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Volume 10, No.5 Pages 356 - 361

3. 告知板/ANNOUNCEMENTS

実験用低温容器の破損に関する報告書
A Technical Report on the Burst of a Cryostat

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1.事故の概要

(1)事故の内容

 さる平成17年7月2日(土)に大型放射光施設SPring-8内の台湾ビームラインBL12XUでNSRRC(注1)が水(氷)についての電子構造研究実験を行っていたが、実験終了後の後片づけ時に、実験に使っていた実験用低温容器(クライオスタット)の中に入っている金属ベリリウム製試料容器(直径44mm、高さ54mm)が破損し、その破片が飛び散り、近くにいた研究者2名(オーストラリア国籍男性、フランス国籍男性)が負傷した。

 なお、この時にはビームシャッターが閉じており、X線は出ていなかった。また、加速器やビームラインに対する影響はまったくなかった。


 注1) NSRRC(National Synchrotron RadiationResearch Center。漢字表記:國家同歩幅射研究中心)は台湾の組織でSPring-8内に6名が常駐


(2)負傷者の状況

 直ちに、救急車を要請し、川崎医科大学付属病院(岡山県倉敷市)に搬送した。幸い、1名は上腕と手甲に数カ所、もう1名は上唇に1カ所、それぞれ切り傷という軽傷であり、その日のうちに治療を終え、帰宅した。


(3)当日の動き

 10:00 実験終了

 14:00 X線シャッターを閉じ、実験ハッチに入室。後片づけ

 14:25 実験用低温容器の破損

 14:28 所内の緊急連絡システムで守衛に連絡が入る。

 14:43 安全管理室現場確認

 14:50 救急車出動要請(14:54到着)

 15:35 救急車により負傷者2名搬送

 16:15 警察署・消防署来所

 17:10 報道関係者から問い合わせ入り始める。

 17:22 テレビテロップ

 17:40~ 広報・守衛所から総務部員等に連絡あり(その後、役員へ)

 18:00 テレビニュースで報道

 18:25~ 地元町等へ第一報

 19:30 緊急プレス説明実施

 20:30 プレス原稿配布

 21:00 報道関係者を現場に案内

 22:50 負傷者2名帰宅


2.委員会の設置

 今回の混乱及び一部に不安を与えた結果を反省し、事故の再発防止を行うため、7月4日(月)に当センターでは、技術的な原因調査委員会と安全体制の再検討のための委員会を設置し、それぞれ、事実確認及び検討を行った。


3.技術的事故原因と再発防止策

 技術的な原因調査委員会は、BL12XU事故原因調査報告書を理事長に提出した。以下にその報告の概要及びそれを踏まえたクライオスタット実態調査グループによる再発防止策を記す。


(1)技術的原因調査結果

(i)事故の経過と状況

 台湾ビームラインBL12XUでは、実験ハッチ3内で超高圧超低温下での氷についての電子構造研究実験が行われていた。この実験は、水の試料を、クライオスタット中に置かれたダイヤモンド・アンビル・セル(DAC:超高圧容器)に収納し(図1(a)、(b))、超高圧下(2.6 GPa: 約26,000 気圧)、超低温下(4K:-269℃近傍)における“氷”(直径0.4 mm、厚さ0.15mm)を非弾性X線散乱により研究するものである。




図1(a) クライオスタット全体図




図1(b) クライオスタット概念図



 7月2日午前10時に非弾性X線散乱実験を終了、午後2時にエネルギー較正作業を終了し、クライオスタットの温度を常温に上げる過程で、午後2時25分に事故が発生した。

(ii)事故の原因

 事故後(7月4日)、破損したクライオスタット(図1(a)、(b))を調査した結果、クライオスタットの下部外筒のベリリウム円筒窓、およびクライオスタット内部のベリリウム製試料容器は共に、上部フランジ部および底面部を除いて、殆どが破損・飛散していた。(図2)




