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Volume 11, No.3 Pages 149 - 151

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

「2002A期、2002B期実施開始の長期利用課題の事後評価」について
Evaluation of 2002A and 2002B Long-Term Proposals Experiments

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 2002A及び2002B期に各1件特定利用課題として採択した2課題は、2004B及び2005A期に長期利用課題として終了しましたので以下の通り事後評価を行いました。
 今回の事後評価手順は、長期利用分科会委員に3名の有識者を加えた事後評価委員がSPring-8シンポジウム(平成17年11月17~18日開催)において発表された2件の長期利用課題の終了報告で審査を行い、利用研究課題選定委員会で評価結果を取りまとめて諮問委員会に報告しました。以下に評価対象の長期利用2課題の評価結果と成果リストを示します。各課題の研究内容につきましては、各実験責任者が執筆して「最近の研究から」に掲載しています。


(1)
〔課題名〕高分解能(磁気)コンプトン散乱測定による巨大磁気抵抗物質の電子及び軌道状態の研究
〔実験責任者〕小泉昭久(兵庫県立大学/採択時は姫路工業大学)
〔採択時課題番号〕2002A0008-LD3-np
〔ビームライン〕BL08W(2002A-2004B)
〔配分総シフト〕235シフト

〔評 価〕

 本課題は、層状ペロブスカイトMn酸化物を主な対象にして、コンプトン散乱測定による電子・軌道状態の研究から、巨大磁気抵抗(CMR)の起源に迫ることを目的とした。
 SPring-8の高エネルギーX線を利用した磁気コンプトン法で、CMR 磁性体における電子軌道の種類を同定し、その占有率が決定できたことで、当初目標を達成したと考えられる。高エネルギーX線の物性研究への利用はSPring-8にとって重要な分野であり、本研究が電子構造研究に役立つことを示した点で評価できる。磁気コンプトン法では、軌道状態を運動量空間で直接観察できる。本研究を通じて、CMR 機構や電子相関についての議論が進み、特に、3d電子軌道状態についてはモデル化できる状態になっている。本課題で初めて実施された測定法や解析法は、他の磁性体にも十分応用でき、その意味で科学技術的な波及効果は大きい。中間評価では、128素子SSDなどの新型検出器の開発と有効利用が望まれていたが、実用に耐える高効率検出器が完成し、高分解能コンプトンプロファイルの二次元再構成測定に使用されていることは評価できる。
 長期利用研究を通して系統的なデータが取得でき、軌道状態を見る特徴的な実験手法が実用化されたと考える。今後の発展は、どの程度多くの物質に研究範囲を広げられるかにかかっているが、パワーユーザーとして本研究を引き継ぐことで継続性が十分あると判断する。以上のように、コンプトン散乱が磁性研究の手段として一定の役割を果たすことを提示しているが、本研究で得られた結果の解析のみからでは、目的のCMR機構を解明するまでには至っていない。また、軌道占有率の決定についても、既に占有率が明確な標準的物質について測定することで、この手法の信頼性が向上すると思われる。したがって、標準測定の早期実施について、他の分野への普及活動や国際共同研究の発展とともに期待したい。

〔成果リスト〕
1) 5641 A.Koizumi,T.Nagao,Y.Kakutani,N.Sakai,K.Hirota and Y.Murakami,“Change in Mn 3d Orbital State Related to a Metal-Insulator Transitionon on Bilayer Manganite Studied by Magnetic Compton-Profile measurement”,Phys.Rev.B 69(2004)060401(R).
2) 5143 M.Suzuki,H.Toyokawa,K.Hirota,M.Itou,M.Mizumaki,Y.Sakurai, N.Hiraoka and N.Sakai,“A 128-channel Microstrip Germanium Detector for Compton Scattering Experiments at the SPring-8 Facility,”Nucl.Instr.and Meth.A510 (2003)63.
3) 6908 A.Deb,N.Hiraoka,M.Itou,Y.Sakurai,A.Koizumi,Y.Tomioka and Y.Tokura,"Evidence of negative spin polarization in ferromagnetic Sr2FeMoO6 as observed in a magnetic Compton profile study",Phy.Rev.B 70(2004)104411.
4) 6986 Y.Sakurai,A.Deb,M.Itou,N.Hiraoka,A.Koizumi,Y.Tomioka and Y.Tokura"A Magnetic Compton scattering study of double perovskite Sr2FeMoO6",Journal of Physics: Condensed Matter,16(2004)S5717-S5720.
5) 6906 Y.Sakurai and M.Itou,“A Cauchois-type Xray spectrometer for momentum density studies on heavy-element materials”,J.Phys.Chem.Solids,65(2004)2061-2064.
6) 9140 A.Koizumi,T.Nagao,Y.Kakutani,N.Hiraoka,N.Sakai,T.Arima,K.Hirota,and Y.Murakami,“Hole concentration dependence of Mn eg orbital state in bilayer manganites studied by magnetic Compton profile measurement”,to be published in J.Phys.Chem.Solids.
7) Koizumi,T.Nagao,N.Sakai,K.Hirota and Y.Murakami,“Indication of polaronic state coexisting with band state in a bilayer manganite elicited from two-dimensional reconstruction of magnetic Compton profiles”,submitted to Phys.Rev.Lett.


