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Volume 18, No.4 Pages 326 - 328

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第10回SPring-8産業利用報告会
The 10th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

佐野 則道 SANO Norimichi

(公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI

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 (公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム共同体)、兵庫県、(株)豊田中央研究所の4団体の主催、SPring-8利用推進協議会の共催、およびフロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体の協賛で、第10回SPring-8産業利用報告会が、9月5・6日に兵庫県民会館において開催された。総参加者数は213名であり、口頭とポスターの各セッションでの活発な議論や、技術交流会(懇親会)での盛況ぶりにより、当初の二つの目的は達成されたものと思われる。以下にその概要を述べる。
 今年は、10回目を数えるSPring-8産業利用報告会と第11回ひょうごSPring-8賞表彰式が併催されることとなり、SPring-8産業利用の包括的かつ適時的な情報発信の最良の機会がつくられた。共用および専用のビームラインを産業利用に供する各団体が合同して、SPring-8利用推進協議会の共催の下、2004年より毎年開催されてきた成果報告会は、(1)産業界における放射光の有用性を広報するとともに、(2)SPring-8の産業界利用者の相互交流と情報交換を促進する目的で実施してきた。一方、SPring-8立地自治体の兵庫県では、SPring-8の社会全体における認識と知名度を高める目的で、2003年度より「ひょうごSPring-8賞」を設置し、SPring-8の利用により社会経済全般の発展に寄与することが期待される成果をあげた研究者らを顕彰してきた背景がある。
 セッション1は、5日の13時より、第11回ひょうごSPring-8賞表彰式が行われた。本年は(1)住友電気工業(株)の飯原順次氏と(2)サンビーム共同体が団体として、それぞれ受賞した。坂田選定部会長よりの授賞理由説明後、実行委員会会長の井戸知事より表彰状および祝辞が贈られた。飯原氏(写真1)の受賞講演「放射光利用によるタングステン高効率リサイクル技術の開発」では、新たなタングステン回収プロセスの実用化において、イオン交換時の状態解析にXAFS法を有効に用いることにより、吸着・溶出の条件の最適化ができ、プロセス全体で回収率95%を実現し、エネルギー消費を40%削減することができたことが示された。サンビーム幹事会社ソニー(株)工藤氏の受賞講演「コンソーシアムによる放射光産業利用の活性化」では、サンビームが(1)先駆け、(2)継続、および(3)波及の大きな役割を果たし、SPring-8産業利用を牽引し続けていることが述べられた。



写真1 飯原氏による受賞講演

 セッション2では、主催4団体を代表してJASRIの土肥理事長が挨拶した後、(株)東芝の佐野氏による特別講演「SACLAによる金属材料の塑性変形挙動の実時間観察」が話された。この研究は、SACLAの産業利用の先駆けとして注目されている。アルミニウム合金など金属材料の際限ない低コスト化競争の中、材料としての巨視的な破壊が原子レベルから始まることに着目し、レーザーピーニングによる機械的特性制御のメカニズムの把握を通して壊れることをデザインするために、Nd:YAGレーザーとXFELを組み合わせてPump & Probe測定が行われている。レーザー衝撃により結晶粒が時々刻々変化して微細化して行く様子がX線回折パターンの変化から捉えられた。さらに原子レベルでの理解を深め、レーザー照射条件の最適化や新プロセスの開発につなげて行くとのことであった。
 セッション3は、第4回豊田ビームライン研究発表会で、BL33XUにおける研究成果に関し2件の発表があった。林氏による「豊田ビームラインにおける3DXRD顕微鏡法の開発」では、自動車用金属材料の実試料への適用の一歩手前まで来ている現状が報告された。また松永氏による「結晶性高分子の階層構造が力学的特性に及ぼす影響の解析」では、高分子材料の物性発現の構造的理解のためには不可欠の、広い散乱ベクトルの範囲でのX線散乱測定(q = 0.003 – 5 Å-1)を用いて、高耐熱樹脂部品材料の弾性率と結晶化度の関係や、破断エネルギーと結晶ドメイン分散性の関係などを明らかにした例が示された。いずれも、前回触れられなかった散乱・回折技術のBL33XUにおける現状を示す発表であった。
 セッション4として、第13回サンビーム研究発表会があった。共同体参加企業がサンビーム(BL16B2とBL16XU)を利用した研究成果の発表として、リチウム電池関連が2件、半導体関連が3件の発表があった。内訳は、三菱電機(株)の上原氏による「エポキシ共重合体の高次構造形成過程解析」、日立マクセル(株)の青木氏による「リチウム電池正極材料における高電圧劣化モードでの構造解析」、(株)日産アークの久保渕氏による「In-situ XASと第一原理計算によるリチウムイオン電池正極材料の反応解析」、ソニー(株)の細井氏による「In系透明酸化物半導体のXAFS解析」、住友電気工業(株)の米村氏による「斜出射XAFSによる半導体/絶縁被膜界面の状態評価手法の検討」である。米村氏の研究では、共用ビームラインBL39XUも利用していた。リチウムイオン二次電池の共通した技術課題は高容量化と高耐久化であり、発表した2社とも充放電下での正極活性物質の局所電子構造を、XAFS法を用いて解析していた。一方半導体分野では、(1)電子部品の小型化・高集積化に伴う内部発熱量増大に対応した封止樹脂の熱伝導性の向上、(2)タッチパネルの大型化・高感度化に対応するための透明酸化物半導体のキャリア移動度の向上、あるいは(3)実デバイスの出力低下防止のための半導体/絶縁被膜界面の化学状態制御、といった様々な技術課題があり、樹脂の問題に対しては回折法が、その他の問題ではXAFS法が有効に用いられていた。
 この後行われた技術交流会(懇親会)には、全参加者の半数にあたる106名が参加した。産業分野や産官学の所属組織を超えた「SPring-8産業利用者仲間」の連帯感が、十分な広さのある会場に充満していた。また中性子産業利用の推進に係わっている方々も参加しており、放射光と中性子の相補利用の拡大発展が期待された。会の終りには参加者全員による記念写真(写真2)が撮影された。



