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Volume 10, No.2 Pages 125 - 128

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

3rd International Workshop on Beam Orbit Stabilization 2004 (IWBS2004) 報告
3rd International Workshop on Beam Orbit Stabilization 2004 (IWBS2004)

依田 哲彦 YORITA Tetsuhiko、大島 隆 OHSHIMA Takashi、花木 博文 HANAKI Hirofumi、田中 均 TANAKA Hitoshi

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI

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1.はじめに
 2004年12月6日から10日にかけて、第3回軌道安定化ワークショップが、Swiss Light Source(PSI)の主催でスイス中部のグリンデルワルトで開催された。このワークショップは第1回(2001年10月)及び第2回(2002年12月)がSPring-8で開催された、いわばSPring-8発祥の国際ワークショップである。ビーム軌道の安定化は加速器にとって最も重要なテーマの一つである。特にSPring-8のような放射光施設(第3世代放射光光源)では、高輝度放射光の供給を使命とし、光源である電子ビームのサイズを極限まで絞る努力が払われている。そのため、小さなサイズの電子ビームの僅かな軌道変動が、光の強度やエネルギーの無視できない変化をうみ、精密実験の外乱となる。高輝度放射光のポテンシャルを最大限利用するには、光源であるビームの極限の軌道安定性が必要になるわけである。
 前回に引き続き、今回のワークショップにもスイス近隣のヨーロッパ各国の研究施設を中心に世界各国から50人近くという多数の参加があり、その8割がたの参加者が発表に寄与し、活発な議論が交わされた。また、今回は放射光施設のみならず、CERNのLarge Hadron Collider や第4世代光源として注目を集めるFEL関連の参加もあり、それぞれの見地からのビーム軌道安定化に対する要請や取り組み、現状の問題点などについて議論、意見交換が行われた。
 プログラムは、PSIのLeonid Rivkin氏によるオープニングに続き、各施設現状報告、軌道変動要因抑制、軌道の測定と補正、ユーザーの見地から、第4世代光源に求められる安定性、とセッション毎に題目を変えながら発表と議論を行っていった。使用されたプレゼンテーション原稿等は http://iwbs2004.web.psi.ch/ にて公開されているので、興味がある人はそちらを参照していただきたい。



今回の会場となったグリンデルワルトのホテル。周囲にはアイガーなどの山々が壁のようにそびえ立つ。



講演の様子

2.ワークショップの議論に関して
 各施設現状報告のセッションでは、SPring-8を筆頭に現在稼動中の10の施設と建設中の4の施設から報告があり、それぞれのビーム軌道安定性の現状と取り組みについて紹介された。ビーム軌道の不安定要因は大きく分けて0.1〜数百Hzの速い変動と時間、日、年単位で変動する遅い変動に分けて考えられる。速い変動は、電磁石などの機器が冷却水による振動や交流電源起源のノイズが主な原因で、遅い変動は潮汐力や気温変動、また特急TGVの運行状況などの影響を受けて発生する。これらの軌道不安定性の抑制はその要因の除去及びフィードバックシステムによる補正によって実現されるが、各々に対する取り組みの比重は施設ごとの特色が出ていて面白かった。SPring-8からの報告では、速いビーム変動はその要因の抑制が高いレベルで実現しており、今後の更なる改善により速いフィードバックを必要としないレベルに達しうると発表したが、これがかなり大きなインパクトを与えたようである。一方、他の施設では振動要因を抑制しきれない分はフィードバックによる補正によっており、中には高性能のフィードバックさえあればいいという考えの施設もあった。我々の見地から言うともう少しノイズ除去をちゃんとできないのかな、と思う節もあるが、軌道変動要因抑制はそこそこに、あとはフィードバックでという取り組みの施設が主流であった。その流れのためか、各施設の軌道変動要因抑制についてはこの施設報告で触れられるだけで済まされる場合が多かった。また、今回の参加者の大部分は施設報告を除くと軌道の測定及び補正のセッションへの参加者であった。ところで、遅い軌道変動は気温変動や潮汐などにより起こり、各施設とも温度の制御などと遅いフィーバック補正の組み合わせで抑制されているが、近年各施設で導入されているTop-up運転の熱負荷を一定に出来るという効果により蓄積電流依存の遅い軌道変動から解放されたという話も聞かれた。この観点からもTop-up運転の導入は高輝度放射光施設にとって必須といえよう。また、ほとんどの参加者が放射光施設から来ており、講演の内容も放射光の安定供給を主眼にしているのに対し、高エネルギー実験用に計画が進むCERNのLarge Hadron Colliderからは使用している超伝導電磁石をいかにクエンチさせないかという別の視点からの軌道安定化への要求にのっとった報告がなされた。