図2 クライオスタット下部破損部と詳細図



 この事実から、最内部のベリリウム製試料容器が何らかの理由で破裂し(第1次的原因)、この破裂によってクライオスタット外筒のベリリウム窓等が2次的に破損したと推論できる。

 試料容器は密閉容器で、試料(DACを含む)を4K(-269℃)に冷却するために、熱交換用のヘリウムガスが充填されており、このガス導入・放出のためのバルブが、クライオスタット上部に設置されている。また、容器内のガス内圧が何らかの原因で異常に上昇したとき、ガスを逃がすためにリリーフバルブが設置されている。リリーフバルブは、構造的にはいわゆる逆止弁で、通常の状態(内部が低温で真空または低圧)では、閉栓状態で働き真空または低圧を維持するが、内圧が上がった時には弁が開き、内部のガスを逃がすような構造を持っている。(図3)




図3 リリーフバルブ(逆止弁)の写真と構造



 今回のクライオスタットに設置されていたリリーフバルブは、事故後のテストでは、「閉栓」状態でも、かなりの量の空気がリークしており、弁を取り外し、数回のリリーフバルブの開閉テストをした後でも、逆止弁として真空または低圧に耐える状態ではなかった。この原因としては、吹き出し圧(Cracking Pressure)の設定が適切ではなかったためと思われる。

 このため、事故原因の可能性として、以下の状況が考えられる。

 低温状態では、試料容器側は減圧(低圧)状態であり、リリーフバルブを通じて空気が漏洩する。長時間、低温状態(空気の液化温度以下)が保たれると、容器内に漏れた空気が凝縮し、液体または固体空気となる。実験終了後、容器の温度を上昇させると、空気は急激に気化する。この時、リリーフバルブが正常に作動し、接続しているステンレス鋼細管も導通していれば空気は放出されていたはずである。しかし、空気中にはかなりの水分が含まれており、長時間の内に、これがステンレス鋼細管の内壁に凝縮し氷となり、同細管を閉鎖する可能性がある。試料容器の温度上昇で試料容器内の固体/液体空気は気化するが、細管内部の氷はクライオスタット全体が0℃近傍になるまで融解しない。このため、温度上昇で気化した試料容器内の空気および一部残留していたヘリウムが外部に逃げられなくなり、圧力が高まって容器を破損したものと見られる。

 以上のことから、今回の破裂事故は、このリリーフバルブが正常に働かなかったためであると推定した。


(2)再発防止策

 当センターでは、再発防止の観点から、上記の技術的原因調査結果を広く利用者に周知するため、速やかにHPに掲載するとともに、SPring-8のビームライン担当者に対してこの内容の説明会を開催した。

 さらに、今回の破損事故を受けて、SPring-8内の放射線管理区域(SPring-8全ビームライン及びニュースバル)に設置されているクライオスタットの実態について全数調査を実施した。

 調査にあたっては、事故原因を念頭において、クライオスタットの型式を次の6種類に分類した。

 A:断熱真空槽の内側に気密可能な試料空間を有する機種。

 B:試料が断熱真空槽内に位置し、かつ、断熱真空槽壁がX透過用窓材を備える機種。

 C:貯蓄型の機種。主に超伝導磁石が該当する。

 D:試料が断熱真空槽内に位置するが、X線透過用窓材の無い機種。

 E:冷媒吹きつけ式の機種。

 F:A~Eのいずれにも属さない機種。

 そのうち、今回破損したクライオスタットが含まれるAタイプについては、さらに窓、配管、弁の種別による小分類を行った。調査に当たっては、各ビームライン担当者からの回答結果を元に、必要に応じて図面又は現物確認を行った。

 調査の結果、全てのクライオスタットについて機械の構造上安全であることを確認した。但し、上記Aタイプに含まれるもののうち、「三方弁(三方バルブ)」を塞止弁として兼用しているクライオスタットについては、専用の「塞止弁」を併用し使用することがより適切であると判断した。

