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Volume 10, No.1 Pages 19 - 23

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

元素選択磁化測定による有機分子被覆金ナノ微粒子の強磁性の観測
Direct Observation of Ferromagnetic Spin Polarization in Au Nanoparticles by Element Specific Magnetization Measurement

山本 良之 YAMAMOTO Yoshiyuki、堀 秀信 HORI Hidenobu

北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 School of Materials Science, Japan Advanced Institute of Science and Technology

Abstract
Gold shows diamagnetic property in the bulk state. However, this property might be different in the nano-sized region because the electronic structure may be modified significantly. This article reports the first direct observation of ferromagnetic spin polarization of Au nanoparticles with a mean diameter of 1.9 nm using X-ray magnetic circular dichroism (XMCD). Owing to the element selectivity of XMCD, only the gold magnetization is explored. Magnetization of gold atoms estimated by XMCD shows a good agreement with the results obtained by conventional magnetometry. This result is evidence of intrinsic spin polarization in nano-sized gold.
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はじめに
 界面活性剤や鎖状高分子などの有機分子で、被覆分散したナノメートルサイズの金属微粒子が近年、磁性、光学、電子デバイスなど様々な分野で、多くの研究者から注目を浴びている[1][1]G.Schmid, Ed., Cluster and Colloids.From Theory to Applications (VCH,Weinheim,1994).。特に、2000年にSunらによって報告された、FePt磁性ナノ微粒子は、次世代の磁気記録媒体材料として磁性材料研究者に衝撃を与え、国内外で盛んに研究が行われるようになった[2][2]S.Sun, C.B.Murray, D.Weller, L.Folks and A.Moser : Science 287(2000)1989.。一般に、有機分子で被覆したナノ微粒子は、前駆体である金属塩を溶媒に溶かし、保護剤となる有機分子存在下で、適当な還元剤を用いて還流還元することによって、金属微粒子の核生成と成長を行う溶液プロセスで得られる。得られる金属微粒子は、ガス中蒸着法などの気相合成と比べて、粒子径分散が極めて小さい(平均粒径の数%)。また、金属微粒子を取り囲む被覆有機分子は、金属微粒子の酸化を防止する他、微粒子同士の凝集を妨げ、保護安定化する働きをする(図1)。さらに、微粒子表面は有機分子で取り囲まれているため、微粒子を適当な溶媒中に溶かして分散させることができるという利点もあり、その溶液を基板上に滴下、乾燥させることで自己組織的に微粒子を一次元、二次元構造に集積するなど、ナノ微粒子を「ボトムアップ」的にナノ構造をつくるためのブロックと捉えた粒子配列の研究も盛んである[3][3]T.Teranishi, A.Sugawara, T.Shimizu and M.Miyake : J.Am.Chem Soc.124(2002)4210.。このような工学的な興味とは別に、これらのナノ粒子には興味深い物性が、基礎的な観点からも期待される。ナノ微粒子は、数百〜数千個程度の小数の原子からなる系であるため、全体の構成原子数に対して、表面にあらわになった原子の割合が異常に大きく、系がほとんど表面からなる特異な状態にある。このような状況下にある系では、バルクの性質と大きく異なった物性の発現の可能性が期待される。実験的な観測の成功例はあまりないが、古くから4dや5dの非磁性元素の超薄膜表面で強磁性を示すことが理論的に予測されてきたように、非磁性の元素からなるナノ微粒子が、バルクと異なる磁性を示すことも十分ありえることである。そのような観点から、我々のグループでは非磁性貴金属を微粒子化し、その磁性を調べてきた。今回、金ナノ微粒子のX線磁気円二色性スペクトルを大型放射光施設SPring-8の磁性材料ビームラインBL39XUで測定し、バルクでは非磁性である金がナノ微粒子の形態では強磁性磁気偏極することの直接的な証拠を得ることができた。本稿ではこの実験結果について紹介する。