(2)
〔課題名〕光照射下放射光X線粉末回析による光誘起現象の研究
〔実験責任者〕守友 浩(筑波大学/採択時は名古屋大学)
〔採択時課題番号〕2002B0003-LD1-np
〔ビームライン〕BL02B2(2002B-2005A)/BL40XU(2003B-2004B)
〔配分総シフト〕BL02B2:120シフト/BL40XU:75シフト

〔評 価〕

 本課題は、光照射下での放射光X線粉末回折法の技術開発と、その技術を用いて光誘起現象に関する構造研究を行うことを目的とした。
 光励起による新物質相創製は最近注目されているテーマであり、本課題で取り扱った光誘起相転移も重要な位置付けにあり、科学的価値は高い。当初目標の光励起後あるいは光励起状態での精密構造解析を実施し、光誘起相の電子密度解析を達成している。特に、中間評価で課題とされたモデル物質をシアノ錯体で発見し、光励起状態での精密構造解析を実証したことは高く評価できる。その過程で測定法の開発を進め、時分割粉末X線回折法の先鞭をつけた功績も大きい。本課題での研究成果を基礎にCREST研究が開始されており、今後の光誘起相転移現象の解明への波及効果も大きいと思われる。
 測定法を開発しながら、多くの重要な研究成果を出しており、長期利用課題を実施することで、将来の展開を約束する成果が上がったと評価できる。また、情報発信も着実になされている。このように実験データの蓄積や実験条件の最適化が進む一方で、物理的描像の理解についてはまだ不充分であると言わざるを得ない。また、光誘起相転移についての研究では、一部の実験データに再現性の悪いものがある。再現性あるデータの取得が科学の基本であるから、実験装置や測定法などを見直した上で、再現性の確認に向けて更なる努力を期待する。過渡応答などの困難な実験への挑戦に極めて意欲的であり、今後の光誘起相転移現象のリアルタイム測定法の開発とその成果に対し、大いに期待する。

〔成果リスト〕
(論文等)
1) 1925 Yutaka Moritomo,et al.,“Low-Temperature Structure of [Fe(ptz)6](BF4)2 -Determination by Synchrotron-Radiation X-Ray Powder Study-” J.Phys.Soc.Jpn.Vol.71(2002) 1015-1018.
2) 2819 Yutaka Moritomo,et al.,“Structural Transition Induced by Charge-Trasfer in RbMn[Fe(CN)6] -Investigation by Synchrotron-Radiation X-Ray Powder Analysis-“ J.Phys.Soc.Jpn.Vol.71(2002) 2078-2081.
3) 2872 Yutaka Moritomo,et al.,“Structural Analysis of [Fe(ptz)6](BF4)2 Under Photo-Excitation-Condensation of Photo-Excited High-Spin Ions-” J.Phys.Soc.Jpn.Vol.71(2002)2609-2612.
4) 3120 Yutaka Moritomo, “粉末構造解析による遷移金属酸化物の研究” 固体物理(Solid State Physics)Vol.37(2002)643-652.
5) 3303 T.Katsufuji,Yutaka Moritomo,et al.,“Crystal Structure and Magnetic Properties of Hexagonal RMnO3 (R=Y, Lu, and Sc) and the Effect of Doping”Phys.Rev.B Vol.66(2002)134434.
6) 3422 Yutaka Moritomo,et al.,“High-Pressure Structural Analysis of Mn3O4”J.Phys.Soc.Jpn. Vol.72(2003)765-766.
7) 3675 K.Matsuno,Yutaka Moritomo,et al.,“Charge Ordering and Spin Frustration in AlV2-xCrxO4”Phys.Rev.Letters Vol.90 (2003)096404.
8) 3676 Masasi Hanawa,Yutaka Moritomo,et al.,“Coherent Domain Growth under Photo-Excitation in a Prussian Blue Analogue” J.Phys.Soc.Jpn.Vol.72(2003)987-990.
9) 5060 Yutaka Moritomo,et al.,“Physical Pressure Effect on the Charge-Ordering Transition of BaSmFe2O5”Phys.Rev.B Vol.68(2003) 060101.
10) 5121 Yutaka Moritomo,et al.,“Addenda to "Structural Transition Induced by Charge-Transfer in RbMn[Fe(CN)6]"”J.Phys.Soc.Jpn.Vol.72(2003).
11) 5122 Yutaka Moritomo,et al.,“Pressure- and Photoinduced Metastable Structure in RbMn[Fe(CN)6]” Phys.Rev. B Vol.68(2003)14410.
12) 5357 Kenichi Kato,Yutaka Moritomo,et al.,“Direct Observation of Charge Transfer in Double-Perovskite-Like RbMn[Fe(CN)6]”Phys.Rev.Letters Vol.91(2003) 255502.
13) 5645 M.Kamiya,et al.,“Time-Resolved Investigation of Photoinduced Structural Change in Co-Fe Cyanides”Phys.Rev. B Vol.69(2004)052102.
14) 5689 Yutaka Moritomo et al.,“Pressure Effects on the Charge-ordering Transition of BaYCo2O5”,Phys.Rev.B Vol.69(2004)134118.
15) 5988 Yutaka Moritomo,“Pressure Effects on Charge-Ordering Transition of BaYCo2O5”, Phys.Rev.B Vol.69(2004)134118.
16) 6369 Yutaka Moritomo et al.,“High-Pressure Structural Investigation of Ferromagnetic Nd2 Mo2O7”,Phys.Rev.B Vol.70(2004)104103.
17) 839 Yutaka Moritomo,“放射光X線を使った鉄(II)錯塩の非平衡定常状態の研究”放射光(Journal of the Japanese Society for Synchrotron Radiation Research),Vol.16(2003)306.



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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