 ビームライン担当者及び利用者には、今回の調査結果を通知するとともに、使用上の安全管理について注意喚起し、周知徹底することとした。

 さらに、クライオスタット使用手順書を常設し、安全な取扱が徹底されるよう措置することとした。

 なお、今回の事故の当事者である台湾ビームラインBL12XUのNSRRCに対しては、安全に対する注意喚起を求め、安全対策に対する取り組みの報告書の提出を求める。


4.安全体制の再検討

 安全体制の再検討のための委員会は、上記のような内容の事故が、意外に大きなニュースとなってしまった経緯を反省し、その再発を防ぐ対策を検討し、以下に述べる結論を出した。当センターは、この結論に沿って再発防止を進める。その中には、すでに実行に移されている事項もあるが、それ以外についても今後早急に具体的な整備を行い実行するものとする。


(1)状況の分析

 7月2日(土)に起こった台湾ビームラインBL12XUにおける実験用低温容器の破損に関して、当センターとして、救急車の手配など初動の対応を行ったものの、現場の状況と負傷者のけがの状況が緊急通報基準に該当しなかったために、対外的な連絡や外部からの問い合わせに対する対応の体制をとらなかった。

 このため、「SPring-8で爆発事故が発生」という報道が先行して流れ、これによって事故発生から3時間以上が経過してから、当センターとして緊急連絡網による職員の招集や関係機関への連絡を開始したが、すでにメディアによる取材、電話による問い合わせが殺到し、混乱した状況となった。


(2)通報基準の改正

 今回の反省から、SPring-8で緊急事態が発生した場合の通報基準を見直し、新たに、(i)消防車の出動を要請した場合、及び、(ii)事業所内で負傷・急病等が発生し救急車の派遣を要請した場合にも文部科学省や地元3町・県等の機関、さらには幹部職員等に通報することとし、情報の共有化を図ることとした。


(3)緊急時の体制

 複数の機関が研究活動を行っているにSPring-8おいては、緊急時におけるSPring-8全体としての情報の一元化及び共有化がきわめて重要であることに鑑み、緊急通報基準に該当する事態が発生した場合には、ただちに当センター安全管理室を中心とし総務部が協力する「緊急時対策班」を召集し、情報収集、事態への対応、SPring-8関係機関への連絡等の対応を行う。

 また、事態が深刻な場合には、同対策班の指揮者の判断により当センター理事長を本部長とする「緊急時対策本部」を召集する。同対策本部の構成は、当センター、日本原子力研究所、理化学研究所、兵庫県立大学の職員で構成し、発生した事態に応じて他の機関の職員も参画する。当センター安全管理室が中心となり総務部が協力して緊急時対策本部の事務局を務める。

 緊急時対策班又は緊急時対策本部においては、参画した役職員のうちその時点で最上位の職にあるものがその所属の部署に拘わらず、対策班又は対策本部での指揮を行う。また、病院などへの同行の必要がある場合には、対策班又は対策本部の指揮機能が損なわれないように同行者を選ぶ。


(4)連絡通報系統

 緊急時の連絡通報系統図については、SPring-8内の関係者への召集や情報提供のためのものと、SPring-8以外の外部機関への通報のためのものを別々の系統図とする。

 SPring-8全体として緊急時の連絡を確実にするため、SPring-8内のすべての各部署において、あらかじめ優先順位を定めた通報を受ける責任者を原則として3名以上定めておき、そのうち一人に情報が入るだけで、その部署の責任において情報の共有を行い、必要な業務が実施できるようにする。事態発生後のSPring-8内の緊急通話システム(いわゆる「5者通話」)による第1報からこれらの各部署へ緊急時連絡系統図を定める。

 対外的な連絡については、特定の部署に業務が集中しないように分担してその連絡にあたることとして対外用の緊急連絡系統図を定める。この場合、先方から連絡をとる必要がある場合を想定して、構内電話ではなく発信番号が通知される直通電話を必ず使用する。また、原則としてファクシミリ又はEメールなどで行うこととし、どうしても口頭で行った場合には、その連絡内容を記録に留める。第1報以降の続報や先方からの問い合わせに対する対応も分担したそれぞれの部署が責任をもって行う。なお、地元3町への連絡にあたっては、兵庫県西播磨県民局との連携に留意する。


