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Volume 18, No.4 Pages 300 - 304

2. ビームライン/BEAMLINES

クライオアンジュレータの開発
Development and Installation of Cryogenic Permanent Magnet Undulator

備前 輝彦 BIZEN Teruhiko

(公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門 Light Source and Optics Division, JASRI

Abstract
  低温下で永久磁石の性質が向上することを利用したクライオアンジュレータのプロトタイプ機を製作し、蓄積リング34セルに設置して電子ビームを用いた熱的な評価試験を行った。その結果、実用上、問題はないことを確認した。本報告書では、クライオアンジュレータの特徴と開発のポイントおよび要素技術について述べる。
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1. はじめに
 クライオアンジュレータは、2004年にSPring-8が提案した[1][1] T. Hara, T. Tanaka, H. Kitamura, T. Bizen, X. Marechal et al.: Phys. Rev. STAB. 7 (2004) 050702.真空封止型短周期アンジュレータである。短周期においては永久磁石の厚さが薄くなるため磁石の磁場が減少する。これを補うのに磁束密度の大きな磁石を使う必要があるが、これらの磁石は耐熱性が低く、加熱脱ガス(ベーキング)により磁石表面からのガス放出を低減することができないため、超高真空が要求される蓄積リングの真空封止アンジュレータでは使用できない。クライオアンジュレータは、永久磁石を低温にすることで磁束密度などの磁石性能を向上させると同時に磁石からのガス放出を低減することでこの問題を解決する。従来型の真空封止アンジュレータの構造をベースに改造を行うことで製作できるため、すでにSLSやESRF他でリングに設置し、各種試験が実施されている。SPring-8でもコンセプトの発表以来、実用化に向けて試験が行われてきた。今回、SPring-8用のプロトタイプ製作、および、蓄積リングへの設置がなされたので報告する。
 本クライオアンジュレータは、標準型アンジュレータに比べて、磁石の残留密度が1.15 Tから1.5 Tに増しており、図1に示すように15 KeV以上における輝度は標準型アンジュレータを凌駕する。


図1 クライオアンジュレータのスペクトル(gap=4 mm)


2.アンジュレータ用永久磁石について
 挿入光源で多数使われている永久磁石では、ある条件によって磁場が一部失われてしまう減磁という現象が起きる。この減磁の起こりにくさは保磁力で示され、保磁力が大きいほど減磁は起こりにくい。SPring-8の挿入光源ではNdFeBタイプの永久磁石が用いられている。NdFeB永久磁石は、熱、放射線等により減磁が起こることが知られている。NdFeB永久磁石は大きな残留磁束密度が特長だが、残留磁束密度が大きいほど、保磁力は小さくなり減磁しやすい。つまり、保磁力が大きな磁石は磁場が小さいのである。これは、保磁力を増加させるために添加されるディスプロシウム(Dy)という元素が、Feとは逆の磁気モーメントを持つために、磁化が減少してしまうためである。
 真空封止型挿入光源は、加速器の電子ビームが通る真空槽の中に永久磁石が配置され、ビームが通過する上下磁石間の距離(ギャップ)を極めて狭くすることができる。加速器、特に蓄積リングでは超高真空が要求されるため、真空槽や真空中の部材、磁石そのものもベーキングが必要である。このため、熱による減磁を防止するために、磁石の保磁力は大きいことが要求される。それゆえ、極めて大きな残留磁束密度の磁石は使用できない。
 一方、短周期化のためには、磁石の厚さを薄くする必要があるが、全体の磁場が小さくなってしまう。電子ビームに対する磁場を強くするためには、大きな残留磁束密度の磁石を使用するか、ギャップを狭くすることが要求される。しかし、大きな残留磁束密度の磁石は、保磁力が小さく減磁の危険性が増す。また、ギャップが狭くなると、磁石が電子ビームに近づくため放射線による減磁の危険性も増す。
 このようにNdFeB磁石は、保磁力と残留磁束密度の大きさが逆の傾向をもつため、磁石選定、磁気回路のデザインに制限がある。ところが、NdFeB磁石には、別のおもしろい性質がある。残留磁束密度も保磁力も負の温度依存性を持つのである。つまり、低温下では残留磁束密度も保磁力も両方とも増加するのである。さらに低温下では、耐放射線性も増加する[2][2] T. Bizen, X. Marechal, T. Seike, H. Kitamura, T. Hara et al.: Proc. EPAC 2004. 2089.ことが知られている。ただし、残留磁束密度については、spin reorientationとして知られる現象のため140 K付近で最大となった後、減少する傾向がある。この低温での磁石性質をうまく利用したものがクライオアンジュレータである。