図1 有機分子被覆金ナノ微粒子の模式図


有機分子被覆金ナノ微粒子の磁性
 金は電子配置[Xe]4f145d106s1で、バルク状態では大きなLandau反磁性の寄与で反磁性を示す。我々のグループでは以前より、有機分子で被覆した粒径が数nmの金属ナノ微粒子の合成を行い、その磁性についての研究を行ってきたが、その過程において高分子で被覆した金のナノ微粒子を合成して磁化測定を行ったところ、磁化はバルクでみられるような反磁性を示さず、低温でCurie則的に増大し、その磁化過程は超常磁性的なLangevin曲線を示すことを見出した[4][4]H.Hori et al.: Phys.Lett.A 263(1999)406.。これはつまり、金ナノ微粒子一つ一つが、強磁性自発磁気モーメントをもっていることを示唆している。PdやPtのような磁気的に不安定な元素は、微量な不純物で磁気モーメントが誘起される可能性があるが、このような不純物誘起で強磁性になることが一般にないと考えられている反磁性金属の金でさえ、正の磁化が観測されたということから、不純物誘起とは本質的に異なる現象が、この系でおきているのではないかと我々は考えた。被覆有機分子そのものを測定すると、当然反磁性を示すが、金微粒子を有機分子で被覆した状態の試料では、何らかの原因で有機分子にラジカルが生じて、磁性が出ている可能性も考えられる。しかしながら、通常の磁化測定では、微粒子とその被覆有機分子全体を測定してしまうため、被覆有機分子の反磁性を別に測定することで、磁化のデータから差し引く処理を行わなければならない。このため、測定値に曖昧さが生じ、金微粒子そのものから生ずる磁化を評価することは、従来の方法では困難であった。金原子だけに由来する磁化を、元素選択的に評価することが出来れば、このような磁性を曖昧さなく検証することが可能となる。放射光を用いたX線磁気円二色性(XMCD : X-ray Magnetic Circular Dichroism)の実験は、まさにこのような元素を選択した磁気測定を可能ならしめるものである。よく知られているようにXMCDは、特定の元素のX線吸収端に対応したエネルギーを持つ、左右の円偏光X線吸収の差を測定する手法で、特定元素吸収端付近の電気双極子遷移の選択則に対応したX線吸収スペクトルから導き出すことから、元素選択的かつ、軌道選択的な磁気プローブである。得られたXMCDスペクトルのピーク強度は、原理的に元素のフェルミ準位上での、磁気的な分極に比例することが分かっているため、本系の場合、金の吸収端でのXMCD強度を、外部磁場の関数として測定することにより、被覆有機分子あるいは不純物元素の影響を受けずに、金微粒子そのものの磁化過程を測定することができる。また同様に、XMCD強度を温度の関数として測定することにより、金微粒子そのものの磁化の温度依存性を調べることが出来る。さらに、dホール数が得られれば、磁気光学総和則(Sum rule)を使うことで、軌道磁気モーメント、スピン磁気モーメントを分離して求めることも原理的に可能である。


実験
 実験はSPring-8のBL39XUビームラインにおいて温度可変インサート付きホリゾンタル超伝導マグネット(Oxford Instruments Ltd.,2 − 300 K,0 −10 T)を用い、ダイヤモンド移相子とロックインアンプを使った偏光変調法による高精度XMCD測定を行った。この手法によって、従来と比べて1桁以上高いS/N改善がなされ、10-4オーダーのXMCD信号を精度よく得ることが可能となった[5][5]M.Suzuki et al.: Jpn.J.Appl.Phys.37(1998)L1488.。測定した試料は、鎖状高分子の一種であるポリアリルアミン塩酸塩(PAAHC)保護金微粒子である。図2の挿入図は溶液状の試料をカーボンコートしたCuグリッド上に滴下して、透過電子顕微鏡(TEM)で10万倍の倍率で撮影したものである。黒い点が金微粒子であり、像にはあらわれないが、実際には図1で示したように金微粒子は被覆高分子によって分離され凝集を防いでいる。図2に粒径分布ヒストグラムを示す。粒径分布は粒子の成長が融合過程であるときに観測される、いわゆるLog-normal分布によく従い、この関数でフィッティングしたところ平均粒径1.9 nm、標準偏差にあたるパラメータσ= 0.2であった。またX線回折と高分解能電子顕微鏡像により金微粒子の結晶構造はバルクと同じfcc構造であることを確認した。試料は粉末状であるため、銅製のサンプルホルダーに開けられたX線の通る位置の穴に試料をマウントし、カプトンテープで保持した。測定は透過法で行い、試料の前段に0用ガスチャンバー、試料後段に用ガスチャンバーを配置した。アンプで増幅した信号をロックインアンプに入力し、高速に右円偏光と左円偏光をスイッチングするためのピエゾドライブしたダイヤモンド移相子と同期させ信号を検出している。なお、同バッチのサンプルはSQUID磁束計による磁化測定を2 − 300 Kの温度範囲、0 〜 7 Tの磁場下で行った。被覆しているPAAHC高分子はもちろん反磁性であるため、別にPAAHC単体で磁化測定することによって試料の磁化から差し引いて磁化を求めた。