(5)様式、マニュアル等の整備

 事態発生後のSPring-8内の緊急通話システムでの第1報による通話内容が、迅速かつ正確であることが極めて重要であることに鑑み、この第1報の受信において各者が使用する共通の記録様式を整備する。第1報を受けた各者はこれに迅速かつ正確に記入し、他に伝達する場合にはこの記載内容にしたがって迅速かつ正確に伝える。この伝達にEメールやiモードの活用を検討する。また、緊急対策本部の召集には同時通話システムの活用を検討する。

 各部署毎に簡潔な緊急時の対応マニュアルを整備することにし、特に、休日・夜間における体制については、各部署は召集要請の通報後に責任者最低1名がおおむね1~2時間以内にSPring-8に参集できるものとする。また、連絡先優先順位を記した連絡先カードを作成し、関係者は常に所持する。


(6)緊急時対策本部等の招集場所

 緊急時対策班又は緊急時対策本部を召集する場所は、蓄積リング棟2階中央制御室前会議室とし、同会議室には緊急時に使用する電話、パソコン、ホワイトボード等、必要な機材を整備するとともに、これらをいつでも使用可能な状態として保管する。


(7)情報の提供

 正確かつ客観的な情報を的確に提供する観点から、緊急時対策班又は緊急時対策本部は広報室を通じて、現場の写真を含めた情報をすみやかにWEB上に掲載する。そのさい、知的財産や個人情報の保護に触れないように留意する。

 また、実験中の研究者などへの情報提供のために、構内放送やいわゆる「チャット」の活用を検討する。

 消防、警察による施設内への緊急立ち入りの際に必要な機材や、危険物に関する情報などについては、当該施設の責任者が不在でも的確に提供できるシステムの構築を早急に検討する。


(8)訓練の実施

 今回見直した緊急連絡系統図をはじめとする緊急時の対応体制について訓練を行い、その経験をより現実的な体制作りに生かしていく。今年度下期のビーム利用開始までに、通報基準に該当しもっとも起こり得ると考えられる事態を想定して通報訓練を行い、その後適宜に訓練を充実していく。なお、従来から行っていた自衛消防隊による訓練活動などは継続して行う。


(9)安全に関するQ&A集の作成

 今回「爆発」の報道があったために、地元からは「SPring-8施設はそんなに危険なものだったのか」といった素朴な疑問、不安をもたれたるようになったことに鑑み、安全性についてより分かりやすく説明したQ&A集を今年中を目途に作成し、周辺自治体に配布するとともに、ホームページに掲載する。また、従来から行っている理解増進の活動のなかに安全性に関する説明を追加する。普及棟における展示に安全性に関するものを整備する。


5.まとめ

 SPring-8における事故は、それが一般研究室におけるものと同じ一般的なものであっても、世間は、非常に危険な放射線施設の事故という認識でまず受け取り、施設側の予期しなかったような社会的な反応が現れる。それを念頭において、実験に従事するものは軽微な事故も起こさないよう細心な注意を行うとともに、施設側も、専門家の判断だけで良しとせずに、世間の視点に立って十分な説明を行う必要がある。今回は、幸い大事故ではなかったが、ここで得た教訓を再発防止及び信頼関係の維持のために、有効に活かすことが我々の責務である。


大型放射光施設(SPring-8)緊急時連絡網に対する「JASRI通報基準」

【改 正 後】

 (1)火災、爆発が発生した場合、または、消防車の出動を要請した場合。

 (2)地震による被害を受けた場合、または、震度4以上の地震が発生した場合。

   なお、震度は、姫路測候所の観測値とする。

 (3)死亡、休業災害の発生した場合。

 (4)事業所内で負傷・急病等が発生し、救急車の派遣を要請した場合。

 (5)放射線管理異常が発生した場合(おそれのある場合を含む)。

 (6)放射線発生装置に共用計画を著しく変更せざるを得ないような故障が発生した場合。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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