になるが、増加の傾向にあるので、継続的、発展的な外部への成果発信を期待する。
⑤「地球深部物質の構造解析」
BL10XU 代表者 巽 好幸(海洋研究開発機構)
300万気圧2000KにおけるX線構造解析の開発目標を達成したことは高く評価できる。そして、地球科学における画期的な成果を得、SPring-8での特徴である高エネルギーX線を有効に利用した研究として、科学技術的価値が高い。また、鉄など他物質のX線回折実験への波及効果や、レーザー加熱システムの整備による地球科学以外の他分野での利用展開も期待できる。測定技術開発では世界最高の技術開発を達成しており、多くの学術的、社会的インパクトの高い論文を輩出し情報発信も十分に行われている。総合的に見て、極めて困難な技術開発に成功し、世界初の成果を多く輩出した点はきわめて高く評価できる。
〔第一期パワーユーザー課題総合評価〕
1)パワーユーザーのユーザー支援活動はJASRIに大きく貢献したことが確認された。
2)パワーユーザーの成果論文の発表数についてばらつきがあるが、装置・技術開発も含めて十分な成果をあげた。
3)パワーユーザー課題の成果として、BL02B1、BL02B2からと、BL09XUから、それぞれJSTのCREST型研究プロジェクトがスタートしたことは特筆に価する。