今回のホスト・ファシリティーSwiss Light Source (PSI) の見学。木造の建屋が趣き深い。主要機器の見学の他、実際のオペレーションも目の当たりにすることができた。

 軌道変動要因抑制のセッションはSPring-8の独壇場であった。4つの発表のうち3つがSPring-8からのものであった。「Top-up入射時のバンプ軌道の漏れによる蓄積ビーム振動の抑制」(大島)、「3次元振動モード解析に基づく真空チェンバー振動の抑制」(依田)、「挿入光源のダイポール誤差磁場の影響を高精度で補正するスキーム」(田中)の話は、SPring-8の変動要因抑制への姿勢を他の施設関係者に強烈に印象づけた感がある。田中の話は、彼らにとってあまりにも非日常的内容であったために、発表時に賛否両論の議論が白熱した。しかし、LBLのC.Steierがわざわざ着席した発表者の元に来て、「Nice idea!」と言葉を掛けてくれたように、真剣に軌道安定化に取り組んでいる研究者には、SPring-8の試みの意義は確実に伝わったと思われる。SLSからは動的アラインメント機構というSPring-8に比してコンパクトなマシンならではのシステムの紹介があった。これは磁石列を乗せる架台を機械的に遠隔操作で軸調整することが出来るもので、うまく運用すれば遅い軌道変動への対処も期待できるものであった。



Top of Europe ユングフラウヨッホ見学。PSIの計らいで大気環境や宇宙線などの研究者による施設見学も実現した。

 軌道の測定及び補正のセッションでは、補正性能を上げる様々な工夫が発表された。やはりここでの主役は、ELETTRAで開発がスタートし、SLSでその成果を実証しているデジタルビーム位置検出(DBPM)システムであった。このシステムを進化させたInstrumentation Technology社の“Libera”では、1つのモジュールでサブミクロンの分解でのCOD測定と、若干の分解能の悪化を許せばターン毎の測定とのどちらをも実現することが出来る。また、高速の通信機能、FPGAを搭載しており、このモジュールで速いフィードバックを構成することも出来る。また、各加速器施設のRF周波数やハーモニック数、補正モデルに応じてカスタマイズすることが可能なので、SOLEILやDIAMONDではこのシステムの改良版が導入される予定である。但し、商売敵のBergoz Instrumentation社が主張したように(Bergozさんの発表は、本人の意図に反し、Negative Campaignとなった節がある)、サブミクロンの精度が本当に実質ベースで出せるのかには疑問が残る。これに関連し、SLSのT.Schilcherが、「SLSにおける高速軌道フィードバック」の話の中で、フィードバックで精度良く軌道を維持するため、バンチパターンの補正を開始したと報告した。SPring-8からの厳しい質問に、「軌道がバンチ電流に依存するが、SLSではユーザー運転時のフィリングが1通りなので問題ない」との答えが返ってきたが、これには「今頃、そんなことを言っているのか」とちょっと驚いた。SLSではバンチ純度の高いセベラルバンチを使った実験が行なわれていないため様々なフィリングは必要とされていないのであろう。SPring-8の加速器、挿入光源グループとBergoz社は、BPM信号や電極の電気的、機械的安定性のビームフィリングや蓄積電流、環境因子依存性の解決に長年取り組んで来た。その経験から、SLSでは数十ナノオーダーの軌道安定性が達成されたとまことしやかにささやかれた際、単純なBPM読みとり位置と電子ビームの実際の軌道とは異なる、実軌道の安定化についてはサブミクロンの実現すら非常に困難であると主張し、その達成に向け、地道な努力を続けて来たわけである。
 違った視点から、「SPring-8の線型加速器の安定化」の話が花木から発表された。この話には、安定な“Top-up”運転における入射器安定化の重要性と共に、今後の線型加速器ベースの第4世代光源の達成すべき安定性が、とてつもなく大変なことであるというメッセージが込められていた。しかし、そのメッセージにどれだけの人が気付いたかは疑問である。そう感じたのは、発表後にあった「とんちんかんな質問」のせいではあるが。