3. クライオアンジュレータの構造
 本アンジュレータは、磁場周期長15 mm、周期数92であり、磁石間ギャップは3 mm~25 mmで可変である。クライオアンジュレータの構造を図2に示す。
 クライオアンジュレータは従来型真空封止アンジュレータをベースに設計されているが、新たに考慮しなければならない重要事項は、冷却部分の断熱をどのように行うか、外部からの入熱をいかに小さくするかという点である。本クライオアンジュレータは220 W冷凍機(a)を2機搭載している。クライオクーラーは断熱のために真空槽に収められるが、冷凍機用真空槽と電子ビームの通る挿入光源真空槽とは、真空的に分離されており、熱伝達のみ熱伝達フィードスルー(b)を通して行われる。この分離により、冷凍機のメンテナンスは、加速器側の真空を保持したまま行える。永久磁石は銅製のIビーム(c)上に配置されるが、Iビームと熱伝達フィードスルーは、磁石列の開閉に応じて伸縮できるじゃばら状の銅ストリップ(d)を介して接続され冷却される。大気中で挿入光源架台に結合されているIビームを支持するシャフトは、熱伝達を低減するため薄肉構造となっている。磁石温度は、上下Iビームに配置した独立に制御される4本のシースヒーター(e)によりコントロールされる。



図2 クライオアンジュレータの構造


4. 真空システム
 加速器の蓄積リング真空系に接続される装置には、超高真空が要求される。SPring-8ではこれまで多くの真空封止アンジュレータを製作・据え付けしてきており、真空に関しての十分なノウハウ、経験がある。例えば、最も表面積の大きい磁石に対して、TiNをコーティングすることにより、素材から放出されるガスを大きく低減させるなどの対策を講じている。このため約400 Kで永久磁石のベーキングを行う従来の真空封止アンジュレータであれば、必要な超高真空を達成している。
 ところが、クライオアンジュレータで用いる磁石は磁束密度を大きく設定しているため保磁力が小さく、耐熱温度が約330 Kと低いのでベーキングすることができない。このため到達真空度の悪化が懸念されるが、一方で、低温環境下にあるため、真空度が改善される効果もある。
 ベークしていない真空部品からの放出ガス成分で最も多いガスは水である。クライオアンジュレータには、140 K以下に冷えた部分が多くあるため、水はこれらの部品表面で凍結する。つまり、クライオアンジュレータそのものが水に対しては排気ポンプの役割を果たす。また、低温下ではその他のガスの放出量も減少するため、ベーキングなしでも超高真空を達成できることが期待されていた。図3に非蒸発型ゲッターポンプ(NEG)活性化後の圧力変化を示す。このように冷凍機起動後に大きく圧力が減少している。



図3 NEG活性化後の圧力変化


5.磁場計測
 クライオアンジュレータの磁場計測は、磁石が冷却された状態で行わなければならない。すなわち、閉じた真空槽内の低温・真空環境下で磁場計測装置が駆動し、計測する必要がある。
 従来の真空封止アンジュレータの磁場計測は、磁石列と平行におかれた剛性の高い大きな定盤上をホール素子が走行するシステムで、磁場計測時には、磁石列を真空槽から出さなければならなかった。
 SAFALIシステムは2007年にSPring-8で実用化[3][3] T. Tanaka, R. Tsusu, T. Nakajima, T. Seike and H. Kitamura: Proc. FEL 2007, WEPPH052.された磁場計測システムで、真空槽の中に引かれた細いレールの上をホール素子が走行する。しかし、真空槽内部に設置できるほどコンパクトなレールは剛性が小さいために、ホール素子の走行や自重によってたわんでしまう。この問題を解決するためSAFALIは、ホール素子のビーム軸方向への移動に伴う水平並びに垂直位置変動を、あらかじめ計測・データ化しておき、この位置変動を打ち消すようにレールを動かし、常にホール素子の中心をアンジュレータの軸中心と一致させるという方式をとった。ホール素子の変動位置は、レーザー光をビューポートから真空槽内のホール素子モジュールのアイリスに照射し、回折パターンの重心位置を検出することで計測する。また、軸方向位置は、別のレーザー測長器により計測する。
 真空下で駆動するクライオアンジュレータ用SAFALIは、2009年にSLSのクライオアンジュレータ用にSPring-8で実用化された[4][4] T. Tanaka, T. Seike, A. Kagamihata, T. Schmidt, A. Anghel et al.: Phys. Rev. STAB. 12 (2009) 120702.が、今回は更にいくつか改善がなされたものが用いられた。
 クライオアンジュレータの磁場計測は以下の手順で行った。

