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Volume 09, No.6 Pages 421 - 424

3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

高効率熱電変換材料Zn4Sb3の放射光粉末法による精密構造決定
The Precise Structure Determination of High Performance Thermoelectric Material, Zn4Sb3, by Synchrotron Powder Diffraction.

西堀 英治  NISHIBORI Eiji

名古屋大学 工学研究科 Department of Applied Physics, Nagoya University

Abstract
The precise crystal structure of Zn4Sb3, which is one of the most efficient thermoelectric materials, has been determined by combination of Maximum Entropy Method and Rietveld analysis using synchrotron-radiation powder diffraction at SPring-8. The structure contains significant disorder with zinc atoms distributed over multiple positions. The crystal structure of Zn4Sb3 in present study allows a general explanation of the electric transport properties which explains the remarkable thermoelectric figure of merit.
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はじめに
 エネルギー利用の省力化、効率化が求められる今日において、廃熱から電気を得ることができる熱電変換材料は、エネルギー問題の解決法の一つとして注目されており、既に外部からエネルギーを得ることが困難な人工衛星の動力源、人体の温度を利用した腕時計などにその利用が始められている。熱電変換材料の特性は、zT=ασT/κ(ここで、Tは温度、αはゼーベック係数、σは電気伝導度、κは熱伝導度)で示される性能指数zTの大きさによって決定される。従って、性能の高い熱電変換材料には、高いゼーベック係数と、高い電気伝導度と低い熱伝導度が要求されることになる。
 1997年にZn4Sb3が、150℃から400℃の領域で、p型の熱電変換材料として高い熱電性能指数zTを持つことが報告された[1][1]T.Caillat, J.P.Fleurial and A.Borshchevsky : J. Phys.Chem.Solids 58(1997)1119-1125.。Zn4Sb3の400℃における熱電性能指数zTは、既に実用化されている物質の中で最も高い性能指数を示す物質(AgSbTe)0.15(GeTe)0.85(TAGS)よりも高い値であった。この高い性能指数は、他の熱電変換材料と比較して著しく低いZn4Sb3の熱伝導度に起因していた。p型の熱電変換材料の熱伝導度の温度依存性を図1に示す。この図からZn4Sb3の熱伝導度が他のp型熱電変換材料の半分から1/3の値であることがわかる。高性能熱電変換材料の開発の指針として、Zn4Sb3の持つ低い熱伝導度の原因の解明が望まれ多くの実験的・理論的研究がなされている[2][2]T.Souma, G.Nakamoto and M.Kurisu : J.Alloy.Comp.340(2002)275-280.





図1 Zn4Sb3の熱伝導度。他の熱電変換材料と共に温度を横軸にして示した。


 Zn4Sb3の精密な結晶構造は、非常に低い熱伝導度の原因を明らかにし、その高い熱電特性の起源を解明するために重要である。Zn4Sb3を含め、TAGS、PbTe、(Sb,Bi)2Te3など高いzT値を示す熱電変換材料は、原子番号の大きい重原子を含んだ半導体であり、これらの物質における電気的特性は、一般に、結晶構造に基づき説明されるためである。結晶構造の原子配列に基づき、化学結合の強さなどが考察され、この化学結合の強さから半導体としてのバンドギャップの大きさ、ゼーベック係数などが説明される。これまでに、Mayer[3][3]H.W.Mayer, I.Mikhail and K.Schubert : Less-Common Metals 59(1978)43-52.らによって単結晶X線回折によるZn4Sb3の結晶構造が報告されていた。報告された構造は、X線回折パターンと一致しているものの、その熱電特性を説明することが出来なかった。更に、この報告に基づく試料密度は、実測の試料密度と異なっていた。
 今回、Zn4Sb3の粉末X線回折データを、大型放射光施設SPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)で測定し、測定したデータをMEM/Rietveld法で解析することにより、Zn4Sb3の熱電特性を説明し、試料の密度も実測値と合致する詳細構造を明らかにした。ここでは、放射光粉末法のMEM/Rietveld[4][4]M.Takata, E.Nishibori and M.Sakata : Zeitschrift fur Kristallographie 216(2001)71-86.解析によるZn4Sb3の精密構造決定について紹介する。