図2 PAAHC保護金ナノ微粒子の粒径分布(挿入図:試料の透過電子顕微鏡像)


XMCDスペクトルと元素選択磁化(ESM)
 温度2.6 K、外部磁場10 Tの条件下、PAAHC被覆金ナノ微粒子に対して、金のL3吸収端(2p3/2→5d5/2, 6s1/2)とL2吸収端(2p1/2→5d3/2, 6s1/2)で測定した、X線吸収スペクトル(XAS)とXMCDスペクトルを図3(a)、(b)に示す。XMCD強度はXASのステップに対し、10-4のオーダーの微小なものであるが、BL39XUの偏光変調法による高感度XMCDスペクトロメータの恩恵で、L3端では負、L2端では正の明瞭なMCDが観測された。また、メインのピークに比べると小さいが、負のピーク構造がL3端の高エネルギー側(11.930 keV)とL2端の高エネルギー側(13.741 keV)に見られることが分かる。これらのピークが、装置などによる外因的な信号でないことを確かめるために、磁場方向を反転してXMCDスペクトルを測定したものが図中に点線で示したものである。ピークは反転しており、この信号が確かに磁気的な起源によるものであることを示している。ここから金原子が磁気的に偏極していることが明らかとなった。なお、このような全て非磁性元素(Au、C、H、N)からなる系で金からのXMCD信号を捉えたのは本研究が初めてである。



図3 PAAHC保護金ナノ微粒子のAu L3L2端XASと温度2.6 K、外部磁場10 T(赤線)、-10 T(点線)でのXMCDスペクトル。

 L2端のXMCD強度はL3端の強度の半分以下で非対称性が強いことから、定性的にAuの5d電子は大きな軌道磁気モーメントを持っていることが分かる。磁気双極子項<Tz>を無視することが出来ると仮定し、磁気光学総和則を適用することで、スピン磁気モーメント<µS>と軌道磁気モーメント<µL>の比は0.145と得られた。磁気光学総和則を用いると、全磁気モーメントに加え、軌道磁気モーメントとスピン磁気モーメントの絶対値を分離決定することも原理的に可能であるが、正確な値を計算するためには正確なd電子ホール数nhの見積もりが必要である。金のバルクに対するnhは既知であるが、金微粒子に対する値の見積もりは一般に困難である。そこで我々は、磁場と温度変化に対するL3端XMCDピークの相対的な強度変化として得た金原子の元素選択磁化(ESM : Element Specific Magnetiztion)を用いて通常の磁化測定と比較することを試みた。L3端のXMCDの信号強度を磁場の関数としてプロットしたもの、つまり金原子そのものの磁化過程をSQUID磁束計で測定した磁化過程に重ねて図4に示す。磁場の増加とともにXMCD強度の増加がみられ、強磁場下でも飽和することがなく超常磁性的に振舞うことが分かった。この振る舞いはSQUID磁束計で測定した結果とほぼ一致する。軌道磁気モーメントの寄与の大きさから考えると、この系は磁気異方性が大きいと考えられるが、ESMとSQUID磁束計による磁化にはヒステリシスが観測されなかった。これは、微粒子のサイズが小さいため、体積に比例する磁気異方性エネルギーも小さく、熱エネルギーにより微粒子の持つ磁気モーメントの向きが耐えず変えられている状態(超常磁性限界)にあるためだと考えられる。以下で述べるように磁化過程は、常磁性の部分と超常磁性の部分に分けられる。理想的な超常磁性の磁化過程はMH)=NµLx)で表される。ここでLx)はLangevin関数を表し、
Lx)=coth(x)−1/xx=µH/kBTである。µは1微粒子あたりの磁気モーメントでNは単位質量あたりの全粒子数である。常磁性部分の帯磁率をXPauliと表すと全磁化はMH)=Lx)+XPauliHとかける。図中点線はこの式でのフィッティングカーブで、ここから求められた1微粒子あたりの磁気モーメントは0.4 µBであった。



図4 PAAHC保護金ナノ微粒子の温度2.6 Kでの元素選択磁化過程(赤丸)とSQUID磁束計による磁化過程(白丸)。Langevin関数と線形項の和によるフィッティング(点線)。