(1) 磁石温度の決定
 NdFeB磁石の残留磁束密度は、spin reorientationのため140 K付近で最大となる、よって磁場強度が最大となる温度を確認した。
 
(2) 磁石ギャップ値の校正
 クライオアンジュレータでは、磁石が低温下にあるため、磁石列のサポート機構も温度が下がり収縮し、室温と寸法が変わるため、従来の室温でのギャップ表示値と低温下でのギャップ値が異なってしまう。Green LED CCDマイクロメータを用いてビューポートから光を導入し、低温下でのギャップ値を真空槽外から計測した。
 
(3) 磁場計測
 SAFALIシステムによる磁場計測を行った。
 
(4) 差動アジャスタによる位相誤差の調整
 磁石列の冷却に伴って、磁石列支持シャフトが不均一に収縮することによって生ずる磁場エラー(位相誤差)を差動アジャスタと呼ばれる機器の調整によって補正した。これは、真空を保持したまま真空槽の外からシャフト長さを微調整することのできる機構である[4][4] T. Tanaka, T. Seike, A. Kagamihata, T. Schmidt, A. Anghel et al.: Phys. Rev. STAB. 12 (2009) 120702.

 

6. 蓄積リングへの据え付けと評価試験
 2013年2月にクライオアンジュレータは、蓄積リング収納部34セルに据え付けられた(図4)。これにともない、蓄積リング側の改造および光を止めるためのフロントエンドの設置も行われた。11月現在でギャップを開いた状態での到達圧力は10-8 Pa台である。据え付け後の圧力変化を他の真空封止アンジュレータと比較すると、ほぼ同じ傾向を示しており(図5)、数年後の到達圧力も他のアンジュレータと同等となると予想される。2013年6月に電子ビームを使ったスタディを行った。「203 bunches」においては、磁石温度はほとんど上昇しなかった。より熱的条件の厳しいフィリングパターン「1/7-filling + 5 bunches」においてギャップ5 mmで磁石列の温度上昇は最大で約2度であり、局所的に変化することが測定された。現状は上流下流の2分割で行われているヒーターによる磁石列の温度制御を、分割数を増すことでこの局所的な温度変化に対応することが可能であると考えられる。



図4 ID34への据付け



図5 据え付け後からの圧力変化
クライオアンジュレータと標準的な真空封止アンジュレータの真空状態の変化を示す。ビーム停止時は1×10-8 Paに近づき、ビーム運転時は圧力が上昇するが、両者とも時間の経過と共に、同様の圧力減少傾向を示し7ヶ月後の運転時圧力は10-8 Pa台である。クライオアンジュレータは冷凍機停止中に圧力が上昇している。


7.まとめ
 クライオアンジュレータのプロトタイプを製作し、蓄積リングに据え付け、評価を行った。製作を行う上で必須となる要素技術であるSAFALIを用いた磁場計測、および、差動アジャスタを用いた大気側からの磁石Iビームのたわみ調整により真空低温下で位相エラーの修正を行った。ベーキングを行わずに圧力が十分低いことが確認された。
 評価試験において、永久磁石列への外部環境からの入熱および電子ビームからの入熱は、十分に小さく問題とならないことが確かめられた。
 これらのことより、クライオアンジュレータは実用上問題がないことが確認され、短周期型アンジュレータのデザインを行う上で、選択肢の一つとして付け加えられた。

 

 

 

参考文献
[1] T. Hara, T. Tanaka, H. Kitamura, T. Bizen, X. Marechal et al.: Phys. Rev. STAB. 7 (2004) 050702.
[2] T. Bizen, X. Marechal, T. Seike, H. Kitamura, T. Hara et al.: Proc. EPAC 2004. 2089.
[3] T. Tanaka, R. Tsusu, T. Nakajima, T. Seike and H. Kitamura: Proc. FEL 2007, WEPPH052.
[4] T. Tanaka, T. Seike, A. Kagamihata, T. Schmidt, A. Anghel et al.: Phys. Rev. STAB. 12 (2009) 120702.

 

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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