講演会場のホテルから見たアイガーのピンホールからの御来光。特定の時期の特定の時間にのみ観測される現象で、幸運にも今回立ち会うことが出来た。しかも、コーヒーブレーク中に。

 続く第4世代光源に求められる安定性のセッションでは、先にイタリアはTriesteで開催されたワークショップFEL2004の報告に始まり、European XFEL とVUV-FELでの安定化の取り組みが報告された。この報告の大半は、新竹(RIKEN/SPring-8)の招待講演の内容に沿ったものであった。、SPring-8のような第3世代のリング型光源での安定性の追及はこまを安定に回すことに、それに対し第4世代光源(線型加速器ベース)、特にSingle Pass FELなどではアーチェリーの矢を常に同一軌道に通すこと(平衡軌道が存在しない)に例え、この新しい光源の実現には電源の安定化や精密架台といった基礎技術が不可欠であることが強調された。

 サイトツアーとして、ワークショップ期間の中日には、ホスト・ファシリティーSLSの見学及びユングフラウヨッホにある宇宙線や環境に関する国際的研究施設の見学が催された。SLSではシンクロトロン及び蓄積リングを収納するトンネル内へ入っての見学ができた。SLSは一周600mで蓄積エネルギー2.4GeVの放射光リングのため電磁石等のコンポーネントがどれもコンパクトに作られており、実際見てみて先述の動的アラインメント機構が確かに実現しうるのだなと実感した。また、生成する放射光の輝度やエネルギーがSPring-8に比べて一桁程度小さいため散乱放射光のほとんどが真空チェンバー内に閉じ込められており、現在SPring-8で問題となっているリング周辺機器の散乱放射光による劣化という問題が無いようで、冷却水パイプがビニールだったり、真空チェンバーに直にインシュロックがかまされていたりしていたのは非常に印象的だった。また、真空チェンバーのトラブル時などはトンネル天井を構成するコンクリートブロックを開けて、長さ20m弱の1セル分の真空チェンバーを一気に出し入れするそうで、また、このため1セル中ではチェンバーの接続のベローズが省略できRFコンタクトの数が少ないためビームに対する抵抗を小さく出来ているそうで、SPring-8とはマシンの規模が全く違うとはいえ、目から鱗の体験であった。ユングフラウヨッホの研究所はヨーロッパ一高いところにある建造物だそうで、約3600mの標高故に高山病に悩まされる者も少なからずいたが、一般の観光客は入ることの出来ない研究エリアに立ち入ることが出来たのがよかった。大気中の二酸化炭素や微量金属元素の含有量の増加・減少トレンドから温室効果の進行状況という負の面と、大気汚染の改善が進んでいる正の証拠を、同時に実感する機会に恵まれた。

3.最後に、感じたままに
 本ワークショップは軌道安定化という加速器に関するものではやや限られたテーマに絞って開催されており、参加者も小規模であることから、大きな会議では躊躇してしまいそうな些細な質問も含め、各セッションとも活発な議論が交わされていた。また、コーヒーブレークや食事の時間のみならず、SLSやユングフラウヨッホへのツアーの道中、どちらもかなり時間のかかる行程であったのだが、とにもかくにも議論議論、非常に密度の濃い熱気あるワークショップであったと思う。因みに、会場となったホテルでの食事はコース形式であるためか非常にスローフードで会話の時間が多く取れたのはよいのだが、個人的に自由になる時間がほとんどなくなってしまったのはやや残念ではあった。
 SPring-8は現在、リング加速器の軌道安定化の分野では、世界でも突出した存在である。この良き伝統は、次世代のXFEL計画、SCSSプロジェクトにも引き継がれるべきである。その兆しを、この軌道安定化ワークショップで奇しくも感じることができたのはうれしい誤算であった。次回のワークショップはALSがStanford と共にホストとなり2006年に開催することが決まっている。それまでには、SPring-8蓄積リングをさらに安定化させ、その成果をもってまた参加したいと思う。また、次回のワークショップにおいては第4世代の放射光源におけるビーム安定性がより大きなテーマとして取り扱われる事になるはずで、SCSSからも良い成果が出てくることを期待したい。



依田 哲彦 YORITA  Tetsuhiko
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:yorita@spring8.or.jp


大島 隆 OHSHIMA  Takashi
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:ohshima@spring8.or.jp


花木 博文 HANAKI  Hirofumi
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:hanaki@spring8.or.jp


田中 均 TANAKA  Hitoshi
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:tanaka@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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