実験
 試料としてZn4Sb3の粉末試料を用いた。トルエンを用いた液浸法により求めた密度は、6.36g/cm3であった。回折積分強度の確度の高いデータを得るため、エターノールを用いた多段階の沈降法により、大きすぎる粉末粒子(10μ以上)と小さすぎる粉末粒子(1μ以下)を取り除いた。得られた数μサイズの粒度が揃った試料を直径0.2mmΦのガラスキャピラリーに封入し、X線回折実験用の試料とした。キャピラリーからの散乱をできる限り抑えるため、キャピラリーの材質はリンデマンガラスとした。
 放射光粉末回折実験は、SPring-8 BL02B2にてイメージングプレート(IP)を用いた透過法で行った。試料の吸収の回折強度に与える影響を避け、Sb原子からの蛍光X線を避けた精度の高い粉末回折データを測定するため、入射X線の波長は0.42Åとした。IPのダイナミックレンジを最大限に利用した高い統計精度を持つデータを測定するため、最初に5分間の予備測定を行い、最高強度を示す回折線がIPのダイナミックレンジの範囲内に納まる最長の時間を見積もった。この見積もりから、本測定では40分間X線を試料に露出した。IPの時間による強度減衰(フェーディング効果)をできる限り避けるため、本測定終了から30分後にIPを読み取った。この様にして、最強カウント100万以上、回折線半値幅0.03〜0.07°(2θ)、最強線に対して強度が0.1%以下の反射も目視が可能な高い統計精度のデータを収集した。


データ解析
 得られた回折パターンをマキシマムエントロピー法とRietveld解析を組み合わせたMEM/Rietveld法により解析した。回折パターンのピーク位置から、空間群は、Mayerらの報告と同じ、R-3cとした。最初の、リートベルト解析のモデルはMayerらによって報告された構造に基づいた構造を用いた。この構造の模式図を図2に示す。この構造では、結晶非対称単位の36fサイトにZnが、18eと12cサイトにSbが存在する。ZnとSbの組成比はZn36Sb40であり、試料密度も6.21g/cm3と組成比・密度ともに実測値とはかけ離れているが、MEM/Rietveld解析でのモデル構築を行いやすくするため、上述の構造を用いた。このモデルを用いたRietveld解析の結果、組成比・試料密度共に異なるモデルにもかかわらず、解析の信頼度因子はRwp=4.5%、RI=5.6%の良い値であった。この解析を基に、データから個々の反射の観測積分強度と観測構造因子を導出しMEMにより電子密度分布を求めた。得られた電子密度分布を図3に示す。図3でリートベルト解析において仮定されている36fサイトのZnと18eサイトのSbを白い原子名で示した。図3の白丸で囲んだモデルで原子を仮定していない領域に多数の電子密度分布のピークが見られることがわかる。このピークは、原子の存在をあらわしていると考えられる。このピークを示す原子が何であるかを調べるため、18e,12cサイトのSb及び36fサイトのZnの電子数をMEM電子密度分布から見積もった。18e,12cサイトにはSb原子1個分の電子が存在していた。一方、36fサイトの電子数は、25e以下とZnを+2価の陰イオンと考えても約10%少ない電子数しか存在しなかった。試料作成の際の仕込み組成がZn39Sb30であることから、MEM電子密度で見られた、モデルを仮定していない位置に現れたピークはZn原子であるとし、ピークの位置にZn原子を仮定した新たな構造モデルを構築した。最初に仮定された36fサイトのZnについても、MEM電子密度の電子数に基づき、席占有率を変更した。このように、MEM電子密度分布に基づくモデル構築とRietveld解析、MEM解析を繰り返した。Rietveld解析では、席占有率10%以下のZn原子の精密化を精度良く行うため、Zn原子の原子間距離に束縛をかけた。最終的に立てたモデルとMEM電子密度分布に矛盾が見られなくなったところで最終構造とした。





図2 Mayerらによって報告されたZn4Sb3の結晶構造。





図3 初期構造モデルに基づくMEM電子密度分布


 最終構造のRietveld解析の結果を図4に示す。Rietveld解析の信頼度因子はRwp=2.75%、RI=2.18%まで向上した。最終構造の構造パラメータを表1に示す。Znには4種類の36fサイトの原子が存在することがわかる。MayerのモデルのZn位置をZn(A)、この解析で発見された原子座標をZn(B)、Zn(C)、Zn(D)とした。占有率から得られる組成は、Zn38.44Sb30であり、密度は6.37g/cm3と実測の組成と密度とほぼ一致した。このことから、今回発見された構造は、X線回折データと高い一致度を示し、組成、密度などの他の測定値とも矛盾しない構造である事が明らかになった。