 以上の手法と同様にESMの温度変化を磁化の温度変化と併せてプロットしたものを図5に示す。ESMはCurie則的に低温で大きく増大するが、高温側で有限の大きさを持つことがわかる。この振る舞いは、図中点線でフィットされるように、先ほどの全磁化より求められる帯磁率の温度変化xT)=NµLx)/H+XPauliと矛盾しない。温度に依存しないパウリ常磁性的な磁化は、反磁性を示すバルクの金(x=−0.142×10-6 emu/g)においては現れないがナノ微粒子化することにより、フェルミ準位の状態密度が減少し、伝導電子による大きなLandau反磁性項がマスクされることで、元々あるパウリ常磁性磁化が出現したのだと考えると理解できる。また、低温でESMが増大することからも、この磁性が磁場誘起によるものではないことが分かる。



図5 PAAHC保護金ナノ微粒子の元素選択磁化の温度依存性(赤丸)とSQUID磁束計による磁化の温度依存性(白丸)。Langevin関数と線形項の和によるフィッティング(点線)。

 これらの観測結果より、有機分子で被覆した金ナノ微粒子に生じる、磁気偏極の存在が明らかとなった。このようなナノメートルサイズの微粒子では、全体の構成原子数に対して、表面にあらわになった原子の割合が異常に大きいことが、この磁性の鍵を握っていると考えられる。特に2 nm程度の微粒子は、構成原子全体の約半分の原子が表面に出ていることになるため、次元性、配位数の減少による表面の電子状態の変化が大きい。4dや5d非磁性元素の超薄膜についてこのような効果を取り入れた計算では表面1層から2層の領域で強磁性を示すことが予測されている。超薄膜での計算が微粒子系にただちに適応できるかどうかは定かではないが、表面の磁気偏極を認めると、微粒子内部コアはパウリ常磁性を示すことになり、ESMで観測された超常磁性と常磁性の混在した磁化過程をうまく説明することが出来る。


おわりに
 XMCDによる元素選択磁化測定で、ナノサイズ領域における金微粒子の磁気偏極を初めて確認し、表面原子付近に強磁性磁気偏極が生じ、内部コアは常磁性の、混在した磁性モデルを述べた[6][6]Y.Yamamoto et al.: Phys.Rev.Lett.93(2004)116801.。本稿では触れなかったが、有機分子被覆金属ナノ微粒子は、金属との親和性の異なる様々な官能基をもった有機分子で被覆保護することができるため、微粒子表面原子と官能基との相互作用を調節することができる。この特質を利用することで、様々な環境下の金属表面の実験系を構築することが出来るであろう。このような系の磁性を調べるには、元素選択的に磁化測定を行うことのできるXMCDは強力なツールとなることが期待される。


謝 辞
 本研究はJASRI/SPring-8の鈴木基寛、河村直己、宮川勇人(現香川大学)、中村哲也、小林啓介各氏からなるグループとの共同研究で行われた。また、本研究で用いたナノ微粒子試料の合成に関しては、元本学助教授の寺西利治氏(現筑波大学教授)に多大なるご協力を頂きました。心より感謝いたします。本研究は文部科学省科学振興調整費及び文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクトの援助(プロポーザル番号2002B0380-NS2-np/BL-No.39XU)を受けて行われたものであり、ここに感謝いたします。



参考文献
[1]G.Schmid, Ed., Cluster and Colloids.From Theory to Applications (VCH,Weinheim,1994).
[2]S.Sun, C.B.Murray, D.Weller, L.Folks and A.Moser : Science 287(2000)1989.
[3]T.Teranishi, A.Sugawara, T.Shimizu and M.Miyake : J.Am.Chem Soc.124(2002)4210.
[4]H.Hori et al.: Phys.Lett.A 263(1999)406.
[5]M.Suzuki et al.: Jpn.J.Appl.Phys.37(1998)L1488.
[6]Y.Yamamoto et al.: Phys.Rev.Lett.93(2004)116801.




山本 良之 YAMAMOTO  Yoshiyuki
北陸先端科学技術大学院大学・材料科学研究科
〒923-1292 石川県能美郡辰口町旭台1-1
TEL : 0761-51-1552 FAX : 0761-51-1535
e-mail : y-yamamo@jaist.ac.jp

堀 秀信 HORI  Hidenobu
北陸先端科学技術大学院大学・材料科学研究科
〒923-1292 石川県能美郡辰口町旭台1-1
TEL : 0761-51-1550 FAX : 0761-51-1535
e-mail : h-hori@jaist.ac.jp


課題番号:2002B0380-NS2-np
(実験責任者 山本良之)
使用ビームライン:BL39XU
シフト数:24シフト(2002年9月21日〜24日、
2002年11月27日〜12月2日)



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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