写真2 技術交流会の集合写真

 セッション5として、兵庫県放射光産業利用研究発表が、翌6日午前9時より兵庫県立大学の太田副学長の挨拶で始まった。ここでは2本の兵庫県専用ビームライン(BL08B2、BL24XU)とニュースバルで実施された研究成果が、合わせて5件報告された。発表の内訳は前半が、(一財)電力中央研究所の田沼氏によるBL24XUにおける「X線3Dトポグラフィーによる4H-SiC基底面転位および貫通刃状転位の歪み場解析」、(株)三菱化学科学技術研究センターの鈴木氏らによるBL08B2での「時分割WAXSを用いたクロモニック色素のせん断誘起構造形成過程の評価」、日本電信電話(株)の尾身氏のBL24XUにおける「シリコン基板上での希土類添加薄膜の形成と発光特性―シリコンフォトニクス用光増幅器の広帯域化を目指して―」であった。後半は、パナソニック(株)の平岩氏らと兵庫県立大学の津坂氏らの共同研究によるBL08B2における「放射光トポグラフによるGaN結晶中の転位挙動の評価」と、兵庫県立大学の新部氏によるニュースバルBL09における「NEXAFS法を用いたBN薄膜の成長過程の観測」であった。今回は、前回発表の無かったBL24XUでの研究成果を知ることができたことが収穫であった。
 セッション6は、口頭発表最後として、JASRI共用ビームライン実施課題報告会の5件の発表があった。東海ゴム工業(株)の高松氏により発表された「ゴムの振動伝達特性に及ぼすフィラー凝集サイズの影響」は、名古屋工業大学の山本氏との共同研究であり、BL19B2のUSAXSとSAXSにより得られた散乱ベクトル範囲 q = 0.005 – 3 nm-1 の散乱プロファイルを解析することにより、ゴムマトリックスとフィラーの界面状態を評価した例が示された。次に横浜ゴム工業(株)の佐藤氏(写真3)により発表された「加硫中のゴムの発泡/消泡機構の解明」は、BL19B2のX線イメージングを用いて、これまで観察されたことのない加硫中ゴム内部に発生・消滅する気泡をリアルタイムで観測し、重大な品質トラブルの要因となるタイヤゴム内部の気泡の発生防止と除去の方法の開発につなげようとする、画期的な研究であった。続いて、(株)村田製作所の岩堀氏らによる「X線回折による圧電体(1-x)(Na0.45K0.55)NbO3 + xCaTiO3の結晶構造解析」では、BL19B2で得られる粉末X線回折パターンをReitveld解析することにより、環境負荷低減のために開発が期待されている圧電体セラミックス材料の圧電特性と結晶構造との関係を明らかにした。ダイハツ工業(株)の岸氏らによる「白金を使用しない燃料電池カソード触媒のXAFSによるその場測定6」は、(独)日本原子力研究開発機構の松村氏らとの共同研究で、BL14B2のXAFSを用いて、独自の軽自動車用アニオン交換膜型燃料電池の発電中の環境下で、電極Fe系錯体触媒の酸素吸着脱離によるFeの価数や配位数の変化と発電特性を調べている。最後の京都大学の高谷氏らによる「レアメタルを用いない次世代型クロスカップリング反応の開発:鉄ホスフィン錯体触媒反応における触媒活性種の溶液XAFS解析」は、東ソー(株)の江口氏との共同研究で、クロスカップリング反応の溶液の有機鉄活性種について、BL14B2でのin-situ XAFS測定に基づく同定と構造決定を行った。本セッションの発表はいずれも、まず工業上克服すべき技術課題が明確に述べられ、放射光利用技術によって得られた知見が冒頭の技術課題解決の道筋の中で果たす役割も判りやすく述べられていた。各産業分野外の聴衆らにも、SPring-8の産業利用の有用性が伝わったものと考える。



写真3 口頭発表の様子

 ポスター発表(写真4)は、2日目のセッション5の後とセッション6の後に其々コアタイムが設けられた。主催の兵庫県26件、サンビーム23件、豊田中央研究所10件、およびJASRI共用BL20件のポスターに加えて、共催のSPring-8利用推進協議会より1件と協賛のフロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体より2件、さらにJASRI産業利用推進室の活動紹介が7件の、合計89件のポスター発表が行われた。その中で、放射光施設間やレーザー施設らとの連携の新たな枠組みである「光ビームプラットフォーム」の紹介も見られた。ポスター発表時間が終了するまで、会場内では活発な議論が行われていた。



写真4 ポスター発表の様子

 今回初めての試みであった「ひょうごSPring-8賞」受賞講演を含むプログラム構成は好評であり、次回も同様に併催してほしいとの声が多数聞かれた。こうして本年の産業利用報告会が無事、盛況のうちに終えることができた。準備段階から当日の会場運営、さらに事後のとりまとめ等、主催4団体の事務局のご尽力と共催団体の関係者各位のご協力に、この場を借りて感謝の意を表したい。

 

 

 

佐野 則道 SANO Norimichi
(公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0963
e-mail:sanon@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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