図4 リートベルト解析の最終結果


 Zn4Sb3と類似の構造を持ち、電気伝導度などの物性測定値が類似している物質にZnSbがある[5][5]P.J.Shaver and J.Blair : Phys.Rev.141(1966)649-663.。しかし、熱伝導度だけはZn4Sb3の方が特徴的に低い。今回発見された3つのサイトは、ZnSbには存在しないため、Zn4Sb3の熱伝導度は、Zn(B), Zn(C), Zn(D)サイトの存在によって引き下げられている可能性が高い。
 最終構造のMEM電子密度分布を図5に示す。図5(a)から、ZnとSbの間に電子密度のつながりは見られないことがわかる。また、図5(b)から、12cサイトのSb原子の間に電子密度のつながりが見られる。12cサイトのSb-Sb間の電子密度の高さは、0.7e/Å3であった。この値は、MEMによって得られた半導体材料Siの電子密度の結合中点の値0.6 e/Å3よりわずかに高い値であった。この事から、Zn4Sb3の半導体としてのネットワークはSb原子により構築されていることも明らかになった。





(a)





(b)


図5 最終構造のMEM電子密度分布



おわりに
 本研究によって、Zn原子の4サイトの複雑なdisorder構造を含んだ、全く新しいタイプの熱電変換材料の構造が発見された。この成果に基づき、カリフォルニア工科大学とオーフス大学では Zn4Sb3をベースとした新しい熱電変換材料の開発が進められている。また、本研究によって明らかになった構造に基づく第一原理計算がCargnoniらによって行われた[6][6]F.Cargnoni et al. : Chemistry-A European Journal 10(2004)3861-3870.。その結果、Zn4Sb3の試料中には、本研究におけるA、B、C、DのZnサイトをそれぞれを占有した、A12Sb10、A11BCSb10、A10BCDSb10の3タイプ構造が0.184:0.420:0.396の比率で存在していることが提案された。このとき、第一原理計算に基づく熱伝導度、ゼーベック係数、電気伝導度などの熱電材料に必要な物性値がすべて実験値と一致することが報告された。
 熱電変換材料では、微量添加された原子により熱伝導度が引き下げられている物質が他にも存在する。Ce、Laを〜10%添加したCoSb3では添加したCe、Laのrattling motionによって熱伝導度が引き下げられ、高い熱電変換特性が得られている。今回、金属を添加しないZn4Sb3でも一部のZnが同様の役割を果たしていたことから、他の熱電変換材料でも同様のことが起こっている可能性がある。微量原子の複雑なdisorder構造を持ち、SbやBi、Te、Pbなどの重原子を含む熱電変換材料の構造決定にとって、短波長X線が利用可能なSPring-8での高精度粉末回折データの測定とMEM/Rietveld法による構造決定は非常に有力な手法である。今後、SPring-8データのMEM/Rietveld解析で解明された構造に基づき、新たな高性能材料が創生され、エネルギー問題の解決法のひとつとして、廃熱を利用したエネルギーの生成が進められていくことが期待される。

表1 Atomic coordinates and equivalent isotropic parameters (Å2×104).




 本研究は、アメリカ、カリフォルニア工科大学のG.Jeffrey Snyder博士、Thierry Caillat博士、デンマーク・オーフス大学のMogens Christensen博士、Bo Brummersted Iversen教授との共同研究である。放射光実験で協力いただいたJASRIの加藤健一博士、実験、データ解析、結果の考察に助言を頂いた、デンマーク・オーフス大学Fin Krebs Larsen教授、JASRIの高田昌樹主席研究員、名古屋大学の坂田誠教授に感謝いたします。



参考文献
[1]T.Caillat, J.P.Fleurial and A.Borshchevsky : J.Phys.Chem.Solids 58(1997)1119-1125.
[2]T.Souma, G.Nakamoto and M.Kurisu : J.Alloy.Comp.340(2002)275-280.
[3]H.W.Mayer, I.Mikhail and K.Schubert : Less-Common Metals 59(1978)43-52.
[4]M.Takata, E.Nishibori and M.Sakata : Zeitschrift fur Kristallographie 216(2001)71-86.
[5]P.J.Shaver and J.Blair : Phys.Rev.141(1966)649-663.
[6]F.Cargnoni et al. : Chemistry-A European Journal 10(2004)3861-3870.



西堀 英治 NISHIBORI  Eiji
名古屋大学 工学研究科 マテリアル理工学専攻
〒464-8603 名古屋市千種区不老町1
TEL:052-789-3702 FAX:052-789-3702
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